HOME主人敬白応接間ことばイラスト秘密部屋記帳所

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
email:
01.09.15

「かっこいい」の出世

 流行語は、生まれては消えるうたかたのようなものですが、中には定着して、まったくふつうの日本語になってしまうものもあります。
 「かっこいい」という形容詞、これももともとは流行語でした。今は、どのようなニュアンスのことばとして受け止められているのでしょうか。
 ある席で、大学4年生の女性に聞いてみたところ、「あの人かっこいいね」とふつうの会話で使うとのことでした。べつに「古いことば」とか「流行遅れ」とかいうふうには意識していないそうです。
 「レポートで使いますか」と聞くと、それは使わないとのことでした。さすがに文章語ではないのでしょう。
 宮崎里司著『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか』(日本語学研究所・明治書院)の中で、玉ノ井部屋のおかみさんが語るエピソードが面白いと思いました。ブラジルから来た国東(バンデル)が、入門したてのころ、いろいろと言い間違いをしたというのです。

「〔略〕稽古場の下にある大きな鏡に、バンデルが自分の浴衣姿を写しているところを通りかかったんです。そしたら、『おかみさん、きれい?』って聞くんですよ。それは『かっこいいか?』っていう意味のことを聞いてるわけですよ、だけどその意味の言葉がまだ分からない、表現の仕方が分からなかったものだから『きれい?』って言ったんですね」。(p.84-85)

 ここでは、「かっこいい」がふつうの日本語、「きれい」が間違いの日本語と捉えられています。今の感覚ではそのとおりなのでしょう。でも、これが40年かそれ以上昔であれば、「かっこいい」よりはむしろ「きれい」のほうが自然だった可能性があります。
 戦前、1932(昭和7)年の文部省唱歌「兵隊さん」の1番は次のような歌詞でした。

鉄砲かついだ 兵隊さん、
足並そろえて 歩いてる。
とっとことっとこ 歩いてる。
兵隊さんは きれいだな
兵隊さんは 大すきだ。
(金田一春彦他編『日本の唱歌(中)』 p.162による)

 ここでの「きれいだな」は、足並みがきれいにそろっているということかもしれませんが、たとえそうであるにせよ、「兵隊さんがきれいだ」という言い方は、ちょっと僕には違和感があります。なんだか、歌舞伎の女形みたいな兵隊が歩いている映像が浮かびます。
 今ならば、さしずめ、「兵隊さんは かっこいい」となりそうなところです。今の日本には兵隊はいませんが。
 「かっこいい」ということばは、1962(昭和37)年に出回ったといいます(見坊豪紀『ことばのくずかご』 p.151)。当時の雑誌「言語生活」を見てみると、なるほど1962年1月号からさっそく

 最近の「テレビと子どもの生活」調査は一様に「勉強の時間」「読書の時間」の減少を報告している。「かっこうええなあ!」「イカスぞ」「もうしわけない」などというテレビ流行語を連発する子どもたちが、テレビをみながら宿題をやってのけ、雑誌を読んでいる。(p.17 滑川道夫)

と眉をひそめる大人の文章が載っています。なぜ「かっこうええ」と関西弁なのかよく分かりませんが、1月号に載っているということは、前年にはテレビで聞かれたセリフ(テレビ番組? コマーシャル?)なのでしょう。1962年後半からは「かっこいい」の形でこの「言語生活」でもよく目にするようになります。
 このころ、「かっこいい」は、いつも「いかす」とペアで悪いことばの見本とされていたようです。40年のあいだに「いかす」は「いけてる」に取って代わられ、さらには「いけてる」も今や「古い」と考えられはじめたふしがあります。それに対し、「かっこいい」は、どうやらこれからも日本語の美的語詞の一翼を担い続ける勢いです。


関連文章=「きれいな若者

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ ご感想をお聞かせいただければありがたく存じます。
email:

Copyright(C) Yeemar 2001. All rights reserved.