『あなたに届くまで』後日談 〜ラケシス編〜


 フィンとの甘い夜を過ごした翌日。
「ふわぁ」
 ラケシスはベランダに出て大きく伸びをした。
 まだ少しだけ身体がだるい気がしたのだが、晴れ渡った青空と明るい太陽の下にいるのは気持ちがよかった。
 フィンはキュアンの供で周辺の見回りがてら遠乗りにでかけることになっており、おはようのキスを残して早朝部屋を出て行った。
 今だラケシスは夢心地であった。
 フィンのぬくもりがまだ身体中に残っているようで、ラケシスはそっと自分を抱きしめた。
「ラケシス、おはよう」
 頭上から晴れやかに澄んだ声が聞こえてきた。ラケシスの真上の部屋のベランダからエスリンが身を乗り出していた。
「あ、エスリン、おはよう」
「ね、こっち来ない? 朝食一緒にどう?」
「そうね、いいわ。今行くから待ってて」
 ラケシスはそう行って部屋に戻ると、手早く着替えてエスリンの部屋に向かった。
「今日はずいぶんと御機嫌のようね」
「そう見える?」
 どこかウキウキと楽し気にしている感のあるラケシスは、フィンが作り置きしておいたというスコーンとマフィンを遠慮なくいただいていた。
「フィンのスコーン、本当に美味しいわ」
 3コ目のスコーンにたっぷりと真っ白なクリームをつけて、口に放り込んだ。
 そんな様子のラケシスを見ていたエスリンが、ふいに話しかけた。
「機嫌が良いのは、スコーンが美味しいからじゃなくて、昨夜一晩中彼と楽しこと、してたせいじゃないのかしら?」
 耳もとで小さく囁かれたのだが、その内容があまりにも衝撃的な一言で、ラケシスは飲みかけていた紅茶の入ったカップをテーブルに落としてしまった。
 カップは割れはしなかったが、まだ少し残っていた中身が白いテーブルクロスを茶色く染める。
「エ、エスリン、い、今何て言ったの?!」
「あらあら、そんなに驚かなくても」
 エスリンはすばやくこぼれた紅茶を拭き取り、そして新しい紅茶の用意を始めた。
「びっくりしたわ。ラケシスがあんな声を出すなんて」
「エ、エスリン?」
「艶っぽいっていうのか、色っぽいっていうんか、あんなドキドキするような声を出させるなんて、彼もやる時はやるのねぇ」
「な、何でそんなこと、エスリンが知ってるの?!」
「ふふふ」
 なにやら意味ありげな笑みを口元に浮かべる。
「エスリン!」
 ラケシスは思わず叫んでしまった。
フィンの腕の中があまりに心地よくて、そしてフィンに夢中になり、昨夜の自分のことなど覚えていない。
 しかし、真上の部屋のエスリンに聞こえるほど大きな声を出したとも思えない。
 2人っきりでいた自室での出来事をどうしてエスリンが知っているのかわからなかった。
「昨日、窓開けっぱなしにしていなかった?」
「えっ? 窓?」
 そういえば、さっきベランダに出た時、窓はすでに開いていた。
「キュアンとベランダで星を見ていたらいきなりでしょう? びっくりしちゃった」
 エスリンの言葉から、彼女だけでなくキュアンも自分達が同じ部屋にいて何をしていたかという事を知っているのを知る。もう頭の中はパニックだった。
「あ、ラケシス」
「な、なに?」
 今度は何だとばかりにラケシスは警戒ぎみにエスリンを見た。
「今日はその服着ない方がいいわよ」
「この服?」
 今日ラケシスが着ていた服は、襟のない少し首まわりがゆったりと開いているものだった。
「そ。ほら、ここのところ、見てごらんなさい」
 エスリンは手鏡を渡しながら自分の首筋を指差した。
 言われるまま、ラケシスは受け取った手鏡を覗く。
 白い首筋に虫にさされたかのような痕があった。
 ラケシスはぱっと顔を真っ赤にして、その痕を手で押さえ隠した。
