大学を考えよう 番外地編

「セイホク大学」のジョーダン

(復活版)







 都のセイホクとかいうところにある大学が、今度「ひろまつ」(じゃなかったか)とかいう「アイドル」を「裏口」から入れたとかどうしたとかで、ニッポンの芸能・スポーツマスコミはじめ、大騒ぎだそうです。


 この騒ぎとひろまつ嬢の「人気」で、セイホク大学への注目度と志願者数は急上昇間違いなしとか、なかなかあざとくて、いい商売ですね。


 ええ、ひろまつ嬢が一心に「入りたい!」と片思いしてくれなかった大学の一教員として、単にひがんで言っているのじゃありません。もちろん、このああ堂々の正門からの「裏口入学」がフェアじゃないとか、怪しからんとか、肩肘張って目をつり上げているのでもありません。

そりゃあ、ともに「セイホク大学」に入りたいと志願するウン万人の「受験生諸君」からすれば、恐らく「そんなのありか?」という不満不平の声もあろうかと思います。なんせ、「自己推薦入試」というのが行われるずっと前から、すでに「合格・入学確約済み」という情報が芸能マスコミの常識になっていたくらいですから。


 でも、私は本来、ニッポンの大学が「入試」という、同世代人間の社会的選別の役割のみを背負わされるという状況自体異常なことであり、それをしかも、「知識記憶容量試験」のような、なんのためかわからないペーパーテストのみで行うという現状がいいことだとはとても思えないのです。そしてその結果、大学は「入ること」のみが目的になってしまい、「大学に入ったら『勉強』は卒業」なんていう、広末転倒、じゃなかった、本末転倒な事態が当たり前になってしまっています。ですから、大学は本来の使命と機能を失い、半ば崩壊の危機にあると痛感をしているのです。


 「自己推薦」でも、「一芸」でも、「スポーツ」でも、なんでもいい、ともかく画一的なペーパーテストの点数だけじゃなく、さまざまな「基準」で大学入学者を受け入れる、ですからそれも、現状打開の策として有効でしょう。むしろ大事なのは、「この大学で、この学問をやり、何かを得たい」という、本人の熱意とやる気です。入試を受けること、合格することが目的じゃなく、大学に入ってやりたいこと、得たいことがある、そうした志ある人たちこそを歓迎し、ともに大いに鍛えあい、切磋琢磨していくことができる、これこそ本来の大学でしょう。


 もちろんそれが、「大学入って、ひたすら遊びたい」じゃあちょっと困る、また、スポーツでも、ロックバンド活動でも、海外冒険旅行でもそれは大いに結構だけれど、たとえば「経済学部」に入ったからには、経済のこと、社会の動きのこと、もろもろのうちでも、自分が「学問」として打ち込み、これを「学んだ」、「研究した」と言えるものを得てほしいとも思います。「経済学部音楽専攻」とか、「経済学部ヨット学科卒業」というのでも、それなりに「得られたもの」があれば、なんとなく4年間を過ごし、卒業間際に後悔するというより、ずっとましと思いますが、それだけじゃあ、「大学」に学んだという意義はあまりに薄いものです。

 そこで、何を「学ぶ」のか、また学ぶとはなんなのか、といったことは、別の場にも書きました。


 でも、ひろまつ嬢が(最近凋落著しいとか噂される)セイホク大学に新風を吹き込むだろうと、また画一化形骸化した入試制度に一矢報いるだろうと、手放しで楽観するにはちょっと抵抗感があります。


 それは、「合格発表」後、当のひろまつ嬢は、その「喜び」とともに、「これからは、大学の勉強もお仕事も一生懸命やっていきたいと思います」といった「所感」を発表した、ということです。大学のお勉強大いに結構、でも、これって、「フツーの言葉」に表現すると、「大学入ったら大いにバイトやります」って言ってるのと同じでしょう?

 だってひろまつ嬢は、「勤労学生」として入学を認められ、仕事のかたわら、夜間課程などに通学するという話しじゃないはずです。確か、「昼間課程」で、ウィークデイの日中に、授業が行われているところに入ったはずです。


 もちろん、ゲーノー界というところは、フツーのサラリーマンやOLのように、朝9時から夕方5時までの勤務、というのに拘束されてるわけじゃなく、それこそ大学の授業の合間にあわせて、その後、夜中とか、日曜日とかに「お仕事」を組むというのも可能でしょう。でも、ただでさえ大変です。まして、いまや人気ダントツのアイドルなんですから、またそれだからこそ、セイホク大学も「倍率5倍」の「自己推薦入試」志願者中からひろまつ嬢を選んだんですから、その人気とアイドルとしての神話を維持するために、「お仕事」への神経と物理的負担は容易なことじゃないと、いまからご同情申し上げるわけです。早速に、長編一本撮影の仕事が決まったとか。

 こんな過酷な負担にめげず、けなげに「お仕事と学業の両立」を語る、さすが現代の神話的アイドルだけのことはある、と手放しで礼賛は、私にはできません。ひろまつ嬢も、あくまでセイホク大学の教育学部国語国文学科とかいうところへ入学をするからには、その一学生として、学生生活を送らなくちゃならないし、また本人もそれを望んでいたからこそ、この騒動にめげることなく、「初志貫徹」したのでしょう。

 でもそれなら、その他おおぜいの「一般学生諸君」は、「推薦入試」などの場で、面接に臨み、「大学へ入れたら、バイトは大いに励みます」と宣言するでしょうか?また、実際にそういった生活を送って、それでも何とか卒業できちゃうのもニッポンの大学の現実ですが、それを周囲はもちろんのこと、本人も悔いない学生生活と呼べるのでしょうか?

 ましてや、そういったひろまつ嬢を「歓迎」した、セイホク大学教育学部というところでは、「彼女は大いにバイトに精出すそうだから、ぜひ入学させましょう」と教授会一同意思一致したとはとても思えません。そこまでやったら、これはどう見たって大学の自殺行為です。いくら何でも、百年の歴史と世界に鳴り響く名声を誇る、セイホク大学が、「ともかくうちに入りたいという、いま人気度知名度抜群の若者のアイドルだそうだから、これを受け入れて、うちの宣伝に大いに利用しよう。あとはまあ、TVや映画や雑誌のお仕事で忙しくて大変のようだから、ろくに授業に来られなくても、全然専門の勉強のヒマがなくても、何とか『卒業』させてあげよう」と、大先生らが決めたなんて、想像できますか?


 ひろまつ嬢は、さすがこれだけの人気を集めるだけあって、「他の一般学生にはない、なにか鋭い感覚、雰囲気、個性というものがあるんですねえ。こうした人が入学してくれることで、大いに刺激になることを期待しています」と、当の教育学部の大先生が語ってくれたそうです。そうです、まったく同感です、ですから、彼女が「セイホク大学キャンパスのアイドル」となって、その個性と感覚を大いに、国語学の学習と、その新たな発展のために発揮して貰いたい、これこそが大学教師のホンネです。

 まさか、「要するに人寄せパンダなんだから、入れちゃえばいいんだろ、あとはまあ、本人勝手にやってくれ」と、そんな投げやりなことで「受け入れた」のではありますまい。それでは、パンダにされたひろまつ嬢があまりに可哀想です。本人せっかくここまで、セイホク大学へのあこがれと、教育学部国語学科で得られることへの期待を持っているのに、大学教師ともあろうものが、「あれは特別、『一般学生』である必要はない、大学にはめった来られなくてもいい、お仕事に励んで貰っていい、それでもなんとかしてやる、どうせほかの学生だって、実態は似たようなもの」なんて、そんなシニカルな「学生観」に骨まで浸っているわけではありますまい。


 ですから私だったら(120%あり得ない仮定だけれど)、「ひろまつ君、大学合格おめでとう、こんなにまでして入りたかった、学びたかったキミの期待に、大学はなんとしてもこたえたい、でもそれには、思い切って『お仕事』は一時お休みか、最小限にしなさい、そして、絶対悔いのない、『私はこの4年間、大学生らしい学問をしました』と一生誇れる、そういった学生生活に打ち込みなさい、幸いこれまでの『稼ぎ』で、この間食べていけるくらいの蓄えはありましょう、そして、キミがそういった姿勢で、大学と学問にとり組んでいこうというのなら、われわれ大学教師も、全身全霊をもってそれにこたえていきましょう」、こう語るはずです。いま、目の前にいるのは、「人気絶頂アイドル」ひろまつ嬢ではなく、数々の困難を乗り越え、「大学にこれだけの熱意と期待をもって学ぼうとしている」一学生なのです。「アイドル」という名の仮面ではなく、そのひとの人間としての人格こそを大事にし、その人の成長に大きな期待をもつからなのです。


