毎年恒例のナショナルチームなど現場のトップ指導者らによるコーチ会議が行なわれ、午後の部ではシドニー五輪で躍進した女性スポーツについて、銀メダルを獲得したソフトボールの宇津木妙子監督、シンクロナイズドスイミング井村雅代氏、新体操団体で5位となった五明みさ子氏の3人がパネルディスカッションを行なった。
シドニー五輪では、合計メダル18(金5、銀8、銅5)のうち13個(競泳4、シンクロ2、柔道5、陸上1、テコンドー1)を女子が獲得。比率では72%となり、入賞(8位以内)でも60のうち38人(複数獲得者もあり)と63%と、数字でも女子の活躍が裏付けられている。
こうした躍進を支えた女子それぞれの指導者が、チーム作り、女子選手に対する指導、信念などを、元シンクロのナショナルコーチで現在JOC専門委員の金子正子氏がコーディネーターを務めて約2時間、白熱したディスカッションを展開した。
それぞれの指導信念について、宇津木監督は「自分に妥協しない」、五明氏は「選手と練習に妥協しない」、井村氏は「寝る時間を削ってでも、設定した具体的な目標をクリアする」と明確な姿勢を打ち出すなど議論も白熱し、女性指導者の厳しさと気迫に、集まった男性コーチ陣も押され気味だった。
(以下は要旨抜粋)
金子 シドニー五輪への目標はどう設定していたのですか?
宇津木 2年前にどの種目より最初に出場権を獲得しましたので、技術はもちろん、精神面、体力面の強化が充実できるように考えた。合宿はソフトボール漬けにした。私は、練習は絶対に裏切らないと思っている。
五明 アトランタで10位となってしまって出場権を逃がした時点で、翌年の大阪で行なわれる世界選手権で何とかメダルを獲ろうという具体的な目標を掲げた。結果的にここで4位になってある程度の手ごたえを得たことをシドニーの基礎にした。
井村 アトランタ五輪が終わった時点で世界中の選手データを収集して、誰が引退したかを調べた。ここで97年は日本が2位になるのは当たり前といった先入観を植え付けた。こうした自信を積み重ねた結果、金メダルを本気で狙おうという気持ちで、選手には「本気で(取りに)行くから」と話していた。私は、嘘は言わない、おべんちゃらなんて言わない。だから選手は本気で金メダルに挑戦したと思う。
金子 具体的な目標設定をされたのですね。ではその実行については?
宇津木 体を作る合宿から、自分に負けない精神力をつけようとした。一日10時間の練習をさせて、ノック漬けにした。一日3000本ノックで、午後は1000本の打撃スイングをさせて2週間、とにかく量をこなすことを最初に考えた。その中でも一日のテーマと、その合宿のテーマは必ず話し合った。その後は主に国際大会での実戦を中心にチームを作った。
五明 日本人の体型に比べて、外国選手は割り箸軍団とか、足長軍団と私たちが呼ぶほど恵まれている。そんな中で構成にこだわり、オリジナリティを追求することで、選手が「私たちの演技って世界のどこよりも難しいけど面白いね」と話して自信をつけてきた。一日8時間は練習させたと思う。
井村 私たちは海外にまったく行かずに虎の穴に入るような形で練習をしていた。国際舞台を経験していなくても、6人がアトランタを経験していたので信頼していた。私は、自分自身が合宿をすることで成果を求めようと焦ることだけ注意した。自分のマイペースを守ろうと思った。練習は一日10時間、夜8時半頃になって、心身ともに底をついたところからが本当の練習だと、この子たちどこまでやれるかと見ていた。シドニーで、「私たち1日10時間も練習したんだから5分の演技なんてなんでもない」と円陣を組んでいた。イジメじゃなかったとほっとした(笑い)。
金子 女性はどうでしょう、男性よりも粘り強いんじゃないですか。宇津木さん、さきほど控え室で、男性が育てた選手はちょっと違う、と話してましたね。
