ホーム > サイトマップ > 医療 > 医療関係論文 > 開業医の小児科独習法

開業医の小児科独習法

2006.04.16.  掲載
2021.04.26. 合体版
このページの最後へ
開業医の小児科独習法 目次

目次

            はじめに
            第一章:小児科勉強のテキストとした図書
            第二章:紹介した症例から学ぶ
                1.小児紹介患者の疾病統計
                2.紹介患者に多い病気
                3.紹介患者に多い病気のグループ
                4.紹介患者の病気のいろいろ
            第三章:診療した患者から学ぶ
                1.診察について
                2.病気のいろいろ
                3.ストレス病
                4.季節病
                5.疾病の変遷
            第四章:図譜作成で学ぶ
            第五章:説明パンフレット作成で学ぶ 
            第六章:講演することで学ぶ
            第七章:学校医、園医として学ぶ
            第八章:CD−ROMで学ぶ
            第九章:Web検索で学ぶ
            第十章:小児の薬
            あとがき
            開業医の小児科独習法 合体版


はじめに

私は医師になって11年目に、内科、循環器科、消化器科を標榜して開業しました。大学で心臓外科を専攻し、川崎病院で消化器外科を、名取病院では内科と放射線科を勉強したので、この3標榜科については診療に自信がありました。しかし、内科診療所では、小児科を標榜していなくても、小児の患者を診療しなければならない場合があります。

また、内科系医師は日曜休日診療所、土曜夜間診療所、夜間深夜診療所などの当番に出務しなければなりません。自分の診療所であれば、小児科は自信がないと言って診療を断ることもできますが、救急診療所に来られるのはこどもが大半なのに、小児科医ではないからこどもの診療はできないなどと言っても通りません。内科医には、小児科の診療能力も求められているのです。

私も、医学生のころ小児科の学生実習は受けましたが、これなどほとんど役に立ちません。ただ、入局した外科が、心臓外科と小児外科の分野で、日本のパイオニアとなったところだったことと、当時の心臓外科の手術の半数近くが、先天性心疾患だったことから、小児の患者によく接してはきました。そこでは泥縄式に、必要に応じて小児科の勉強をしましたが、系統だった小児科としての勉強ではありません。

32年間の開業医生活の中で、私にとって開業して最も良かったと思うのは、親や祖父母に連れられて医院に来ていたこどもが青年となり、結婚して親となり、そのこどもが親や祖父母に連れられて医院に来るというケースを何組も経験したことと、一人のこどもが幼児、学童、学生と成長していく過程を、継続して見せてもらえたことでした。これは、小児科を標榜するしないに関わらず、内科開業医だけが経験できる恩恵でしょう。

小児科をマスターするために、開業してから独りでいろいろ勉強し、少しづつ身につけました。大学や病院の小児科で指導を受けて学んだのではなく、開業して自力で小児科を学んだ私のやり方を、診療からリタイヤしたこの機会に、まとめて置くことにしました。自分の記念のためのまとめですが、これから実地に小児科を学ぼうとしている医師にとって、何かお役に立つところがあれば嬉しく思います。

                                     このページの目次へ

第一章:小児科勉強のテキストとした図書

独習とは言っても、大学や病院の小児科で勉強したのではないという意味であり、小児科に関係する多くの書籍と、診療をした患者さんから学びました。書籍の中では、私にとって学ぶところが多かったものを取り上げ、簡単な説明を加えます。


1.<内科医のための小児診療ノート>改定3版
  寺脇 保、尾木文之助、加地正郎、武田誉久 共著
  中外医学社 1968年刊 210頁

この本は、九州大学医学部卒業の、小児科医師2名と内科医師2名の親友同士4名が編集したものです。「内科医でも、小児の特殊性について原則的なことと特に必要な点についての知識を持っていれば、大過なくすませられるのではないか」という趣旨のもとで、内科と共通する点はすべて省略し、内科医が小児を診療するときに盲点になりやすい事柄に主眼を置いて書かれていました。

この書は実際的で、いろいろ役に立ちましたが、中でも、成人量に対する小児の薬用量の換算式(Von Harnach の換算式)は最も有用で、開業当初から、より使いやすいように簡略化して、野村医院方式として使ってきました。

     小児の薬用量(Von Harnach の換算式)
 年齢   1歳   3歳   7.5歳    12歳   成人 
 薬用量   1/4   1/3   1/2   2/3   1 


小児の薬用量(野村医院方式)
 年齢    1歳    3歳    6歳    12歳   成人 
 薬用量    1/4    1/3    1/2    2/3    1 
      3     4     6     8    12 
 体重    10kg    15kg    20kg    30kg    50kg 


寺脇氏は当時鹿児島大医学部小児科教授、尾木氏は小児科開業医、加地氏は「かぜ」博士で有名ですが、当時九大講師で現久留米医大名誉教授、武田氏は病院内科勤務医師でした。この書籍が良い著作であった理由が分かった気がします。


2.<小児における問診のコツから診断まで>
  大国真彦
  南山堂 1970年刊 200頁

この著書から、1)こどもは大人と違って、初診からいくつもの検査をすることが困難であり、2)こどもの病気は経過が早いので、検査結果をゆっくり待っておれず、3)こどもの大部分の病気は、問診と診察で大体の診断ができるという3つの大事なことを学びました。私は医師になったころから、診療の場での問診や理学所見の重要性をいつも思ってきましたので、著者の診療に対する考えに共鳴しました。

大国氏は高校と大学で同期の大国英和先生の兄上であり、日大小児科教授で、小児心臓病の第一人者でした。日大板橋病院院長をされた後、平成12年に、長年の夢であった手間と時間を充分にかけた医療を実現する目的で、小児科・内科を開業されました。


3.<四季よりみた日常小児疾患診療のすべて>
  篠塚輝治、中沢 進、巷野悟郎、村田文也、嶋田和正 編集
  金原出版 1971年刊 484頁

この著書は、春夏秋冬の各季節に起こりやすい病気と、季節に関係しない病気というように、季節という観点から小児の病気をグループ分けをして、それを484ページに及ぶ大部で詳細に書かれていました。今でこそ、季節病や気象病という分類もポピュラーになりましたが、30年以上も前にこの書を手にした時は、非常に新鮮に感じました。そして、実地に役に立つのなら、教科書的なアカデミック方法だけではなく、いろいろな見方や方法を積極的に取り入れていくことの大切さを学びました。

今ふり返ってみると、夏の病気が冬にも流行するようになったり、逆に、秋から冬に流行る下痢症が夏に流行したり、こどもの季節病も32年間でかなり変わってきたと思います。


4.<小児皮膚疾患100例>
  肥田野信
  日本医事新報社 1973刊 102頁

このカラーアトラスは、日常みられるありふれた小児の皮膚疾患を重点的にとりあげていて、写真も美しく、実地臨床に役に立ちました。しかし、実際の臨床の場では、同じ疾患であっても、ひとりひとり皮膚病変の様相が異なることが多く、1枚の写真では代表できないことも痛感しました。


5.<学校における心臓検診と管理指導> 1-05-01
  大国真彦、北田実男 共著
  中外医学社 1974年刊 295頁

開業した73年に学校保健法施行規則が改正され、学校心臓検診を行うことが義務づけられました。義務づけられたとはいうものの、心臓検診のやりかたについては何の規定もなかったのです。心臓外科医だった私は、交野市学童の、心臓検診システム構築に対する助言と、心臓検診問診表の作成を依頼され、いろいろ文献を調べて作りました。交野市では、学校の心臓検診は74年4月から始まりましたが、その直後にこの著書が出版され、もう半年早く出版されていたら、苦労しなくて済んだのにと思ったことを覚えています。私の作った心臓検診問診表は、この著書と違うところが少なく、以後修正することなく使われてきました。

大国真彦氏については、2.<小児における問診のコツから診断まで>で紹介しました。北田実男氏は阪大医学部の1年先輩で、大阪府立成人病センター循環器検診第三科部長でした。


6.<学校における腎臓検診と管理指導 附 糖尿病検診>
  村上勝美、北川照男 共著
  中外医学社 1976年刊 294頁

心臓検診に続いて、腎臓検診も学校検診を行なうことが義務づけられ、その参考書として活用しました。


7.<日常小児診療図譜>
  巷野悟郎著
  医学図書出版 1977年刊 56頁

これは著者が、日常診療の折々に、普通に遭遇する症状を写真で集め、まず目で理解できるように作られた書物です。写真としては4.<小児皮膚疾患100例>のような美しいものではありませんが、B5版56ページの中に254枚の写真が収められています。もっとも、そのジャンルは小児科全般に亘り、内科医が応急的に診療する小児科の範囲を超えていて、私の臨床で役立った写真は半分くらいでした。

私は何ごとにつけ、実用的であることに価値を置いてきました。そこで、この「日常小児診療図譜」「小児皮膚疾患100例」のように、実地臨床に役立つことを目的とした図譜という発想に共鳴しました。しかし、この図譜でも、それぞれの疾患や症状に対して1枚の写真を当てることの限界を知りました。

そこで、来院された患者さんの病気や症状を写真撮影して自分で図譜を作ろうと考え、ポラロイドカメラを購入しました。ポラロイドにしたのは、撮影して10数秒後に写真を見せて、許可を求めることができるからです。1977年春から撮影をはじめ、数年で800枚くらいになりました。これについては、後で改めてまとめておくつもりです。

巷野悟郎氏は、3.<四季よりみた日常小児疾患診療のすべて>を分担執筆された方で、本書執筆当時は、東京都立駒込病院副院長をされていました。その後、東京都立府中病院院長、東京家政大学・聖徳大学教授を歴任され、NHKラジオで10余年にわたり育児相談を担当された方です。


