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00.04.21

ナマメカシイ琵琶の音

 「なまめかしい」ということばは、昔は色っぽいというような意味はありませんでした。ではどういう意味だったのだろうかと『新明解古語辞典』を見ると、「新鮮だ」とか「柔和で親しみが持てる」とか「上品だ」とかいうような語釈が書いてあります。
 また、「源氏物語」の現代語訳を見ると、「美しい」「やさしい」「優美だ」などと訳してあります。
 ――どうも、いろいろあってよく分かりません。これらの意味を全部足して平均すると、古語の「なまめかし」の意味になるのでしょうか。
 ならば、「源氏物語」にあるこういう例はどう解釈する? 「使者への禄(ご褒美)がナマメカシイ」(絵合)というのです。使いの者に、何か美しい褒美を上げたわけだろうか? 着物とか。
 実際、ある訳を見ると、「お使いへの禄などもじつに優美な感じである」と書いてあります。しかしね、これは果たして日本語でしょうか。たとえ着物を贈ったにしても、「禄なども優美な感じ」という言い方はないでしょう。
 「いや、そう訳さなくては、作者紫式部の文章の味わい深さが表現できないのだ」
 と、専門家からは言われるかもしれません。でも、いっぽうで、英語の和訳を読んで意味が通らないときは、たいてい原文を誤訳しているものだというようなことは、翻訳家がよく指摘するところです。なのに、日本の古典の現代語訳だけ、どうして自然でない不思議な訳が受け入れられてしまうのでしょうか。
 こういう分かりにくい「ナマメカシイ」の訳の例は、「源氏」の他の個所にもいくらでも目に付きます。
 出家した朱雀院の屋敷で、客に精進料理のごちそうを出した。なにしろ出家の身だから、派手な料理ではない。「ウルワシクせず、ナマメカシクなさった」(若菜上)と言うのです。「ウルワシク」というのは、「仰々しく」というほどの意味。「仰々しくせず、ナマメカシクした」というのを、ある注釈書では「儀式ぶらず優美にあそばされた」と訳しています。
 優美な精進料理って、どんなのだろう? 使った食器類が優美、と考えてもちょっと違和感があります。ふつうは、「儀式ぶらず」とくれば「控えめに」ではありませんか。それなら、意味が通るのです。
 とすると、先の「禄がナマメカシイ」というのも、「大げさにせず、さりげない」ということで良いのではないでしょうか。
 最後に、もう一つ「ナマメカシイ」の例を。
 琵琶という楽器は、左手で弦を押さえ、右手でバチを持ってかき鳴らします。弦を押さえるときは静かに押さえるのがいいのですが、そうせずに、押さえるときに音程が変わってナマメカシク聞こえるのも女性らしくてかえって良い(紅梅)、という記述があります。
 さあ、どういう音なんだろう。注釈書では「やさしく聞こえます」とか「みずみずしく聞こえます」とか訳しています。分かったような、分からないような……。「やさしい」と「みずみずしい」とを比べても、ちょっと互いにニュアンスが違うようです。
 弦を押さえる(正確には柱〈じゅう〉=フレットに弦を押しつける)ときに、ぎゅっと指に力を込めて弦の張力を高めることを、現代音楽ではチョーキングというのだそうです(調布在住の音楽家・談)。チョーキングをすると、ちょっと「びよ〜ん」という感じに、音程がぶれるんですね(MIDIファイル参照。初めのはふつうの弾き方。2番目のがチョーキングを用いた弾き方――環境によってはあまり違いが分からないかもしれません)。
 こういう弾き方が「ナマメカシイ」のです。つまり、ちゃんと弾かずに、ちょっとくずした弾き方、「なにげない弾き方」のことを言うのではないでしょうか。ヘタウマ奏法、といっては言い過ぎかもしれませんが。

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