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01.04.11

押しも押されぬ

 金田一春彦氏の新刊『ホンモノの日本語を話していますか?』(角川oneテーマ21)を読みました。
 タイトルからすると、同氏の『話し言葉の技術』(講談社学術文庫)の続編かと思いましたが、ちょっとタイトルと内容とが食い違っているようです。むしろ『日本語』(岩波新書)、『日本人の言語表現』(講談社現代新書)、そして『ことばの歳時記』(新潮文庫)の3冊をベースとしているように見受けられます。これらをすでに読んでいる読者にとっては、「おさらい」という感じになります。
 しかし、もちろん新しいことも書いてあるので、「金田一春彦ファン」の僕としては読まないわけにはゆきません。
 日本語について論じている部分もためになりましたが、僕はむしろ、随想的なところと言いますか、学者として大きな業績を残した金田一氏の今の心境が垣間見られる部分に興味を引かれました。
 すでに亡い親友のエピソードを語る文章には、ユーモアばかりでなく、著者のさびしさがうかがわれます。たとえば、「ハンケチ」の語源を落語的に解釈する池田弥三郎氏(p.131)や、封筒の封じ目にト音記号を書くというなぞの行為をする藤山一郎氏(p.215)の話など。
 著者が大学で教わった橋本進吉博士を結婚式の主賓に迎えたときのエピソード(p.90)は、初めて読みました。「橋本さん」と「さん」付けで書いてあったのには少々驚きましたけれども。
 最近の出来事について、著者が悔恨のことばを連ねながら記しているところがあります。それは、「息子のように可愛がっていた」秘書をささいなことで叱りつけたため、辞められてしまったという顛末記です(p.203)
 本書のテーマからすると、やや異様の観がある挿話ですが、功成り名遂げてなお、著者が迷いながら日を送っていること、また、それを正直に記していることに、考えさせられるものがあります。

 ところで、この本、タイトルの軽さからも察せられますが、編集に細やかさが欠けているという感じを受けます。
 たとえば、金田一氏が三島由紀夫に関する冗談を言っている部分に「(編集部注……)」とあって「冗談の解説」が入るのです(p.26)。これはいただけない。林家三平の落語ではないのですから、こんなところで編集者が「解説」をしなくてもいいのです。
 読んでいると、あちこちに、このような編集者のさかしらと思われる処理があります。そのたびに、読者である僕と著者との対話は中断されてしまいます。
 校閲も甘い部分がありはしないか。「押しも押されぬ」という句が出てきましたが、これは金田一氏の原文にあったのでしょうか、それとも、組み版の際に間違ったのでしょうか?

 この「お母さん」という言葉は、いまでは日本国中どこへ行っても押しも押されぬ標準語になっているが、明治の末のころまでは、東京では士族階級の人たちはオカカサマと言い、町人階級の人たちはオッカサンと言うのが普通だった。(p.148)

 この「押しも押されぬ」は、

1987年「あばれ太鼓」でデビュー。そして今や押しも押されぬ国民的歌手となった坂本冬美。(東芝EMI株式会社ファミリークラブ「坂本冬美大全集」広告「週刊朝日」1999.11.19)

しばらく前、わたしの服装を同僚にほめられたのだ。ただの同僚ではない。鍛え抜かれた目をもつ女性教官で、しかも驚くなかれ、押しも押されぬ服飾美学の専門家に絶賛されたのだ。(土屋賢二・棚から哲学 「週刊文春」1999.06.10 p.111)

などとよく目にするので、認知された言い方かもしれませんが、伝統的には「押しも押されもせぬ」だったもの。「「押すに押されぬ」との混用か」とするのは『朝日新聞の用語の手引』です。
 このほか、きちんと校閲していればありえないと思われるミスらしきものがいくつかありました。編集者にはもう少し気を配っていただき、この「角川oneテーマ21」という新書のシリーズが、良心的なシリーズとして続いて行くことを願います。

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