哀愁のヨーロッパ オーストリア・ドイツ篇 第9話

大道芸人たち

9月19日、木曜日、ウィーン。

天気は曇り、肌寒い。ケルントナー通りは東京なら銀座のような目抜き通りだ。しかも、ここリンクの内側はいつも歩行者天国だ。路上は、すなわち、劇場となる。

街頭に音楽があふれる

さすがに音楽の街だ。大道芸人もミュージシャンが圧倒的に多い。オペラ観劇の前に一回りしてみよう。最初は2人とも12弦ギターをもったデュオだ。ビートルズやサイモン&ガーファンクルのナンバーをきれいにハモる。それも原曲通りではなく、アレンジが施されている。その先では、テノールだろうか、ラジカセの伴奏でアリアを歌っている。確かにベルカントだから、学生かもしれない。1人リコーダーを吹いている青年もいる。おっと、あちらはジャズだ。バスーンとアコーディオンでスタンダードのナンバーを軽快に演奏している。しばし立ち止まり、聞き惚れる。パリ以来のレベルの高いストリート・ミュージシャンたちだ。

私はなんのあてもなく歩いた先に音楽が鳴っていると、そこに惹きつけられる習性があるらしく、よく大道芸人やお祭りにぶち当たる。そんな偶然をいつも楽しんできた。それでは、たまたま出会った人々を紹介してみよう。

9月22日、日曜日、ザルツブルク

ミラベル広場であしたの「ヒトラーの別荘見学ツアー」に申し込む。ミラベル宮殿と広場をゆっくりと回る。午後2時ちょうどに鐘が鳴る。いったん駅に戻ってクレジットカードで現金1000シリングを入手し、川をはさんで対岸の丘にある旧市街へ。小さく細長い道ゲトライデガッセが歩行者に開放されていて、多くの店が立ち並び、すごい人混みだ。とりあえず、昼食。あとは、レクイエムのコンサートまで何の予定もない。コンサート会場の聖フランシスコ教会へ向かう。教会の位置と入り口を確認する。開演が午後8時30分なので、だいぶ時間がある。祝祭劇場(ザルツブルク音楽祭の会場)やカラヤン広場を見つつ、何やら騒がしい音がする方に行ってみると、広場はお祭り状態だった。

ツィターを弾いている盲目のツィター弾き

「第三の男」

鉄細工、ガラス細工、木工、皮細工、陶器づくりなどの実演がずらっと並んでいる。聞こえてくるのは、ツィターの「第三の男」だ。あの懐かしいメロディー。気がつけば、回りに結構たくさんお民族衣装らしきものを着た人を見かける。

本物の馬が回る回転木馬回転木馬

本物の馬が回る

ビールにソーセージ、お菓子に写真館。回転木馬は、木馬でなく、本物の馬だ。大きな仕掛けオルガン。あれはなんというのだろう、塔の回りに踏み板のついてロープがたくさんついていて、それに人が乗って塔がぶるんぶるん回転すると遠心力で傘のように広がって回っていく。遊園地によくあるものの移動可能ヴァージョンみたいなものだろうか。

何の祭りなのか、日曜日だからなのか、わからないがとにかくみんな楽しんでいる。こういう偶然は大好きである。広場という広場にテントが広がり、たくさんの屋台と見せ物が出ている。モーツァルトの像が、そんな下界を眺めている。

9月25日、水曜日、ミュンヘン

前日はホテル探しで手こずった。オクトーバーフェストがあることを忘れていた。ビール飲みには嬉しいオクトーバーフェスト。この時期はホテルが混むうえに、特別料金でホテル代がはねあがる。別にめざして来たわけではないのだが、せっかく特別料金で泊まっているのなら、行ってやろうではないか。ノイシュヴァンシュタイン城に行くのをやめて、出かけてみた。地下鉄U4またはU5でテレジアン・ヴィーゼ(Theresien Wiese)下車。人波の流れに乗って地上に出たら、そこがオクトーバーフェストの会場だった。

ビールとソーセージ

広い。あまりに広くて、自分がどこにいるか、分からない。延々とつづく屋台。いたるところ、ビール、ソーセージ、ビール、ソーセージ。時折、ビール樽を運ぶ馬車が行き過ぎる。大きなHausのなかに入ってみると、そこには巨大なビヤホールが出現していた。こうしたHausが、それも、ひとつやふたつではないのだ。15日間で500万リットル以上も飲み干してしまうそうだから、とにかく相当の量だろう。だいたい、ジョッキは1リットルが標準なのだ。Hausの中央にはブラスバンドが陣取る。演奏している方も出来上がっている雰囲気だ。次々ににぎやかな曲を繰り出し、お祭り気分を盛り上げる。

ビヤハウスの中にステージがステージにはバンドが

一杯1リットル

「グリュス・ゴット!(こんにちは!)」可愛い民族衣装の、それでも腕はさすがにたくましいウェイトレスが注文を取りに来る。とりあえず1リットルを1杯10.40マルク(約800円)、Metzger Platteというソーセージ盛り合わせ20.50マルク(約1577円)を頼む。ソーセージの量も半端ではないが、付け合わせのザウアークラウトの巨大な山にはびっくりした。果たして全部食べられるのだろうか。とにかく楽しもう。バンドはうたう。至福の午後。ゆっくりと食べ、飲みながら、ようやく回りを見る余裕が出来た。サラダ、パン、タバコ、メダル、ペンなどは売り子が巡回している。誰かが席につくと、すかさずウェイトレスがやってくる。1時間後、ザウアークラウトも含めて食べ終え、ビールも全部干した。これがいけなかった。ジョッキが空だと、「もう一杯いかがですか?」と何度も何度も攻勢をかけられるのだ。音を上げてもう一杯、結局頼む。さすがに苦しい。オクトーバーフェスト・ビールは、ふつうのビールよりややアルコール度が高いらしく、回りが早い。それ以前に、私の胃の許容量を超えている。私は未練を残しながら、ジョッキに半分残してしまった。ビール飲みにとっては、恥だが、胃腸には代えられない。

