3月25日

バスケットボール・田臥勇太
(米国フロリダ州、タンパ、オーランド)
天候快晴、気温25度

 28日の「ナイキ・フープサミット」に、世界選抜代表として出場する田臥勇太(18=能代工卒)が、午前中約2時間半、現地3日目となる練習を行った(ディズニーワールド内の体育館)。この日は初めてフォーメーションプレーを確認し、攻撃にはいくつかのポプションを設定するなど本格的な練習となり、田臥は先発が予想されるAチームのガードとして器用された。ここまで2日間の練習では「個人的な能力を確認していた」(ガンバ監督=イタリア)とのことで、練習のペースもそれほど厳しいものではなかった。しかし、この日から練習も一転。しかも時差、練習疲れと各選手疲労のピークでもあり、そんな中でのフォーメーション練習となれば、当然のことながら高い集中力も要求される。コーチ陣の狙いもまさにその点にあり、ガンバ監督も「彼らが肉体的にも厳しい状況にあるのは承知の上で、その中で誰が最も集中し高いパーフォーマンスをするかだ」と話す。米国でのプレーを望む田臥にとっても、いよいよ本格的なセレクションがスタートすることになった。また米国の選抜も24日夜に現地入りし、この日から練習をスタートさせた。

    <練習メニュー>
     1.体操
     2.オールコートでの対面パスからランニングシュート
     3.オールコートでの対面パスからランニングシュート(DF1人)
     4.リバウンドからの速攻2人1組
     5.リバウンドからの速攻(5対5)
     -----水分補給の休憩(ウォーターブレイク)-----
     6.シュート練習(2人1組)
     7.フォーメーション練習(5対5)

「もっと声を!! 日本語でもいい」

 クロアチアから2人、ナイジェリア、ロシアから各1人、そして日本の田臥というメンバーのAチームとBチームの練習が始まり、数分経ったところでガンバ監督がプレーを止めて、田臥に歩み寄り、頭を抱きながらささやいた。「ユウタ、声を出しなさい。特にファストブレイク(速攻)では、大きな声で味方に自分の位置を知らせなくてはいけない。日本語だって、いいんだよ。思い切って声をあげてごらんなさい」
 何気ないシーンだったが、彼の置かれているポジションを象徴しているようなアドバイスだったかもしれない。
 高校9冠を奪った能代工では、彼が1番(ガード)のポジションではなく、さらには「能代工業のバスケット」という完結された世界にいたといえる。声を改めて出さなくても、完璧に意思の疎通はできた。
 しかし今度はそうはいかない。すでにダラス・マーベリックに昨年ドラフトで指名されているセンターのブルーノ・サンドフ(19、220センチ、クロアチア)、同じクロアチアのフォワードセンター、イバン・カルテロ(197センチ)、ナイジェリアのフォワードセンター、オイエデヒ(210センチ)、ロシアのシューティングガード、ミロセドフ(197センチ)と、米国では自分よりも遥かにキャリアを積んだ選手たちを「動かす」立場になっているからだ。
「声出せ、って言われてしまいました。まだ、余裕がないのと、そういうボールのもらい方なんかも簡単ではないので。何とか少しずつでもやっていきます」と、練習を終えた田臥は自らの課題を理解していた。
 この日で3日目の合同練習となり、ランニングシュートまでのパス1本にしても、やはり非凡なセンスを見せている。「彼のプレーで印象的なのは、ボール扱いの丁寧さ、それに視野」とガンバ監督も見極めをしているという。
 そういった「可能性」への期待と評価の高さは、フォーメーションプレーに現れていた。この日は3つの基本パターンのほか、これにオプション的な動きをつけるものを加えた。大きく言えば、シューティングガードの3ポイントと、田臥のカットインからイマジネーションによるパスを生かす、この2本を柱とするもの。クロアチア人とナイジェリア人のセンター2人に対し、監督から「もっとユータの動きに注意を払うように」との指示も盛んに飛んだ。
 前日の午後の練習では、2メートルの選手に挟まれた瞬間、後ろを走ってきた選手にノールックでバックパス。しかし、あまりのスピードと意外性に、受け手がこれを顔面にぶつけ、選手みんなが大笑いし、しかも素晴らしいプレーをフィニッシュさせなかったことに、みなが声を張り上げて悔しがる、というシーンがあった。「パサー・ユウタ」のポジションは間違いなく確立されており、あとはどこまで自己主張をできるか。大声を出して、ボールを要求すること。こんな些細なプレーさえも、彼にはひとつの重要なハードルになる。

「みんな竹馬に乗っているのかと……」

 身長172センチは両チームでももっとも低く、体重68キロも、次に軽い選手と比較しても21キロは違う。そんな中でのプレーを本人はどう思っているのだろう。
 実際に、いいパスは通っているが、その1本1本を細かく見ていると、非常に難しい出し方をしている。つまり、いつもなら簡単に出せるような位置からはボールが出せない。肩もかなりカバーをし、半身になった地点からロングパスを投げたり、DFを引き付けてのパスにしても、最後の最後まで相手を振り切れず、むしろ激しい衝突の最中にラストパスを出せねばならない。とにかく苦心の後が伺えるパスである。
「本当にそうなんです。肉体的に感じているストレスがまったく違う。子供の頃に、大人とバスケットをやった、そんな感じです。フリーで余裕を持って出せたパスは、今のところまだありません」
 練習後にはこんな風に分析していたが、24日の練習では、こうしたストレスを背負ってのパスに慣れないために、ほとんどのパスがカットされてしまうという、久々の体験をしたのだという。ほかの選手は、時差や疲労がストレスになる。しかし、田臥の場合はこれに(当たり前のことだが)身体的な能力から背負う「ストレス」をも背負わねばならない。