 このひろまつ嬢の「サクセスストーリー」に刺激され、これから「大学に入ろう」というゲーノー界関係者も急増するものと予想されます。大歓迎ではありませんか。これだけ、その社会的存在価値を見捨てられた大学に、こんなにも熱い期待が集まってくるのです。ゲーノー界という、一〇代にしてすでに世の中と人生の裏表を見切ってしまったような世界の経験を経てきた人たちが、「大学」で、学問したいと、そこで新たに得られるものがあるはずと、続々と門をたたくのです。「大学出て、サラリーマンやOLになります」という必要もない、ひたすら受験勉強に追われ、打ちひしがれ、「世の中」を知らずして「世の中」から逃避する、「学問」の味を知らずして、「勉強」に飽ききっている、ニヒルな心境を抱えて「入学」を迎えるのでもない、実に大学がもっとも必要としている人たちが集まってくるのです。

 ですから、ひろみ君、たかあき君、きょうこ君、みんないまこそいらっしゃい。「ゲーノー人」と「人気」の仮面を捨て、「こんな大学、インチキな学問はオレが一撃喰わしてやる!」くらいの意気込みで、乗り込んできて下さい。「本物の社会人学生」として、大学を活性化させて下さい。


ひろまつ嬢を「人寄せパンダ」に利用しようなどという、学生個人の人格を無視しきった、「アイドル人気便乗」のジョーダンに、天下のセイホク大学が悪のりしているとは思いたくはありません。大学は「教育機関」であり、しかもその「教育学部」なんですから。人を育てる、はぐくむ、鍛える、切磋琢磨し、学問を究めていく、そういう風に、「建学の精神」にも記されてありましょう(どこの大学も同じようなことが書いてあるもの)。

 万々が一、ひろまつ嬢が、世の流れにおされて、多くの人たち同様に、ともかく「大学へ入りたい」ということだけが目的になり、入って何を学ぶのか、何を得るのかが見えなくなり、中高生にして究めてしまった人気の頂点から、そこからどこへ行くべきなのかわからなくなっている、いまをどう生きるのかが見えず、これまでの勢いと惰性での「アイドル稼業」に追われようとしている、そうであったなら、「キミ、それは違うよ、大学ではこういう風に学問ととり組んでいって見ようよ」と忠告し、励ましてくれる、それでこそ「進取の精神、学の独立」のセイホク大学でしょうが。そのひろまつ嬢のけなげな決意と意欲の足を引っ張り、学業を妨げ、「人気のあるうちに最大限稼がせろ」と操っているゲーノー界黒幕たちには、高下駄の一撃を食らわす、それがセイホク大学バンカラ学生の「親衛隊」でしょうが。


 私は、セイホク大学がジョーダンで終わるものではないと、信じております。だって、かつて人気絶頂のサユリ嬢が、この大学の文学部を堂々卒業しているんですよ。彼女は、第二文学部に入学、夜間必死に大学に駆けつけ、眠気を払いのけて楽屋裏で書を読み、レポートを書き、何年もかかってついに念願の「卒業証書」を手にしたのです。いや、私も一度、この文学部キャンパスでサユリ嬢を目撃したことがあります。ぜーんぜん「フツーの学生」でした。親衛隊もおつきの者もいませんでした。

 私は、それから、だんふみ嬢が受ける学年末定期試験会場の監督もやったことがありますが。これもぜーんぜんフツーだったな。そうなんです、いわゆる「タレント」などは、化粧を落とし、地味な服装にすると、ほとんど目立ちません。「オーラがある」などと言う人もありますが、それはもっとじっくり拝見しないとダメでしょう。

 でも、ひろまつ嬢は、「人気」で大学合格しちゃうくらいだから、「フツーに入試を受けた」サユリ嬢やふみ嬢などとは違い、どこにいても、誰といても、やはり断然光る個性があるのかもね。さすがのセイホク大学の先生方も、この輝きには目がくらんだのかも(そんなことないか?)これこそ、ジョーダンです。

 え?「ひろまつ」と言ったら、「ひろまつわたる」だろうがって?そうですか、恥ずかしいね、「ヒロスエ」と読むんだって、全然知りませんでした。なかなか世の中ついていけないなあ。






 *なお、セイホク大学教育学部の「事故水洗入試」、おっと誤変換、「自己推薦入試」について、説明をゲットしてきました。


教育学部自己推薦入学試験


 1991年度からはじめた自己推薦制の入学試験です。

 一般的に教育学部と言えば、学校教員の養成を目的としていると考えられがちですが、それだけではなく、広く社会の各分野で指導的な役割を果たすことのできる多様な人材の養成をもめざしており、学業成績以外の活動も重視しています。

 この趣旨に沿って、教育学部をより一層活性化させることを目的として、高等学校在学中に、勉学と教科外活動を両立させ健全な高校生活を送った者を受け入れる制度がこの自己推薦入学試験です。


 98年度は307名の志願者が集まり、59名が合格しました。(97年度は278名が志願し、60名が合格)。合格者の内訳は、学芸系が27名、スポーツ系が26名、生徒会会長が6名でした。








後日談


 みなさんよーくご存じのように、肝心のひろまつ嬢は、せっかく入学したはずのセイホク大学キャンパスにいまだ一歩も足を踏み入れずじまい、「決定的瞬間」を期待して連日群がる、芸能レポーターやFFカメラマンや野次馬らを、大いに失望させております。もちろん、「これでご学友」と喜んでいた、セイホク大学の学生ファン諸君もがっかりです。

 もう新年度の授業は始まっちゃっているんですから、これではひろまつ嬢の前途ははじめからかなり危ういものです。いくらこっそりと「履修届」だけは送っていようとも、影も形もない「学生」が、このまますんなり進級・卒業できたんじゃあ(セイホク大学にはすでに「学年制」はないようですが)、さすがのセイホク大学の沽券にもかかわりましょうし、ただごとで済むはずもありません。

 「お仕事でチョー忙しく、大学に寄るヒマもない」というのが、主な理由のようですが、私の危惧も忠告も、まったくなんの役にも立たなかったようです(あったり前か)。「入ることが目的」になってしまった、ニッポンの大学のぶざまな姿を、最大限に演じてくれたものとも言えましょう。

 でもね、注意深い方々、とりわけ高校の進路指導関係に詳しい方なら、ことの重大さをもう気づいていましょう。通例、「推薦入学」に関しては、当人の入学後のパフォーマンスが、以後の推薦実施の基準にかなり響いてくるものです。「学校推薦」の場合、推薦で入ったはずの学生が、以後まともに修学せず、卒業ができない、進級に失敗などとなりますと、推薦の意味なしと見なされ、以後「推薦指定校」を取り消される、といった事態が大いにあり得ます。

 ひろまつ嬢の場合、「自己推薦」なんですから、出身校には直接関係ない、後輩諸君の足を引っ張ることはないとも言えましょうが(実は関係おおあり、という風説もあるようですが)、今度は少なくとも、その「自己推薦制度」自体が意義を問われてしまいましょう。「入れるまでが関係あり、あとは当人のご自由」というのなら、「セイホク大学は、学生のアルバイトを大いに奨励し、通学の労など二の次三の次とする」、「そういった、向学心ゼロの学生こそが、本学に入ってほしい人材だ」と、天下に宣言してしまったことになるからです。そこまで言っちゃあおしまいよと、教育学部の先生方も、ため息をつくしかないでしょうに(あれは「事故」だった、なーんちゃって)。


 「入ってしまえばそれで終わり」と、「さあまた稼げ稼げ」と、プロダクションやらまわりの取り巻きやらにこき使われているひろまつ嬢も気の毒ですが、あいにく彼女自身がセイホク大学で「なにを学びたい」のか、いまとなりますとさっぱり聞こえてきません。これはいままでの「タレント学生」の方々のうちでも、大いに目立っています。ひろまつ嬢にとって、いったい「セイホク大学」って何なんだろ、誰にも見えてこないのです。

