「バロンの末裔/グランド・ベル・フォリー」
宝塚月組東京公演にて惜別!!男役・久世星佳


1997年4月30日、久世星佳は宝塚歌劇団を卒業。そして、広い世界のどこまでも続く一本の道を歩き出した。

4月30日3時半。男役・久世星佳の最後の舞台が幕を開けた。
あの黒髪のオールバックも、さりげない背広の背中も、襟のとがったタキシードも、黒燕尾もこの3時間半で見ることもなくなる。そして最後の舞台を、芝居巧者・久世星佳は魅せてくれた。
ありがとう

あの懐かしい大地から遙かな空へ
            まだ見ぬ世界が待っていると語りかけてくる



¢バロンの末裔¢

30日の公演は、11時がとても感情の移入ができていたように思う。
ローレンスが「後のことはぜ〜んぶ彼にまかせた」と言って見せる表情で、彼が結局計算していた通りにエドワードが動いている、というのが判る。ニッと笑うローレンスの方がエドワードのことをよく知っていたのだ、ということなんだろうな、と。
雉撃ちの丘ではキャサリンが最初から半泣きになってしまう。キャサリンをかき抱くエドワードも心底つらい、という表情を見せる。「今でも私を奪えてよ」と言われて、それができない自分を口惜しがるように。
「死ぬまでこの恋を!」と言い切った時に笑顔を見せるようになったエドワード。自分に打ち勝った潔さと自信が現れている。
最後のテラスでのデュエットダンスはもう何も言うことはない。11時公演も3時半公演も、ここは既にキャサリンとエドワードだけの世界であり、誰も入ることはできない。キャサリンのうるんだ瞳はエドワードを記憶しておこうとするかのようで。「兄は知らない」と指にキスされた瞬間に、目を見開くキャサリンがとてもいい。
エドワードの笑顔は最後までエドワードの笑顔だった。すっかり割り切ってはいないような感じを受けたが、最後にキャサリンを見てから前を見て笑うその姿は、人間そう簡単に想いが割り切れなくても、次の世界へ飛び立つことも必要なんだよ、と語っているようだった。
旅立ちの場面で一度ものんちゃんに戻らなかったので、私としては却って芝居に入り込んだまま見終えることができた。3時半公演、つまり千穐楽では千穐楽ならではのお遊びも入って観客を喜ばせてくれた。
リチャードとヘレンを驚かすローレンスは1度ならず2度までも固まってしまうし、壷の場面でリチャードは投げる方向を変え、ジョージが受け取る。はずが、彼は落としてしまいエドワードもリチャードもスティーブンソンも硬直状態。ジョージは「隠居させていただきます」としょげ返って退場してしまうのだった。「ジョージが落としたその壷でさえ、もう我々のモノじゃない!」と言われ、おまけに「少しお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」と再び登場したときに、エドワードに「壷のことならもういいよ」と言われてしまった(かわいそうなジョージ)。

私の好きな一瞬
どこも最高なんですが、一つ挙げるならそれは最後の「あの懐かしい大地から〜遙かな空へ」と歌いながら両手を挙げていく箇所なのです。表情も勿論なのですが、あの掌を下にして両手を挙げていくポーズが、「久世星佳」なんですよ!! 巧く言えないけれど、あの仕草が決まるのはのんちゃんだけだと思っています。因みに新人公演では成瀬君は掌を最初から上に向けて挙げていて、「違うな、やっぱり」などと不遜にも思ってしまいました


