21世紀の中小企業とビジネス・エシックス
 
 

             社団法人中小企業研究センター 調査研究報告 No.105

                                2001年3月刊

 
 (三井逸友、出見世信之、岩間勲二郎 担当執筆)


 
 
 
 
はじめに −問題意識と研究方法
 
1. 20世紀末の企業の課題
 
 21世紀を迎えて、わが国中小企業の当面する課題は、いっそう複雑で多様な様相を呈している。1999年の中小企業基本法の全面改定は、従来の中小企業のありかた、またこれに対する政策的対応の理念を根本的に見直し、新たに「独立した、多様で活力ある中小企業」を目標とする方向へ転換し、経営革新・創業・創造的事業活動の促進をめざすものとなった。これは、柔軟性や創造性、機動性といった中小企業の持つ可能性をいっそう重視するものであるとともに、その果たすべき使命がきわめて重くなっていることを意味する。中小企業がその規模ゆえの制約や困難、立場の弱さを訴え、政策的な支援を期待するだけではなく、我が国経済の重要な担い手として期待される役割と可能性を発揮すべく、みずからの手による自助努力を大いにふるっていくことを望まれているのである。そうした前向きな事業活動を果敢に展開する企業に対し、その経営基盤の強化を政策的に支援しようというものが、新しい中小企業政策の基本的姿勢である。
 
 
 翻ってみれば、90年代の我が国経済の状況は、規模の大小を問わず、企業という存在に厳しい試練をもたらした。バブル経済の崩壊と景気の低迷、消費の落ち込み、グローバリゼーションの進展下での国際競争の激化などは、あまりにも繰り返されてきた枕言葉である。しかし、そういった狭義の経済環境の状況だけではなく、企業という存在自体が21世紀に向けて、どのようなかたちで存在するのか、さらには企業そのものが生きていけるのかどうか、それが問われるようになってきたのである。もちろんそれは今日始まったことではなく、欧米企業社会を中心に、70年代から問われるようになってきた問題である。しかし皮肉なくらいに、90年代の日本経済では、容易に回復しない不況とともに、企業の「不祥事」が招く深刻な事態が、幾たびも社会の批判を呼んだのであった。
 
 こうした問題をいま一度問うならば、一つにはいずれの国々や業界にあっても、企業の存在意義を揺るがすような不祥事や事件が起こり、これに対する企業としての対応の遅れ、管理体制の不備、ひいては経営姿勢そのものがつよい批判を浴びる、さらには巨額の補償や賠償を求められるような事態が少なからず見られた。「利益のためなら何をやってもよいのか」といった批判の声のひろがりが、企業に対する、ひいては企業の担う経済システム全体に対する信頼を揺るがしかねなくなった。いまひとつには、従来型の経済社会のあり方、経済活動のあり方が招く、環境汚染や自然破壊、資源浪費、地域間国家間の不均衡拡大などが地球規模の問題となり、現実経済活動の主役である企業のとらねばならない責任、また今後の解決努力への企業としての貢献が諸方面から求められるようになった。こうした事態は70年代から各国各地で表面化してきたが、その結果、単なる「謝罪」や「責任表明」、補償措置などにとどまらず、企業みずからが積極的な役割を果たす、またそのための体制を整備し、みずからが自己革新を遂げるという姿勢が、80年代以降相次いで現れてきたのである。
 
 のみならず、企業の社会的責任にかかわるさまざまな立法措置もはかられてきた。公害規制立法はもとより、品質保証、製造物責任、資源リサイクル、男女機会均等、セクハラ防止、企業財務の公開と連結決算制度などの強化、インサイダー取引規制など、さまざまな方面にわたり、企業経営の果たさねばならない責務は重くなってきている。一方では形式化した、あるいは時代に合わなくなった無用の規制の撤廃・緩和、過剰な官公庁の介入や指導の廃止もすすんでいるが、それだけに企業個々の主体的な努力、自己責任のルールはより厳しくなってきているとも言える。
 
