HOME主人敬白応接間ことばイラスト秘密部屋記帳所

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
email:
98.07.22

「めりはり」の語源

 「めりはり」の語源についてのご質問を受けまして、調べてみました。といっても、いくつかの辞書類を見ただけなので、正確には「調べた」とは言えないのですが。
 僕は、「めりはり」とは、何となく「めりめり」「てきぱき」のような擬声語・擬態語なのだろうと思っていましたが、まったく違いました。
 結論からいえば、これは日本の古い音楽用語です。「めり」は音声などが下がる・ゆるくなること、「はり」は逆に調子が上がる・張ることだそうです。
 「はり」は「張り」のことと考えてよいでしょう。でも、なぜ「めり」が「下がること」なのか、ちょっと現代のわれわれには実感がわきにくいように思われます。
 ところが、今でも「めり込む」という表現を使います。「ぬかるみにめり込む」というように、何かの重みで下へ、または中へ入り込むことです。
 「めりはり」の「めり」は、この「めり込む」の「めり」と同じであると考えられます。地面がずぶずぶとめり込むように、(音の調子が)低く下がる、これが「める」というわけです。
 しかも、「気がめいる」という時の「めいる」も、「める」が長呼されてできたらしい(あるいは「めり入る」の略か)という説もあります。そういわれると、さらに実感がわきます。気分がずんと沈む、これが「める」であり、「めいる」なのですね。とすれば「滅入る」の「滅」は当て字ということになります。
 別々の語だと思っていた「めりはり」「めりこむ」「めいる」が、こうして頭の中で関係づけられると、ちょっとした感動を覚えます。
 「める」という動詞の一番古い例を指摘しているのは、補訂版の『岩波古語辞典』で、「梁塵秘抄口伝巻第十一」から引用しています。この巻は、成立時期がよく分からないようですが、仮に平安末期(院政期)としますと、「める」は12世紀末、今から800年以上前にあったことばということになります。
 この「める」そのものは、現在では一般に通用しなくなったけれど、「めりはり」「めりこむ」「めいる」ということばに姿を変えて存続しているのですね。
 ところで、「めりはり」は「めりかり」とも言ったようです。戦中・戦後の『明解国語辞典』では「めりかり」を主たる語形としています。
 「かり」は、「はり」と意味は同じで、音が高くなること。しかし、「かり」ということばは今では一般的には聞かれなくなり、しかも、「めり」のように別のことばに痕跡を残しているわけでもないので、辞書の説明を読んでも実感がわかなくなっているのが残念です。

(2002.02.04改稿)

追記 茨城県の五十嵐氏から、「『かり』ということばは、尺八の奏法としては現在でも普通に使われている言葉のようです」とのご指摘をいただきました。あわせて、尺八奏者でいられる石川利光氏のホームページの記述をご紹介いただきました。
 石川氏の記述によれば、「メリ、カリは尺八を吹くときの首の一連の動作におけるポジションの変化とそのポジションから出てくる音の変化」であり、「メリとは『沈り』と書くことからわかるように首を下げて(うつむくような姿勢をして)音程を下げる奏法」、また、「カリは『浮り』と書くように、メリとは反対に首を前方またはななめ前方に張り出して音程を上げる奏法」とのことです。
 僕は、当初、本文の末尾で「『かり』ということばは今ではまったく滅びてしまって」と書いていたのですが、専門用語として生きていることを知り、訂正しておきました。

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ ご感想をお聞かせいただければありがたく存じます。
email:

Copyright(C) Yeemar 1998. All rights reserved.