8.<小児科診療二頁の秘訣>
  村上勝美、加藤英夫 編集
  金原出版 1978年刊 261頁

この著書はページめくると、左と右の2ページに、一つの病気について、その診療の要点と秘訣を簡潔にまとめてあり、理解しやすく、活用しやすいものでした。


9.<今日の小児治療指針>
  加藤英夫 /浦田久
  医学書院 1970年刊 548頁

開業する前から、医学書院刊の「今日の治療指針1971年刊」を購入し、内科、循環器科、消化器科の開業医に必要な最新情報を主にこれから得ていました。開業をしてからは「今日の小児治療指針」も併せて購入し、小児科の最新情報をこれから得るようにしてきました。第5版までは書籍で、それ以降は、あとで述べる「今日の診療 CD−ROM」で継続して使っています。


10.<小児のプライマリ・ケア>
  塙 嘉之編著
  大日本製薬株式会社 1982年刊 190頁

1978年に、WHOがプライマリ・ヘルス・ケアに関する国際会議を開いたころから、プライマリ・ケアの必要性が唱えられるようになりました。プライマリケアは特に小児科に必要なものであり、この書物は分担執筆ですが、図表を多く使って分かりやすく、開業内科医に必要な小児科の知識を、系統的にまとめるのに役立ちました。このような優れた医学書が、製薬会社の自家出版であって非売品であるのを惜しみます。


11.<今日の診療 CD−ROM>

1991年11月に、医学書院から「今日の診療 CD−ROM」が発売され、それ以後毎年更新があり、現在の第15版(2005年版)まで継続して購入し、診療に利用してきました。この1枚のCD−ROMに、1)今日の治療指針 本年度版、2)今日の治療指針 前年度版、3)今日の診断指針 最新版、4)今日の整形外科治療指針 最新版、5)今日の小児治療指針 最新版、6)今日の救急治療指針 最新版、7)臨床検査データブック 最新版、8)治療薬マニュアル 本年度版という医学書院発刊の8冊の医学書籍が収納されています。

このように「今日の小児治療指針」<今日の診療 CD−ROM>に含まれているので、書籍としての購入は1991年以降は行なっていません。


12.<こどもは未来である>
  小林 登
  メディサイエンス 1979年3月15日

これは、日本アップジョン社という製薬会社が毎月発行している「スコープ」という雑誌に連載された、育児学的なエッセイをまとめた書籍です。雑誌連載中によく読んでいて、単行本で出版されるとすぐ購入しました。この本は小児の病気について書かれたものではなく、ヒューマン・バイオロジー(人間生物学)の立場から、乳児期の母子関係を考察した優れたエッセイ集です。この書から、今まで知らなかった多くのことを学びました。

東大小児科教授という肩書きからは想像できない、やさしい文章が魅力的でした。その上、毎回挿入されるこどもが書いた絵が素敵で、「ミロ」の絵に似ていると感じることがよくありました。

                                     このページの目次へ

第二章:紹介した症例から学ぶ

私は診療標榜科目に小児科を掲げていません。1歳以下の小児の診療は、小児科専門ではないので、診療に自信が持てないと言ってお断りしてきました。無医村のようなところでは、そのようなわけにはいかないのは承知していますが、周辺にいくつか小児科専門医がいる地域では許されると思っています。

小児科の対象となる年齢は、出生直後から15歳まで(中学校卒業まで)とされているようですが、最近では高校卒業までに拡大している大学や大病院もあるようなので、私も18歳までとしました。そういうわけで、今回の私の小児科独習法では、乳幼児を除き1歳から18歳までを対象年齢としました。

紹介患者数は診療全体の1%に満たないのですが、患者さんを紹介することによって学ぶことは、自院で診療して学ぶことと同じくらい多くありました。紹介するための勉強、紹介した後の小児科専門医の教示や自己学習、このいずれもが日常の診療に役立ちました。それは症例に応じた、どろなわ的な、必要に迫られた勉強がほとんどでしたが、案外、これは実戦的で効率の良い学習方法だったと、今思い返しています。診療だけでなく、私はなにごとにも" learning by doing "で対処してきたように思います。

開院20周年を記念して「野村医院二十年史」を93年秋に出版し、その中で紹介患者の疾病統計を掲載しましたが、小児科の年齢に絞った検討はしていません。そこで、今回は、小児科年齢の紹介患者の疾病を、前回の全紹介患者の疾病と比較することで、小児科年齢の疾病の特徴を検討してみました。期間は、前回と同じ1975年月1月から93年8月までとしました。病名は紹介先病院から返事をいただいたものを主に、回答の得られなかったものは当院の診断を代用しました。

小児紹介患者の件数は383で全体の21.6%、疾患の種類は166で全体の27.7%でした。小児紹介患者の疾病を、精神神経、脳外科、一般外科、整形外科、皮膚科、循環器、血液、腎尿路、呼吸器、消化器、内分泌代謝、感染症、耳鼻科、眼科、産婦人科、その他の16グループに分けて検討しました。ここで「%の%」というのは、小児紹介患者の各疾病の割合(%)を全紹介患者の各疾病の割合(%)で割った値の割合(%)で、200%以上は、小児の疾病の頻度が高くて2倍以上であることを示し、50%以下の場合は、小児の疾病の頻度が低くて2分の1以下であることを示しています。