 もっとも、「学生証」片手に、ジュクやシブヤや赤坂あたりのウォータービジネスに精出して、キャンパスにはまったくご無沙汰、という、勤労意欲極めて高い「学生」も相当数いるということは、私も見聞きしておりますので、あんまりびっくりするほどのことでもないのかも知れません。彼氏彼女らにも、肌身離さず持っている「学生証」は、その稼ぎの大いなるツールの一つになっているのも、しばしお目にかかりますから、大学の値打ちもまだまんざら捨てたものでもないでしょう。

 ひろまつ嬢も、推薦面接以来まだ一度も足を踏み入れたことのないセイホク大学の「学生」として、どこかの「報道番組」にまでゲスト出演するそうですから、大学というのはヤッパこう利用するに限りますなあ。マスコミ界にうじゃうじゃいる、セイホク大学OBたちというのが、大喜びして、「先輩」面での、彼女との共演の機会を続々待っているそうなんで。




 別のTV報道で、93歳にして大学入学を成し遂げた、老浮世絵師のUさんという方のことを紹介していました。90歳で高校入学、それを無事卒業し、今度は大学に挑戦、また熱心に通学をはじめているというのですから、頭が下がるどころじゃあありません。感激感動の域をすでにはるかに超越しています。

 しかもこのUさんは、ご自身がこの高齢なのに、心も体も病んでいるご夫人の日々の世話と介護をし、そのうえで欠かさず通学、もう孫どころか曾孫並の「同級生」たちと机を並べ、体育の授業も一緒にこなしてきたんですから、超人的な体力と気力、ギネスブックにも必ずや載るすごさです。私を含めて、誰もが、自分があの歳であれだけのことを堂々とできるか、それどころか、90歳代になるまで生きられるかどうかでさえ、まったく自信ゼロ、世の中には奇蹟というものはあるものだと、うらやむばかりでしょう。

 「93歳の大学一年生」Uさんのあくなき向学心と意欲には、もちろん感心する他はなく、ひろまつ嬢なんか、足元にも及びません。いっぺんUさんにお目にかかり、活を入れられてこいよ、とも言いたくなります。


 ただ、私は、誠に口はばたく、また失礼千万な言い方になってしまうことを百も承知で、それでもなお、Uさんのこの頑張りには、若干の疑問も感じました。

 それは、この浮世絵師として一家をなし、人生をまっとうしてきたご自身の生き方において、「高校」や「大学」に入るということがどのような意味を持っているのか、必ずしも見えてこなかったと言うことです。もちろん、世の「大学生」の多くのように、大学出たら、どっかにシューショクしようといった、人生の一つのステップというのでは全くないということは、十分理解できますし、それはそれで大いに結構、まさしく本当の大学の姿ではないか、と思います。日本で言うところの「社会人入学」の一つのありようでしょう。でも、人生の「手段」といったものではないということはよくわかっても、それならそれで、「なにを」学びたいのか、その「学ぶ」ことが、ご自身の過去・現在・未来の生き方や考えるところにどのようにかかわり、つながっているのか、どうしても見えてこなかったのです。

 TV番組のことですから、制作・取材側も「93歳の大学生」ということにすっかり感動してしまい、Uさんご自身の考え方を十分伝えることができなかったのかも知れません。もちろんまた、芸術の道で大家として名をなしたUさんが、今さら美術だの工芸だのといった分野の勉学にかかわるはずもないことでしょう。

 TV番組のうちからおのずとわかってきたことは、Uさんという方は、なによりも「学生生活」を送ってみたかったのだ、という事実でした。代々高名な浮世絵師の家に生まれたUさんは、幼少の時から絵の道を仕込まれ、それ一筋に打ち込んできました。それによって、誰にも負けない技量を蓄え、この道では知らぬもののない権威となっても、Uさんご自身には、自分の人生の中で、経験する機会を与えられないまま、ここまで来てしまったものがあったのでしょう。それを、後悔や未練で終わらせるのではなく、いくつになっても、否、90歳を越したからこそ、何としてもやり遂げてみようと思い立ったのでしょう。

 うえの学校で、友と机を並べ、ともに学び、ともに語り合う、また学校を離れても、「学生生活」を心ゆくまで味わう、それは恐らくUさんにとって、80年越しの夢であったのだと思います。その夢を抱き続けながら、人生の数々のヤマを乗り越え、幸いにして健康に恵まれ、90歳にして夢の実現に挑む機会を得られたということなのでしょう。ですから、ある意味では実に幸せな方だと感じます。高校の教室で、体育館で、食堂で、そしてまた学校帰りの喫茶店で、曾孫の歳の「クラスメート」に囲まれたUさんは、どう見ても、一老人ではなく、生き生きとしたひとりの高校生の姿でした。

 大学に進学してからも、Uさんはこのようにして、生き生きと、充実した学生生活を送るのだと思います。そういった意味での「進学」の選択は、実にすばらしいものですし、もっと多くの方々のために、大学は一層努力して、こうした機会を広く提供していかなくてはならないと考えます。それはこれからの時代の大学の重要な責務の一つでしょう。

 「社会人」として大学の門をたたく方々の相当数は、Uさんほどのお年まではいかなくても、こうした「失われた青春」への思い、「学生生活」の実体験に熱い期待をもっておられるのだと思います。いまの時代とは違い、いまから30年40年以上前になりますと、大学はおろか、いまの高校レベルに進学できるというのもほんの僅かの人たちで、多くの人たちは、それをうらやましく眺めながら、与えられた自分の人生に懸命にとり組み、生きていくしか許されなかったのです。その悔しさ、失われた時代へのあこがれは、自分が歳をとり、さまざまな人生のしがらみから解放された時期になって、むしろ実現可能になってきたのです。


 ですから、実にすばらしい、みなさん大いに頑張っていって下さい、大学も大いに努力し、みなさんの期待にこたえたいと思います、そう言いたいのです。それでもなお、大学教師の端くれである私には、もう一つなにかが欠けている、そのもどかしさをぬぐい去ることができません。

 それは、あまりに単純かつ公式的な物言いですが、やはり大学は「学問の府」であるということです。「学生生活」の喜び、楽しみももちろんその一部であることをなにも否定しませんし、私自身の経験からしても、そうであったと思います。でも、大学進学は、何歳の人であろうが、自分からする「選択」であり、そして大学の方もこれにこたえて、実にさまざまなメニューを提供しているのです。そのなにを自分で選ぶのか、それはやはり大事なことであり、そこから自分なりの目標や向上心も湧いてくるのだと思うのです。実際、本来大学って、そんなに「入る」のも「出る」のも楽じゃありませんから。そして、大学が提供するのは、なによりも「学問」であり、また「学問」というのは、一方通行の「知識」の切り売りや詰め込みでもなく、皆がそれぞれに「学問」すること、自分で考え、お互いに議論し、切磋琢磨していくことなのですから。

 Uさんは、いくら高校生並の健康といっても、もちろんご自身もかなりの高齢であり、また介護を欠かせないご夫人を抱えて、大学への通学の困難も大きいため、「近所にある」という理由で、ある大学の法学部への入学を選択されたそうです。それは誠にやむを得ざる事情であると思いますが、それでもなお、「自分にとって法学部とはなにか」、「そこで自分はなにを得たいのか」、ということが見えてこなかったのは残念なことでした。

 みかたを変えれば、世の中、また生き方すべてが「法」といったものに動かされている、それはなぜなのか、こういった「問題関心」を持つのは、誰にとっても同じなんだ、いまさらUさんに問うほどのことでもない、とも言えるのかも知れません。でも、Uさんが大学の場で、教員や学生諸君らを相手に、自分の人生や芸術から、「法」をどう考えているのか、その豊かな人生経験を生かし、「法」になにを望むのか、大いに議論を起こし、また新鮮な発想を自分で育てていってくれる、そう考えるだけでも、とてもわくわくする想像ではありませんか。
 もちろん、Uさんが「過去」にばかりこだわらされる必要もないでしょう。「法学」を学問することから、いままで自分がほとんどかかわりを持てなかった、きわめて知識の乏しかった世界に一挙に目を開かされる、新しいものの考え方を自分で育てていける、その喜び、おもしろさを味わっていけるのも、「学生生活」の特権のうちのはずです。何歳の人間であろうとも、自分自身の「進歩」というものに、あらためて感動できる、未知のものを自分のものとしていける、これが人間らしさというものです。

