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00.03.31

又「ことほどさように」

 「ことほどさように」ということばの意味がよく分からない、ということについて以前書きました。ことばの意味を僕なりに定義したりもしましたが、どうも自信がもてませんでした。で、それ以来も、あいかわらず、このことばを使うことができない次第。
 今度文春文庫で出た小沢昭一さんの『話に咲く花』を読んでいたら、この表現が何度も出てきて、ちょっとおもしろいと思いました。
 この本は、小沢さんがほうぼうに発表したエッセイ等をまとめたものです。万歳師(漫才師)の隠語を集めた小辞典なども収録されていて、なかなか興味深いものです。
 後半に、「話術話芸の不徹底的研究」という、話し方について談話体で記したエッセイが収録されています。その中だけで「ことほど左様に」が少なくとも3回出てきました。新聞では1年に数えるほどしか出てこないのですから、驚くべき頻度と申せましょう。

〔人前であがってもいいじゃないか、という話の中で、自分はむしろあがるように仕向けていっている、と明かして〕そうすることによって、毎回のできが違ってくる。毎回の演技に流動性がでてくるということです。
 ことほど左様に、あがることは話術における大変な妙薬であると思うんです。(p.247)

〔人は、優れた点よりも欠点が分かったときに仲よしになる、という話で〕あいつすごく頭がきれる、すごく仕事ができるなんてことでは、なかなか仲よしにはなりませんな。それよりも、〔略〕おっちょこちょいとスケベーなところがピタッとくっついて、心を許したつながりというものが出来てくる。そんなもんじゃありませんか。
 ことほど左様に、人間の欠点というのも大事なんですよ。(p.279)

〔話し方は伝染する、という話で、子供、政治家、スポーツ選手などの例を挙げ〕さらに、人のしゃべり方というのは、もちろん、世代や時代によっても変わってまいります。若い人のしゃべり方、オジンのしゃべり方、大オジンのしゃべり方は当然違うわけであります。
 ことほど左様に、人間の口跡、しゃべり口調というものは、世の中の様々な影響を受けてでき上がっているものなんですが、(p.284)

 小沢さんの使用法をみると、以前考えたとおり、まず(1)命題を示し、(2)具体的な例・証拠を出し、(3)その後、「ことほどさように」を使って結論を言う、というふうになっていると思います。
 ことばの名手・小沢昭一さんが「ことほどさように」を多用しているのならば、僕も真似してみようかという気になります。
 ところが、ちょっと待て。やっぱりこのことばを嫌う人もいました。柳瀬尚紀氏です。『広辞苑を読む』(文春新書)の中で柳瀬氏は、「針の落ちる音が聞えるくらい静かだ」という言いまわしは英語から来たことを述べ、

 いずれにせよ、「針の落ちる音が聞えるくらい静かだ」という言回しは、「表現に役立つ現代語の用例」として勧められても用いるつもりはない。英語からきたとされる「事程左様に」を使えないように、筆者の手持ちの言回しとはならないようだ。(p.166)

 柳瀬氏は英文学者ですから、原語とされる「so...that」のニュアンスはよく分かっているはずです。しかし、日本語の「ことほどさように」を英語と同じような調子では使いにくい、と感じているのではないでしょうか。

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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