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01.05.02

「ぐんにゃり」と「ぐったり」

老人は、ぐんにゃりと坐りこみ、じっと前方に目をすえていた。(大久保康雄訳『怒りの葡萄』新潮文庫)

 この文は、加減の悪い老人の様子を描写したものです。「ぐんにゃりと」は「ぐったりと」と言ってもいいところです。
 どちらも見た目の様子を表すことばですが、「ぐんにゃりと」が、体の形にしっかりしたところがないという部分に力点を置いているのに対し、「ぐったりと」は、体力がなくなって疲労した様子が感じられるという部分に力点を置いています。

 では、ひとつ問題を出しましょう。
 日本語の擬声語の中で、「ぐんにゃり」のような「AんBり」型のことばと、「ぐったり」のような「AっBり」型のことばとでは、いったいどちらが多いでしょうか?
 確率論的には、次のように考えられるでしょう。「ぐんにゃり」は「×ぐっにゃり」と言えないところをみると、「ん」になるか「っ」になるかは、その次の音が何であるかによるらしい。そこで、五十音図の各行の音について、直前が「ん」になるか「っ」になるかを見て行くと、次のようにまとめられます。

前に「ん」が入る
前に「っ」が入る
何も入らない
ナ行音(しんなり)
マ行音(にんまり)
ヤ行音(ひんやり)
ワ行音(じんわり)
ガ行音(あんぐり)
ザ行音(うんざり)
ダ行音
バ行音(ざんぶり)
カ行音(どっかり)
サ行音(ぐっさり)
タ行音(ぐったり)
パ行音(すっぱり)
ラ行音(がらり)

 この表を見ると、確率から言って、「ん」が入る場合のほうが、「っ」が入る場合に比べ2倍ぐらい多そうです。本当にそうかどうか、実例を見てみましょう。
 浅野鶴子編・金田一春彦解説『擬音語・擬態語辞典』(角川書店)には、1647語の擬声語(オノマトペ)が載っています。このうち、「AんBり」型の擬声語を数えると

あんぐり・うんざり・ぐんなり・ぐんにゃり・げんなり・こんがり・こんもり・ざんぶり・しょんぼり・しんなり・しんねり・しんみり・じんわり・ずんぐり・すんなり・ちんまり・どんより・にんまり・のんびり・ひんやり・ふんわり・ほんのり・ぼんやり・まんじり・やんわり

 以上の25語。一方、「AっBり」型の擬声語を数えると、

あっさり・うっかり・うっすり・うっとり・おっとり・かっきり・がっくり・がっしり・かっちり・がっちり・がっぷり・がっぽり・きっかり・ぎっくり・ぎっしり・きっちり・ぎっちり・きっぱり・くっきり・ぐっさり・ぐっしょり・ぐっすり・ぐったり・げっそり・こっくり・こっそり・ごっそり・こってり・さっくり・ざっくり・さっぱり・しっかり・しっくり・じっくり・しっとり・じっとり・しっぽり・しゃっきり・すっかり・すっきり・ずっしり・すっぱり・ずっぷり・すっぽり・そっくり・たっぷり・ちゃっかり・ちょっきり・ちょっぴり・でっぷり・どっかり・どっきり・とっくり・どっさり・どっしり・とっぷり・どっぷり・にっこり・にょっきり・ねっちり・ねっとり・のっそり・のっぺり・はっきり・ぱっくり・ばっさり・ばったり・ぱったり・ばっちり・ぱっちり・びっしょり・びっしり・ひっそり・びったり・ぴったり・ぴっちり・ひょっくり・ひょっこり・ふっくり・ぷっくり・ふっつり・ぶっつり・ぷっつり・べったり・ぺったり・べっとり・ぽっかり・ぼっきり・ぽっきり・ぽっくり・ぽっちゃり・ぽっちり・ぼってり・みっしり・みっちり・むっくり・むっちり・むっつり・めっきり・もっさり・ゆっくり・ゆったり・こっくり・のったり・ばったり・ぱったり

 以上の106語。「AんBり」型の実に4倍以上になっているのです。
 このほか「ずんぐりむっくり」というのもありますが、これは所載語の範囲では唯一の混合形でありました。
 確率からいえば、さっき述べたとおり「AんBり」のほうが多くなってよさそうなものなのに、実際には逆の結果が出ています。これはどういうことでしょうか。
 おそらく、「AんBり」型は、「AっBり」型に比べて狭い範囲の意味しか表さないからでしょう。上の語例を見ても分かりますが、「ぐんにゃり」「じんわり」「ずんぐり」「ぼんやり」など、総じて不明瞭・不明確を表すことばが多いように見受けられます。「AっBり」型は、そういった限定がなく、わりあい自由にどのようなことについても使えるようです。
 「ぐんにゃり」と関係のある「ぐにゃぐにゃ」、「ぴっかり」と関係のある「ぴかぴか」など、「ABAB」型の擬声語を見ても、2拍目・4拍目にナ・マ・ヤ・ワ・ガ・ザ・ダ・バ行の音が来る語は比較的少ないようです。
 つまり、前に「ん」が入ることを許すナ・マ・ヤ・ワ・ガ・ザ・ダ・バ行の音そのものが、擬声語では使われる場合が限られているということでしょう。
 ためしに、この辞典に載っている語のうち、「ぴ」「が」など、「ABAB」型の擬声語のうち、2拍目・4拍目に来る音はどれが多いか数えてみました。その結果、次の表のような数字が出ました。

ABAB型の2拍目・4拍目は
どの音が多いか

欄の左から「順位」「2・4拍目の音」「異り語数」を示す。
色の背景は、2・4拍目の音がナ・マ・ヤ・ワ・ガ・ザ・ダ・バ行音となる語。
157
252
345
442
541
639
737
834
34
1027
27
1225
1319
1418
 
1516
1614
1713
1812
199
9
218
8
8
8
257
7
275
5
 
294
4
4
4
333
3
3
3
3
382
2
2
2
2
 
431
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
   

注・「ちゃ・ちゅ・ちょ」など拗音は「ち」など直音と合わせて数えた。

 この表を見ると、ABAB型で多いのは「が」など2・4拍目に「ら」が来る語、「ぱ」など促音が来る語などですが、一方、2・4拍目にナ・マ・ヤ・ワ・ガ・ザ・ダ・バ行音の来る擬声語は、比較的数も少なく、順位も下位のほうに並んでいることが分かります。
 なお、江戸時代にも、「AっBり」が140種ほどあったのに対し、「AんBり」は45種ほどだったそうです(『研究資料日本文法4』鈴木雅子)。やはり、差が大きかったようです。江戸時代初めの書物「かたこと」には、「ひったり」「びったり」「へったり」「べったり」など「AっBり」型の擬声語が多く紹介されています。「AんBり」型も、少し混じっています。

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