 私たち皆に、生きることのすばらしさと、人間の無限の可能性と、倦むことのない向上心の大切さを見事に教えてくれたUさんの「93歳からの大学進学」、それは残念ながら、ひろまつ嬢とはまた見事に対照的で、いまの「時代」の様相をきれいに映し出してくれてしまっています。それだけに、いまの時代にありながら、ひろまつ嬢にはそれすらも許されない、「学生生活」エンジョイへの思い以上のもの、それをUさんが示していってくれるのなら、「大学」はこうした「社会人」の方々の熱い意気込みと意欲によって、再生へのきっかけを作れるでしょう。「ひろまつ嬢入学騒動」によって、「ここまでだめになりました」と天下に告白してしまった「大学」は、今一度立ち直れるかも知れません。

 私も、そのためになにかをしなくては、と考えています。もちろん、「社会人待ち」ではなく、ひとだのみではなく、大学人の一員としての責任において、ですが。


 こんな駄文を記すのも、そんなささやかな努力の一部にもなりましょうか。




またまた、後日談

 エーさて、この「ご入学騒動」、3ヶ月近くもたって、皆様ご存じのように、「ひろまつ嬢、ついにセイホク大に登校!」の大騒ぎになりました。

 ま、「サッチー騒ぎ」のおかげで、ちょっと影が薄くなった感はあったけれど、当日のキャンパスは、ゲーノーマスコミ関係者と野次馬でごった返し、大変であったようです。近頃、大学にこれだけマスコミが群れたかることも珍しいので、「インパクト第一」主義で言えば、セイホク大学の戦略はまだ「賞味期間内」なのでしょう。天下の某新聞、某々新聞でさえ、「一面写真入り」の扱いだったんですから。

 ところが、セイホク大学当局はその後、「良識ある行動」を求める、「怒りの告示」を張り出したんだそうです。「一学生の授業出席に際し、群れ、騒ぎ、あまつさえ、手を出す、髪を引っ張る、体を触るなどの軽挙に出た」多数の学生らの振る舞いに、怒りを禁じ得ないんだそうです。いやはや、学生気質も落ちるところまで落ちた、恥も外聞もないのか、慨嘆する声が聞こえてきそうです。

 でもね、私なんぞが語るまでもなく、「バッカじゃなかろか」、「地に落ちたのは、セイホク大学そのものじゃないのか」、という声が、ここにいたってようやく聞かれるようになってきました。だってそうでしょ、このひろまつ嬢の「人気」にあやかり、どーみたっておかしな「自己推薦入学」をさっさと決める、そして「やる気を買って入学を受け入れた」はずの学生が、入学式以来全然登校しない、それを放っておく、こんなまねをしておきながら、「教育学部在学の一学生ひろまつ嬢」じゃなく、「ひろまつすずこ(じゃなかったか)という名の、一つの『記号』としてのアイドルタレント」に群がる、騒ぎに自己陶酔する、学生その他野次馬どもを、なんで叱れるんですか。いったいどこが「教育的」なんですか?

 ことここに至ると、ひろまつ嬢もいくらなんだって、大学というものをなめているんじゃないのか、「セイホク大学」という名のブランドを手に入れたかっただけ、「人気」のおかげでそれも思い通りになった、しょせん「何でもほしがるすずちゃん」じゃないのか、という批判の声も目立ってきました。そこまでして大学に入りたかったのなら、ゲーノー界を「引退」しなさい、せめて4年間「休職しなさい」、といった叱咤の声が聞こえてきています。やっと私の申してきたことが理解され始めたようです(なことないか)。

 また、ひろまつ嬢がプロダクション、マネージャーらの「仕事稼ぎ」に振り回され、次から次へ、ドラマだ、映画だ、CMだ、写真撮影だ、と殺人的なスケジュールを入れられ、「これじゃ学校へ行けないじゃないの!」と不満を漏らしているなどという噂も伝わってきています。そうです、ここでこそ、セイホク大学の「親衛隊」学生諸君も、彼女を歓迎したセイホク大学教育学部関係者も、「ひろまつ嬢を救え!」と、立ち上がらねばなりません。「ひろまつ嬢とともに、学校へ行こう!」と、隊伍を組まなくてはなりません。それでようやく、「教育の府」の最後の一線が守られるというものでしょうが。

 ま、この「初登校」騒動も、ひろまつ嬢出演の映画が封切り間近、「ヒューマンな、心温まるドラマ」、「一途に生きる、人間の心が呼ぶ感動」を大々的にキャンペーンして盛り上げたいそのときに、「大学入ったはいいが、影も形もないユーレイ学生」のままじゃあ、ちょっとタイミングが悪すぎ、むしろここは「誠意」と「やる気」のアピールで、「話題性」作らなくちゃ、というねらいが見え見えでしたが。

 いずれにしても、落ちるとこまで落ちた「大学」の、存在理由の回復は、まず無理、と思えます。立ち直れませんなあ。






一年たって、奈落の底へ


 うえの記載から、もう一年以上が経ってしまいました。
 (実は、はじめの記載は、騒動まっただ中のニッポンにはいないで、ロンドンから書いていたのです)

 ひろまつ嬢の「ご入学騒動」はもとより、その後の「ユーレイ学生」だ、「ご登校騒ぎ」だ、なんだかんだももう話題性を失い、肝心のひろまつ嬢ご本人の人気も、内閣支持率同様下降気味のようで、どうでもいいことのように移りつつあるようです。

 私も、ひろまつ嬢などという1人のひとの行動をあれこれあげつらうことが目的では全くないので、その意味では結構なことなのですが(そうした私の意図に反して、ここに私が記したことを偶然に見つけた物好きな人がいて、「ひろまつバッシングページ」に加えてくれたらしいのです。おかげで、「三井ゼミ掲示板『みんなの窓』」に突然、匿名で、「ニットーコマセン大学、いい気になるなよ」などという、品のない落書きをするひとが出没したりするようになりました。ぜーんぜんわかっていないのです。私がそういった、愚かしい「大学序列意識」や「ブランド」観そのものを、ここで揶揄していることが理解できないのでしょう。「セイホク大学」などという特定の存在を私は問うているのではなく、「ニッポンのダイガク」すべてを問うているのです)、残念ながらニッポンの大学の命運は、いっそう傾き気味としか申せません。ひろまつ嬢ご本人の「御学業」の方もあんまり芳しくないそうなので、あっちもこっちも八方ふさがりということでしょうか。


 ただ、時間の経過は当然、新しい事実も否応なく、もたらしてくれます。一つには、うえに記した、「93歳からの大学進学」のUさんという方、このひとのことは他のTV報道番組でも取り上げられ、さらに本まで出ました。そのため、非常によく知られるようになったようです。私の記憶違いか、最初の報道の間違いか、代々の浮世絵師の家でも、ご本人は画業があまり好きではなく、事業をおこしたり、いろいろなことをされていたようです。ですから、法学部へ入学されたのも、決して安易な選択ではなかったのでしょう。

 でも、誠に残念なことに、Uさんは亡くなられました。自宅で一人入浴中の死、急の発作なのか、何かの事故なのか、他人事ながら悔やまれます。「一〇〇歳目前での大学卒業」という夢のような話しは、とうとう夢に終わりました。でも、ご本人には、つねに挑戦と発見に満ちていた、実り多い生涯であったと思います。




 それから、相も変わらぬ「ゲーノー人ご入学騒動」、まだありかと思えば、ロクメイカン大学(じゃなかったか)とかいうところが、「一芸入試」(この言葉ももう「死語」かと思っていました)で、くりきまい嬢とかいう歌手を入れたそうな。ただこっちのお嬢さんには、あんまりたちのよくない「もとオヤジ」とかいうのが背後霊のようにつきまとっているそうなので、ロクメイカン大学はまず、野次馬やFFカメラマン対策に加えて、新たな警護体制を整える必要が生まれましょう。ご苦労様なことです。

 こういった一連の騒動で、あまりにもくっきりと浮かび上がっているのは、ゲーノーマスコミを頂点にして示されている、日本社会の「ジョーシキ」、「大学は入ることに意義がある」の固定観念の骨の髄までの浸透ぶり、そしてその「異様さ」です。対照的な人物が現れたんです。