 このような事態の展開の状況は、詳しくは次章で見ていくが、ともかく明らかなことは、企業とその社会的な責任、企業活動とそのうちに貫かれるべき規範・ルール、企業とその事業環境とのかかわり方、企業を支える諸主体と企業との関係のあり方、そうした新たな視点が、企業経営を論じ、あるいは評価し、そのあり方を考えていくうえで、避けられない重要課題となったという経緯の重みである。典型的には、「コーポレートガバナンス」についての研究や経営手法の開発の進展、「企業倫理綱領・指針」や「企業行動規範」などの公表、「環境会計」の手法の開発や導入、企業の「社会的貢献」や「フィランソロピー」活動の活発化などにその一端を見ることができる。そしてその中で、「企業倫理」(business ethics)という概念が、一般に定着し、つねに用いられるようになってきたのである。
 
 今日的には、「ビジネス・エシックス」の問われる課題は、さまざまに広がっていると言えよう。事業活動と成果についてのアカウンタビリティの確保、犯罪や不正行為の防止、消費者への安全の提供、公害・環境汚染防止、自然環境保護・資源保護、リサイクル推進、持続可能な成長(サステイナブル・デベロップメント)への貢献、健全な安定した社会への寄与、バリアフリー環境への貢献、平等参画社会の実現、人権や固有の文化の尊重、国際協力、地球規模の不均衡是正と途上国の発展支援など、多くの課題が企業に求められている。もちろんそれらをことごとく、一つの企業のみで担えるものではないが、それぞれの置かれた状況に対応しながらも、より高い責任発揮や貢献が求められていること、他方では企業が共通して守るべきミニマムの規範が明白になってきていることが今日の特徴といえるだろう。
 
 もとより、「企業倫理」が問われたのは決して新しいことではなく、近代的企業の発展とともにあった課題であり論点であったと言えよう。しかし新世紀を迎える今日ではとりわけ、その重みや社会的地球的影響の大きさがきわめて重要なのである。
 
 
 

2. 中小企業とビジネス・エシックスの課題
 
 こうした状況下にあって、なによりも注目できることは、一部金融機関や保険会社、そごう、雪印乳業、三菱自工、ブリヂストンファイアストン、味の素インドネシアなどの例に見られるような、単に大企業の非倫理的な行動や軽率な振る舞い、経営破綻への社会的な非難と深刻な影響の事態のみではない。いまや中小企業といえども、ただ「頑張って」存立を守っていればよい、その本業に精だし、利益を上げていければよいというものではなく、企業としてのあるべき姿が問われているという点を重視せねばならない。
 
 確かに従来は、中小企業は「大企業の横暴」や「非倫理的な行動」の被害者であり、ともかくその存在を守る、それがなによりも困難かつ重要であるというみかたがつよかった。あるいはまた、70年代以降、環境や公害問題への社会的な規制が強まってくると、経営基盤の脆弱な中小企業は独力ではそれを容易にカバーできない、したがって政策的な支援が求められるという見地が支配的であった。一方では、規模が小さいゆえに中小企業では官僚的な組織の弊害が少なく、経営者の目が行き届く、家族的な雰囲気や人間的な企業文化のうちで、健全な関係が維持できるといった好評価もつよかった。もちろんまた、中小企業はあまりに「異質多元」な企業の総称でもあり、モラルを欠いた経営姿勢、「やり得」、「よそもそう」、「小さいから許される」といった甘えを抱えた企業もなかったとは言えないだろう。そうした姿勢は、「たとえ中小企業でも」今後維持することはできない。「独立した、多様で活力ある企業」としての社会的責任をつよく追及されるのである。
 
 
 それではなぜ、「中小企業でも」倫理性を発揮し、行動規範を高めていく必要があるのだろうか?第一には、当然ながら企業規模を問わない普遍的責任があるという点である。言うなれば共通の規範なりミニマムリクワィアメントがあるのであって、それなくしては地球環境は守れないし、よりよい社会は実現できない。「中小企業だから」などということが言い訳や逃げ道にはならないのは当然なのである。
 
 第二には、今日の経済社会にあっては、どのような企業も、企業間の連関・クラスタ・地域内の集積などを通じ、あるいは少なくともさまざまな取引関係などを通じ、全国、さらにはグローバルスケールのつながりが深まり、さまざまな方面とかかわり、存在の意味が大きくなっている。つまり、中小企業といえども、そのあり方、行動が直接間接にも、きわめて大きな社会的影響をもつようになったのである。情報通信革命とインターネット時代の到来は、こういった企業存在のもつ重みを一挙に増大させている。
 