1.小児紹介患者の疾病統計

1a.精神神経疾患 -------------------------------------------------------------------- 小児 全体 %の% 件数 % 件数 % % -------------------------------------------------------------------- 癲癇      16 4.2% 20 1.1%   371% 頭痛       5 1.3% 11 0.6% 211% 熱性痙攣     5 1.3% 5 0.3% 464% 顔面神経麻痺   3 0.8% 11 0.6% 126% 筋収縮性頭痛   2 0.5% 11 0.6% 84% 失神発作     2 0.5% 7 0.4% 132% 心身症      2 0.5% 6 0.3% 155% 片頭痛      2 0.5% 6 0.3% 155% 三叉神経痛    2 0.5% 3 0.2% 309% 心因性反応    2 0.5% 3 0.2% 309% 夜尿症      2 0.5% 2 0.1%   464% 眩暈(内耳性)  1 0.3% 2 0.1%   232% 神経症      1 0.3% 9 0.5% 52% 慢性頭痛     1 0.3% 7 0.4% 66% 脳波正常     1 0.3% 3 0.2% 155% 癲癇の疑い    1 0.3% 2 0.1%   232% 眼瞼下垂     1 0.3% 1 0.1%   464% 起立性調節障害  1  0.3%   1  0.1%   464% 強迫神経症    1 0.3% 1 0.1%   464% 四肢麻痺     1 0.3% 1 0.1%   464% 症候性頭痛    1 0.3% 1 0.1%   464% 心因性頭痛    1 0.3% 1 0.1%   464% 心因性腹痛    1 0.3% 1 0.1%   464% 神経学的正常   1 0.3% 1 0.1%   464% 登校拒否     1 0.3% 1 0.1%   464% 微細脳損傷    1 0.3% 1 0.1%   464% 腹部癲癇     1 0.3% 1 0.1%   464% 夜驚症      1 0.3% 1 0.1%   464% -------------------------------------------------------------------- 小計      60 15.7%(296) 16.7% 94% 1b.脳外科疾患 -------------------------------------------------------------------- 小児 全体   %の% 件数 %   件数 % % -------------------------------------------------------------------- 頭部外傷 3 0.8% 5 0.3% 278% 脳腫瘍 1 0.3% 1  0.1% 464% -------------------------------------------------------------------- 小計 4 1.0% (21) 1.2% 88% 2a.一般外科疾患 -------------------------------------------------------------------- 小児 全体 %の% 件数 % 件数 % % -------------------------------------------------------------------- 急性虫垂炎 61 15.9% 92 5.2% 307% 急性虫垂炎の疑い   4 1.0% 5 0.3% 371% アテローム 2 0.5% 6 0.3% 155% フレグモーネ 2 0.5% 5 0.3% 185% 腸重積 2 0.5% 3 0.2% 309% イレウスの疑い    2 0.5% 2 0.1%   464% 鼠径ヘルニア 2 0.5% 2 0.1%   464% 乳房異常 2 0.5% 2 0.1%   464% イレウス 1 0.3% 9 0.5% 52% 急性腹症 1 0.3% 5 0.3% 93% 女性乳房 1 0.3% 3 0.2% 155% 汎発性腹膜炎 1 0.3% 3 0.2% 155% 急性リンパ節炎 1 0.3% 2 0.1%   232% 肛門周囲膿瘍 1 0.3% 2 0.1%   232% カルブンケル 1 0.3% 1 0.1%   464% 顎下部腫瘤 1 0.3% 1 0.1%   464% 臍炎 1 0.3% 1 0.1%   464% 頚部リンパ節炎    1 0.3% 1 0.1%   464% -------------------------------------------------------------------- 小計 87 22.7% (231) 13.0%  175% 2b.整形外科疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体  %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 前腕骨折 2 0.5% 2 0.1% 464% 前腕若木骨折 2 0.5% 2 0.1% 464% 腰痛症 1 0.3% 11 0.6% 42% 鎖骨骨折 1 0.3% 2 0.1% 232% 棘突起過敏症 1 0.3% 2 0.1% 232% 骨肥厚 1 0.3% 1 0.1% 464% 成長痛 1 0.3% 1 0.1% 464% 大腿筋肉ヘルニア   1  0.3% 1 0.1% 464% 単純性股関節炎    1  0.3% 1 0.1% 464% 拇指屈曲 1 0.3% 1 0.1% 464% 下腿挫創 1 0.3% 1 0.1% 464% -------------------------------------------------------------------- 小計 13 3.4% (80) 4.5% 75% 3.皮膚科疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 中毒疹 2 0.5% 3 0.2% 309% 薬物アレルギー 1 0.3% 6 0.3% 77% 不明疹 1 0.3% 3 0.2% 155% Sutton母斑 1 0.3% 2 0.1% 232% 光線過敏症 1 0.3% 2 0.1% 232% nevus cell nevus   1  0.3% 1 0.1% 464% 急性蕁麻疹 1 0.3% 1 0.1% 464% 尋常性疣贅 1 0.3% 1 0.1% 464% 線状苔癬 1 0.3% 1 0.1% 464% 単純性血管腫 1 0.3% 1 0.1% 464% 伝染性膿痂疹 1 0.3% 1 0.1% 464% 蕁麻疹        1  0.3% 1 0.1% 464% -------------------------------------------------------------------- 小計 13 3.4% (58) 3.3% 104% 4a.循環器疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 心室中隔欠損症 3 0.8% 3 0.2%  464% 複雑心奇型 2 0.5% 2 0.1%  464% 高血圧症       1  0.3%   21 1.2%   22% 心房中隔欠損症    1  0.3%   4  0.2%  116% 機能性雑音 1 0.3% 1 0.1%  464% 大動脈縮窄症 1 0.3% 1 0.1%  464% 動脈管開存症 1 0.3% 1 0.1%  464% 僧帽弁閉鎖不全症   1 0.3% 1 0.1%  464% PDA+AS 1 0.3% 1 0.1%  464% -------------------------------------------------------------------- 小計 12 3.1% (116) 6.5% 48% 4b.血液疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 白血病        4  1.0%   5  0.3%   371% 貧血 2 0.5% 11 0.6% 84% 血小板減少性紫斑病 2 0.5% 3 0.2% 309% ITP        2  0.5%   2  0.1%   464% 顆粒球減少症 1 0.3% 3 0.2% 155% 血管性紫斑病 1 0.3% 1 0.1%   464% 鉄欠乏生貧血 1 0.3% 1 0.1%   464% 紫斑病        1 0.3% 1 0.1%   464% -------------------------------------------------------------------- 小計         14 3.7% (31) 1.7% 209% 4c.腎尿路疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 急性腎炎 12 3.1% 12 0.7% 464% 慢性腎炎 2 0.5% 5 0.3% 185% 出血性膀胱炎 2 0.5% 3 0.2% 309% IgA腎症 2 0.5% 2 0.1%   464% 急性腎炎の疑い    2 0.5% 2 0.1%   464% 停留睾丸 2 0.5% 2 0.1%   464% 血尿 1 0.3% 15 0.8% 31% ネフロ―ゼ症候群   1 0.3% 6 0.3% 77% 尿路感染症 1 0.3% 6 0.3% 77% 副睾丸炎 1 0.3% 6 0.3% 77% 前立腺炎 1 0.3% 5 0.3% 93% 膀胱炎 1 0.3% 2 0.1%   232% 膀胱結石 1 0.3% 2 0.1%   232% 血色素尿 1 0.3% 1 0.1%   464% 睾丸腫張 1 0.3% 1 0.1%   464% 膀胱尿管逆流症    1 0.3% 1 0.1%   464% 急性膀胱炎 1 0.3% 1 0.1%   464% -------------------------------------------------------------------- 小計 33 8.6% (134) 7.0% 117% 5.呼吸器疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 肺炎         47 12.3% 145 8.2% 150% 気管支喘息 3 0.8% 4 0.2% 348% 喘息重積状態 2 0.5% 4 0.2% 232% 肺結核 1 0.3% 30 1.7% 15% 喘息性気管支炎 1 0.3% 7 0.4% 66% 間質性肺炎 1 0.3% 3 0.2% 155% 気管支肺炎 1 0.3% 3 0.2% 155% 急性気管支炎 1 0.3% 3 0.2% 155% 急性上気道炎 1 0.3% 1 0.1%   464% 急性扁桃炎 1 0.3% 1 0.1%   464% -------------------------------------------------------------------- 小計        59  15.4% (281) 15.8%   97% 6.消化器疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 急性胃腸炎 5 1.3% 7 0.4% 331% 急性肝炎 3 0.8% 16 0.9% 87% 十二指腸潰瘍 2 0.5% 11 0.6% 84% 腹痛 2 0.5% 5 0.3% 185% 脱水症 2 0.5% 2 0.1%   464% 慢性肝炎 1 0.3% 26 1.5% 18% 急性膵炎 1 0.3% 3 0.2% 155% 肝機能障害 1 0.3% 2 0.1%   232% 便秘症 1 0.3% 2 0.1%   232% 胃下垂 1 0.3% 1 0.1%   464% 急性胃炎 1 0.3% 1 0.1%   464% 先天性胆道閉塞症   1 0.3% 1 0.1%   464% 腸間膜リンパ節症   1 0.3% 1 0.1%   464% 糞便貯留 1 0.3% 1 0.1%   464% -------------------------------------------------------------------- 小計         23 6.0%  (321) 18.1% 33% 7.内分泌代謝疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 甲状腺機能亢進症 5 1.3% 11 0.6% 211% 甲状腺腫 1 0.3% 5 0.3% 93% 若年性糖尿病 1 0.3% 1 0.1%   464% 成長遅延 1 0.3% 1 0.1%   464% クッシング症候群の疑 1  0.3% 1 0.1%   464% -------------------------------------------------------------------- 小計         9  2.3%  (50) 2.8% 83% 8.感染症 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 無菌性髄膜炎 6 1.6% 6 0.3% 464% 髄膜炎の疑い 6 1.6% 6 0.3% 464% 感染性胃腸炎 6 1.6% 7 0.4% 397% 不明熱        4 1.0% 13 0.7% 143% 百日咳        3 0.8% 3 0.2% 464% 麻疹         2 0.5% 2 0.1%   464% EBビールス感染症 2 0.5% 2 0.1%   464% サルモネラ菌性腸炎 1 0.3% 1 0.1%   464% ビールス感染 1 0.3% 1 0.1%   464% 夏かぜ        1 0.3% 1 0.1%   464% 出血性水痘 1 0.3% 1 0.1%   464% 溶連菌感染症 1 0.3% 1 0.1%   464% 腸炎 ショック 1 0.3% 1 0.1%   464% -------------------------------------------------------------------- 小計         35 9.1%  (41) 2.3% 396% 9a.耳鼻科疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 口唇粘液嚢腫 2 0.5% 2 0.1% 464% 扁桃肥大       1 0.3% 7 0.4% 66% 耳下腺炎       1 0.3% 2 0.1% 232% 異物誤嚥       1 0.3% 1 0.1% 464% 急性副鼻腔炎 1 0.3% 1 0.1% 464% 顎下腺腫張 1 0.3% 1 0.1% 464% 急性化膿性耳下腺炎 1 0.3% 1 0.1% 464% 聴力障害       1 0.3% 1 0.1% 464% -------------------------------------------------------------------- 小計         9 2.3% (36) 2.0% 116% 9b.眼科疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 水痘性結膜炎 1 0.3% 1 0.1% 464% -------------------------------------------------------------------- 小計         1  0.3% (9) 0.5% 52% 9c.産婦人科疾患 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- 卵巣嚢腫 3 0.8% 4 0.2% 348% 卵巣癌        1  0.3% 1 0.1% 464% 下腹部腫瘤      1  0.3% 2 0.1% 232% 外陰部裂傷 1 0.3% 1 0.1% 464% -------------------------------------------------------------------- 小計         6 1.6% (30) 1.7% 93% 9d.その他 --------------------------------------------------------------------            小児     全体   %の% 件数 %   件数   % % -------------------------------------------------------------------- アセトン血性嘔吐症 2 0.5% 2 0.1%  464% 機嫌不良       1  0.3% 1 0.1%  464% 自家中毒       1  0.3% 1 0.1%  464% -------------------------------------------------------------------- 小計         4  1.0%(15) 0.8%  124%

上記の疾病統計を分析して得られた結論を、紹介患者に多い病気、紹介患者に多い病気のグループ、紹介患者の病気のいろいろ、に分けて書いていきます。


2.紹介患者に多い病気

全体と比べて小児が多い疾患を以下の表にまとめました。件数が5件以上で、全体と比べて1.5倍(150%)以上の疾病は、癲癇、頭痛、熱性痙攣、急性虫垂炎、急性腎炎、急性胃腸炎、肺炎、甲状腺機能亢進症、無菌性髄膜炎、髄膜炎の疑い、感染性胃腸炎の11疾病でした。急性虫垂炎は15.9%で第1位、次が肺炎の12.3%、この2つで28.2%約3割を占めています。それに対して、全紹介患者では、第1が肺炎で8.2%、次が急性虫垂炎の5.2%で、この2つを合わせて13.4%しかなく、小児の半分以下の割合でした。

急性虫垂炎の症例数は、実際はこれよりもかなり多いのです。というのは、問診と腹部の触診によって、この病気の疑いがあれば、血液検査やエコー検査をせず、紹介状も書かず、診察をしなかったことにして、外科を受診してもらう場合が多かったからです。急性虫垂炎は外科の病気であり、保存的に治療する場合でも、本来それは外科で受けるべきだと思っています。しかし、最近は大病院の場合、紹介状がなければ、初診料に4〜5千円の自費負担が必要になるので、大病院を希望される時は紹介状を書いて来ました。