 くりきまい嬢の「クローン」とも言われる(本末転倒?)、ヒカリ嬢とかいう、これまた若手女性歌手が、米国は名門のコロンビア大学に「ご入学」の由、大したもんだと大持ち上げでした。ところがその後、「学業専念」とやらでマスコミ露出度激減、新作も少なくなり、おかげでゲーノーマスコミは一転、「ヒカリ嬢バッシング」です。もともと、露出度少ない、「陰のある人生」を売りにしてきたド演歌歌手、富士子嬢を母親にもっているんですから、いいんじゃないの、と思っても、それじゃあ話題性もない、肝心の「商品」もいっこうに出てこない、ゲーノーマスコミも「音楽産業」もメシの食い上げになるので、腹が立つのもやむを得ないところかも知れません。

 ただ、コロンビア大学のキャンパスにまで繰り出し、世界的ヒンシュクを買った、ニッポンのゲーノーマスコミとリポーターとFFカメラマンの無知蒙昧ぶりは、その「ニッポンのジョーシキ=世界の非常識的傍若無人の行動」(=「言論の自由」ともいう)だけじゃなく、「ニッポン以外の国では、大学は入ることにじゃなく、出ることに意義がある」という事実の前に、あからさまになってしまいました。「名門コロンビア大学に『入った』」ことなんかどうっていうことないのです。「誰でも入れる」かどうか知りませんが(それでかつて、苦労をした「カツノリ乃母」とかいうひともいたそうですが)、米国の大学は基本的に、ニッポンで言う「AO入試」ですから、書類と面接で決まり、そこから先、きちんと勉強し、単位を取り、卒業できるかはご本人の自由です、こういうことになっています。それで「名門コロンビア大学を『出た』」となれば、確かにこれは大したもんで、みなさん自分の名刺にきちっと刷り込んでいます。

 そんなこと、アメリカンスクールに通っていたヒカリ嬢には「常識」でしょうから、いまじゃ必死です。ひろまつ嬢のように、「名門セイホク大学に入ったからには、アルバイトに精出す」どころじゃありません。わき目もふらずに、授業に出る、指定文献を読む、レポートを書く、セミナーの討論に参加する、チュートリアルの指導を受ける、実習やデータ集めに駆け回る、論述試験で合格点をとる、大変なことです。そこに厳しい指導と合格の物差しと、最高水準の学問があるから、「名門」大学と言うのです。ご入学後は、新曲のレコーディングにいっそう力が入り、磨きが掛かってなんていっていたら、「お帰りはあちら」になってしまうのです(だから、欧米の大学には、「入学式」というのはまずありません。「入った」ことには大した意味はないし、入り口があまりにもあちこちにあるからです。「卒業式」は、それこそ大変なお祭り騒ぎです)。

 ま、欧米の大学では、このあまりに過酷なプレッシャーから、落伍はしないまでも、ストレス逃れにドラッグに走る、そういった学生が少なくないのも事実のようで、そこだけまねた、ニッポンのゲーノー人二世の方もあるようですが、ご安心なさい、「かたちから入れる」ニッポンの社会+ゲーノー・マスコミ界共済組合のおかげで、(万一、キミを退学にする不埒なダイガクがあっても)キミの未来は完全保証付です。




 ヒカリ嬢が、いまはすべてを学業に打ち込んでいたからといって、それを怪訝に見るニッポンのジョーシキは、したがいまして、「入学した学生が、卒業できない」なんていうことになりますと、これを挙げてキューダンをいたします。「そんなけしからんダイガクがあるか!」というわけです。もうだいぶ前になりましたが、明示大学というところの法学部の先生が、卒業目前の学生を大量に落とした、これが必修なもんで、せっかく就職も決まっているのに卒業できない学生が相当数生まれ、大問題になったという「事件」がありました。まったく、「犬がひとを咬んでも記事にはならないが、ひとが犬を咬めば、事件になる」とはよく言ったものです。

 抗議する、嘆願する、マスコミに訴える、そうした「かわいそうな学生諸君」に比べ、鬼のN教授は一躍「ニッポンの悪者」になりました。しかし、この人はさすが法学部の先生だけあって、実に冷静に、懇切丁寧に、みずからの姿勢と成績評価基準を繰り返し語ったものです。気の弱い私なんかとは大違いです。それで、さすがにマスコミ諸氏もばつが悪くなったのか、引っ込みがつかないものを無理に引っ込め、何となく沙汰やみ、うやむやで「騒動」は終わりになりました。「明示大学が悪漢N教授に処分をする」などと期待した、世界の笑いもの的「記者諸氏」がその後どうなったか、こちらも報道がありません。

 けれども、この「N教授事件」があっても、また各大学が必死に「教育改革」にとりくみ、文部省までが音頭をとって、「入りやすいが出にくい大学」、「厳しく、内容ある大学」をめざすとしても、現状はなにも変わらない、それは残念ながら事実です。若年年齢人口の減少と、引き続く大学の増加によって、「入りやすい」状況はすでに現実のものとなっています。そんなことは誰にでも予想可能だったのですが、いよいよ「誰でも大学に入れる」時代が来てしまったのです。その持つ意味、是非は置いておいても、「入りやすくて、出やすい大学」の方が実現しそうという、非常に悲観的なシナリオを、誰も否定できません。




 言うまでもないことですが、「入りやすくて、出やすい大学」なら、なんにもない、がらんどうの下水管みたいなものと同じということになります。ホントはそういった「自由さ」のうちでこそ、真の「学問」に自分の意思でとりくむ、そうした学生諸君の主体的な機運を期待できるはずなのですが、そんな夢物語をいくら語っても、現実には数えるほどの「模範例」しか見つかりません。それでも、授業料を払ってくれる、そうした学生が多数いてこそ、大学の「経営」はまだ維持可能です。「授業料さえ納めたら、あとはほっといてくれ、オレたち、あたしたち適当にやってるから」、これはまだ有効期限内の、三方一両得の免罪符的切符であることは事実です。「入ってしまえばこっちのもの」と考え、「卒業証書」さえくれれば言うことはない学生諸君、教育施設だ福利厚生だなんだとカネをかけず、ほったらかしの放し飼いにしておくだけで、収入だけは確保できる、実に「効率的」な大学経営、「教育」には適当なおつきあいで、好きな「研究」と「生活」を楽しめればよい教員と、この三者が「もたれあい」=なれ合いで、ニッポンのダイガクを維持してきたし、いまもそれは変わらないのです。

 それじゃあ、社会が許しませんよ、そんなメッキの化けの皮さえもない学生なんて、社会が認めませんよ、というのが、「大学改革」のうたい文句でした。でも、それは基本的に間違いです。「社会」こそが、そうした「学生」を求めているのです。「大学なんて、入ってしまえばそれでいい、あとはすべてが『人生勉強』、好きなことで四年間過ごして、それでいいじゃないか」、そして、「自分もそうだった」、これが最高の殺し文句です。ニッポンの首相から、財界お偉方から、マスコミ人から、みんなそう言うんですから、なんで「大学」および「大学教師」が、できもしない「教育的努力」をする必要があるのでしょうか?

 現実の大学は、そんな気楽なことさえも言っていられません。いま、日本全国の大学におこっているのは、「教育改革」だ、「新しい学問」だなんだというような高邁な理念や理想ではなく、足元に押し寄せてきた、志願者激減、大学生き残りの危機です。「入ってしまえば」と、せめてそれまでは「受験勉強」に打ち込む志願者諸君のうちから「選ぶ」なんていう贅沢は言っていられない、ともかくどうやって、せめて「定員分」の入学者数を確保できるかだ、これこそが至上の問題なのです。そのためには、文字通り、なりふり構わぬ、なんでもあり状況が一挙に表面化してきました。「さまざまな」「入試」という名の、ひと集め大作戦があっちでもこっちでも大々的に始まっています。これだけあれもこれも用意すれば、「どっかに引っかかってくれるだろう」というのが、大学側の期待です。「すべり止め」とは、誰か学生が引っかかってくれるはずという意味に逆転しました。

 もちろん、「誰でも入れる」時代は、受験競争の終幕を意味するものではありません。「社会が認める」ダイガクには、れっきとした序列と、ブランドがあります。そしてこれをめざして、いっそう熾烈な競争があります。でも、それがブランドであればなおさら、「入ってしまえばこっちのもの」なのでして、中身はカンケーなし、「セイホク大学」だろうが、「明示大学」だろうが、カンバン付の「卒業証書」をもらえればいいわけです。ですから、「ブランド外」までも含めて、ニッポンのダイガクはいよいよ、奈落の底への果てしない転落を開始しました(残念なことに、それを示す「証拠」は数々現れています)。
 「社会」は、遊びほうけた「ガクセイ」の大群に安堵をし、その彼らにものを売りつけ、テキトーにバイトなどで利用し、それで「ザッツOK」です。無知と愚かしさと非ジョーシキを誇りとし、永遠の「子供」であり続ける「ガクセイ」の大群が、ニッポンの未来を示しています(もっとも世知に長け、こざかしいことで世界一のメーカー○ヨタが、「ワカモノ向け」戦略を一新強化するにあたって、新CMに「きょーうはこどもになって」とあるのには、爆笑してしまいました。今日も明日も、ずっと「子供」のままです)。「勉強するほどヒマじゃない」、「バイトとサークル、仲間うちのノリ」が日々の生きがい、これで一生おくれれば、確かにそれでいいんでしょうが、ニッポンの未来は大丈夫なんでしょうか?


