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00.12.30

いける、いかす、いけてる

 新式の耕耘機に乗って張り切る野良着姿の母に向かい、少女が
 「おかあちゃん、いかす!」
 と呼びかける。母は娘のことば遣いを叱って
 「こら。またそんなことば使うて。宿題はちゃんとしたん?」
 ――これは、まあ、あまり見ていた人はいないかもしれませんが、NHKの朝のドラマ「甘辛しゃん」(1997)の冒頭シーンです。このドラマでは「いかす」という語は、舞台になった1960年当時の流行語で、親たちの槍玉に上がっていたと捉えられているようです。
 こんど第2版が出た『日本国語大辞典』では、「いかす」の用例として、1961年の森茉莉「恋人たちの森」の例が出ています。増補のために参照された主要な資料のひとつ『筑摩現代文学大系』の中では、古いほうの例だったのでしょう。
 ただ、この語はさらに古いようです。小林信彦『現代〈死語〉ノート』によれば、1958年の流行語で、同年の流行歌であるフランク永井の「西銀座駅前」が紹介されています(「いかすじゃないか 西銀座駅前」)。「石原裕次郎がやたらに使った言葉」で、「この年、爆発的に流行した」と記しています。古川ロッパが戦前に使っていたともいいます。
 小林氏は、このことばは性的な由来があると考えていたようです。しかし、別に性的な意味はないと思います(追記参照)。直接の先祖は「いける」ではないでしょうか。
 石坂洋次郎の1950年代の小説に、「いける」がよく出てきます。

「〔略〕スッキリした、だがシンの強そうな、細長い線〔の女性〕が泳いで入ってきた感じで、僕は一と目見て『あっ、これはいける』と思ったんです」と、そこで野崎は、無意識のようにニヤリと笑った。
「いけるって、どんな意味ですの?」と、美和子は硬{かた}い顔をして尋ねた。
「いけるという言葉は、ちょっとホンヤクが出来ませんね。いまのところ、貴女の好きなように解釈してください」と、野崎は無愛想に言った。〔略〕
「たいへんな美人だ、僕は一と目惚{ぼ}れしてしまった――と解釈してもいいんでしょうか?」(「丘は花ざかり」1952 新潮文庫 p.28)

「〔略〕俺、おねえちゃんをはじめて見かけた時、ああ、このおねえちゃんはちょっといける――そう感じたもんだった……」
「なによ、いけるって――。生意気だわ」〔略〕
「いけるってのはね、話が通じるってことさ。気どらないで、適当に親切で、適当に意地わるで。まあ、おねえちゃんみたいな人のことだよ」(「陽のあたる坂道」1956-57 新潮文庫 p.270)

 「いける」自体は『日本国語大辞典』にも18世紀の「辰己之園」から1949年の石川淳「善財」までの例が載っており、
 「なかなかいいものである。多く、美しい、おいしい、すばらしいなどの意に用いる」
 と説明してあります。
 しかし、石坂洋次郎の小説の例では、「ホンヤクが出来ません」とあるように、多分に感覚的なことばで、「美しい」「おいしい」というような具体的な中身を持ったものではないでしょう。「陽のあたる坂道」の例は、まさに太陽族の世代の若者が言っているセリフであって、石原裕次郎がやたらに使ったという「いかす」にきわめて近いものではないかと思います。
 さらには、今の「いけてる」とも通じるでしょう。
 僕が「いけてる」を初めて目にしたのは1996年のことだと記憶します。しかし、これも起源はさらに古いようで、1977年のNHKドラマで、女性(桃井かおり)が老人たちの歌を褒めるときに使っています。

全員「あなた恋しい〜」
陽平(水谷豊)「はい、北の宿、はい」
全員「北の宿〜」
 拍手、笑声おこる。
悦子(桃井かおり)「あぁ〜、いけてるぅ
(NHK「男たちの旅路」第3部・第1回「シルバーシート」1977.11.12放送=1998.04.25「NHKドラマ館」で再放送)

 「いける」「いかす」などの語形がすでにあったことから、この時期に「いけてる」があっても不思議ではないと思います。
 「いけてる」は、さすがにまだ衰退してはいないでしょう。フジテレビの番組「めちゃ×2イケてる!」、「いけメン」(いけてる男)、「このコーナーでは、イケてるメッセージを募集しています」(Tokyo FM「広末涼子のがんばらナイト」)などのように使われています。


追記 『新明解国語辞典』では、「いかす」について初版では「〔俗〕そのもののよさが自分をひきつける。」としていますが、第3版以来、性的な由来があることを附記しています(具体的には直接ご覧ください)。しかし、必ずしもそうとは言えないのでは?(2001.06.29)

関連文章=「「かっこいい」の出世」・「新しい語法?「可能+ている」

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