宇津木 そうですね、私は、こう突き放してしまうところがあるし、寄せ付けない面もある。男性の指導者に育てられた女子選手は、結構男性へのゴマすりが上手いですね(笑い)。逆にうちの選手が男性コーチのところに入ると、使われないようで扱いづらいという面もある。女の子は強い。どんなに絞っていても余力を残している部分ある。それは自分もそうだったのでわかっているからこそ、絞れる。食事の時など声が聞こえれば、まだまだ余力があると判断している。
五明 女は自分を守る面がある。もちろん、過呼吸はよくあるんですが、これだけ20何年取材していても、体力的に追い込んで倒れた選手は観たことがない。
井村 宇津木さんと同じで、食事中にしゃべる声が聞こえようものなら、あーあかん、練習がまだ弱かったあ(笑い)と後悔する。男性コーチは競泳などでも優しいですね。ブスとかデブとか私はどんどん言う。でも大事なのはそのフォローで、ブスはチャーミングになれる、デブもプロポーション抜群になれる、と傾向と対策は言う。男性指導者のみなさんも、どんどん現実は言ってください(笑い)。
金子 心のコミニケーションはどんな風にとっていますか。
宇津木 私はお風呂が大好きですし、今回のシドニーの合宿は天城でやりましたので温泉もあり露天風呂もあった。最初の選手が入ってから大体2時間くらい、自分も出たり入ったりしながら必ず一言は選手と話すようにしていた。
五明 私は練習以外には選手と接触しません。お互いフリーでいる時間を大事にしたいし、選手はどこのクラブでもNo.1の選手でかなりチヤホヤされて来たのであまり声をかけず、電話も用件だけにしている。
井村 終わったらもう勘弁してくれという気持ち。宇津木さん、お風呂まで一緒でエライと思う(笑い)。
質疑応答
──宇津木さんへ、精神面の強化とはどういう風に行なったのですか?
宇津木 最初は走り込みで鍛えて行った。私は今出ている科学トレーニングはもちろん、重要だと思うが、もっと量をこなすことも大事だと自分がやってきたことは一応信じている。選手の日誌に、もう死ぬかと思ったと書いてあったけど、元気に生きてる(笑い)。ここまでやった、という思いを植え付けるのが精神面のトレーニングで、そのために物量をさせたということ。
──宇津木さんへ、チームには男性コーチもいたのですが、彼らへの役割分担はどうしましたか?
宇津木 こういう性格なもんで、ノック以外はやらせませんでした(笑い)。コーチには立ち入らないようにしてもらったし、戦術も何も、相談したことはない。余計なことをされると腹が立ちます。しかし自分ももう大人になって、人に任せるための指導を覚える時期にきていると思っている。
──今までうかがってきた指導方法は男子に通じると思いますか?
宇津木 私の夢がありまして、それは高校野球の監督として指導をすること。高校生ならもっと素直に人の話を聞いてくれそうですから(笑い)
五明 どうでしょう。究極的には美を追求している種目なんで難しいのでは。
井村 男性は後を引きずりますね。女の子はもう忘れろ、といえばぱーっと忘れる。そういうところは違うと思う。
──海外では、練習をあまりしない。(し過ぎると)選手を壊すという評価もあるが、3人とも非常に練習量が多い、こうした評価をどう思うか
宇津木 日本の場合は企業でできるのでまた少し違うのでは。私は昔人間、ですが一方では勉強はしないとだめですから。
(女子バレーボールの東洋の魔女、旧姓葛西昌枝さんが(現姓中村)手をあげて、発言)私はあの大松監督のもとであれだけの練習をして36年、今こうしてどこも悪くなくて元気です(場内が爆笑)。ですから、どんなに絞っても大丈夫。女性は(力を)抜きますから、大丈夫です。まだまだやれますよ!
金子 最後に男性指導者へのアドバイスを
宇津木 選手を平等に扱うことです。
五明 私も同じ、ミーティングは個別にしないようにして平等に扱う。
井村 女性は色々と話を聞いてしまう。船頭は1人でいいと思う。