-------------------------------------------------------------------- 小児     全体     %の%          件数  %   件数  %   % -------------------------------------------------------------------- 癲癇       16 4.2% 20 1.1%   371% 頭痛       5 1.3%   11 0.6% 211% 熱性痙攣     5 1.3%   5 0.3% 464% 急性虫垂炎    61 15.9% 92 5.2% 307% 急性腎炎     12 3.1%   12 0.7% 464% 肺炎       47 12.3%  145 8.2% 150% 急性胃腸炎    5  1.3%    7 0.4% 331% 甲状腺機能亢進症 5 1.3% 11 0.6% 211% 無菌性髄膜炎   6 1.6% 6 0.3% 464% 髄膜炎の疑い   6 1.6% 6 0.3% 464% 感染性胃腸炎   6 1.6% 7 0.4% 397% --------------------------------------------------------------------

3.紹介患者に多い病気のグループ

小児紹介患者に多い病気のグループを調べて見ると、下表のように、感染症が圧倒的に多く、次いで血液疾患でした。これは、小児の生体防御機能が未熟で、感染を経験していく過程で、防御機能が成熟していくのであり、感染症が多いのは当然でしょう。また、小児がんの中で一番多い白血病と、いろいろなタイプの紫斑病が多いため、血液疾患グループが多くなっています。一方、小児紹介患者に少ない病気のグループは、消化器疾患が全紹介患者の約3分の1、循環器疾患が約2分の1でした。これらはいずれも成人の病気と言えるでしょう。

-------------------------------------------------------------------- 小児     全体     %の%          件数  %   件数    %   % -------------------------------------------------------------------- 感染症 35 9.1%  (41)   2.3%   396% 血液疾患 14 3.7% (31)   1.7%   209% 消化器疾患 23 6.0% (321) 18.1% 33% 循環器疾患   12 3.1%  (116) 6.5% 48% --------------------------------------------------------------------

4.紹介患者の病気のいろいろ

小児紹介患者の中で頻度の高かった病気を中心に、私の印象に残る18疾病の特徴などをまとめました。

1)異型麻疹
異型麻疹は開業当初に診断がつかず困惑した病気です。そのころの紹介状の管理は充分にできていなかったので、今回の「小児紹介患者の疾病統計」には入っていません。開業して2ヶ月を過ぎた93年10月末に、5歳の男児が、テキストや図譜に載っていない発疹(不明疹)と原因の分からない発熱(不明熱)で来院され、困惑して近くの大学病院の小児科に紹介し、入院させて頂きました。そして、それが異型麻疹だと分かったのです。

この病気は、KL法による麻疹の不活性ワクチンの接種を受けたこどもが麻疹にかかると、普通の麻疹と違う発疹が現れ、高熱が続く、かなり重症の病気でした。その時から翌年にかけて、同じ症状のこどもがたくさん来られましたが、麻疹ワクチンが現在のタイプに代わってからは見られなくなりました。

この時は開業したばかりで、テキストにも載っていない病気に遭遇して、困惑しました。開業して最初に紹介した患者がこの病気だったので、強く印象に残っています。私は医学的に恥ずかしくないように丁寧に紹介状を書き、血液検査データや胸部X線写真も添付しました。そうしたら、受持ち医が紹介した私のことをいろいろ尋ねたり感心していたと、紹介したこどもの母親から聞かされました。

この患者の紹介で、きちんとした紹介をすれば、1)自分とまったく関係のない病院であっても、それに応えてくれること、2)専門医から難しい病気について教えてもらえること、3)その専門医でも直ぐには分からない難しい病気があることなどを学びました。そして、それからは紹介を積極的に行ない、いろいろ多くを学びました。それにしても、運命は残酷です。そのこどもは青年になって単車事故で亡くなりました。

2)顔面神経麻痺
末梢性顔面神経麻痺(ベル麻痺)は、小児でもかなりありました。耳の前の部分を冷やすと起こりやすいのは大人と同じです。ある女子高生は寒い朝、通学のため山手の家から私鉄の駅まで自転車で降りると、何度も右の顔面神経麻痺になって来院されました。耳あてを着けて顔を寒さから守るように指導してから、起こらなくなったのを覚えています。

この病気は、発症直後に大量のステロイドを投与し、急速に減量して、1ヶ月くらい維持療法を続けることで、小児だけでなく診療した成人も全て治癒しました。しかし、20年くらい前から、専門医に紹介して治療を委ねるようにしてきました。それは、専門医が近くにいる環境では、一般医が治療に関わる病気ではないと思ったからです。

3)三叉神経痛
小児には非常に珍しいとされている三叉神経痛も意外とあるもので、全紹介患者3名中2名が11歳と8歳の男児でした。いずれも三叉神経第1枝の三叉神経痛で、テグレトール(カルバマゼピン)が唯一有効でした。

4)脳腫瘍
「登校拒否をして家で寝てばかりいる」との家族の訴えのある12歳の男子中学生を、きっと心身症だろうと考えて精神科へ紹介したら、CT検査で脳腫瘍と分かり驚きました。この患者は、手術、放射線療法などを受けた後、亡くなられました。

もう一人は「小児紹介患者の疾病統計」には含まれていませんが、2歳くらいの男児です。ある時、斜視になっているのに気づき、母親に話したところ、眼科で診てもらって心配ないと言われたとのことでそのままにしました。1〜2ヶ月過ぎたた頃、母親の診察に付き添ってきたその子の歩き方がおかしいので、脳腫瘍の疑いがあるから専門医を受診するよう勧めると、九州出身なので九大病院で診てもらうと言って紹介を求めず帰られました。1年ほど経ってから、やはり脳腫瘍で、放射線治療を受けたが亡くなったと母親から聞かされました。

最初の症例では、登校拒否症を疑ったが脳腫瘍でした。後の症例は、急に斜視になった段階で脳腫瘍を疑って専門医受診を強く勧めるべきだったのを、眼科医の診断に遠慮して、歩行障害という駄目押しが出てきてから、専門医受診を勧めてしまいました。いずれもほろ苦い経験です。

5)癲癇
癲癇の紹介患者数は16名あり、多いようにみえますが、これは抗痙攣薬の服用量の調節などのために、同じ患者を複数回紹介しているので、延べ人数が多くなっているからで、実際は5名です。5名でも多いのですが、その当時、義兄が星ヶ丘厚生年金病院の神経科部長だったので紹介しやすかったことと、意識消失発作があれば、念のため脳波検査を受けるように勧める方針だったことが影響していると思います。実際、その内の3名は疑い通りの癲癇でした。これらの患者は本人や家族の希望にしたがい投薬は当院で行なってきました。

6)急性虫垂炎
急性虫垂炎は、小児紹介患者の中で一番多い病気であり、61名ありましたが、先に書いたような紹介状なしの紹介を含めると、もっと増えると思います。比率でみても小児紹介患者の16%を占め、第2位の肺炎の12%を大きく引き離しています。自分の頭の中では肺炎の方が多いと思っていましたが、それは肺炎の方が当院で検査や治療をして時間がかかっているのに対して、急性虫垂炎の場合、ほとんど直ぐに外科医に治療を委ねようとするから、印象が少ないのではないかと思います。

元外科医としての経験では、小児と老人の急性虫垂炎は、症状が軽いため手遅れとなり、腹膜炎を起してから発見されることが多かったので、保存的治療が可能と思える場合でも、速やかに外科医へ紹介して来ました。

成人を含めた全紹介患者の中で、一番紹介の多いのは肺炎で、次が急性虫垂炎ですが、小児では逆転し、小児の急性虫垂炎の紹介患者数は比率で大人の3倍あります。これは、小児の場合は細菌感染に対する防御機能が未熟であるためかも分かりません。

不思議に思うのは、私が医師となった頃にあれほど多かった急性虫垂炎が、開業してからはどんどん減ってきていることです。治療する前の発症の段階で減少してきていることについては、抗菌薬の進歩では説明がつかず、栄養状態が良くなり、生体本来の防御機能が向上してきたからではないかと思っています。

7)先天性心疾患
私が元心臓外科医だったので、開業当初は先天性心疾患をかなり診断し、循環器病センターなどへ紹介してきました。しかし、開業して8年目の81年頃から、出産の段階で発見されるようになり、学校の検診で初めて発見されるのはまれになってしまいました。「小児紹介患者の疾病統計」では、ASD、VSD、PDA、PDA+AS、大動脈縮窄症など10例ありますが、いずれも75年から81年までで、それ以後は小児の先天性心疾患の紹介は1例もありません。こちらは、急性虫垂炎と違って、生後早期のチェック体制が整ってきたためだと思います。

8)白血病
小児がんの3分の1を占めると言われる白血病は「小児紹介患者の疾病統計」でも4例あり、3歳が3名、14歳が1名でした。14歳の男子中学生を阪大小児科に紹介しましたが、化学療法で治癒し、19年経った昨年まで時折来院されていました。19年前に白血病が治癒したのを知った時には、医学の進歩をつくづく感じました。

9)紫斑病
血小板減少性紫斑病は治療が難しいので全て紹介し、「小児紹介患者の疾病統計」では4例ありました。血小板に異常のない紫斑病もよく見られましたが、こちらは早期からステロイドを投与して漸減するようにしてきたせいか、腎症を併発した症例を経験していません。ただし、この病気にステロイドを使うことに慎重な小児科医師もいるようです。結果論になりますが、腎症を発症してからステロイドを使うのを知って、最初に使っておればステロイドの量も少なくて済み、発症も防げたのではないかと思った症例を経験しています。

