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05.04.10

「たんぽぽ」と「ていねい」

 テレビ、とりわけバラエティ番組やクイズ番組で日本語について扱う場合、まず出てくるのが語源についての話題です。そのためかどうか、日本語の研究というと、一般には語源の研究をするものと思っている人も少なくないようです。
 実際には、語源というものは、説を立てるのは簡単でも、それを証明することは困難を極めます。科学的であろうと思えば思うほど、物言いは慎重になり、「真相は不明」と言うしかない場合が多いのです。
 テレビの語源番組の解説を依頼されると、いやがる研究者もいます。語源の多くはあいまいですが、テレビの性質として、何でも断定的に言わざるをえません。分からないことを「分かります」というのは研究者の良心にもとります。

 私はといえば、この手の番組に何度か出たことがあります。研究者の良心よりも好奇心が勝ってしまうからです。もちろん、できるだけ正確なことを言おうとして準備するのですが、いずれも不満足な結果に終わりました。

 「たんぽぽ」の語源について解説したことがあります。特に番組名を秘しますが、2001.11.25の、テレビ東京の番組。そこで、私はこう説明しました。

 たんぽぽという名前はですね、まあ、もともとは、子どもの作った名前じゃないかと言われています。方言によってはですね、鼓草(つづみぐさ)って言われるんですね。ちょっとこれ(と、たんぽぽを横から見た図を示す。花が開きかけで、下にふくらんだ萼(がく)がついている。ちょうどXのような形)、鼓の形をした草だと。鼓をたたく音、リズミカルな「たん、ぽん、ぽん」という、そういう軽やかなイメージ。そういうものからつけたんじゃないかなと。

 「たんぽぽ」が、鼓をたたく「たん、ぽ、ぽ」から来たというのはまず間違いないでしょう。しかし、たんぽぽのどこが鼓に似ているのかは、じつは説が分かれています。
 金田一春彦氏は、「その蕾{つぼみ}の形が鼓{つづみ}に似てみえるところから」と書いています(『ことばの歳時記』4月4日)。私も、この説を採用したのです。
 ところが、柳田國男にいわせると、あれは「茎を水に入れて、鼓の形をまねる」ところから名づけられたと言います(「方言と昔」)。
 これはどういうことかというと、切った茎の両側に縦に切れ目を入れて水につけると、両側がくるくると丸まって、たしかに鼓そっくりになるのです。私の古い記憶をたどってみると、子どものころ、そういう遊びを解説をした本を見た覚えがあります。インターネットで「タンポポ」「水に浸す」で検索すると、この種の遊びの説明を見ることができます。
 柳田の記述には、後になって気づきました。どうも、こちらのほうが「たんぽぽ」の名の由来として適当だと思われます。
 私は、テレビでは簡単な図まで書いて示したのですが、今から考えると、誤りを広めてしまったと、深く反省し、後悔しています。

 また、「ていねい」(丁寧)の語源について話したこともあります(2004.04.25 テレビ朝日)。このときは、制作会社が「ていねいの語源は中国の鉦(かね)である」という前提で仕事をしていたようです。鉦の模型作りまで進んでおり、それ以外の説を唱えることはできない状況でした。それでも、私はなるべく信憑性のあることだけを話そうとしました。
 録画撮りの日の、私の話はおおよそこうでした――

 「丁寧」というのは、中国の昔の楽器(鉦)なんです。昔、中国で戦のときに使った。敵が来るぞ、みんな気をつけろということで鳴らしたわけです。
 その名前は、鳴る音からとったのでしょう。「丁寧」は、当時の中国音では「テーン、ネーン」というような響きだったでしょう。日本語の擬音に直せば、さしずめ「ちゃんちゃん」という感じです。
 日本語では、「ちゃん」ということばは、物音のほかに「ちゃんとやりなさい」というようなときにも使います。
 それと同じで、中国でも、「丁寧」はもともと、ものの鳴る音だったと思います。
 それが、いつしか、「ちゃんと気をつけて何かをする」という意味に変わってきたようです。

 この説明は、録音のために何度も繰り返しましたが、制作会社の人には分かりにくかった(つまらなかった)ようです。放送を見ると、コメントの中間部分はあっさりカットされ、初めの段落と最後の段落をつないで、先方の筋書きどおり、「『丁寧』は鉦の名から来た」ということになってしまいました。
 その説明は、間違いとはいえないし、「鉦の名から転じた」というようなことを書いてある辞書もあるけれど、ちょっと粗雑な感は否めません。より正確には、「ちゃん、ちゃん」というような擬音が、鉦にも使われたし、「きちんとする」という意味にも使われたというのが穏当でしょう。
 「きちんとする」という意味の「ていねい」は、漢字では「叮嚀」と書くこともあります。この漢字の「口へん」は、意味に関係なく音を写したことを示すものです。このことからも、今の「ていねい」は、鉦の名が語源というより、鉦の名前にもなった擬音が語源というほうが真実に近そうです。

 これらの番組の視聴率が高かったか低かったかは知りません。どちらであったとしても、自分の不勉強や妥協によって、不満足なコメントが放送されてしまったことを恥ずかしく思います。

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