14.古き佳き時代
「フィガロ」は大好きなオペラなのだが、満足できる映像は少ない
。
アーノンクールのチューリッヒ歌劇場ライブ盤
は、なんだか不幸な気分になるシニカルな舞台だったし、バレンボイムのベルリン歌劇場公演のも、全体的に陰気だった。ハイティンクのグラインドボーン盤もピンと来なかったし、ザルツブルグのマリオネットも(「魔笛」は素敵だったけれど)「フィガロ」にはあんまり向いていない。ベームの映画版は、演奏は良いけど、どうもポネルの演出は好きじゃない…。
ベームのザルツブルグ音楽祭のライブ盤
が出る、と知ったのは、去年の夏のこと。9月発売との予告を見てさっそく予約、届いたのは10月半ばだった(国内盤は12月下旬に出た)。
パッケージを見たら、あら、白黒。あら、モノラル録音。知らなかった。(^^ゞ 60年代半ばのライブだから仕方がないとは言えちょっとがっかりしたのだが、ともあれプレイヤーにかけてみる。
…流れ出したのは、この上なく典雅なモーツァルトだった。音質も綺麗。モノラルとしては、上等の部類に入るだろう。やるじゃん、オーストリア放送協会。CDでは、さすがに最近はモノラル録音の演奏を聴くのが辛くなってきたけれど、DVDだと映像にごまかされて(?)あまり気にならない。
序曲が終わって幕が開くと、実にコンサバティヴな演出。台本どおり、という感じ。瀟洒な伯爵家のお屋敷が描写されていて、貴族とはこういうものか、と思わせてくれる。モノクロ画面だから、かなり想像で補っている部分もあるのだが、きっと(ふだんクラシックなんて聴かない)
一般の人々が「オペラ」というものに期待している世界
がそこにある。
マティスのケルビーノ。ケルビーノというのは、そもそもそんなに趣き深い人物である訳がないのだ。たとえ天上の音楽を与えられたとしても。大人である快楽だけを夢見る少年、そういうケルビーノを意識的に演じることが出来るマティスは素晴らしい。
そう言えば、マティスのケルビーノとベリーのフィガロは、ベームの日生劇場ライブ盤(63年)とも共通している。ベリーのフィガロ、「もう飛ぶまいぞ」ではもうすこし人の悪さが出て欲しいが、エライ人を手玉に取る機智に飛んだ人物としては好演である。
グリストのスザンナ。ベーのCD(68年のスタジオ盤)で聴いたときからのお気に入り。おきゃんで可愛らしくて芯が強い、私の好きなスザンナである。
歌手陣を支えるウィーン・フィルも見事。美しく楽しく哀しいモーツァルトを、ごく自然に聴かせてくれる。…と言うか、
ウィーン・フィルなら、このくらいはいつも聴かせて欲しい
ものである。
なんというか、演奏にしても、演出にしても、商品としても、「
古き佳き時代のフィガロ
」だ。最近の欧州での風潮は違ってきているようだけれど、モーツァルトのオペラには、やっぱりこういう表現がよく似合うと思う。
このDVDを観た翌日、NNTTの新演出の「フィガロ」に行った。私の観たい・聴きたい「フィガロ」とは随分違っていたし、前日観たこのDVDとのギャップも手伝って、席に着いているのが辛かったことである。
2004.1.25
モーツァルト
歌劇「フィガロの結婚」全曲
TDK CLOPRNDF (DVD/輸入盤)
イングヴァール・ヴィクセル(アルマヴィーヴァ伯爵)
クレア・ワトスン(伯爵夫人)
レリ・グリスト(スザンナ)
ヴァルター・ベリー(フィガロ)
エディト・マティス(ケルビーノ)、他
カール・ベーム指揮
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(1966年ライブ収録)