10)急性腎炎
急性腎炎は延べ12名を紹介しましたが、その内の3名は経過観察のため2回紹介したもので、実質9名でした。溶連菌感染症の合併症としては、リウマチ熱は経験なく、急性腎炎が20年間で9例で、それが遷延化したり重症化した症例を知りません。9名の内の数名には親兄弟に腎炎の既往があり、腎炎の発症には体質が遺伝するのではないかとの印象を受けました。

11)肺炎
小児紹介患者の中で、急性虫垂炎に次いで多いのが肺炎で、全体の12.3%を占めています。肺炎は全年齢の紹介患者では8.2%であり、小児は全年齢層と比べて1.5倍になります。肺炎は開業して2年後の75年から急速に増え、ペニシリンやセフエム系の薬で効かず、たくさんの患者さんを紹介し、その多くが非定型肺炎(原発性異型肺炎)であることを学びました。

非定型肺炎の病原体の多くがマイコプラズマであること、ペニシリンやセフエム系の薬が効かず、テトラサイクリン系やマクロライド系が効くことを知りました。これらの抗菌薬を使うと劇的に効果があり、熱は下がり、咳は減ります。この2種類の抗菌剤の中で、テトラサイクリンの方が切れ味は良いのですが、乳歯に色素沈着を来たすことがあるので、小児にはマクロライド系を使ってきました。

75年から急激に肺炎が増えたことについて、一番大きな影響を与えたのが、古くから使われてきた抗菌薬クロマイ(クロロマイセチン)の使用禁止ではないかと思っています。クロマイは一般名をクロラムフェニコールと言い、50年に三共から発売され、以来75年に厚生省の通達で使用規制されるまで、最も広く使われてきた抗菌薬でした。クロマイは抗菌力が強く、広い範囲の細菌感染に有効で、マイコプラズマやクラミジヤなどの感染にも有効でしたが、非常にまれに再生不良性貧血という致命的な病気をもたらすことがあり、使用が規制されたのです。

小児の紹介肺炎患者数をグラフ(図1)で表すと、76年、79、80年に大きなピークがあります。76年にはモントリオールで、80年にはモスクワでオリンピックが開催されました。なぜか夏のオリンピック開催の年に流行するので、マイコプラズマ肺炎をオリンピック肺炎と呼ぶこともありました。それは、マイコプラズマに自然感染して、3〜4年で免疫が低下した頃に再感染するためではないかと思います。しかし、84年のロサンゼルスオリンピックの頃からは、あまりオリンピックと関係なく、散発的に流行するようになってきています。

図1 小児の紹介肺炎患者数

マイコプラズマ肺炎の患者を多く経験しているうちに、この病気は問診と理学所見で見当がつく場合が多くあり、その確認のために胸部X線撮影をすることも少なからずありました。その特徴は、高熱と激しい咳ですが、その割には重症感が少なく、かぜをこじらせたような印象を受けることです。特に「他の医師で治療をしてもらってきたけれど、熱も咳も一向に良くならない」と言う訴えがあれば、その多くはこの病気でした。当時はこの病気のことが余り知られておらず、ペニシリン系やセフエム系の抗菌薬を使うのが一般的だったからでしょう。家族内感染も多く見られるので、最近同じ症状の家族がいたことを聞き出したら、それもこの病気を示唆する有力な情報でした。

また、この病気に適した抗菌剤で治療すれば、簡単に治癒することが分かってからは、肺炎=紹介というこれまでのパターンを変えて行き、家族が希望されるのでなければ、紹介をせず当院で治療をすることにしました。この病気とか溶連菌感染症などは、その当時(今から30年前)は余り知られていなくて、家庭医学の書物に載っていない病気でした。そこで、77年5月から、「医学豆知識」というパンフレットを作って、患者さんにお渡しして、病気の説明に活用しました。この「異型肺炎」のプリントは77年5月30日に作った記録が残っています。

この病気に一度罹ると、二度罹ることが少ないのは抗体が残っているためですが、1歳3歳5歳と3回罹患した女児がいて、いずれも同じ病院へ紹介しました。今回、息子に医院を引継ぐに当り、X線フィルムを整理していてその写真を見つけ、彼女の母親に差し上げました。しばらくして、彼女から「自分は結婚して内科勤務医として働いています。25年も前のX線写真を大切に保管していただいた上、わざわざ実家までご持参いただいたそうで感謝の気持で一杯です」との手紙が届きました。この場合、病原体の分離までは行なっていなかったと思うので、3回がすべてマイコプラズマによるものとは言えないのですが、私の頭の中では、そのような記憶になっています。

オウム病クラミジアによる異型肺炎を経験したこともあります。なぜオウム病と考えたかと言えば、飼っていたインコが病気で死んだころから、家族の何名かに咳や発熱などが現れたことを聞き出したからです。この症例は紹介をせず、テトラサイクリン、次いでマクラロイドの投薬で治癒しました。

私は開業当初から病院用の小型自動現像機を購入し、胸部X線撮影装置に自動露出計を組み込んでいました。当時、そこまでの医療機器を備える開業医は少なかったはずです。そのため、簡単な操作で、その頃の水準としては良い写真が撮れました。だから、X線撮影することも、紹介状に写真を添付することにも、まったく抵抗がなく、いろいろな面でプラスに働きました。

12)急性肝炎
急性肝炎は3例経験しましたが、その内の2例はA型肝炎で、7歳と8歳の男児でした。いずれも症状からは重症感が少ないのに、検査をしてみるとトランスアミラーゼの値が異常に高いのに驚いて紹介したのを覚えています。心配をして紹介したのに、いずれも経過は良好でした。その後、成人で多数のA型肝炎を経験してからは、トランスアミラーゼ値の異常高値は臨床症状にそれほど影響しないことを知りました。

もう1例は16歳の男子高校生で、ラグビーの練習中下肢を負傷し、血液の付いたチームメートの手ぬぐいで傷を圧迫してB型肝炎に感染したのですが、HBs抗体のできるまで10年近くかかりました。この症例から、このような感染経路もあることを学びました。

13)髄膜炎
発熱、嘔吐、頭痛があれば、髄膜炎を疑い、必ず項部硬直とKernig徴候を調べ、どちらかの所見があれば、即刻病院へ紹介してきました。それは、細菌性髄膜炎の場合、治療開始が速ければ速いほど予後が良いとされているからです。小児紹介患者では、髄膜炎を疑って紹介した12名のうち6名が髄膜炎で、いずれも無菌性でした。また、同じ期間の全紹介患者の中で、髄膜炎の疑いで紹介したのはすべて小児でした。

この髄膜炎の内の3名は、いずれも「手足口病」から発症したもので、91年7月8日に4歳男児、9歳女児、同じ月の25日に8歳男児というように、7月中に3例も経験しました。この年流行したのは、コクサッキーウイルスではなく、エンテロウイルスによる手足口病でした。それまで経験してきた手足口病は軽症で、特に注意する必要はないと思ってきました。しかし、これを経験してからは、エンテロウイルスによる手足口病では髄膜炎を引き起こす心配があることを家族に伝えています。紹介した髄膜炎の患者はすべて治癒しましたが、97年に大阪市立総合医療センターで、エンテロウイルスによる手足口病からの髄膜炎で3名が死亡したとの報告があり、この髄膜炎が軽症であるとは限らないことを知りました。

発熱、嘔吐、頭痛の症状があって、項部硬直やKernig徴候を調べる際に、その手技を家族に実際に説明して教え、診察した際に所見がなかった場合でも、家庭に戻ってから調べるように指導してきました。

14)手足口病
「咽頭結膜熱」もそうですが、この「手足口病」も、手と足と口に発疹が出る病気というように、主症状を並べただけの病名です。この病気は殿部にも発疹が出やすいので、私は「手足口尻病」だとよく説明します。これは、コクサッキーウイルス16型やエンテロウイルス71型が起こす夏かぜの一種です。

口の中に小さな潰瘍が多くでき、手のひらや足の裏、殿部にも細長い水疱ができます。水痘と違って、水疱の皮は厚くて簡単に破れることはなく、全身や有髪部位に出現することもありません。これらの特徴から診断は容易で、普通は発熱もなく軽症です。しかし、エンテロウイルスによる手足口病の場合、髄膜炎を起すことがあるのは、先に述べた通りです。

15)麻疹
麻疹は俗にはしかと呼ばれます。50年代は麻疹による死亡が年間数千人ありました。私の妹も47年に8歳で麻疹に罹り、3日後に死亡しました。私が開業した70年代には、その数は数百人に減っていましたが、これは66年から麻疹ワクチンの接種が始まったことも大きく関係しています。このワクチンはKL法という不活化ワクチンと生ワクチンを併用するやり方でしたが、これによる異型麻疹の発生が問題となったため、69年から生ワクチン単独接種となり、78年から定期接種に組み込まれました。これによって、麻疹の発生は激減し、死亡者数も年間20名前後まで激減しています。そうは言っても、麻疹が、こどもの普通に罹る病気の中で、今でも一番重篤な病気であることに変わりはありません。

開業した当初に不明熱、不明疹の病気に困惑して、大学病院へ紹介したら、それが異型麻疹であったことは先に書きました。KL法が中止となり、生ワク単独になってからも、ワクチン接種後に高熱の出るケースが多く、あまりの高熱に救急車で運ばれることも珍しくなかったほどです。しかし、最近は生ワクチンが改良され、高熱の出る副反応も激減して、使いやすい予防接種になっています。

