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2003年12月23日

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★Special Column★
「フィロクセニア」

 みなさんお元気でお過ごしのことと思います。そしてかなり忙しい中での、さらなるペースアップと2003年ラストスパートに入られたことでしょう。私は今、アテネ出張を終え、乗り換えのためパリの空港におります。17日、アテネに着いた夜は雪が降り、滑走路ですでに「ずっこける(スリップ)」先行き不安な(笑)スタートとなりましたが、何とか無事に、アテネを出発することができました。
 普段でも仕事のアクシデントやハプニングは付き物ですが、12月は誰もが「心ここにあらず」のためか、こうしたアクシデントが続出しませんか。みなさんもきっと、退場者続出の試合をジーコ監督ばりの「忍耐」で戦っておられるのではないでしょうか。
 私の仕事でも12月は「退場者」が続出しました。もちろんこの退場の理由は、大久保選手のシミュレーションとは違いますが、それぞれ、大変残念なことに、試合を途中で止めてしまった「退場」です。残された者の迷惑も、試合を終えなくてはいけないことも試合と同じなのですが。

 仕事とは、かなり複雑で高度なチームプレーだといつも思うのです。ですから日本代表今年最後の韓国戦を見ながら、胸を打たれますね、ああいう仕事が自分にはできるかなと。そして今回の試合、アテネ現地レポートは退場者の続出と、様々な事情と自分の日程が絡まった中でのかなり厳しい、トホホホの90分となりました。もちろん承知の上ですが。
 朝日新聞アテネ支局の稲垣記者に──彼はロンドン特派員から今年アテネ支局を立ち上げ、IOCやアマ選手、サッカーと広く取材をする優秀な記者で友人ですが──経験より一緒になって動いてくれるガイドを、と頼み、クリスマスバケーションの混雑の中、彼は立地条件の良いホテルや利便を探し、さらに24歳、アテネ大哲学科を卒業した尾柴君を通訳兼ガイドに紹介してくれました。尾柴君にはベテランガイドのようなコネも知識も、もちろん資金もありませんでしたが、代わりに何かを得たいと思う、強く、謙虚な向上心がありました。私は「経験」を重視しないタイプなので、大変な「武器」を持った人と仕事ができることを嬉しく思いました。
 急きょローマから飛んでくださった高橋在(あり)カメラマンは「日本語のかなり上手いイタリア人だと思ってください」と笑っていましたが、お父様のお仕事で1歳からイタリアに住み、日本には一年に一度帰るだけ。こんな苦しい状況のアサイメントを陽気にこなす方です。苦しい展開の中、心強い「チーム」が生まれました。
 オリンピックの前取材において、私は、「箱もの」の完成状況や準備レポートにはあまり興味がなく、今回は、古代五輪発祥の地であるオリンピア、近代五輪の幕開けとなったアテネを、自分なりに見てみたいと思っていました。しかしクリスマス前の混雑、行き当たりばったり的な取材に、監督不在、と「高い位置からのプレス」に苦戦しながら、奇跡的な好天だけを味方に、まさにアポなし取材を敢行し続けたのです。

 重要な足を提供してくれたのは、サーキスさんという54歳のギリシャ人ドライバーでした。初日の取材が終わり、明日は350キロも離れたオリンピア遺跡に何としても行きたいと計画する私たちは、交通手段をどうするかに四苦八苦していたのです。電車はなく、バスも本数が限られている。日帰りはほとんど不可能ですが、そうしなくてはなりません。
 彼の運転するタクシーの中で、旅行代理店と料金の交渉をし、私は「いくら何でも高すぎる」という話をしました。お金が惜しいのではなくて、中間マージンが常識的ではないと思ったからです。ドライバーとの直接交渉は基本的には禁止されているため、運転しながらも彼は口を挟むことはできずにいたようです。明るくて気のいいサーキスさんに行って欲しかったこと、でも料金が高すぎること、これらを前に、私が困った様子で唇をかんでいるのをバックミラーで見ていたのでしょう。彼が突然、携帯で誰かと話しを始めました。終わると、すぐに、助手席にいた尾柴君の電話が鳴り、料金は一気に下がり、サーキスさんが行くから、と旅行代理店が伝えて来たのです。