¢グランド・ベル・フォリー¢

まずは報告、千穐楽のショパンはショートヘアだった。さて、実はこの千穐楽、久世星佳のFCの会員は3階席にかなり集中していた。のんちゃんは当然それを知っていたはずで、何度も何度も3階席に笑顔を向けてくれていた。「サ・セ・ラムール」でもいつもなら1階1列センターの席に向かってマミちゃんとせまっているのに、そこで3階席に向かって投げキスをしてくれた。
「ショパン幻影」の二人は完全に別世界。ショートへアのショパンだったのでサンドを抱きしめるときにすがりつくような形になっている。最後に上着を着せるときの二人の表情、マミちゃんのサンドも苦しげで哀しいが、結局自分にはピアノしかない、とピアノに覆いかぶさりながらもやがてこの世から消えてしまう予感を感じさせるショパンの後ろ姿。ま〜ったく、わずか1場面でありながら、こうも芝居を見せてもらえるとお得!気分だ。それにしてもあれだけバランスといい色合いといい似合うトップ&2番手コンビが消えるのは惜しい!! トップ&娘役も、トップ&2番手の組み合わせも最高だった。月組でのんちゃんと組んでマミちゃんも描く色合いがとても端麗になったし。
じゅりちゃんのダンスは勿論健在で(時々勢い余ってターンもいすぎたりするが)鬼気迫るキレとシャープさは相変わらず。
「ル・ジャズ」では少々疲れの見えはじめたずんこくんにもうひと頑張りしてもらいたかった。これからは2番手になってますます出番も増えるのだから。「チェーザレ」でも「バロン」でも日程後半に滑舌やダンスでガタンと調子が落ちていたので心配だ。のんちゃんがゆり(天海祐希)ちゃんを、そしてマミちゃんがのんちゃんを支えたように、今度はずんこくんがマミちゃんを支える立場になるのだから、一層の飛躍を願う。研11と言えばのんちゃんは「男爵」を演った学年です。

「想い出のカフェ・ド・パリ」は、何も言うまい。あれだけ濃い振付と歌が歌えて、それでいて品(気品とか上品ではなく『品』)がある。それがのんちゃんであり、あれだけみんなが嬉しそうに楽しそうに、のんちゃん色した腰の入れ方でダンスを踊っている。それがのんちゃんをトップとした月組なんだ、と思わせてくれる。
あの場面、映像としては残らないのだと思うと惜しい限りだ。「パッパパラ」と歌いながら足を上げるゆうこちゃんが色っぽいよ〜。
そして「ディスコ・モン・パリ」も「アムール・ド・パリ」もこれが久世星佳最後の黒燕尾姿。ファンとしては見納めの姿。
バックで踊るなる(成瀬こうき)ちゃんやじゅりちゃんは既に涙をこらえての笑顔だった。
「アムール・ド・パリ」で歌うマミちゃんは涙をこらえていたのか表情が硬く、そして声が途切れる箇所もあった。ゆうこちゃんが潤んだ瞳でのんちゃんにすがりつくようなダンスを踊る。銀橋で歌い上げたのんちゃんにいつまでも、いつまでも拍手が鳴りやまなかった。フィナーレで月組生をいとおしげに見つめながら大階段を降りてくる羽根を背負ったのんちゃんを見るのもこれが最後。
最後の笑顔を3階席まで届くように見せてくれたのんちゃん。「バロンの末裔/グランド・ベル・フォリー」は最後まで一人の休演者もなく、月組生全員がのんちゃんの最後を出迎えてくれていた。

素敵な出来事
¢11時公演でとても嬉しいこともあった。この時間にピーター(池畑慎之介氏)が観劇に来ていたのだが、緞帳が降りると彼はスタンディングオベーションをやりだした。
そして、他の観客席も自然と拍手をする。ピーターの一行とファンは両手を挙げていつまでもいつまでも拍手を続けた。劇場内がひとつになり、今の感動をのんちゃんに伝えたくて、拍手を続けた。私は1階席で観劇していたのだが、後ろを見上げると2階席3階席も総立ちで拍手をしている劇場は、熱い想いが充満しており、ひとつの生き物のように見えた。感動だった。劇場の精霊が全員あそこに集まって出てきていたようだった。
これが大劇場ならおそらくのんちゃんか、あるいはそれが無理なら組長さんかが出てきてくれただろう。融通が利かないのか、感動した観客やファンの気持ちなんかどうでもいいのか、東宝はあくまでも緞帳の手前に誰一人立たせてはくれなかった。しかし、あの雰囲気を共有できたというだけでとても感動だった。「銀ちゃんの恋」でもFCなどが煽るようなお決まり拍手やスタンディングではなく、自然と観客が立ち上がり終わらないかと思うようなアンコールがあった。今回もまずあり得ないような現象だった。ここまで人を感動させる久世星佳の舞台はやっぱり凄い。


