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00.11.25

ぐるー回って

 新しい言い方がいつごろから広まりだしたか、うっかりすると、その大事な瞬間を見過ごして、あとでいくら調べても分からなくなることがあります。
 コンビニエンスストアなどの店員が「1万円からお預かりします」というあの「から」も、よく聞くわりには、いつごろから言われだしたものか、自分の記憶をいくらたどっても分かりません。
 真田信治『脱・標準語の時代』(小学館文庫、2000)を読むと、現代語の変化に鋭い目配りをしている真田氏でさえも、あのカラは一体何なのであろう、と書き、疑問に思っているようです。
 「1万円から」という言い方について、僕が確認したいちばん古い指摘は、1993.10.20「朝日新聞」東京面の「いま東京語は・第3部」という記事ですが、これより古いものをご存じでしたらどうかご教示ください。

 耳新しいことばを聞いたら、とりあえずメモしておくに越したことはないようです。たとえば、これはどうでしょう。NHKの「週刊こどもニュース」で、出演者の中学2年生・優君が、車椅子に乗って駅を利用してみるという体験をレポートした中での発言。

あのね、まずね、露那と同じ南口から行ったんだけど、階段上り下りできないのね、車椅子は。だから駅員さんの人が案内してくれて、中央口の方に来ました。で、こう来て、こっからのぼるのかなーと思ったのね。そしたら、ここもやっぱ階段で、のぼれません。てことで、まーたこっち来ちゃって、ぐっるー回って、丸の内のほう来て、で南口来て、……(NHK「週刊こどもニュース」2000.11.25 18:10放送)

「ぐっるー」の部分を力を込めて発音するのです。僕ならば「ぐるーっと回って」のように「と」を入れなくては話せないところです。
 優君はこの直後にも

こっからここまで行くのに、ぐるー回って10分もかかっちゃった。

と、ほぼ同じ発音で言っていましたから、よく使う表現なのでしょう。
 畳語形のオノマトペでは、「ぐるぐる回る」のほかに「ぐるぐる回る」と言ってもいいわけですから(多少表現価値は異なりますが)、畳語形でない場合も、「ぐるーっ回る」のほかに「ぐるー回る」という言い方も考え方としてはアリなのかもしれません。
 古来の日本語にも、似たような構成の語はあります。たとえば「いななく」は、馬が「いな(ヒヒン)」と鳴くという意味ですから、つまりは「ヒヒン鳴く」というような語構成です。「万葉集」にある「かかなく」という語は、鷲が「かか」と鳴くということです。「ほほ笑む」は「ホホ」と笑うということで、これも「ぐるー回る」と似た言い方でしょう。しかし直接の関係はないでしょう。
 大阪の魚屋の主人が、似たような言い方をしていました。フグを狭い水槽に入れるときの説明です。

最初、こう狭いとこ入れるからね、ちょっとぐわーっ(と)するけど、エアをぶわーっとほり込む、でるからね、ほなまたしゅーっといく。また手ぇつっこんだらあかんで。もう、ぶわーっなる。 (NHK教育「ふるさと日本のことば・大阪府」2000.04.23 19:00放送)

この「ぶわーっなる」というのが、ちょうど先ほどの優君の言い方と同じです。この主人は、直前で「ぶわーっと」「しゅーっと」のように「と」を付けた言い方もしていますが、冒頭の「ぐわーっとする」では、「と」がちょっと聞きにくい感じです。
 このような言い方は、関西ではわりと普通の言い方かもしれません。ただ、東京の中学生が言うのはちょっと奇異に聞こえます。現時点ではまだ一般化していないのではないかと思いますが、どうでしょうか。


追記 関西方言らしき言い方としての例をもう一つ。

ぐーっ混ぜてね。(今くるよ・NHK「生活ほっとモーニング」2000.11.29 08:35放送)

 関西では「『うどんが食べたい』言うた」と、引用の「と」が抜けることがあり、「ぶわーっなる」「ぐーっ混ぜて」もそれと関係があるでしょう。ちなみに僕の出身地の香川県でも「『うどんが食べたい』言うた」式の言い方はしますが、「ぶわーっなる」式のオノマトペの使い方はしないように思います(最近のことは知りません)。(2000.11.29)

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