 不思議な偶然でしたが、彼はオリンピアの出身でした。私たちが彼の故郷、つまりオリンピック発祥の地を取材すると知って、通常の観光客プライスを自ら大幅に下げ、明日も自分が一緒に行く、と代理店に告げていたのです。感謝を伝えようにもうまく言葉にできず、後ろから運転中の彼の肩に手をかけると、片手で私の手をポンポンと叩いてくれました。
 苦しかった試合の流れは、ここで変わったのだと、後で知りました。
 サーキスさんが絶妙のタイミングでとってくれる休憩を挟んで350キロ離れたオリンピアに到着。世界遺産で、古代五輪が行われた最古のスタジアム(アテネ五輪ではここでシンボルとして砲丸投げが行われます)に入ると、考えられないような場面に出くわしました。トップ・シークレット、とされる五輪のあるリハーサルが、紀元前に作られたこのスタジアムで始まったからです。あり得ない偶然を、どこか神々しい気持ちで目撃し、高橋さんも素晴らしい写真を撮影されたでしょう。
 その後も、ささやかだけれど計算してできるのではないいくつかの幸運に恵まれ、4人でオリンピアからサーキスさんの案内してくれる港町のレストランに行き、水揚げされたばかりの魚、ギリシャ料理を、笑いながら、楽しく、おいしく食べアテネに戻りました。
 尾柴君は「天気と幸運でゼウスの神(天候をつかさどる)が祝福してくれたんですね」というのですが、ゼウスより何よりも、私は3人の、仕事に対する深い愛情や誠実さが、ただ古代五輪発祥の地を訪ねるだけに終わらない「何か」を呼び込んだのだと思っています。

 アテネを出発する日、尾柴君はクリスマスプレゼントにギリシャのお菓子とカードを添えて見送りに来てくれました。いい大人でも女性でも、なかなかできる心使いではありません。たった4日間でしたが、いつもとは違う、難しいことばかり頼んで気の毒なことをしたと思います。「凄い勉強になりました」と言ってくれましたが、それはこちらの台詞です。
 高橋さんは、私より早くビルバオでの親善試合に向われました。お名前は雑誌で拝見していましたが、「退場者」が出たからこそ、初めてご一緒する幸運に恵まれたと思えます。2人で暗闇をハーハー言いながら丘に上って見た、朝陽に映える「アクロポリス」は素晴らしいものでした。
 サーキスさんの車でアテネ空港に向かう途中、彼が「今日まで信じられない快晴だったけれど、ホラ、雲が出てきたよ。毎日一緒に仕事ができて楽しかったね」と、突然曇り始めた空を指さしました。私は超大量の出稿を抱え、さらに700キロ往復だの、100キロ往復だのを繰り返していてヘロヘロでしたが、ふと、思いました。
 もし、暖かく、いろいろなところでまるで自分のことのように困難を受け止め、言葉はなくても動いて下さった、このギリシャ人がいなかったら、自分は絶対にどこかで「仕方ない」と言い訳をし、諦めていたのではないか、と。詳しいことを知らなくても、本当に苦しい状況で加わった試合で、彼は懸命に、後ろから私に声をかけ、励まし、試合を投げてはいけないのだ、と言い続けてくれていたのではなかったのか、と。
 空港で私たちは抱き合って別れました。日本企業に勤務する28歳の息子さんとのクリスマス休暇を楽しみにする彼は、「日本人のあなたにオリンピアに連れて行ってもらったことは特別だった。ありがとう、メリークリスマス」と言い、お互い、それ以上は言葉になりませんでした。会ったこともない、3日間、英語で会話をしただけの外国人同士なのに、こんな「チームメイト」が傍にいてくれたクリスマスプレゼントに、私はその時気がつきました。
 尾柴君に、ギリシャでは「フィロクセニア」という言葉がとても大切に使われる、と教えられました。英語ならホスピタリティ、日本語ならもてなしの心、といったところでしょうか。「初めての客でも、家族のように大切に接する」そういうギリシャ人の良心を表現するそうです。
 私は今回のアテネ出張で、組織委員会や、関係者や地元の事情通ではなく、普通のギリシャ人の「フィロクセニア」に助けられました。同時に日本を出発するまで突然の取材にも快く応じて下さったみなさん、いつものように無茶苦茶を頼んだ選手、関係者の力によってロスタイムにたどりついたことに、心から感謝を申し上げます。
 心情的には8人の試合で、実際には11人をはるかに上回る方々の協力でつないで来た最高のボール、何ともプレッシャーのかかるシュートですが、これを外すわけにはいきませんね。皆さんに本当の意味での感謝を表すためにも、非常に乏しい決定力ではありますが、何とかゴールにしたいと願います。
 明日はクリスマスイブです。サッカーを取材する記者たちは今年も世界中を回り、選手、キャプテン、ジーコを追い、大騒ぎの1年を終えます。なぜか明日、家族や恋人とのクリスマスに一瞬だけ背を向けて、すき焼き屋(洋食や中華は当然のことながら一杯だったものですから(笑))で「大忘年会」を催します。いつものようにきっと楽しい会になるでしょう。みなさんも、愛する人、家族、大好きな友人との楽しい、素敵なクリスマス、お正月をお過ごし下さい。
 今年一年のご支援に心から感謝して。シャルルドゴール国際空港にて。
 Merry Xmas & Happy New Year!

スポーツライター 増島みどり     
 



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