¢さよならショー¢

さよならショーは大劇場と同じくフォーレの「レクイエム」の低音から始まった。29日には白い薔薇、そして30日には深紅な薔薇を手にドノヴァンが花道から銀橋へ。「Put my life on the line」の革手袋の音とダンスと、そして歌。じゅりちゃんは泣き顔で踊っている。全員が「BLUFF」の出演者。あの名作が甦る。
トレンチとソフト帽をとると、黒タキシードのニコルがそこに立っていた。スポットライトの中、孤独な寂しい魂のニコルが切々と自分の人生「ニコルのテーマ』を歌い上げる。一転、表情が最高に優しい可愛いビルになる。「愛は世界を廻らせる」はビルの歌だ。「ビルといえば剣幸」のウタコさんが「のんちゃんがどういうビルをするか見なくてもわかります」と言ったみんなを癒やしてくれるビル。ヘザーセットもパーチェスターもジョン卿もジャッキーもジェラルドもみんなを幸せにしていくビル。涙はここで流れた。あの優しいビルはのんちゃんの本質なんだろう。最後の銀時計はとにかく無事にポケットから出た。
マミちゃんの「I love Paris」の歌で他の退団者(夏妃真美さん、鷹悠貴さん、若江由季さん、瑞穂環さん)が踊る。若江・瑞穂の二人のエスコートはぱるき(越はるき)さんとう〜(光樹すばる)ちゃん。
白の燕尾服に着替えたのんちゃんが登場し、ゆうこちゃんとのデュエットダンス。触れあうか触れ合わないかという幻想のようなダンスが「Love can't happen」で踊られる。唇を噛み締めて泣くのを堪えていたゆうこちゃんと彼女を抱くのんちゃんのいとおしげな視線がたまらない。この二人のつながりは本当にいい関係だったと思う。
「As it should be」を歌い出すのんちゃん。思えばこの歌が生で聴けたのはこの2月と4月のさよならショーが久しぶり、というか「グランドホテル」以降初めてだった。のんちゃんに男爵という名前をもたらした名作「グランドホテル」。しかし、これも映像に残っていない。舞台はその場の出演者と観客が一体となった空間こそが素晴らしいのだ、と判っていてもせめて想い出として映像を出して欲しかった。
そして銀橋でいきなり銀ちゃんが現れる。「こんな白い衣裳着たって似合ってねぇんだよ。やっぱりこれだな」と下手にせり上がった電飾衣裳に着替えながら、大階段を出す音がガタガタすると「やかましいね」と一言。やっぱり銀ちゃんそうでなくっちゃ。「銀ちゃんっ」と叫ぶ客席へ「はいっ」と返事すると、歌いながら花道に向かって「小夏っ」。「小夏、来いよ」。大きな拍手に迎えられて半泣きの小夏っちゃんが出てくる。銀橋の3分の1ぐらいまで銀ちゃんが小夏の手を引いて歩く。「ああ、銀ちゃんと小夏だ〜」と感動。観客にもそして小夏っちゃんにも何より嬉しい贈り物だった。「帰れるか」「元気でな」と小夏に声をかけるとただただうなずく小夏(衣裳は「グランド・ベル・フォリー」のフィナーレ衣裳だけどね)、かっわいい〜。帰っていく小夏に手を振って銀ちゃんの「主役は俺だ!」は続く。最後に「日本一!」という掛け声がかかり、「キネマの天地」へ。
「サヨナラ!!倉岡銀四郎」の吊り看板を背に月組全員&未沙のえる&劇場全体の手拍子と合唱が銀ちゃんを送る。最後にマミちゃんの「のんちゃん!」で客席も舞台もオケまでもが「かっこいい〜!!!!」を叫ぶ(勿論、私も叫んだ)。看板は「サヨナラ!!ノンちゃん」に変わって、のんちゃんの、いや銀ちゃんの「Thank You〜!!」後は泣き笑いの拍手がいつまでものんちゃんを送っていた。