 第三には、中小企業独自の社会貢献などの可能性がある。巨大化した企業は必然的に似たような組織と行動をとるようになり、ある意味では「没個性」になりがちである。しかし中小規模の企業には、その創業や存続発展自体に独特の目的性を掲げ、そこに存在の意義を発揮している例が多々ある。もちろん、「企業」と「非営利法人」(NPO)、協同組合などとは性格を異にするものの、環境貢献、社会参加機会実現、途上国支援などの目的性を前面に掲げて活動してきている実例はあまたある。それが企業という存在の経済性効率性と両立してこそ、社会的な意義も十全に果たせると言えるのであり、近年の創業例にはそうしたものが少なくない(当センター『「創業」と「エンタープライズ・カルチャー」の研究』、1996年、同『新しい創業の実態と今後の可能性』、2000年、など)。中小企業ならではの個性と特徴、人間性や機動性の発揮のチャンスとも言えるのである。
 
 これは一部の企業のみの掲げるものではない。多くの企業がそれぞれの積極的な存在理由を発揮し、また新たな「個性」としての「倫理性・規範性」や「貢献可能性」を発揮してこそ、中小企業の21世紀への展望が開けると言える。とりわけ、新たな市場の獲得などには、そうした「個性」が重要な戦略手段にもなる。そこにこそ「独立した、活力ある多様な企業」という位置づけが生きてくるものである。
 
 第四には、これと関連して、国際的なビジネス・エシックスの課題にとりくみ、規範=スタンダードをクリアできなければ、競争の場にのぼることが許されない、取引関係や市場の確保もままならなくなる、という事態も予想されるという点がある。世界競争のなかで、こうしたより厳しいハードルが課せられる状況は、さまざまなところで目につくようになっている。「グリーン調達」指針などはその例である。あるいはまた、企業の行動が思わぬ場で、批判や非難の的になる、という事態も、環境問題や資源問題、セクシュアル・ハラスメント問題、発展途上国支援問題などに関してすでに続発している。こうした状況を踏まえ、適切な行動をとれるかどうかは、国際化時代の中小企業の試金石である。
 
 
 欧米諸国ではすでに、企業とビジネス・エシックスについては企業経営の最重要課題の一つとされ、活発なとりくみがおこなわれている。また、これに関する研究や議論も隆盛である。もちろん、『ヨーロッパ中小企業白書 1997年版』(同友館刊、1998年)に見られるように、中小企業の環境問題などへのとりくみは遅れており、より積極的な対応が求められている。EU欧州連合では、21世紀に向けての中小企業政策「第4次多年度計画」(2001-5年度)の大きな課題として、「持続可能な成長」への貢献を掲げ、それをすすめるための中小企業の経営環境の整備や技術力の強化を図るものとしている(三井逸友「21世紀を迎えるEU中小企業政策の新段階」『国民生活金融公庫調査季報』第55号、2000年)。
 
 近年のわが国においては、『平成11年版中小企業白書』(大蔵省印刷局刊、1999年)が、「企業組織とガバナビリティ(企業統治)」を詳しく取り上げているが、それは主には、「高収益・高成長」という「経営成果」に限定されたガバナンスの問題として、経営環境変化対応、戦略展開、効率性確保の方法を検証したものである。また、中小企業政策の転換に際しては、99年の中政審答申や新中小企業基本法においては、環境問題はもとより、中小企業と「ビジネスエシックス」への言及や、これにかかわる課題や施策は特にはない。もちろんこれは、そうした課題への政策面からのとりくみの欠けていることを意味するものではなく、公害防止問題などについては、80年代から高度化事業などを通じ、さまざまな対応支援策が図られてきている。また、中小企業の「環境・安全等対策」が90年代以降拡充され、、情報提供、診断指導、環境対策融資などの制度が実施されている。
 
