「華々しい」”ベンチャー”ばかりじゃない、
新しい「創業」の動きを考える

 − キーワードは「起業力」
 それぞれ求める、生きがい、働きがい、起業と社会貢献の道




(社)中小企業研究センター編

『新しい創業の実態と今後の可能性 −女性と中高年起業家の研究』

(三井逸友、下田健人、岩間勲二郎、白石隆仁 担当・執筆)


はじめに
 
 
 
 
 90年代の「創業支援」の動きも、投資環境の整備はじめ、一通りの政策ツールが出そろってきた。一方また日本経済全般の構造改革が迫られ、空前の不況が続くなかで、1999年の改正中小企業基本法も創業と経営革新の支援を前面に出し、創業への社会的な認識は高まり、これをめぐる議論もかなり出尽くしてきた観がある。
 
 けれども、80年代以降の欧米における創業支援の動きを全体として見てくるならば、我が国との相違点は依然大きい。議論の焦点や支援策の目標・重点も「ハイテク」や「ベンチャー起業」に傾斜し、幅広い可能性を視野に入れていない憾み無しとはしない。そのため、我が国の諸施策の限界性、その結果生じている、現実の創業希望者多数のニーズと支援ツールや支援方法との間のズレは否定できない。
 
 欧米の経験において一貫して重視されているのは、社会参加や所得機会の確保のうえで、通常の労働市場メカニズムには乗りにくい層のもつ、潜在的企業家能力を引き出す、という点である。これは雇用機会の拡大、社会的平等の実現などの観点からも重要なものとされてきている。その代表的な存在が女性企業家であり、また「第三世代」とも言われる、中高年齢者の起業である。さらに少数民族系のコミュニティのうちからの起業も積極的に奨励されている。
 
 我が国の現状を見るならば、女性企業家の絶対数の少なさは歴然としており、男女の機会均等の観点からも問題が多い。一方、企業内で経験を積み、企業家的能力を育成してきた中高年層が第二、第三のキャリアとして創業を選択することは、従来から広く見られてきたにもかかわらず、その実情や適切な支援策が十分議論検討されてきたとは言えない。
 
 98年来の不況の再深刻化と経済混乱によって失業率が5%近くに達するなど、我が国労働市場の雇用情勢には赤信号がともった。今後、企業等への採用が大幅に改善する見込みは乏しく、新たなリストラなどによって、所得機会を他に求めねばならない人々の数はいっそう増えると見なければならない。また、こうした人々のもつ多様な能力とキャリア、創造性を生かしていかなければ、真の意味での経済の活性化と社会の高度化は実現できない。いまこそ、これまでの発想とはところを変えた、「新しい創業」の今後を真剣に考えなくてはならない時である。
 
 このような背景から、98年11月の「緊急経済対策」は中小企業における雇用創出を課題とし、そのなかではじめて「女性・高齢者の起業家の支援」を掲げるに至った。これに伴い、中小企業金融公庫や国民生活金融公庫も女性や中高年起業家のための支援資金を99年に設け、各地の自治体でもこうした動きが活発となっている。
 
 社団法人中小企業研究センターはいち早く「創業支援」と「新事業育成」の課題に取り組み、数々の調査研究と政策提言などをおこなってきた。そのなかで、創業支援のもつ多義性、起業過程と起業環境の社会性・文化性、起業家能力の重要性に注目し、資金・建物・技術・情報から、取引関係・経営能力育成・文化環境などにまで至る幅広い創業支援策の必要を指摘してきた。本調査研究はうえにあげたような状況に鑑みて、従来研究も乏しかった女性や中高年齢者の起業の実態に迫り、欧米などの動向との比較を意識しながら、我が国でのその近年の動向を探るとともに、それぞれの層の創業への潜在的ニーズ、創業の背景や過程の特徴、当面している問題点などを明らかにする。そして、「新しい創業」を政策的に支援するために求められる課題を指摘する。
 
 
 

 当報告書第一章では、女性・中高年齢者の創業に注目する背景と意義を詳しく検討し、男女機会均等化、雇用情勢、高齢社会化などの課題とのかかわりを明らかにする。そして、女性や中高年の起業家が創業に取り組むうえでの、主体・客体両面にわたる固有の条件と問題点を考え、これをその創業過程での「有利点」「不利点」として仮設的に提示している。
 
 第二章では、今回おこなった事例調査にもとづき、女性と中高年起業家たちの起業への意思と能力の蓄積過程を分析し、それぞれのプロフィールとキャリアプロセスのうちから特徴を解明し、「起業力」の形成として示している。特徴的なことは、単にそれまでの人生や職業経歴の延長上ではなく、何らかの「見直し」「再挑戦」の機運、あるいは「インターバル期間」のうちでの「新しい体験」などが「起業力」の形成に果たしている意義である。そしてその底には、さまざまな困難や不利に負けないという、社会貢献や反骨精神などとしての強い意志である。
 
 第三章では事例調査から、創業の過程と問題、これを克服していくための課題を引き続いて検討している。中高年の起業家は従来の働き方への反省から「自分の望む働き方」を求め、女性の起業家はその能力を発揮できる「自分を生かせる働きがい」を求めている。事業開業のハードルを越えるためには、資金や建物設備、技術などだけでなく、つよい目的意識とともに人的ネットワークの活用が重要であるが、さらなる事業の発展を期すには、とりわけ中高年男性の場合、既存の仕組みや経験のみにいつまでも依存せず、自由に、創造的挑戦的になっていくことが必要である。女性の場合は、資金面やキャリア蓄積面での不利はあるが、独自の人的ネットワークづくりや感性・社会性を発揮したユニークなビジネスづくりが功を奏している。それぞれのすすめてきた事業の経営状況にはかなりの差があるものの、みずからのめざす生き方・働き方を追求していくプロセス自体が、起業家たちに高い満足感をもたらしている。
 
 第四章では、以上の考察から、女性と中高年起業家たちを支援する政策の課題をあげている。「起業力」の蓄積と発揮のために、社会全体の仕組みをより自由で柔軟なものとしていくこと、創業しやすい環境をさまざまな面から整えていくこと、たとえば50歳代での創業を可能にするなど支援対象を広げていくこと、特には長期休暇制度や支援プログラムなどの勤務先企業内での開業支援の環境づくり、女性起業家のための育児・保育などの負担への公的サポートなどの社会制度面の整備などが望まれる。
 
 巻末には、今回調査した18の事例の詳しいケーススタディが掲載されている。
 
 
 なお、これらの事例は既存の報道例や創業支援機関の対象事例等からピックアップし、現実の創業実態の業種的な分布特徴に近い構成になるよう配慮しながら、それぞれ直接訪問調査していったものである。
 また、この報告書では、「中高年(齢者)」という対象を、50歳以上の男性と定義づけている。




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