クローズド・ワールド
――コンピュータとアメリカの軍事戦略――

深谷庄一(Shoichi Fukaya)

ついに出ました『クローズド・ワールド』(日本評論社、2003年)ですが、帯には次のようにあります。


冷戦は終わっていない!?

本書3つの主題

「クローズド・ワールド(Closed World)」は, もともとシェイクスピア学者シャーマン・ホーキンスによる 言葉だが,ここでは,冷戦の理念化,冷戦思想として使っている. 冷戦は終結したかに見えるが冷戦思想はますます拡大していると著者は主張する. 冷戦は終結したと言われるが、クローズド・ワールドという冷戦理念は地球全体に偏在化したと著者は主張する.

アメリカの世界戦略,グローバリズムを読み解く著者渾身の一冊.


 クローズド・ワールド言説を象徴するイラク戦争真っ只中(「悪の枢軸」とはブッシュのスピーチライタの思いつきから出たと言われていますが、本書にあるように元々は冷戦期レーガンの「悪の帝国」から来たのではないか知らん)、さらには日本がサイボーグ言説の超先進国であることを象徴する鉄腕アトムの生まれた日に出版日を合わせています。
 ついでにいえば、いわゆるネオコンの先制攻撃論も、本書にあるとおり、第一次世界大戦以来の空軍の伝統的な発想であったことが分かります。

訳者は

深谷 庄一
神山 卓也(第3章)
藤本 茂  (第4章)
佐藤 祐司(第7章)
奥村 晴彦(第8章)
清水 寛文(第9章)

の面々です。

 

(2003-4-7)

(2003-5-13)

 結局「最初のコンピュータ」と呼ばれるべきは何だと認定するのが妥当なのでしょうか。本訳書にも具体例を挙げていますが、未だにいくつかの本や古い教科書などでは ENIAC と書いているわけですが、それらはもはや無視すべきでしょう。
 この問題について懇切丁寧な考究を加えておられる ueyama 先生は、アイオワ州立大学のアタナソフ (John Vincent Atanasoff) とベリー (Clifford Edward Berry) によって作られた1942年の ABC だと判定されていますから、わたし自身、内心穏やかではありません。Edwards さんはこの点(裁判沙汰を含めて)について何も触れていませんから。
 一方、いわゆるフォンノイマン型(プログラム内蔵型)コンピュータに関しての評価は、1948年の The Baby(訳書には書いていませんが、これはマンチェスター大学のMark Iのことです)だと判定されていますから、訳書と一致しています。
 さてどう考えたらいいのでしょうか。最初のコンピュータという名誉は、英国ではなくアメリカに譲るべきなのでしょうか。
 唯一 Edwards 氏の肩を持てる点は、ABC のメモリが「コンデンサドラム」というもので、ドラムの回転という機械的動作の制限が加わるという点です。「電子式・機械式折衷のコンピュータ」と呼ばれる所以です。だとすると、本書の言うように最初のコンピュータでしかも実用にもなったという意味で、Colossus の名前が生きることになると判断されるでしょう。つまり「最初のコンピュータは Colossus だ」といっても、間違いではないということです。

(2003-5-17)

 『日経ビジネス』2003.5.26に本書の書評が掲載されています。なんとその書評に『世界最初のコンピュータである「ENIAC」』などと書いてあります。思い込みというものは、消しようもないものですね。
 本書によれば ENIAC は「アメリカ」最初の電子コンピュータですが、裁判所の判断ではアメリカ最初でさえないのです。しかしそんなことにこだわるのは余りに狭量でしょうか。ありがたいお褒めの言葉もいただいていますが、やはり、正確な記述も心がけてもらいたいものです。
 単に冷戦が終わっていないというだけならそれほど珍しい主張ともいえません。東アジアでは冷戦が継続中などと言われることもありますし。本書の真骨頂は、冷戦がコンピュータを生みだし、さらに心のコンピュータ・メタファーから、心を情報処理と見なす認知理論と結びついたという、ユービキタス化の根拠が語られていることでしょう。これは恐ろしいとか、阻止しなければならないとかいう問題ではなく、受け入れなくてはならない定めであり、そこにしか生きる場所はないのだという覚悟を求めているのです。グリーン・ワールドには結局たどり着けなかったのですから。
 もう一つ付言しておくと、クローズド・ワールドは共産主義テロリズムと戦うために原理主義的宗教とドミノ理論に基づき、先制攻撃をも辞さない力の封じ込めを意味しますが、その原型はベンサムの円形刑務所(Panopticon)1であり、暴力ではなくコンピュータによる情報と通信による監視システムです。このように行動したらと自分が考えるように行動するという、まさに自己参照型クローズド・ワールドです。

(2003-5-29)

1 近著ハワード・ラインゴールド『スマート・モブズ』公文俊平+会津泉監訳(NTT出版)では、この Panopticon を「一望監視装置」と訳しています。さすがですね。

遅ればせですが、能澤徹『コンピュータの発明』(テクノレヴュー社)によれば、やはり最初のコンピュータは ENIAC だという判定です。すごく説得力があります。ショックです。半年以上抱え込んだまま報告せずじまいでした。

(2004-7-29)

to Home Page