 今後はさらに、「ビジネス・エシックス」にかかわる幅広い課題が、中小企業政策のうちでもいっそう重視されていくことになろう。
 
 
 当センターにおいても、1992年度の委託調査「中小企業における快適企業のあり方に関する研究」において、主には企業内部での従業員の定着と意欲向上の課題を研究したが、その中で、いまや企業の果たすべき役割が大きく変わり、その社会性・文化性・人間性・環境性が問われていることを、いちはやく示した。図−1のように、一方では企業は資源の有効利用を図るうえでの合理的効率的なシステムであり、さまざまな価値を生み出し、組織としても構成員にとっても、絶えざる発展への契機を内包している。他方では、そうした合理性のみに依存するのではなく、企業存在自体のもつ社会性・環境性などのさまざまな課題に適切にこたえ、時代の変化、経営環境変化に適応していくことが不可欠である。
 
 しかも高度経済成長を通じて発揮されてきたわが国中小企業の積極的な経済的役割と発展の条件が、80年代以降、経営内外の環境変化を通じて大きく変わり、「日本的経営」の見直しの機運に代表されるように、図−2、−3によって、多くの新たな課題に迫られていることが判明する。したがって今後の企業には、図−4の示すごとく、環境変化対応とともに、各利害関係者、さらには社会全般に対し、新たな積極貢献を実現していくことが必要なのである。このように予見された「転換期」は、いま、いっそう大きな課題と倫理性規範性の要請として、すべての中小企業に迫っているものと言わねばならない。
 
 
 

3. 中小企業とビジネス・エシックス研究への課題・仮設
 
 こうした研究や議論をすすめるについては、何をもって、「ビジネス・エシックス」に取り組んでいると言えるのか、その定義や課題設定自体に困難もあることは否めない。また、これに対する定説がすでに定着しているとも言いがたい。したがって、調査研究の方法がすでに数々蓄積され、定式化しているとすることはできない。
 
 一.そこでこの研究ではひとまず、「エシックス」の存在を、倫理性を軸とした、企業としての考え方なり理念なりといった思考様式、それを実践する上で確立している企業組織の規範やルール、そして実際の企業行動の上でのありよう、これら3つの側面からとらえる。それらをすべて完全に包含するものではなくとも、一定の論理性と倫理性とがここに貫かれ、体現されているものであれば、これを積極的に評価し、位置づけるものである。
 
 
 二.次に、その「倫理性」をどうとらえるかについては、狭義の「経営成果」・売上高成長や収益性向上、利益拡大などには必ずしも直結しない、あるいは企業目的そのものとは同じではない、社会的倫理的な課題に、積極的目的意識的に、しかもかなりの長期間にわたって取り組んできていること、それを経営上の目標の一つと位置づけ、実施推進する体制なり方法なりをきちんと持っていること、と考える。別の言い方をすれば、単なる「利益追求」や「経済合理性の追求」以上の、いわゆるmanagement by value の見地を企業組織と経営活動のうちで、相当に明確に示していることである。これを定量的に計測することは困難であり、印象に頼る恐れもあるが、何らかの規範や明文規定、指針、資金投入、組織体制、文書などの確証を通じ、あるいはケーススタディとして立証追認できる事実を通じ、確認可能な点は少なからずある。
 
 
 三.こうした「ビジネス・エシックス」の外形、すなわち具体的な課題設定や目標については、それぞれの企業の置かれた環境や事業展開の経緯、「個性」などに応じてさまざまなものがあることが予想され、一義的に決めることが容易ではない。全般的には、上記のように、事業活動と成果についてのアカウンタビリティの確保、犯罪や不正行為の防止、不公正取引防止、法令遵守(コンプライアンス)、消費者への安全の提供、環境汚染防止、自然環境保護・資源保護、リサイクル推進、持続可能な成長(サステイナブル・デベロップメント)への貢献、健全な安定した社会への寄与、バリアフリー環境への貢献、平等参画社会の実現、人権や固有の文化の尊重、国際協力、地球規模の不均衡是正と途上国の発展など、さまざま挙げられよう。当研究においては、これらを極力最大公約数的にとらえながら、むしろ次の「各利害関係者(ステークホルダー)」にかかわる各分野を分析軸として、エシカルなとりくみと行動状況をより具体的に見ていくものとしている。そして、これら各課題について、平均的総花的にとり組んでいるのかどうかを見るのではなく、そこに現れたそれぞれの企業の特徴を、より重視している。
 