挨拶は紋付袴姿で、泣くこともなく笑顔笑顔で話し終えたのんちゃん。大好きな男役の制服燕尾服を脱いで、今度は宝塚の制服紋付袴で宝塚を去る。そしてこの女袴姿が「嫁に行けない娘のせめてもの親孝行です」と笑わせてくれて。「まだ見ぬ世界が待っているという声が私の中で方々から聞こえる」「なるべく道を誤らないように、でも色々な事にチャレンジして、月組を宝塚を楽しみに見ていこうと思っています」そう言ったのんちゃん。「14年間の宝塚で、人って優しい、人って暖かい、人間っていいものだと思えるようになった」のんちゃんは幸せ者の退団者で、そして、そう言い切れるのんちゃんを見送れた私たちファンも最高に幸せなファンだと断言できる。
ありがとう! のんちゃん!

男役・久世星佳は颯爽と去っていった。けれど役者・久世星佳はこれからだ。宝塚という狭い枠にとらわれず、より大きなより高い世界で更に遠くへ羽ばたける役者のはず。宝塚らしくないと言われたスターが、宝塚の歴史を塗り替えるような名作やさよならショーで宝塚を魅せてくれた。
次はもっともっと広い演劇界で悪戦苦闘して、やがては至宝と呼ばれる役者になってほしい。久世星佳にはそれだけのものがあるはずだから。


さて、千穐楽、パレードを観たファンから感想が

¢「最後の袴姿で銀橋を渡る姿は、本当に肩の荷を降ろしたような「星野紀子さん」に戻っていました。可愛かったですね。上手側で見ていましたが、星野瞳ちゃん、成瀬君、光樹さんたちは号泣し、汝鳥さん、未沙さんも泣いてました。私は、下級生にいたるまで、本当に、月組が大好きです。ノンちゃんが息づかせる「男性」が見られなくなることといっしょに、あの素敵な仲間達との舞台が永遠に終わってしまったのは・・とても悲しい。
「バログラ」の最後数日の充実ぶりは、素晴らしかった。何度見ても、前回以上の感動をもらえる・・そんな舞台を見せてくれるのは、やはり、ノンちゃんと月組だけです。
そして、本当に密度の濃かった、この1年(いや、もちろん、その前も濃かったけれど)ファンとしてなんと幸せだったことか・・。特にこのめまぐるしい4カ月、最後まで、ノンちゃんは元気で幸せそうで楽しそうで・・。それが何より、嬉しかったですね。(ほら、最近のトップさんって、最後のころ悲愴感や痛々しさの方が先に立つから)きっと、そうあるために、すごく努力して苦労もしていたのでしょうけれど、それを決して見せないカッコつけも、久世星佳なんだと思います。
もともと「男役」ではなく、「男」を演じていた方だから、「女」にも実はかなり自然に転身されるのだろうと思ってますし、絶対、守備範囲広いですし。といっても、結果が全てだから、せっかくの久世の持ち腐れにならないよう、いいスタッフワークを期待するのみ、ですね。」

¢「本当にあんな役者を知る事ができて幸せです。一年でトップを去るという人が、こんなにファンを幸せにしてくれて。まったく…。昼楽の果てしないスタンディング・オベイションも感動でした。皆自然にピーター氏に続いて。約15分間でしたか。すごい…。今までどれだけ名舞台をみせてきたかの証ですよね。私も感謝の気持ちで手を叩き続けました。
本当にこれからは演劇界に久世星佳あり、となっていって欲しいし、なれますね。女優第一作も、“らしい”選択ですね。久世星佳以外の誰が一作目にああいう役を選ぶでしょう。役者魂にまた惚れ直しました。
ご挨拶の時に一筋涙が流れたんですが、熱いものではなくすーっという感じでした。昼楽に「サ・セ・ラムール」で手をつないでのん&マミが袖に入るのを見た時はふいにぐっときて顔がゆがんでしまいましたが。のんちゃんも落ち着いた気持ちだったようですが、結構私落ち着いてるなと思って…そしたら手が震えてました(笑)。今は幸せという言葉ばかりが浮かんできます

本当にそうですよね。そして「男役」でない「男」を、というより「人間」を見せてくれていたのんちゃんだから、次の女優としての舞台もきっと素晴らしい「人間」を見せてくれるでしょう。
楽しみにしていましょうね。


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