 ひろまつ嬢騒動からはや二年、ニッポンのジョーシキは「構造改革を迫られる」こともなく、21世紀の未知の荒野をまっしぐらにすすんでいきます。そして残念ながら、ニッポンの「大学」に未来はなさそうです。






 (「大学を考えよう 最終篇」へ)

 (「大学を考えよう 序」へ)






あれからもう4年



 この「ひろまつ騒動」からもう4年が過ぎてしまいました。

 同じとき、1999年春、世界では戦争がおき、そして4年後にははるかにひどい戦争がすすめられています。この「歴史のめぐり合わせ」の意味は別として、これだけ時間も過ぎると、「あれはなんだったんだ」という「反省」なり「総括」なりがみんな要るでしょう。

 でも、マスコミ関係の皆さんみんなきれいさっぱり忘れちゃったようですし、全然話題性なしです。当のひろまつ嬢も、ご入学後ちょうど4年目を迎えたので、「順調には」(にっぽんの大学ではそりゃ当たり前)、めでたく「ご卒業」のはずと思うのですが、そんな噂も聞かれません。

 ひろまつ嬢ののち、やはり話題性をとったヒカリ嬢に至っては、ニッポンの耳目を集めた「コロンビア大学ご入学」はどうなっちゃったのか、「休学」の情報ののちは、完全に身辺から消えてしまいました。「ご結婚」の方が先だったので(だから別にいけないことはありませんが)、どうもよくわからないことです。



 私の方は、こんな個人的ジョークで月並みな内容さえ、あんまり世間で通用していなかったのか、うえにも書きましたように、どこぞの「ひろまつバッシングサイト」で取り上げられ、おかげでユーメイになったというより、突然変なメイルを送りつけられたりなど、少々ありがた迷惑でした。

 それ以上に、私はそのセイホク大学のキャンパスに立っていたんですな。そこの独立研究科の大学院から依頼され、2002年度の授業を担当したのです(2003年度も担当予定)。ただ、授業といったって、年4期制の冬学期という、1、2月の間のみ、またこの研究科の校舎も、ひろまつ嬢が通う(はずの)学部などとは離れた、ビルの一隅にあるので、ひろまつ嬢との接近遭遇のチャンスに浴する可能性ははじめからゼロでした。
 私はもともと、セイホク大学がどうだとか、いいとか悪いとか、そういった偏狭な「愛校心」だの「序列意識」だのこそが問題の元凶の一つと考えてきたので、ですから、そのセイホク大学で授業を持つということに、なんの「感慨」も「皮肉」も感じません。私の教育が少しでも役に立つ、そう求められれば、どこにでも参るのが私のつとめであり、信念です。

 ただ、「周りの方々」は、なにかセイホク大学にライバル意識を潜在的にもっていたような、そんなヤツが当のセイホク大学で教壇に立っている、いい加減なもんよといった、見当違いの印象をもつことがないとは言えないかも知れません。繰り返し申しますように、セイホク大学だのどこだのといった、特定の大学をあげつらったり、批判することが私の意図ではないのですし、セイホク大学におこった「ひろまつ嬢事件」は日本の大学のありていを象徴するできごとだと思っています。それが、リクオー大学だろうが、テイコク大学だろうが、どこでも変わりない、そこに問題の根の深さがあるのです。

 ちなみに、私の出身大学であるリクオー大学なんていうのも、ライバルセイホク大学のこの騒ぎで、漁夫の利だか得たの得られないのと、そんな噂もあったようですが、なにを好きこのんでか、このリクオー大学に学部入学時からあわせると、なんと14年間も在学した私は、だからといって、この大学への「愛校心」などかけらもありません。唯一、私のような「半端者」を14年間も野放しにしてくれた、その「自由さ」だけには感謝しております。


 セイホク大学キャンパスに、在学生ひろまつ嬢の姿も、卒業生サユリ嬢の面影も見つけられませんでしたが、続々建てられる新建物、開設される新コースなどの「活気」とは裏腹に、「ニッポンの大学っていったい何なんだろ」という根本的な問いへのこたえは、やはりどこにも転がっていないような思いはあらたです。そして、大学の危機は、予定通りに着々とすすんでいます。




 ちなみに、ひろまつ嬢によく似た境遇・容姿の自称「女優」が、最近求人誌のキャラクターをつとめるにあたり、「私もアルバイトをしてみたかった」と 語ったそうです

 え、あんた大学にも来ないで、「アルバイトに励んでいた」んじゃなかったの?それともあれは「お仕事」?それじゃあ、「セイホク大学学生」という身分証明書はなんの証明なんでしょうか?

 いやはや。

 ま、「セイホク大学学生」の身分証明書を武器に、一〇年間もレイプ集団を経営し、ゼニとセックスと両手に花、大手を振ってわが世の春を謳歌してきた連中もいるくらいですから、全然びっくりすることじゃないのかも。






一件落着

 あれから4年半、この「騒動」もついに決着してしまいました。

 ひろまつ嬢(いまとなっては「ひろすえりょうこ」という人物と同一であると確認)が公式に「退学」の意思を発表したのです。


 ま、「大学と相談の結果」ということは、有り体に申せば、今後いくら頑張っても、生活一変させない限り卒業の見込みはないと「勧告」されたということです。その前に「休学」届けを出したそうですから。


 ひろまつ嬢個人にはこの約5年間はいったい何だったのか、これは是非直接本人に聞いてみたいところですが、残念ながらその機会はないでしょう。ともかくニッポンの大学の「醜態」をこの上なくさらけ出してくれた騒動は、予想通りのような大団円を迎えました。よいことです。

 しかしびっくりするのは、いまもってゲーノーマスゴミのバカどもは、「彼女の入学登校そのものがこんな騒ぎになるなんて、本人にも予想できなかったので気の毒でしたね」とか、「自分の人生の今後の道を決める、そういった時間としてはやはり彼女にもよかったのではないでしょうか」「誰でも学生時代というのはそういった時期でもありますし」とか、まったくバカも休み休み言えよというような、「内輪ぼめ」のおべんちゃらと床屋談義を繰り返しています。てめーらこそが世の中をなめ、世間中にシニシズムとエゴイズム、こずるさとだましあいの害毒をまき散らしてきた張本人なんだということがいまだにまったく理解できない、諸悪の根元だということを、心底思い知らせてやらなくちゃなりません。

 こんな「禁じ手入学」をやらせた関係者、セイホク大学教育学部教授会、その辺はもっと罪が深いので、せめて「釈明会見」をやるべきでしょう。「ゲーノー界の人気にあやかってドサクサのうちに入れましたが、やっぱダメだったようです、教育的指導がまったく足りず、セイホク大受験者、入学生、卒業生諸氏に深くお詫びを申します」と。世の中をなめて、「セイホク大入学」をほしがったすずちゃん自身は、このような恥っさらしな結末になって、それはそれなりに痛い思いでしょうが、この4年半の「在籍生活」の日々への反省があるのかどうかは、下記の「公式声明」からはよくうかがえませんが。もっともさすがに彼女も、「外野・ギャラリーがうるさくて登校できなかったせいよ」とまでは申してはいないようです。まあ、この頭の中はからっきし幼稚な「タレント」(だから「タレント」と言う)が「自分で納得して道を選ぶ」だけのために振り回された数々の当事者関係者、そしておかげで「はみ出し」、涙をのんだセイホク大入学志望者、そんな多くの人たちに伝えるべき「言葉」を学習するくらいまで、この間に「世間的にも」「国語学的にも」成長できたはずもないので、そんな「過剰な期待」は金輪際なしにしておきましょう。