 
 四.「各利害関係者」という調査分析軸については、うえの図  のように、今日の経営環境と倫理的課題のありようを考慮し、(1)取引先<対応指針、取引関係のあり方規制等>、(2)顧客・消費者<商品・サービスへの責任、情報提供等>、(3)従業員<経営方針の徹底、仕事の分担・責任体制、評価方法と処遇、研修や教育、経営成果の分配、快適職場、社内倫理等>、(4)株主・投資家・融資先など<業績内容公開、コミュニケーションとアカウンタビリティ等>、(5)地域社会<情報公開、成果還元、地元貢献等>、(6)自然環境<環境保全、持続可能な成長、省資源・リサイクル等>、(7)業界や経済団体<業界規範、業界への貢献、ビジネス・エンジェル等>、(8)法制・諸規制<コンプライアンスへのとりくみ、自社ルール整備・チェック体制等>、(9)国際経営環境と競争<現状認識、情報収集、国際ルール、対応努力、国際貢献等>、という8つの関係を定めた。それらに応じて、具体的な課題が評価される。
 
 
 五.また、具体的な調査にあたっては、個々の企業が「ビジネス・エシックス」の課題に積極的にとりくむに至った、そのきっかけ、経緯といったものを重視した。そこに中小企業それぞれの個性とエシカルな課題・その成果の特徴が表現されており、他企業にとっての教訓が大だからである。ある意味では、エシカルな課題は、企業の発展の過程の必然的な産物であり、そこに生ずる周辺環境との調和の必要を示すものでもあるからである。
 
 
 六.他方ではまた、エシカルな課題への主体的なとりくみに、企業存在そのものの自己目的性が有形無形に反映し、さらには、創業者や所有経営者の個人的理念・人格性がつよく示されるところのものでもあることを、つとめて注目し、解明してきた。
 
 
 七.こうして分析された各企業の経験を、単に個別課題へのとりくみ状況のみの指摘に終わらせるのではなく、こうしたとりくみが企業全体にとって、中長期的にどのような成果をもたらしたのか、それを総括総合評価するという視点を用いた。一見「企業収益」などには直結しないような課題の追求が実際には、企業そのものの次の発展の契機となりうるのではないか、そこに注目をしたのである。それはまた、中小企業のエシカルな課題へのとりくみの契機なり意味なりにフィードバックされる要因でもある。
 
 
 八.調査をすすめるについては、通説的に設定できる、エシカルな課題の必要性とこれへの対応のコストというものが、中小企業にとって一般的な「不利」の拡大や、取引関係上での、負担や対応策の「押しつけ」「しわ寄せ」になる恐れがないか、そうであれば、社会全般の厚生の確保増大、望ましい企業経営環境の維持の上から、公共政策の介入や支援が必要になるのか、という問題意識を仮設としてあげた。たとえば、リサイクルの推進に伴うコストが一方的に中小企業に転嫁され、個々の中小企業がこれをカバーできない、しかしそうした対応策を積極的に図らないと、取引が維持できない、あるいは社会のうちでの存続を否定されかねない、といった問題である。近年の環境基準などには、外注先企業などにも同レベルの基準達成を求める性格があるので、中小企業にとっては厳しい制約になる恐れもある。
 
 
 九.うえの問題仮設に関連して、政府や自治体などによる公共政策の介入や支援、あるいは規制などだけではなく、事業者団体、業界団体などが率先してエシカルな課題にとりくむ、共通の規範や指針づくりをおこない、奨励する、あるいは相互支援によって、中小企業の困難を克服する、そういった対応がどのくらいなされているのか、また先進的な中小企業がこれにどのくらいかかわり、どういった役割を果たせているのか、という点にも注目した。こうした、集団的組織的な対応のあり方は、今後の広義の政策課題の一つになりうるからである。
 
 
 

4. 調査研究の方法
 
 今回の調査研究にあたっては、ビジネス・エシックスに拘わる諸課題に、積極的に取り組んでいる中小企業の詳しい事例研究をメインにおき、関連して、諸資料を収集検討した。事例企業は、諸報道等で取り上げられたものなどからピックアップし(このなかには、当センターの「表彰事業」の対象となったものを含んでいる)、経営者自身に面接調査をおこない、経営経験やビジネス・エシックス課題への取り組み状況、経営者自らの理念や見解を聴取した。また、各企業の社史、経営理念、社訓、経営組織構成、社内規則などの資料を集めている。
 