 言葉の問題は、他の選手と相部屋なことから「身にしみて」いるそうだ。それでも持参した電子英語辞典で、わからない単語を指してはコミニケーションを図っている。プレーがうまく行けば、互いに手をたたきあったり、親指を立てて確認したり、とそんな仕草もしている。
 同室の相手はナイジェリア人選手で、「マイペースですよ。昨日も、彼、部屋に友達2人を連れて来てましたけど、こっちもマイペースですよ。構わず眠ってしまいましたから」と、合流3日目でほぼペースは確立しつつあるようだ。
 午前の練習が終了して車に乗る際には、「ユタ(ユタ州のユタと同じ発音だな、と監督に言われて以来こう呼ばれている)、昼飯の後はどうすんの?」などと声をかけられていた。
「3日でやっと周りを見ることができてきました。改めて見てみましたけどね、周り。それにしても、いや、もう、みんな竹馬に乗ってバスケットやってるのかと……」
 こんなジョークも言えるほど、ある面での手応えはあるのだろう。


 午前中、この合宿で初めてのフォーメーション練習を行った世界選抜チームは、午後4時半から地元の学生などによる混合チームと、初めての対外試合(NBAオーランド・マジックの練習アリーナで)に臨んだ。試合は101対83で圧勝したが実力からは当たり前の結果で、疲労、時差のピークもあり、課題のコンビネーションなどはかみ合わず、力だけで押し切ったゲームになった。
 試合は、肩の故障で練習を休んだジョナン(ブラジル)以外、11人全員がそれぞれ均等に出場し、ガードからセンターまですべての組み合わせをテスト形式で行われた。田臥は、先発組に入り前半13分で交代。後半残り10分からも再出場をし、ここでは速攻からのアシスト2本を決めた。
 初のトップガードのポジションも無難にこなし、選抜チームのガンバ監督は「ユウタは、自分のなすべき仕事(パサー)を十分理解している。選手はみな疲れていたが、きょうが一番辛いはず」と、田臥、チーム両方にまずは合格点を与えていた。この日夜には、オーランド対クリーブランドのゲームをチームメイトとともに観戦した。

「ブラボー、ユウタ」

 前半出場の際は、チームとうまく絡むことが出来なかったが、後半の再出場では速攻でその持ち味を発揮した。残り3分を切ったところでは、速攻から自陣にドリブルで切れ込んで最後に空中でノールックパスをアシスト。シュートが決まると、練習場の関係者から拍手と歓声が沸き、チームメイト、監督からは「ブラボー、ユウタ」と大声がかけられた。田臥も照れくさそうにうつむき、彼にしては珍しく、ゲーム中に笑顔を見せた。
 この日は初めての対外試合で、選手同士も当初はおっかなびっくり、といった様子だった。しかし、後半ラスト10分からは、「守りを固めて速攻を練習する」(監督)との指示が出され、もっともスピードのあるプレーをする田臥がガードとしてゲームをコントロールした。試合後は、「まあまあ」と疲れた顔で笑っていたが、それでも、もっとも苦しい練習日で、ガードとして、パサーとして、その存在価値を十分に示したようだ。

ガンバ監督の話(イタリア)「満足している。ユウタは非常に難しいボールの扱いをいとも簡単に行っている、という点で興味深い。私自身、コーチとしてモスクワ(銀)、ロス五輪と戦って来たので、すぐれたバスケットボール選手が何も米国だけにいるのではないことを十分に理解しているつもりだ」

田臥とガードを組むミロセドフ(ロシア)の話「ユウタは本当にすばらしい。お世辞じゃないし、お世辞を言ってもぼくには何も得はない。ぼくがこれまで一緒にプレーしたこの年代の中でもずば抜けた選手だと思う。日曜日の試合が楽しみだ」

「ユーゴ空爆余波はここにも」

 米国のネットワーク、CNNでは連日24時間続けて、コソボ自治州をめぐるユーゴ空爆の特集番組が放送されている。
 今回の世界選抜チームには、制裁で空爆されているユーゴスラビアから2人の選手が参加している。1人は、マケドニアのイリェブスキー(19、ガード)で、ベオグラードのクラブに所属している。もう1人は、ユーゴスラビアのジュニア代表にも選ばれたことのあるラドマノビッチ(18、フォワード)。2人が、28日には米国のジュニア選抜と対戦することは、米国のメディアにとっては得意の「戦争サイドネタ」になるだけに、この日の練習にも、各ネットワークなどが会見を求めるなど取材が殺到する状況となった。
 しかし、通訳がいないことを理由に会見などは断って練習試合もこじんまりと行われた。しかし、選手が宿泊するホテルのロビーでも、ユーゴスラビア、マケドニア、また隣のクロアチアの3か国の選手はCNNにかじりついており、「ここでこういうものを見ているのは妙な気分」(ラドマノビッチ)と複雑な心境をのぞかせていた。

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