◆裏山自然観察日記 Part5◆
Masahiro Ikezaki



私の自然観について(5)
     ↑(クッリク)夏!シマノREXでのMTBレース
さて私は何奴だろうか?ヒント茶色と緑と紫

 ここ横浜のチベットにもついに木枯らしが吹く。「寒いなぁ」と文句を言う息子に、私は言った。
「こんなの寒くねーぞ、お前なぁ俺が子供の時は、手とか耳とか鼻とかがちぎれるほど寒かったんだぞ」
私は、『極寒の初日の出バイクツーリング』を高校生の時実行して、凍えて死にそうになった経験がある。バイクで風を受けていると体感温度は実際の温度よりか数倍低くなり、国道246の途中で心臓が止まりそうなくらいに凍えてしまい、ほとんどロボット状態で自宅へ舞い戻ったったのだ。だからどうしたと言うわけではないけど、最近冬が寒くない。そう感じているおじさんやおばさん(おいおい、あなたですよ)いませんか?

私の子供の頃の記憶では、朝、自分の家の庭にあった池に氷がカチンカチンに張っているのはごく日常的な姿だった。その池の中では金魚とか多摩川で釣って来た鮒などが元気に泳いでおり、私は嬉しくて、さっそくその氷をぶち割り、割った氷の厚さとか、大きさとか輝きをダイアモンドに恍惚としている女のようになって見とれていたのだ。
まあ、そんな事が普通であったのだ。しかし今どき庭の池がカチンカチンに凍ることは滅多になくなっている。

そうだ!言い忘れた。寒い地域の方はすみません、これはあくまでも東京地区の話。それでもスキー場の雪不足は毎年の話題になっているし、暖かくなっていることは事実なのだ。そう地球は確実に温暖化している。原因は環境破壊からか?それとも地球時間での大きい周期での温暖化現象なのか?よくはわからないけど、どっちにしてもこのまま温暖化が進めば、南極などの氷が溶けていき世界中の海面の高さが平均何センチか上昇してまう。そして一部の都市は水面下に・・なんてことが現実に起こりうるのだ。
毎年、真冬に妙に暖かい朝を迎えたりすると、すでに踏んだときの感触を忘れている霜柱のようにザックザックと音を立てながら心配が押し寄せてくるのだった。

 地球温暖化もそうだけどダイオキシンなどの環境汚染の問題は、個人に責任がないとは言えない問題だ。また個人の意識改革が必要な問題でもある。その辺を鼻垂らして歩るいている小学生も今やいっちょまえの消費者だ。何でも買えばいいと思っている。その結果、当然ながら人工物の摂取による化学物質の体内貯蓄や、燃えないゴミ(ダイオキシン)が増加がしている。わがままな個人主義が蔓延している今、これは加速的に進んでる現象だ。こうして考えるとやるべきことは本当に山積みなのだ。リストラされても人は死んだりはしない。しかし環境破壊が進めば、将来の子供達の生死に関わる問題になる。そして最後に人類は滅亡するのだ。いきなり結論出してしまったけど。大変な問題であることには間違いない。
「うーん、参ったなぁ」とぼやいてる場合か!・・と自分に言い聞かせている。
ともかく行動しよう。子供達の未来のために。とまた結論出すのだった。



1998年11月 *生き残りゲーム

ここ横浜は今晩秋である。自宅にいる小動物もついにホトケドジョウ20匹とトカゲ一匹になった。トカゲだが、愛称トカチャンは、いつも腹ぺこだ。秋になるとこおろぎも死滅して、餌はヒシバッタとか草ヒバリ程度となる。さらにこのヒシバッタと草ヒバリ、小さくてよく飛び跳ねるので、全くもって捕まえにくいのである。
休日に私は餌捕りに半日くらい潰すのであるが、それでも最近は1匹も捕れないない。さらに気温が13度以下となる日が多く、これでは虫は動かないので捕まえようがない。もっと温度が下がれば大体虫達は死んでしまう。
これからどうしたらいいのだろうか?