 面接調査後、事例企業の比較をはかり、調査内容の均衡を期するため、フォローアップのためのアンケート調査も行っている。
 
 
 当報告書は、以下のように構成されている。
 
 第一章では、企業活動とビジネスエシックスの課題について、内外の諸議論の動向とその背景を検討している。近年こうした課題が極めて重要なものとなり、諸方面から見解や勧告、意見が表明され、中小企業にも重要な経営課題となってきている事実が示される。のみならず、公的規制、業界団体自主規制、経営倫理それぞれを背景に、事業活動のエシックスがとり組まれるようになったこと、そこに企業の「社会性」が必然的に重視されるようになったことが指摘される。わが国では特に、日本的経営の転機、その行動原理の見直し機運と共通の流れであることが確認できる。注目できるのは、ECS2000のように、企業経営システムのうちに倫理性・価値理念を組み込む方法の試案が提起されるようになってきたことである。
 
 第二章では、調査事例に関して、特にエシカルな課題へのとりくみをすすめるに至った背景や経緯、特徴などを個別に検討している。企業の外的環境要因、内的環境要因、そのいずれでもない、経営者自身のつよい志向や企業の目的性など、直接の契機にはいくつかのパターンがあるが、実際のとりくみの過程においては、大きな試練、数々の試行錯誤とそれによる教訓が共通して見いだされる。そして、社会的な関心やテーマ性はもちろん、概して影響しているが、経営者や幹部の強い意思、企業自体の個性がそれぞれの事例中には明確に表現されている。時には、倫理的課題への志向性が、目的意識的な企業戦略を直接に示している場合もある。
 
 第三章では、各課題別・利害関係者別に、事例企業のビジネス・エシックスへのとりくみ状況を、課題事項管理の特徴として分析検討している。それぞれの課題への重点的なとりくみ、また個性あるとりくみ手法、経営者の創意工夫の発揮状況などが見てとれる。特に最近の趨勢を反映し、国際的な動向としてのISO14000取得という主題に、相対的な関心が高い。中小企業では経営状況のディスクロージャーや社外ステークホルダーへのアカウンタビリティ向上などの課題が大きいとは言えないが、社内へ向けてのコミュニケーションとしては相当重要である。
 
 時にはそれらのとりくみは、企業の発展拡大の流れのなかでの、組織と経営体制の整備、目標管理の必要、あるいは内外環境の変動に対する「リスク管理」の教訓といった性格もある。しかし、そうした対応努力のうちから、新しい価値観形成や企業の存在理由の再確認がすすみ、エシカルかつ社会的な幅広い課題への積極的な貢献の方向が見えてきていることは重要であろう。
 
 第四章では、全体の結論として、中小企業にとっての「ビジネス・エシックス」へのとりくみは、単に当面の存立を守るというだけではなく、ある意味では倫理は中長期的には「ペイする」ものである現実が指摘される。規範的行動や目標追求による、企業組織の活性化や、社会的評価の向上による、人材の確保や従業員モラールの向上、ひいては全般的な経営成果の向上につながるものであることが確認できる。その意味で、21世紀の中小企業が積極的戦略的にとり組んでいくべき方向であると言うことができる。そして、少なくとも調査事例からは、エシカルな課題に迫られての、公共政策支援の切迫した必要性や、「業界横並び」的な対応や規範づくりの有効性はうかがえなかった。しかし、それは調査事例企業がいずれも「先進的」であることを念頭におかねばならない。
 
 そうしたエシカルな展開はやがては、単なる「愛社精神」や「企業の個性」の域を超え、ビジネス活動と個々人の仕事自体の「社会的意義」なり「使命」なりの自己確認にもつながる性格を有している。そこに個々の企業存在と企業の社会性との間のジレンマもなくはないが、21世紀の企業が規模の大小を問わずかかわっていかねばならないテーマでもある。
 
 最後には、今回事例調査をおこなった15社すべてについての、詳しい事例研究が載せられている。




問い合わせ先.中小企業研究センターのWEBサイトへ
(URL変更)

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