 セイホク大学出身で、5年前にはひろまつ嬢の後輩ご入学を「歓迎」した自称ジャーナリストの、ちくわ鉄也とかいう人物のコメントこそ、最後に必ずや珍重されましょう。

 けれども「ポストひろまつ騒動」のニッポンの大学には、どうにも言葉にならない苦々しい思いとつぶやき・ぼやきのみが残されそうです。



ひろまつ嬢の「すていとめんと」

 私にとって「大学」は自分の進む方向を探しに行く場所でもありました。

14歳で「芸能」の世界に入った私は中学、高校と「学生生活」と「仕事」を両立できる様精一杯頑張ってきました。

 与えられたハードルをひとつひとつ飛び越え続ける生活でしたが、18歳になって自分の進路を決めるとき、これからの人生をどう生きていくのかその時の私には決めることが出来ませんでした。

 だから、大学に進むことは、自分の進路の可能性を最大限追求することだったと思います。

そして、わたしにとって大学生活は貴重な財産となりました。

 教育学部国文科で学んだこと、大学で得た人間関係はともに私に新しい世界をもたらしてくれました。そして、その学生生活も5年目を迎えました。

 私の同学年の人たちは、今、みんな就職して社会の中でそれぞれの道を歩み出しています。

 私も自分の道を決めるべきだと考えました。


 私は今、そしてこれから女優としてお芝居を続けていきたいという思いと夢を大切にしていきたいと思います。

 14歳のデビューとはまた違った自分の長い人生を見据えた上での第二のスタートだと思っています。

 本当に納得してこの道を選ぶことができたことを「大学生活」に感謝したいと思います。




 いや、まだ「騒動」は続いているって?

 ひろまつすずこ嬢が結婚しようが、子持ちになろうが、それはまったく「個人の自由」に属することですので、私としてはなにも申すことはありません。

 まあ、それでも「持ち上げ」続けなくてはならない(たいこもち)職業の方々には心底ご同情を申し上げますが。






ああ、こんどは「クワ坊騒動」?


 もう前世紀のうちに終わった話、ひろまつ嬢はその後離婚してシングルマザーになったとか、ゲーノー界共済組合のおかげで、見事マスコミにカムバックし、いまでは「演技派」で通っており、ハリウッド進出も夢じゃないとか、まったくめでたいことです。


 これで私めももう「そんなのカンケーねぇー」と口にしていれば済むと思っていたのですが、なかなか懲りないセイホク大学で、またこんどは「クワ坊騒動」というのを起こしてくれたそうです。忘れられた頃に、ゲーノーマスコミを賑わしてくれるというのは、なかなか戦略的にあざといほどうまいものです。


 クワ坊氏というのは大昔に、この大学に入りますと公言しておきながら、うるとらしーの離れ業で、本命意中の虚人軍とかいうところに入ったということで、当時大いに話題になったんだそうです。そのあおりを受けた、キヨハラ氏とかいうひとは、以来ずっと恨み続けていたという、これまた下手なスポーツコミックよりよっぽど面白い、まさしく「事実はショー説より忌なり」でした。
 そのクワ坊氏というのが引退を機に、かつて入り損なったセイホク大学の門をたたいたという、それだけでゲーノーマスコミは一挙に盛り上がりました。それで首尾よく「合格した」、クワ坊氏はようやく20年来の思いを達せられた、万歳万歳万々歳となったのであります。


 ところが、それで済みそうにはないことに、「クワ坊が入学しようが、このグランドの土は絶対踏ませねえ」と息巻く、かつての因縁を根に持つひとたちもセイホク大関係者にたくさんいるそうであるうえ、またもや「それってありか?」という声が諸方面から上がっているんだそうです。ホントに懲りない大学ですね。


 今度の主なる論点は、「大学入学を目前で捨てて、職業野球界に入ったはずのクワ坊氏が、リターンマッチで学部入学をめざすならわかるんだけど、入ったのが大学院だって?」、「大学行ってないのがなんで大学院に入れるんだ!?」というところにあると思量されます。ま、この歳でクワ坊氏も、4年もかけて大学学部に通うヒマもないのはわかりますから、1年コースの修士課程で、ともかくあこがれのセイホク大学の門を晴れてくぐれる、そういう選択をしたのは別に不思議ではありません。ただ、そうなると、「学部のうえにある」はずの「大学院」は、高卒で入れるのか?じゃあなんで自分たちは4年もかけて(たくさん学費を払って)学部卒という資格を手にしたりしたんだ、という疑問が生じてくるわけです。



 私は現在、本務先の大学院課程専任者の立場にあり、こういった入学希望者の志願への対応、選考にあたってきておりますので、おこたえをする必要もありそうです。


 簡単に申せば、「そんなのあり」です。大学学部をおえていなくても、大学院への入学は可能です。私の所属先の大学院博士前期課程(修士課程)の募集要項には、応募の資格要件のうちで、このように記した項目があります。「大学院において個別の入学資格審査により、大学を卒業したと同等以上の学力があると本学府が認めた者で、<入学年度までに>22歳に達する者」と書かれているのです。基本的には大学学部卒業者が前提ですが、そうでないひとにも門戸は開かれているのです(このほか、専修学校の専門課程修了者、また異なる教育制度のもとの外国の学校をおえたひとなどの応募も可能になるように、いくつか要件項目があります)。意外に知られていないのですが、大学院に入るのには大学卒業が絶対要るわけではありません。

 これは近年特に、文科省が規制緩和をすすめ、大学院への入学条件を広げたこともあります。そして私自身も、それが悪いこととは思いません。昔で言えば、中卒くらいで仕事に就き、苦労して自分の事業を起こし、さまざま経験を積んだうえで、そののち向学心やみがたく、自分なりに経営なり社会なりを勉強研究してみたいと思うひとが大学院の門をたたく、これは大いに歓迎すべきことではありませんか。大学院に入ることは(そしてもちろん出ることは)、日本の社会ではほとんどたいした意味もないので、自ら求めるものがあって入学を望む人たちに、門戸を広げるのはむしろ大学院の存在意義を大いに高めるものと言えましょう。もっとも日本での在留資格だの、あるいは自国での社会的ステータスなどが絡んで、「大学院入学!!」「修士学位取得!」を非常に重視する向きもないことはないので、そう誰でも歓迎というわけにも行かないのが、国際化時代の現実でもありますが。


 ただ、大学院というところは(学部以上に)、「入ることに意義がある」のではまったくなく、そこでなにを学び、研究するのかがすべてどころか、それ以外なにもないのです。「学生生活をエンジョイ」したり、「○○大学在学」を肩書きにしたりする意味はまったくありません。決して、「リターンマッチ」や「バイパスルート」ではありません(「再チャレンジ」は文科省の政策でも「あり」ですが)。そんな錯覚をもっているひとが入学しても、100%失望することは間違いない、です。
 その辺、クワ坊氏や関係者がまさか誤解をしているのではなかろうと思います。クワ坊氏が入学を予定しているのは「スポーツ科学研究科」なのだそうで、ここは「スポーツ科学に期待される社会的要請の高まりに対応し、スポーツに関わる幅広い事業分野で専門職者として活躍する人材を育成することを目指している」ということです。そしてクワ坊氏が入るのは一年制のマネジメントコースで、おそらく「トップスポーツビジネスなどでの実務経験を有する方がさらにトップスポーツビジネスの実践技能とマネジメント能力を持つように教育」するという、これに該当するのでしょう。まさしく、実務、実践技能とマネジメント能力を兼ね備える、将来の日本の職業野球界を担う頼もしい☆に、クワ坊氏がいっそうの成長を遂げる、楽しみなことです。誰か妙なけちをつけるようなことではありません。


