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02.05.29

ターザンのことば

 映画に出てくるターザンの「アーアーアー」という雄叫びは、人間の声ではなく、当初は「フクロウの声だの何だのを録音し、逆回しにしたりして合成したもの」(筒井康隆『不良少年の映画史 PART 2』文藝春秋 p.26)だったそうですが、ふつうの人には分からないこの雄叫びで、いろいろな意味を表しているものと思われます。
 画家の安野光雅さんも、このターザンが好きだったらしく、島根県津和野の小学生だったころ、ターザンごっこをして遊んでいたといいます。

その家の裏はジャングルでなければなりませんでした。板ぎれや古いむしろで圍って家を作りました。アンズの木にさげた繩はジャングルの蔦かずらです。
僕はワーオーと大聲をあげました。待ってろー今すぐに助けにいくどーという意味です。(安野光雅『昔の子どもたち』NHK出版 p.13)

 手書きの文章とともに、楽しい絵が添えてあります。
 安野少年扮するターザンとしては、「ワーオー」という音形によって《待ってろー今すぐに助けにいくどー》という意味を伝えようとしていたわけです。

 さて、この「ワーオー」は、はたして「ことば」と言えるでしょうか。
 ターザンは「ワーオー」とか「アーアーアー」とかいう雄叫びで、動物とコミュニケーションを図っています。「ことば」を、単純にコミュニケーションの道具と考えれば、「ワーオー」もことばだという考え方は成り立ちます。
 しかし、この程度のことならば、動物もやっているのではないでしょうか。映画のターザンには、利口なチンパンジーの「チータ」が出てきますが、野生のチンパンジーもさまざまな「ことば」らしきものを駆使しているようです。
 京大霊長類研究所の松沢哲郎氏によれば、ざっと次のような「チンパンジー語」があります。

xx
フーホーフーホーフーホー呼びかけ
ハッハッハッハッ(呼気吸気をくりかえす)笑い
ゴッゴッゴッ あるいは アッアッアッアッ優位なものへのあいさつ
ヒャッヒャッヒャッ食べものがあるとき
ホーゥ、ホーゥ心細いとき
(松沢哲郎『おかあさんになったアイ』講談社により作表)

 このうち、たとえば、「ゴッゴッゴッ」は、《ボス、きょうはまた一段とお顔のつやがよろしいようで》というような意味でしょうが、「ゴッゴッゴッ」のどこまでが《ボス》で、どこまでが《きょうはまた》なのかというと、はっきりしません。
 また、「ヒャッヒャッヒャッ」はさしずめ《うまそうな食い物があるなあ》とでも言っているのでしょうが、どこまでが「うまそうな食い物が」で、どこからが「あるなあ」かというと、やはり要領を得ません。
 つまり、チンパンジーはさまざまな「ことば」らしきものは駆使するけれど、具体的なことを何ひとつ言っていないのです。
 安野少年の「ターザン語」も同じで、「ワーオー」のうちどこが「待ってろー」で、どこが「今すぐ」なのかというと、そのへんは未分化状態であると言うしかないでしょう。

 これに対し、人間の「ことば」は具体的なことを表現し分けることができます。
 「うまそうな食い物があるなあ」の一部分を変えて、「うまそうなリンゴがあるなあ」とか、「うまそうなバナナがあるなあ」というふうに言い換えることもできますし、「うまそうなリンゴがあるか?」「うまそうなリンゴがなくなった」というふうに状況に応じた表現を生産することもできます。

 フランスの言語学者マルティネは、ことばは、通信のための分節された道具だと言いました。「分節する」というのは、国語で習う「文節」とは関係なく、「分ける」ということです。
 チンパンジーの「ゴッゴッゴッ」とか、ターザンの「ワーオー」は、どこに意味の区切りがあるのか分かりません。一方、人間のことばは、「うまそうな」「食い物」「が」「ある」「なあ」というパーツが組み合わされています。
 人間は、こういった方式により、少ない数の意味のパーツ(形態素)を記憶するだけで、組み合わせによってさまざまな表現を生産することが可能になりました。記憶の負担も少なく、伝達の効率にもすぐれています。

 それぞれのことばのパーツを見てみると、それはさらに音のパーツ(音素)からできていることが分かります。たとえば、「kuimono」(食い物)は「k, u, i, m, o, n」の6つの音素を組み合わせて作ったものですが、この6つを組み替えるだけでも、「inu」(犬)、「kumo」(雲)、「kimono」(着物)などのことばをどんどん作ってゆくことができます。

 ことばが、まず意味のパーツに分かれ、さらに音のパーツに分かれているということを、マルティネは「二重分節」と表現しました。ターザンの「ことば」にも、チンパンジーの「ことば」にも、この二重分節は見られないため、人間のことばと同じように考えるのは無理がありそうです。
 もっとも、前出の松沢哲郎氏が訓練しているチンパンジー「アイちゃん」は、たとえば3つの図形文字を並べることで、「赤い、歯ブラシ(が)、5本」というふうに表現できるそうです(「朝日新聞」夕刊 1996.06.12 p.5)。初歩的な段階のことばの分節を理解しているのかもしれません。

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