「こんな場所に昨日までなかったこの痕を見たら、誰だって昨夜何があったかなんてすぐにわかってしまうわよ。あら、こっちにも痕が」
 エスリンは楽し気に、ラケシスが手で隠したのと反対側の首筋を指差した。
 ラケシスは慌てて手鏡をテーブルに置くと、さっともう片方の手でラケシスは首筋を押さえた。
「やぁねぇ。こんな目立つところに自分の痕を残すなんて。それとも、わざとつけたのかしら? ラケシスは自分のものだって証拠に」
「わざとなんてそんなことフィンはしないわよ!」
 そうラケシスが言った途端、エスリンはしてやったりといってたかのように満足そうに微笑んだ。
「ふぅん、やっぱりそれをつけたのはフィンだったのね」
「!」
 ラケシスはハッとした。
 エスリンは一度として昨夜自分と一緒にいた人の名前を出しはしなかった。ただ『彼』とだけ言っていた。もちろん『痕』をつけたのもフィンだと一言も言っていない。
「はめたわね」
 エスリンの話ぶりから、昨夜の全てを知られてしまったのかと思った。
 まるで誘導尋問しているかのように巧みに話を進めてかまをかけられ、つい自分の方から昨夜誰と一緒だったのかを言ってしまったのだった。
「あら、なんのこと? それより、教えてよ。フィンって、ラケシスにあんな声を出させるほど良かったの?」
「エスリン!」
 もう恥ずかしくて顔から火が出そうだった。何を言ってもエスリンの方がうわてで、手のひらの上で遊ばれているようだった。
 顔を真っ赤にして困っている様子のラケシスに、ついにエスリンは吹き出した。
「エスリン?」
「ごめん。嘘、嘘よ」
「嘘?!」
「声のこと。艶っぽい声も、色っぽい声も、そんな声、聞こえてこなかったわよ」
「エスリン!」
「私達が聞いたのは『フィンのバカ!』っていうラケシスの怒鳴る声」
「……」
 ラケシスは身体の力が抜けたかのように、その場に座り込んだ。
「それが聞こえてきて、そのうち静かになって。これは、って思ったのよね。やっぱりフィンと甘〜い夜を過ごしたのね」
 エスシンもしゃがみこんで、ラケシスの顔を覗き込む。この話題が楽しくて、瞳がキラキラしているかのように見える。
「ねぇ、フィンと朝まで一緒に過ごした気分はどうなのよ? フィンってやっぱり良いの?」
 好奇心いっぱいに浮かべた瞳をラケシスに向ける。
 そういえば、エスリンはこの手の話、人の恋愛話を聞くのが昔から好きだった。もっとも自分ののろけ話をするのはもっと好きであるのだが。
「……教えない。絶対エスリンなんかに教えないんだから!」
 これ以上エスリンと一緒にいたら何を言われるかわかったものじゃない。答えられない質問ばかりされ、自分は真っ赤になるだけで困るのは目に見えている。
 ラケシスは急いで立ち上がると、そのままエスリンの部屋を飛び出した。
「あんなに照れて可愛いんだから♪ ま、ラケシスからはフィンと一緒だったってことは確かめられたんだから、この続きはフィンが帰ってからゆっくり聞こうっと」
 エスリンはとっておきの楽しみを見つけた子供のように楽し気にお茶を入れ直した。



ちょっとフリートーク

 うちのエスリンはこういうふうに人をからかう(?)のが好きなようです(笑)
 ラケシスのことが好きだからついそんなことしてしまうんですよね〜。
 キュアンよりもちょっと大胆にかまかけてますが、そんなところもエスリンだからできるのではないかしら?
 結局ラケシスは途中で逃げ出してしまいましたが、このあと帰ってきたフィンに根掘り葉掘りよ聞き出そうとするのでしょうね。
 そしてキュアンも加わり、フィン、どうするのかしら?(笑/笑い事ではないって)
 ちなみに、ラストのエスリンの『フィンが帰ってきたら〜』のくだりのところで、フィンは嫌な予感がしてくしゃみをしてたりします。