まだ、日は高い。ほろ酔い気分で私は並木道をしばし歩いた。

9月26日、木曜日、ケルン

ケルン大聖堂前が、大道芸人たちの晴れの舞台のようだった。西正面を見上げるオープン・カフェで昼食をとった。クラリネットが聞こえる。と思えば、サラエボから来たという物乞いの少女がいる。路上に直接、絵を描いている青年。マイケル・ジャクソン風の衣装と踊りで客を集めているのもいた。遠くからはリコーダーが響いてくる。そんなにうまくない。ホーエ通りを南下すると、仕掛けオルガンが鳴っていた。この時、私の緊急課題はトイレだった。ようやく思いついて、大きなデパートに入る。定石通り、案内板で位置を確認する。2階(日本風に言えば。大陸風に言えば1階)だ。一周してようやく見つけた。ひと安心、おなかが冷えている上に頭痛がする。早く帰ろう。でも、しっかり金曜日のサッカーのチケットは首尾よく手に入れたのだった。

9月28日、土曜日、ケルン

南米系のパンフルート吹きたぶんケーナというパンフルート吹き

メンヒェングラートバッハに行ったあと、シュヌットゲン美術館と、ヴァルラー・リヒャルツ美術館を回る。大聖堂の裏はローラーコースターに乗った少年たちの遊び場になっていた。西正面前には、南米系のパンフルート吹きがいた。これが、よかった。音が、まるで、空に吸い込まれていくよう。「コンドルは飛んで行く」、「Let it be」、「朝日のあたる家」。時々、味のある音楽家に出会えるのも、出たとこ勝負の旅だからか。まあ、理由はどうでもいい。今はこの響きに身を任せよう。

9月29日、日曜日、ベルリン

着いたその日がシティ・マラソンの日だった。インフォメーションで予約したホテルまで、いつもは走っているバスがない。歩くしかない。ちょうどゴールから逆にクーダム大通りを進むことになる。マラソンはすでに4時間40分をこしていた。市民のマラソンらしく、沿道から声援が飛ぶ。拍手、ブラヴォー。心温まる光景だった。次々にゴールしていく。私はといえば、荷物の重さを肩に感じながら、黙々と歩いていた。汗が出ているのが分かる。結局40分歩いてホテルに着いた。

9月30日、月曜日、ベルリン

ブランデンブルク門に手回しオルガンが出ていた。

大聖堂の中で、時折、練習なのか、オルガンが響く。

美術館の島から東へと渡る橋の上にサックス吹きがいた。聞く人もいない橋の上で。でも、私は確かに聞いたのだ、あの、チック・コリアの「スペイン」を。

10月3日、木曜日、フランクフルト

旅行の終わる日には特別の感慨がにじむ。でも、フランクフルトは帰りの飛行機の都合で寄っただけなので、とくに予定はなかった。しかも祝日にあたっていたので、主な美術館などは休館が多かった。行ったのは昨日のシュテーデル美術館と今日のゲーテ・ハウスぐらいだ。あとは、教会の鐘を聞き、市を歩き回り、多くのストリート・パフォーマーに出会った。

まずはニコライ教会の鐘が聞きものだった。12時5分きっかりに鳴り出した。大きなオルゴールのように、力強く旋律を奏でる。鐘楼の後ろから光が射す。ようやく陽射しが暖かくなってきた。

「アヴェ・マリア」

レーマー広場でぼーっとしていると、金管のカルテットが「アヴェ・マリア」を始めた。市庁舎には旗が掲げられている。その下でバッハが鳴り響いている。すると、広場の反対側では、アコーディオンを伴奏にバリトンが朗々と歌いだした。

お揃いのユニフォームの金管4人ブラスカルテット

ハウプトヴァッヘの市では、大きな円形のフライパンでじゅーじゅーとソーセージを焼いている。いい匂いが漂う。

ソーセージを焼くいい匂い巨大なソーセージ焼き鉄板

一番新しい祝日

ヴァイオリンの音がする。おなかが空いた。昼食はイタリアンで、ピッツァ。ヴァイオリン、ギター、フルートの3人がチューニングを始めた。「イエスタディ」。音楽があって、太陽があって、他に何がいるだろう。

飛行機の出発は午後7時40分だ。時間はたっぷりある。

私はまたをのぞきに行った。ギター一本で頑張る青年。反対側には木琴と電子オルガンで、トルコ行進曲。曲芸的に装飾音を早弾きする。そして、いた、南米系のビッグバンド。エレキギター、エレキベース、アコースティックギター、12弦の小さなマドリガル、巨大なパンフルート、キーボードはローランドのXP50、2本のリコーダー、ドラムマシーンとたくさんいながら、機器のトラブルか、アコギの弾き語りをやっている。民族音楽をさらにレゲエにアレンジしたもので、なかなかのものだ。この曲で帰ろう、この曲で帰ろうと思いながら、後ろ髪を引かれる思いがする。ああ、もう空港へ向かう時間だ。

今日を祝おう。一緒に祝おう。ドイツの一番新しい祭日。「ドイツ統一記念日」。

哀愁のヨーロッパ オーストリア・ドイツ篇 第9話 【大道芸人たち】 完

text & photography by Takashi Kaneyama 1997

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