 いまのところジグモ(木の根っこに袋上の巣を作っているクモ)でしのいでいるが、どうしようか?それとも冬眠をさせればいいのだろうか?
今更トカチャンを野生に戻すのも可哀想だ。やはり冬眠させよう。でも今までトカゲの冬眠なんて経験ないけどやってみるしかないようだ。
さて、近頃、蓑虫って見ました?実は減っているんだ。秋の風物が消えている。これはある外来種のハエが蓑虫のさなぎに寄生することが原因だそうだ。
これでは下手したら蓑虫は絶滅するかもしれない、動植物界のグローバル化はやはりかんべんしてほしいものだ。
グローバルと言えば、「世界で活躍することを目指す若者は無国籍ではなく、日本人であるということを全面にだして行かないと世界は絶対に認めてくれない」
と北野 武がしっかりした意見を言ってた。さすが世界に通用した芸術家だ。(今TVで言ってた)
本当にTVとかインターネットなどでグローバルな世界を見なれてしまうと、個人というものをなにを基盤にして組み立てていけばいいのだろうかと考えてしまう。
僕の場合は、やはり自分を育てくれた環境(それには親も含む)、日本という国だった。と思うようになっている。
いきなり話が飛んでいるが、ここ2,3年、日本の身近な自然を相手に子供と一緒に過ごしてみて、自分の子供の頃の出来事を追体験するに至って、この日本の季節とか空気とか小動物、友達とかが自分の個性を育んできたんだろうと思うようになった。
そして、私の子供達も同じ道を今歩んでいる。だから身近な自然は日本人を育てる屋台骨なんだ。だから私達は自分が育った環境を残そうと努力することが必要なのである。
皆が自分が過ごした自然を思い出してくれれば、きっともう少し日本の環境も向上するはずだ。そしてそれが世界レベルの環境保護運動を可能にする。
まずは小さな意識改革が必要なのだ。
どうです。あなたもたまには子供達と一緒に原っぱで遊んでみては?そうすれば長い人生の全てはそこで学んだことの応用だと気づくはず。


★今回の写真は子供の外遊びをポイントにして選んでみました。


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★ 幼稚園での芋掘りの風景。家族全員参加です。

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今年は8月、9月の日照時間の不足からサツマイモはやや不作でした。
息子の通う幼稚園は畑を沢山所有しており、芋掘りや栗拾い、タケノコ採りと年間を通して土と親しむ催しが何度か開催されるのだ。
この幼稚園は豊かな自然に囲まれいるけど、それ以外はなにも特徴がない昔のまんまの幼稚園。でも僕はそんな所が気に入ってます。

★釣りの風景。釣れないので退屈している。

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久しぶりに家族で釣りに行く。相手はモツゴとかフナ。全然だめだった。
今度は僕のガキの頃の秘密の場所へ行ってみよう。でもそんな場所が残っているか、かなり不安だ。

★夏休みのキャンプ。夜タープの外は雨降り。

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今年のお盆休みは群馬にある榛名山の山中でキャンプをした。キャンプ中は雨ばかりで退屈していたけど、退屈をいかに過ごすか?それもまた勉強なのだ。
子供達は退屈するから、色んな事を想像して自ら楽しむ事を経験する。それが遊べる子供を育ていくのだ。


連載お終いのお話

 秋晴れの今日、昼飯前に5歳になる息子佑太と裏山へMTB(マウンテンバイク)を乗りに行った。
ひんやりした山の空気が心地いい。ここは素敵な場所だ。
私がこの自然豊かな地、横浜の片田舎に引っ越して来て10年経つ。引っ越して来た当時に比べると、ここも大規模な宅地開発により風景は一変している。
「人はなんで潔癖症みたいな街を作るのだろうか?」
最近の街作りの発想が私にはよく理解出来ないのだ。街作りはパソコンのシュミレーションゲームみたいに無駄なく作れるものではないはずだ。楽しく歩けない街。ただ綺麗で清潔でお洒落な街。そこには文化も歴史もなにもない。まったくどうかしてるぜ!
裏山もついに、借金抱えても横浜市が大規模な動物園にしてしまうようだ。
今日裏山を息子とMTBで走ったとき、大型重機がまた山を切り崩していた。10年前から比べてMTBコースと雑木林(僕はこのコースをMTBトレーニングのホームコースとして使っていた)は1/3までに減少していた。
息子がその光景を見て私に質問した。
「何やってんの」
「動物園を作ってるんだ」
「何で? 動物を飼うのにどうして山を削るの?」
「知らないよ」
「・・・・でも木を切ると鳥が可哀想だねぇ」
私達の周りの木々には、場所を追われて来た小鳥達、コゲラやシジュカラが囀(さえず)っていた。
象よやラッコより、本当はお前達の方を守るべきなんだ。
アフリカの象が消えるよりお前達が消える方が私は悲しいのいだ。
私は何とか息子と一緒に裏山が潰れる前に走れた喜びと同時に、何ともやり切れない馬鹿げた発想を持って突っ走る現実にまた腹が立って来たのだった。

さて皆さん、この文章を最後に突然ですがここでお別れの挨拶をします。

私、いけざきは、この「冒険!地球人」から突然ですが去ることになりました。当然僕の他の連載物も、「N-1」と続編の「ナナハン物語」も中途半端になりますが連載取りやめとなります。もし楽しみにしていた方がいらしたら、それは本当にごめんなさい。また発表できる場を得られたら、そのときは、忘れずに読みにきてください。よろしく。

では、さようなら。



最後のおまけ、秋の裏山の風景です。
裏山世紀末の秋の風景

作者紹介:Masahiro Ikezaki

最近老眼も発覚したおじん。でも今でも遊び心は忘れない。それが目標だ。
最後にクリスマスカードを見て読んでください!



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