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99.08.28

真っ向否定

 新聞の見出しから新しい言い方が生まれることもあるのでしょうか。
 水谷静夫氏は、新聞の災害報道などの見出しで「行方不明○人」でなく「不明○人」とする書き方に注目しているそうです。

「〔……〕わからない人の数が、どうしてわかるんですか? 本文ではさすがに見ませんが、このままだと『不明者』だけで行方不明者を指す使い方が出てくるかも知れないと、注意をして見ています」(朝日新聞夕刊 1995.03.14 p.9「単眼複眼」)

 なるほど。そう言われて、僕も注意をしていますが、いまだに「不明者」が独り立ちをするまでには至っていないようです。
 いつかNHKテレビのスポーツニュースを見ていたら、有働由美子アナが「真っ向勝負」と言っていた。僕はスポーツ中継というものを見ないので、恥ずかしながらまったく知らなかったのですが、そのスジではお馴染みのことばのようです。
 「正面から衝突する」ことを「正面衝突」というのだから、同様に「真っ向から勝負する」ことを「真っ向勝負」と言ってもかまわない理屈です。しかし、僕の中では(これも最近よく聞く言い方)「真っ向から」は固定した言い方だという意識があり、それで耳に止まったのでした。
 この同類の言い方として「真っ向否定」というのがあるらしく、これも最近気がついたものです。やはりテレビ番組で、古舘伊知郎氏が言っていた。

なんか真っ向否定してますけど。(NHK「クイズ日本人の質問」1999.08.15)

 新しい言い方かと思って、朝日新聞データベースを調べてみると、ずいぶん前からあることはある。
 1984年以来の用例は4例で、そのうち3例は見出しに使われています。くしくも、いずれも汚職のニュースの見出しです。ロッキード事件控訴審、リクルート事件初公判、そして、厚生省汚職事件の衆院参考人招致。

政治家2被告、一審判決を真っ向否定(朝日新聞夕刊 1984.12.03 p.1)
リ社側は容疑を真っ向否定(朝日新聞夕刊 1889.12.11 p.1)
「福祉食いもの」真っ向否定(朝日新聞 1997.06.07 p.1)

 記事の本文ではそれぞれ「双方の主張が真っ向から対立する構図」「江副浩正被告との共謀を真っ向から否定し」「「もうかるはずがありません」と真っ向から否定した」のようになっていて、「から」が入っています。
 ところが、今年になってからの用例(4つのうち最後の用例)では、見出しでなく記事本文で使われています。

 だが、翌三十一日には、ジョーダンの代理人デービッド・フォーク氏が「(報道は)完全な誤りだ」と真っ向否定した。(朝日新聞夕刊 1999.04.01 p.2)

 これは米プロバスケットボール関係の記事ですから、「真っ向勝負」と同じ感覚なのかもしれません。
 もともと「不明○人」と同じように、見出しだけで使われていた「真っ向否定」が、記事本文や会話でも使われるようになったようにも見えます。しかし、そう結論するには資料が少なすぎるようです。

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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