 そうは言ってもヤッパ大学院なんですから、それだけの教育に対応習得でき、そして自分なりの研究を短期間のうちにもまとめられる、そういう「実力」なり素地なりをご本人が備えていないと、あとでともに不幸なことになってしまいます。クワ坊氏らが実践技能で世界中でも誰に引けをとることもないのは十二分に証明済みですから、それ以外のところに不安はないのかな、多くの文献資料にあたり、調査や実験、測定などを重ね、ちゃんとレポートや論文やリサーチペーパーを書け、ともに議論などに参加していける、このあたりは老婆心ながら気がかりではあります。高校出ただけのひとにはそういった力はないなどという失礼千万な先入観を振り回すつもりはありません。でも、ご本人に、さらには受け入れる研究科と各先生方に、不安があっても困るでしょう。

 私の本務校の場合は、先の「大学を卒業したと同等以上の学力があると本学府が認めた者」という要件にわざわざ「注」をつけ、「対象となる者は、主として「短期大学、高等専門学校、専修学校、各種学校の卒業者やその他の教育施設の修了者など、大学卒業資格を有していない者」です」なんて添え書きしています。「高校出ただけ」というのをあえて排除しているような印象もあります。私個人的には、その辺疑問もありますが、そういった「条件を狭める」ことよりは、「学力があると認め」るところには無視できない積極的な意味がありましょう。そうでないと、記したように、お互い不幸なことになるからです。「こんなはずじゃなかった」とご本人が後悔してももったいないことです。


 もちろん天下のセイホク大学のことですから、この「大学を卒業したと同等以上の学力」については、厳しくかつ十分すぎるほどに審査確認をし、太鼓判を押したのでしょう。ご本人もその学力に確信があり、「大学院課程をおえられる」実力のほどをあますところなく披瀝し、そして大いなる意欲を持ってセイホク大学の門をくぐるのだと思います。「空気とカンジが読めない」どこかの国の首相にしても、意欲は誰にも負けないと思えますから、ましてやあら探しのようなカンジ読み書きテストを課すようなまねで、クワ坊氏の意欲と向学心をそいではいけません。

 世間の雑音で、クワ坊氏が「試験厳しかった」、「とても自信がない」と弱音を吐いていたとか、「レフトフライが追い風でうまくスタンドに入ってくれたようなもの」と「合格の幸運」の実感を吐露したとか、そういう誤報には耳を貸してはならないと思います。当然ながらセイホク大学の大学院教員はじめ関係者が、「ユーメイ球界人だからぜひ入れましょう」などという失礼千万なことを決めたなどというようなことがあるわけないじゃないですか。「ひろまつ嬢騒動」から学んだ教訓にも多大なものがあるはずですし(ですから、「懲りない大学」という誹謗中傷は訂正撤回させて頂きます。どうも申し訳ないことです)。




クワ坊氏がんばる


 このページ、書き出したのが1998年末のロンドンにて、そしていまは2010年のさかり、なんとひとまわり回ってしまいました。それだけ歳月が過ぎれば、世の中も変わってきています。

 だからもう、こんな旧聞もきわまった話しなど引っ込めるべきタイミングもとっくにきていると思うのですが、いろいろ新しい事実を加えていく責任もあるくらいに、この私の「言いたい放題」がいまもあちこちで引用やリンクをされているんですな。「本業」の方ではちょっとも知られない私が、こんな個人的な「感想」で「うけたり」するのではそれこそ恥ずかしい限り、本末転倒ではあります。もちろん、はじめからそういった「うけ狙い」の意図など毛頭なかったのでして、日本を離れた地にあって、故国の「教育」や「大学」への慨嘆の思いを綴っただけだったのですが。


 それで、「クワ坊氏」の大学院修士1年制課程の在学期間はあっという間に終わってしまい、彼の出した論文は高い評価を受け、修了式で表彰をされたとのこと、あちこちでこのことが取り上げられました。それどころか、指導教授との「共著」の形で出版されるそうです。まさに、社会人学生の誉れでしょう。

 その中身の方を私はまだ一読だにしていないので、それであれこれ申すのはまったく間違いなのですが、少なくともこういった評価や世評から見ても、相当の出来であったのでしょう。自身の経験と人脈交友を生かし、多くの球界人などの調査結果などを盛り込んだ、実証性と論理性十分なものであったと伝えられています。

 一年間でこれだけのものを残せた、それはクワ坊氏の非常な努力と、傾注と、そしてかねての実力の発揮なのだろうと思います。大変なことです。私が同氏の入学時に記したようなことは全くの杞憂であったばかりか、いささかの疑いを持たせるような書き方になっていたのを、いまさらながら恥じねばなりません。

 大学人のひとりとして、クワ坊氏の成果に心からの敬意を表したいと思います。そしてできれば、こうしたひとが(もちろんスポーツ界芸能界などを問わず)大学の門をたたき、大学を活性化してくれることを改めて希うところです。もちろん、指導担当の教授、関係者らの努力と貢献も多大なものがあったでしょう。大学人はこれをもって範とせねばなりません。


 それでもいまだに、春を前にして、ゲーノー界の○○「◇◇大学に合格!」といったたぐいが飽きもせず、ゲーノーマスコミを賑わしているんですな。「それって違うだろ」、「ひろまつ事件からなんにも学ばないのか」、ま、そんなことをいまさら問うても、変わりようもないこの国です。「受験競争」「ユーメイ校志向」はますますつよまり、小学生まで、あげて「受験に勝つ」ことに熱中し、狂奔している今日この頃です。「個人情報」保護にみんなが異様に神経質になり、学校の生徒名簿保護者名簿さえ作れないというなかで、受験塾などはなに吹く風とばかりに、いたいけない小学生や中学生の「合格者名簿」を人名・写真入り広告でばらまき、また張り出しています(近頃はそれでも、「当人の了解を得ました」という「注」は載せていますが)。そんな「世の中の一大事」なのでしょうか。こんなプライバシー丸裸に、怖くないのでしょうか。

 はっきり申しましょう、どこの「中学、高校に入った」、「大学に入った」、それは個人のプライバシーである以上に、どうっていうこともない人生の一コマでしかありません。そんなことで「勝った」「負けた」なんて考えて、なんになるんでしょうか。あたりまえですが、そこから先、「出ること」、「生き方を選ぶこと」、それこそが重要です。生き方、仕事、人生のあり方、それのみがひとりひとりに与えられた機会であり、また本当に悔いない選択をしてほしいものですが、やはり学校も、「入った」以上は「出る」ことが重要でしょう。大学も、大学院でもそれは当然のことです。


 いまはまっとうに学校を「出る」ことができても、その先の仕事の「選択」で苦しんでいる若い人たちが大勢いる現実であり、大変な「就職難」の嵐が吹き荒れています。私も大学教員の端くれとして、そうしたひとりひとりのためになにかできないのか、努力はしているつもりですが、なかなか十分なことができていません。それこそが、大学での教育の中身を含め、大学教員がいまなさねばならない重要な責務と思います。もちろん、ひとりひとりの学生が大学でなしたこと、得たことがそのまま、本人の望む仕事や人生選択につながってくれるものとは限らない、このゆがんだ現実を容易に乗り越えられないところにこそ、大学関係者の直面する悩みもあるのですが。

 幸いにしてか、クワ坊氏を含めた社会人入学生の人たちは、日本の「受験競争」および「新規学卒一括採用」という奇妙な仕組みの枠組みに押し込められ、苦しむのではなく、ある意味自由な選択と自分の意思で、「学ぶ」ことと「生きる」こととを結びつけられていると申せましょう。そこに日本の大学の限られた「希望の道」もあるのかもしれません。テストの点数やら偏差値やらをめぐる「競争」と「選抜」と「序列」の枠組みが、「シューカツ」にまでそのまま移し込まれてきている、そしてヘタをすればそれが学校や教師らへの「評価」にまで結びつけられている、この「現実」のなかにあって。


 それでもなお、私はいまの若い世代の人たちの直面する過酷な現実とともに、またそれゆえの若い人たちの意欲、活力の低下、「先の見えない」あるいは「見ない」姿に危惧感も覚えています。若いからこそできる挑戦や冒険、理想を求める思い、そうしたものが失われた社会には未来はないでしょう。

 それを論じ出すと、単に「年寄りの繰り言」ではない証明をきちんと記さねばならなくなるので、この「ジョーダン」のページにはひとまず区切りをつけ、別途私の申したいことをどこかに記すことにいたしましょう。私の人生もだいぶ残り少なくなりましたし。



  みなさんのご意見をお待ちしています。