本年(06年)4月からは、麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)を1歳〜2歳までに1回、5歳〜7歳までにもう1回の合計2回接種することに変更されました。これで米国と同じ接種回数となり、麻疹や風疹の発生が減って、麻疹風疹輸出国の汚名を返上できることが期待されています。それと同時に、麻疹や風疹という病気を診たことがない医師も増えることでしょう。

この病気は、最初に高熱、激しい咳、Koplik斑があり、それに続いて顔面とくに頬部から発疹が出て、全身に広がり、発疹は融合して行くのが特徴です。息子が麻疹に罹った時、見舞いに来てくれた祖父母が息子を見て、「あそこにいる子、どこの子?」と尋ねたくらい顔つきが変わっていたのを思い出します。

16)百日咳
最初に百日咳を経験したのは77年7月で、3歳の男児でした。78年には1歳の女児、79年には3歳の男児を紹介しました。「小児紹介疾病統計」では以上3名ですが、それ以外にも小児科を標榜していない当院に、かなり多くの百日咳の患者さんが来られました。特徴のある「コン、コン、コン、ヒュー」の咳と、腫れぼったい顔で診断はしやすく、血液検査で白血球数15,000以上、リンパ球70%以上、CRP陰性、の診断基準でほぼ確定していました。

薬はマクロライド系を使うことになっていて、診断、治療も難しくはないのですが、治療効果の出るのがかなり遅く、顔を真っ赤にして激しく咳き込む子どもを見ると、本当に可哀そうでした。その咳が完全に治まるのは、治療を開始して2〜3ヶ月は続くので、100日咳とはよく言ったものだと思ったことを覚えています。

この特徴ある咳を、診察中カセットテープに録音をして、患者さんの説明に使っていましたが、ある時に間違って消去してしまい残っていません。残念です。また、咳をしている特徴的な顔をポラロイド写真に撮らせてもらいましたが、それは今も残っています。次の機会に「疾病図譜」としてまとめる際に、この写真も入れるつもりです。

この百日咳では、予防接種の威力をまざまざと思い知らされました。と言うのは、三種混合ワクチン(三混、DPT)に含まれている百日咳ワクチンにより、脳症などの重大な副作用で死亡する者が出たので、75年から百日咳ワクチンを含む予防接種が中止となり、百日咳ワクチンを除いた二種混合ワクチン(二混、DT)に変更されました。

そうすると、百日咳の患者がどんどん増えて、それまでの数10倍となり、この病気で死亡する患者も2〜30名になりました。二混に変えたことにより百日咳に罹患して死亡するこどもの方が、三混の副作用によって死亡するこどもよりもはるかに多くなったのです。そこで、81年から改良された百日咳ワクチンを含む三混が再開され、百日咳は激減しました。当院でも百日咳の診療を行なったのは77年から80年に集中しています。

17)EBウイルス感染症
咽頭痛を伴った発熱というのは、小児の病気で一番ポピュラーな症状ですが、これに加えて、頚部のリンパ節が多数、大きく腫れているので、血液検査をしてみると異型リンパ球が見られました。それまで異型リンパ球の増えている検査データを経験したことがなかったので、重篤な病気かもしれないと思って紹介したら、伝染性単核症で、それほど心配する病気ではないことが分かりました。これが実際にEBウイルス感染症を診た最初でした。

この経験から、頚部リンパ節の触診が大切なこと、リンパ節腫大があれば血液検査で白血球の分類を見る必要があることを学びました。そして、1)3歳までに90%以上がこのEBウイルスの初感染を受けるが、そのほとんどが症状の出ない不顕性感染に終わること、2)学童期を過ぎてからの初感染では、伝染性単核症を発症しやすくなること、3)このウイルスは健康な人の咽頭からも10〜20%の頻度で検出されること、4)EBウイルス感染症にアンピシリンを使用すると非常に薬疹が出やすいので、この病気が疑われた場合にはアンピシリンを使ってはいけいないことなどを医学書で学びました。

EBウイルスはほとんどの人が幼児期までに感染し、健康な人の口の中に常在するウイルスであるのにも関わらず、よく知らなかったことが強く印象に残っています。

18)卵巣腫瘍
成人女性は下腹部の異常を感じたら、最初から婦人科を受診するのが普通でしょう。しかし、高校生までは内科開業医を受診することも多く、卵巣腫瘍の患者4名を紹介しました。その内の3名は卵巣嚢腫で、11歳、16歳、18歳で、すべて摘出術を受けました。もう一人の17歳の女子高生は卵巣癌で根治術を受けましたが、その後結婚し、こどもの母親としてときどき来院されています。もうすっかりお母さんが板につき、当時のことを思うと感慨を覚えます。いずれも触診で下腹部に腫瘤を触れ、卵巣腫瘍の疑いで紹介したのでした。

                                     このページの目次へ

第三章:診療した患者から学ぶ

1.診察について

診察の際に泣きわめく子がいるものです。これに対して、診察する者が腹を立てて、高圧的に診察を続けることは賢いやり方ではありません。こどもは、ある日突然変わることが多いのです。それまで泣きわめき、暴れまわっていたこどもが、ある日突然お利口になるのを何度も経験しました。だから、泣き暴れる子にも腹が立たず、いつこの子はお利口になるのかというところへ関心が行きます。このようなこどもの態度に気を使われるその母親にも、「見ていてご覧、ある日から、突然いい子になるよ」と話します。

お利口になった時には、すぐ「ベタほめ」をします。製薬会社などからもらったこども用のおもちゃやシールなどがあれば、ご褒美にあげることもあります。ほめられると嬉しいのは、おとなもこどもも同じで、また、おとなにとってつまらないものでも、こどもにはとても嬉しいもののようです。

こうして、こどもと信頼関係ができると、それ以後の診療がやりやすくなるだけでなく、楽しくなり、それがますます「良循環」するという効果があります。

1)問診
小児科に限らず「診療は問診に始まり、問診に終わる」とわれるほど問診は大切です。小児科の場合、小さなこどもであれば、問診は母親とか祖母などの保護者と交わすことになります。そうすると、患者本人でないので、情報が偏る可能性があることを考慮して判断しなければなりません。

2)直感、第一印象
普通は「どうされました?」の問診から始め、診察に移りますが、診察室に入って来られた瞬間の直感、というか第一印象が大切なことがあります。それは、ただごとではない重症感で、意識がない、痙攣している、目をむいている、ぐったりしているなどです。こどもは経過が早いので、しかるべき病院へ紹介する時期をできるだけ短くする必要があります。

もう一つの大切なことは、嘔吐の気配を察知することです。こちらは、重症感がなくても、気をつけておかなければ、顔や白衣に大量の吐物をかけられることがあります。そこまでいかなくても、部屋のところ構わず突然嘔吐されると、しばし診療を中断して、掃除をしなければなりません。膿盆やビニール袋、タオルなどで被害を最小限に食い止める必要があります。

三つ目に大切なことは、疾病の傾向を察知する直感力です。例えば、ある病気、ある徴候が続くと、特定の病気の流行する前触れではないか?とか、知らない変わった徴候が続くと、新しい病気が発生したのではないか?薬の副作用では?環境のせいでは?などと、変化の傾向や異常を速やかに察知できることです。花粉症、気管支喘息、A型肝炎、インフルエンザ、食中毒、感染性胃腸炎、水痘やそのほかの伝染性疾患の流行を予測できたり、薬の副作用の早期発見につながる可能性があります。

3)視診
先に書いた「直感」というのも、その大部分は視診によるものです、それらは除くとして、小児の視診で特徴的なことは、小さなこどもの多くが診察者の目を凝視することです。じっと目をそらさず、見つめ続けられると、こちらが恥ずかしくなるほどです。この時、微笑みながら、こちらも目をそらさず、話したり診察することが大切で、これによってある種の安心感が生まれるのか、それからの診察がやりやすくなることがよくあります。

また、こどもの感染症やアレルギー性疾患では、皮膚や粘膜に発疹などの異常所見の見られることが多く、まずは、皮膚、粘膜の視診から診察をはじめます。見ただけで診断のつく病気がこどもには多いので、それらを見分けられるように、図譜などで良くマスターしておくことが重要です。

同じ病気でも、実際には千差万別の様相を呈することが少なくありません。図譜にはそれぞれの病気の典型的な写真が1〜2枚掲載されているだけのことが多く、診療には不十分のことがあります。そこで、私の医院に来られた患者さんを写真に撮って、それを整理分類すれば、診療に役立つ図譜ができることを思いつき、ポラロイドカメラを購入して、目で見て分かる疾病50種類以上の写真を、77年6月から約5年間に亘って撮影しました。その数は約800枚で、22冊の写真アルバムに整理し、診察机の前の書棚に置き、診察の際の説明によく利用してきました。この「開業医の小児科独習法」を書き終えたら、次はこの写真を整理して「開業医のための診療図譜」を作り、Webに掲載しようと思っています。

そのほか、皮膚・粘膜の視診のなかで、口腔の視診は、こどもの場合に大事な所見を得られることが多いものです。また、耳を痛がるこどもだけではなく、幼児の原因不明の発熱や不機嫌には、耳鏡を使って、鼓膜を見ると、かなりの頻度で中耳炎が見つかります。中耳炎が見つかれば、中耳炎は耳鼻咽喉科で治療を受けるべきだと思っていますので、紹介状なしで耳鼻咽喉科受診を勧めています。初診であれば、診察をしなかったことにして、耳鼻咽喉科へ行っていただくことが多いのは、急性虫垂炎の場合と同じですが、紹介をした医師からわざわざ返事をいただかなくても良いのは、中耳炎の方が多いと思います。

