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03.02.10

「頑張れ」の支持率

 総理大臣の支持率が変化するように、ことばの支持率というのか、好感度も時とともに変わってゆくようです。
 昔からあったことばが、急に見直されてよく使われるようになることがあります。「癒し」「癒される」などということばは、最近、とみに好んで使われ出しました。1999年の「新語・流行語大賞」でトップ10に入った語ですが、今では、人やモノにプラスの評価を与えるときに決まって使われることばになりました。
 一方、「頑張れ」ということばは、以前に比べて、あまり聞かれなくなったように思います。「頑張れ」などと言われたくない、そんな励まし方は苦痛だと、はっきり感じる人が増えているのでしょう。「頑張れ」はいやだという文章をしきりに目にします。
 最近も、ある言語聴覚士の仕事を取材した雑誌記事に、こうありました。

 元気がなさそうなお年寄りの〔失語症の〕患者を、「そんなに落ち込まないで、一緒にがんばりましょうよ」と励ました。すると患者はどっと泣き出した。よく耳を傾けてみると、患者はこういう意味のことを言っているようだった。
「娘も、孫たちも、みんながんばれがんばれと言うけれど、私はがんばっても喋れない」
 すでに十分がんばっている人に対する「がんばれ」は、きつい言葉なんだな、と原田は初めて実感した。(江川紹子・人を助ける仕事「週刊文春」2003.02.13 p.56)

 失語症だけでなく、病気の人や、心理的ダメージを受けた人々に対して「頑張れ」と励ますことが悪い影響を与える場合があるということは、おそらく専門家の間では常識なのでしょう。しかし、そういった意見が新聞の投書欄などで多く目につきだしたのは、僕の感じ方では、阪神大震災のころからです。
 震災で肉親を喪ったり、財産を失ったりして、大変な目にあった人に、思わず「頑張ってください」と声をかける。しかし、言われたほうは苦痛を感じるだけだ――そういう意見によく接しました。
 震災から1年ほど経ったころ、「朝日新聞」(1996.01.07 p.1)の「天声人語」の筆者が、「頑張れ」ということばについて「ときに無神経で残酷な響きがある」と書きました。これには読者から大反響があったらしく、何日か後、その欄で手紙のいくつかが紹介されました。震災に遭った人からのものもありました。

神戸市の女性からは〈大震災のあと、何回このことばを聞いたでしょう。そのたびに「何をですか?」と言い返したくなりました。周りでは何人もが亡くなり、なんとも立ち上がれずにいたこの一年でした。同じ体験の者が手を取り合って「ガンバロネ!」。それが、本当の使い方のように思います〉(「朝日新聞」1996.01.11 p.1)

 「毎日新聞」でも、「頑張れ」ということばについていくつかの投書を読んだことがあります。やはり、このことばがいやだという意見が多数を占めていました。

4年前、小学校に入りたての娘が激しい頭痛を伴う病気で長期入院をし、手術をした。その際、多くの人から励ましの言葉をもらった。
 近所の少年が、そのお母さんに「あんなに苦しい思いをして、痛い手術に耐えた子にこれ以上、頑張ってね、なんていうのはかわいそうだよ」と言ったという。(「毎日新聞」2001.09.09 p.5)

 〔病気の母への「頑張れ」という〕励ましに悪意のないのは承知していても、病んだ身には時にやいばに感じられる。ましてや末期がん患者には、鞭{むち}打つに等しい言葉である。母の死後、今度は遺族に対して向けられた。
 「頑張れ」があまりに安易に使われている。相手を思いやる想像力が失われているのだろうか。(「毎日新聞」2001.11.06 p.4)

 「頑張れ」ということばが、人を傷つけることになるか、励ますことになるかは、もちろん場合にもよるのでしょう。どんなことばでも、前後の文脈や、その場の状況を離れて、「いい」とか「悪い」とか、単純に言えるものではありません。
 ただ、上のような意見が新聞や雑誌に多く紹介されているのを読むと、「頑張れ」ということばに好感を持たない人が増えているのは確実だと思われるのです。いわば「頑張れ」の支持率は低下しているようにみえます。

 高度成長のころ、「がんばらなくっちゃ(1971年の流行語)とさかんに叫ばれました。ことばと世間の風潮を安易に結びつけるつもりはありませんが、今、「頑張れ」ということばが好感を持って迎えられなくなったとすれば、どうも沈滞した世の中の気分と無関係ではないように思われます。「頑張れ」と言われるより「癒してほしい」人が増えているのが、きっと現状でしょう。

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