昔、耳鼻咽喉科の学生実習で、鼓膜を見るのに額帯鏡を使って光を鼓膜に導く方法しかなく、これがなかなか難しかったのですが、開業してからは、光源内蔵で耳内を拡大して見ることができる Welch Allyn の AudioScope を使い、鼓膜の視診が格段にしやすくなりました。

4)触診
頚部の触診は、特にこどもの診察に重要で、急性リンパ節炎はもちろん、風疹や伝染性単核症を疑わせる情報になります。風疹の場合、耳介後部や後頭部のリンパ節腫張も特徴的です。白血病でも頚部リンパ節腫張が見られます。

また、ムンプスの疑いのある場合は、下顎骨の後方から触れることで、耳下腺の軽度の腫張や圧痛を発見しやすくなります。また、左右の耳下腺だけでなく、左右の顎下腺も触診することが重要です。舌下腺が腫張することもありますが、これはまれです。

腹部の触診では、圧痛、筋性防衛、Blumberg徴候などで急性虫垂炎を疑い、先に取り上げたように61名を紹介しました。腸の蠕動運動、肝腫大、腫瘤などで重要な所見の得られることがあります。小学高学年から高校の女子の触診で、下腹部に腫瘤様のものを触知して病院に紹介して、結果は卵巣嚢腫3名、卵巣癌1名だったことを先に書きました。


「かかと落とし検査」もBlumberg徴候以外に腹膜刺激症状の有無を見る方法として併用しました。これは、爪先立ちをして、急にかかとを落とさせ、右下腹部に痛みを感じれば陽性とします。腹痛で来られた患者さんや家族に、この検査をして陽性であれば、再度来院するか病院へ行くように医学知識を教えることもよくありました。腹部の触診は素人には難しいものですが、これなら、誰でも簡単に腹膜刺激症状を調べることができるからです。

5)聴診
胸部の聴診でこどもに多い喘息や、痰が多いか少ないかなどが分かり、腹部の聴診では腸雑音が亢進しているか減弱しているか、などの情報も重要です。

6)用手検査
高熱、嘔吐、意識障害などがある場合、項部硬直やKernig徴候などの髄膜刺激症状を特に注意してきました。その結果、無菌性髄膜炎6名、髄膜炎の疑い6名を紹介しました。これらの検査手技は簡単なので、診察の際に家族にその方法を教え、これらが陽性の場合はもう一度来院するように指示してきました。

7)尿検査
血尿、蛋白尿で紹介した患者の内12名が急性腎炎でした。ほかに、ネフロ―ゼ、尿路感染症など腎尿路疾患が多くみられました。剣道部の部員が、激しい練習の後で集団で赤褐色の尿となり、横紋筋融解症によるミオグロビン尿と診断したケースが、中学生と高校生でありました。

嘔吐がある場合のアセトン血性嘔吐症や自家中毒、発熱の場合の尿路感染症、尿糖と血糖測定で見つかる腎性糖尿もまれにあり、若年性糖尿病の患者も2例紹介しました。尿ビリルビンや尿ウロビリノーゲンの異常から、血液検査をして急性肝炎(A型)で紹介した症例も3例あります。尿検査は、からだに負担がなく、診断の方向づけに役立つので、積極的に行なってきました。

8)蟯虫検査
これは、幼稚園や小学校で毎年決まった時期に行なわれ、その頃になると、蟯虫症としてどっと来院があります。駆虫薬コンバントリンの発注と、駆虫ができた証明のために蟯虫検査の準備が必要になります。

9)X線検査
肺炎などの重篤な病気の診断に一番役立つのは、成人と同じで、小児でもX線検査です。撮影して3分以内に写真やモニターでヴィジュアルな結果が得られるので有力な武器となります。しかし、小児は発育途中にあり、放射線の影響を受けやすいので、必要最小限度に抑えてきました。時には、その患者が他院でX線検査を受けて肺炎だったと聞かされ、検査をしておくべきだったかと思うこともありました。しかし、それも開業当初の頃で、親に充分説明をすることにより、そのような思いをすることもほとんどなくなりました。

10)説明
診察が終わった時、あるいは診察の途中で、病気に関するいろいろな説明をしなければならないとか、する方が望ましいことがしばしばあります。説明はほとんど言葉でしますが、言葉よりも文字で書いた方が理解されやすい場合はメモに書きます。例えば、難しい漢字の病名などがこれに当たります。図解した方が分かりやすい場合は略図を書きます。

イラストの優れた図書を使って説明することもよくあります。また、自分で撮影したいろいろな病気の写真を説明に使うこともよくあります。特に伝染性疾患では、同じ病気でも発疹などの症状が千差万別といってもよいほど異なることがあることを理解してもらうとか、時間的にどのように病気が変わっていくのか知ってもらうとか、似た病気の微妙な違いを説明する時などに頻繁に使っています。このことについては、「第四章:図譜作成で学ぶ」の項で詳しく説明します。

説明にパンフレットもよく利用します。製薬会社が持ってきてくれるものには良いものが少なくありません。しかし、自分の求めるパンフレットが無い場合もあります。そのため自家製のパンフレットをお渡しする場合もよくあります。このことについては、「第五章:説明パンフレット作成で学ぶ」の項で詳しく説明します。

11)カルテの記載
限られた時間の中で、できるだけたくさんの情報をカルテに記載するために、私は略語や略図を活用してきました。それは、患者さんとの会話(問診、説明)の時間を、できるだけ多く持ちたいためです。略語はできるだけ慣用的に用いられているものを使うことにしましたが、所見を書くにはどうしても自分が使いやすい略語を作らなければなりません。その結果、当院独自の略語を繁用することになりました。

Since this mornig he complains of fever, sore throat, and severe cogh but no sputum. He also has nausea and anorexia.

この文章を次のように略記しています。この方が簡潔で、分かりやすく、短時間で書くことができます。 Si Mo F(+) so-th(+) C(++) Sp(-) Na(+) Ano(+)

その詳細は「野村医院二十年史」に書いてあります。


2.病気のいろいろ

ここでは、毎日の診療を通じて学んだ病気の中で、印象に残るものについてまとめておきます。

1)風疹
風疹は開業当初の70年代には大流行をしました。国立感染症研究所のデータによると、それは75〜77年で、全国的流行としては過去最大の規模だったようです。77年から女子中学生に風疹の生ワクチンの定期接種が始まりましたが、それ以外の者への予防接種は行われなかったので、風疹はその後も3回の流行しています。88年に男女年少児への定期接種が始まり、94年からは男女年少児と男女中学生への定期接種に変更され、この頃から風疹の流行はなくなり、珍しい病気に変わってきました。

麻疹のところで書いたように、本年(06年)4月からは、麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)を1歳〜2歳までに1回、5歳〜7歳までにもう1回の合計2回接種することに変更されました。これで米国と同じ接種回数となり、麻疹と風疹の発生が減って、麻疹風疹輸出国の汚名を返上できることが期待されています。それと同時に、麻疹や風疹という病気を診たことのない医師も増えることでしょう。

風疹の発疹は麻疹のように融合することがなく、耳介後部や後頭部のリンパ節が大きく腫れるのが特徴で、血液検査では白血球減少症(顆粒球減少症)が必ずみられました。原因不明の白血球減少症に困惑して、血液内科へ紹介したところ、風疹の不顕性感染によるものであることが分かり、印象に残っています。この現象を利用して、風疹の診断の補助に使うこともありました。

麻疹、ムンプス、水痘などと同様に、風疹も中高生や大人が感染すると、ほとんどの場合重症化するのを経験しました。これは親からもらった抗体が、年齢を経るにしたがって減少するためだろうと思っています。
2)白血球減少症
小児はなるべく採血をしないようにしてきましたが、診断がつきにくい時には、やむを得ず血液検査をすることがあります。細菌性感染では白血球数は通常増加しますが、ウイルス性ではあまり増えないのが特徴です。その極端なのが風疹で、ほとんどのケースで白血球は減少します。その程度もかなり高度になることがあり、3000を切ることも珍しくはありません。開業当初はこのような症例についてかなり心配しましたが、風疹の場合は自然に回復するのを経過観察で知りました。

3)突発性発疹(突発疹)
生後5〜8カ月の乳児で、1)生まれて初めての突然の高熱と、2)熱の割りに一般状態は良く、3)2〜3日で解熱するとともに全身に風疹様の発疹が出るという症状から、最近では、この病気ではないかと尋ねてこられる母親もたくさんいます。

昔からある病気ですが、その病原体であるヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)が発見されたのは88年のことで、90年にヒトヘルペスウイルス7(HHV-7)が発見され、これもこの病気の病原体であることが分かりました。だから、突発性発疹は2度罹る可能性があります。私が開業した頃は、乳児が環境に適応するための免疫反応の一種のように言われていたものです。生後10ヶ月目くらいの乳児に多かった記憶がありますが、最近は赤ちゃんも早熟になってきたのか、5ヶ月くらいでもみられるようになりました。

これらのウイルスは成人の咽頭から排出され、小児は2歳までにほぼ100%の感染を受けますが、約30%は不顕性感染とのことです。

4)インフルエンザ
<予防接種>
伝染性疾患に対する予防接種のすばらしい効果を、麻疹、百日咳、風疹で確認しました。人類の生命に対して最大の貢献をしたのは予防接種であり、それに次ぐのが抗菌薬ではないかと思えるほどです。しかし、インフルエンザの予防接種については、あまり効果が認められなかったというのが本当のところです。

私が開業したのは73年ですが、それ以前から小中学校でインフルエンザワクチンの集団接種は行なわれていました。10、11、12月は毎週何回か、どこかの学校へ当番として出かけ、全校生徒に予防接種をするため、会場となる体育館は戦場のような忙しさでした。

87年にはインフルエンザワクチンの効果がないという「前橋レポート」が報告されました。それは、インフルエンザの集団予防接種をしていない前橋市と、予防接種をしている周辺都市との、インフルエンザの流行状況に差がないというものでした。これをマスコミが大々的に取り上げ、反インフルエンザ予防接種キャンペーンをくりひろげました。そのためだと思っていますが、94年から、小中学校でのインフルエンザの集団予防接種はなくなりました。

私は最初からインフルエンザの予防接種は効果が少ないと思っていました。だから、自分も家族も、野村医院の職員の誰にも、インフルエンザの予防接種を行なっていません。それにも関わらず、開業してからの32年間で、インフルエンザに罹患した者(正確には、発症した者)は一人も居なかったのです。職員は常時6〜7人いて、延べ25名となりますが、当院在職中にインフルエンザで休んだ者がいないというのは事実です。そのことを医師会などで話すと、驚きの声が上がります。無謀なことをすると呆れている気配を感じることもあります。

予防接種をしていないのに発症しない理由として、1)誰もがインフルエンザに自然感染している、2)自然感染で得た免疫力(抗体)は、低下するスピードが非常に遅く、免疫力は長く維持されている、3)医院でたくさんのインフルエンザの患者さんに接触することにより、不顕性に感染して発症せず、それがブースター効果をもたらし、減衰し始めたインフルエンザに対する免疫力をもう一度高める効果がある、というように考えていますが、大きな間違いはないでしょう。

なぜ、インフルエンザワクチンが効かないと思ったかと言えば、予防接種を受けたのにも関わらずインフルエンザに罹患する患者さんを、数え切れぬほど診てきたからです。特に、インフルエンザが流行すると、毎年全員が予防接種を受けている小中学生の来院が一番多いのです。これをまともに考えるなら、この予防接種は効果がないと思うはずです。そういうわけで、小中学生への集団接種が廃止されたことは良いことだと思ってきました。

ところが、2000年に65歳以上の高齢者などに、インフルエンザワクチンの予防接種が再開されるようになると、マスコミはこぞってインフルエンザの予防接種を受けるよう煽るようになりました。かってはあれほど反対していたマスコミが、ワクチンそのものは本質的に何も変わっていないというのに、正反対のキャンペーンをすることに呆れます。

私は現行のインフルエンザワクチンの効果を今でも低く考えていますが、マスコミがくり返す「ワクチンは有効」のPRを信じて、予防接種を求めて多くの方が来られます。その人たちには、尋ねられれば、「自分はあまり効くとは思わないし、私も家族も職員も予防接種をして来なかったが、だれもインフルエンザに罹っていない」と答えていますが、予防接種をしない方が良いと積極的に説得することにはためらいがあります。というのは、インフルエンザの専門家が効果があると言っているのを覆す確固たる証拠を持っていないからです。「私の家族や職員が、予防接種をしていないのに、インフルエンザに罹患しなかった」というケースは、インフルエンザの予防接種が無効であるというエビデンスにはなりません。

03年末から04年春までに野村医院で診療したインフルエンザについて、まとめたものを「03〜04年のインフルエンザ」として、当院のサイトに掲載しました。そこで述べたように、患者数は159名で、予防接種を受けたのに発症した者が10名いて、そのうちの7名が1歳から12歳までの小児でした。小学生以下の小児は、成人と違って2回接種を受けているのに、これだけ多く発症しているということは、現行のインフルエンザワクチンが幼児には効果が少ないことを示していると言えましょう。これを裏付けるように、日本小児科学会は04年10月に、1)1歳末満では効果ははっきりしない、2)1歳以上6歳未満では、発熱を目安にした有効率は20〜30%である、という見解を示しました。

2回で6000円前後の費用をかけて、幼いこどもに痛い目を合わせた結果が、20〜30%の効果しかないというのに、それでも重症化を防ぐ意義があると言う議論に、私はついて行けません。

現行のインフルエンザワクチンは麻疹、百日咳、風疹、ポリオ、ジフテリア、破傷風、天然痘などのワクチンとは全く異質のワクチンで、効果も少なく、あっても半年しか持たないという代物であることについては誰も異論はないと思います。だから、別のタイプのインフルエンザワクチンの開発がなされるまでは、感染の機会を減らし、自然治癒力を高めるようにするのが正しいように私は思います。

<診断>
インフルエンザ迅速検査キットが発売されるまでは、1)突然の発症、2)38℃を超える発熱、3)かぜ症状、4)全身倦怠感、筋肉痛、関節痛等の全身症状があるという条件をすべて満たすものを、臨床的にインフルエンザと診断してきましたが、流行期であれば診断は容易でした。

<検査>
数年前にインフルエンザ抗原検出迅速検査キットが開業医でも利用できるようになり、診断が正確になりました。その上、従来の臨床症状だけで診断していた時と違って、知らなかった情報も得ることができるようになりました。それは例えば、1)A型B型の型判定ができること、2)発症早期には検査結果が陰性と出ることがあること、3)発熱がほとんどなくても検査は陽性のことがあり、不顕性感染を表しているのだろうということなどの情報です。しかし、診断が正確になることと費用対効果比で有用かどうかは別の問題だと思います。

<タミフル>
タミフルはインフルエンザウイルスを殺す薬ではなく、繁殖を抑える薬です。48時間以内に服用すると症状が軽くなり、回復が1日から2日早くなることが多いというのはほぼ間違いないでしょう。しかし、1〜2日回復が早くなるために、高価な薬を服用することが良いことかどうかは別問題です。04年までは、全生産量の約70%を日本で消費してきたとの新聞報道を読んだ時、日本はなんと強欲な国なのかと思いました。

32年間の開業医生活の中で、タミフルや迅速検査キットの出てくる数年前までも、今以上のインフルエンザの流行がありました。臨床症状からインフルエンザと診断し、タミフルなどを使わなくても、数日で治癒し、髄膜炎を併発した症例や死亡例を一例も経験していません。

<消炎鎮痛薬>
インフルエンザにかかっている患者に解熱剤を使うと脳炎・脳症になるリスクが高まるという理由で消炎鎮痛薬の使用が禁止されました。その根拠となった平成11年度厚生科学研究「インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班」のデータが、厚生省の以下のサイトに掲載されています。

URLは、http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1211/h1115-1_15.html です。

これには以下のデータが掲載されています。

                  生存       死亡                 人数 生存率 人数 死亡率 解熱剤の使用なし         47 ( 74.6%) 16 ( 25.4%) アセトアミノフェン(単剤)    51 ( 75.0%) 17 ( 25.0%) ジクロフェナクナトリウム(単剤) 9 ( 60.0%) 6 ( 40.0%) メフェナム酸(単剤)       3 ( 60.0%) 2 ( 40.0%) その他の解熱剤(単剤)      13 ( 86.7%) 2 ( 13.3%)

これをみると確かに、ジクロフェナクナトリウム(単剤)やメフェナム酸(単剤)使用の死亡率が40%で高いことは分かりますが、解熱剤使用なしとアセトアミノフェン(単剤)使用は25%で変わらず、その他の解熱剤(単剤)使用が13%と死亡率は最低です。

研究班では有意な結論は出せないとしているのにも関わらず、1)このようなわずかな症例であることと、2)その他の解熱剤(単剤)使用の死亡率が最低であることを無視して、「インフルエンザにかかっている患者に解熱剤を使うと脳炎・脳症になるリスクが高まる」とする結論を導き、アセトアミノフェン以外の解熱剤の使用を禁止してしまう厚生省と、その元になるデータを確かめることをせず、結論が独り歩きしているのを黙認している専門家に不信感が募ります。

とにかく、インフルエンザに関しては納得できないことが多くあり過ぎます。

5)日本脳炎
開業32年間で、大阪府下とか近畿で日本脳炎の発生があった報告を知りません。調べてみると、99年以降日本での発生は4例のようです。これは予防接種のおかげとされています。しかし、感染しても発症するのは1000人に1人程度であること、蚊に刺される機会が昔と比べて極端に少なくなっていることなどから、日本脳炎の予防接種についても、若干疑問を感じてきました。

この予防接種について相談を受けることが多いのですが、1)現在発生が非常に少ないこと、2)感染しても発病するのは稀であること、3)蚊に刺される機会が減ったことなどから、炎天下で猛練習など熱射病になりやすい状況でなければ、予防接種の副反応を考えると、必ずしも接種を受けなくても良いと思うと話してきました。もちろん定期接種なので、希望者には予防接種を行なってきました。

6)水痘と帯状ヘルペ ス
水痘は俗に水ぼうそうと呼ばれますが、麻疹に次いで伝染力が強く、必ずと言ってよいくらい家族内感染があります。それに対して、ムンプスや風疹は伝染力が弱く、必ずしも家族内感染はありません。潜伏期は、麻疹、風疹、ムンプスなどと同じく2週間と覚えておけばあまり違いはありません。

もう一つの特徴は、発疹を含めて症状が千差万別で、同じ家族であっても全くと言ってよいほど異なることです。時には2〜3個の水泡だけで終わり、虫刺されかと思っていると、2週間のちに兄弟が水痘になったので水痘だったと分かったり、時には天然痘ではないかと思うほど重症になることもあります。

3つ目の特徴は、全身のどこにでも発疹ができることで、頭皮とか口腔内、舌、目にもできます。頭に水泡を見つけた場合、ほとんど水痘と考えてよいと思います。結膜に出血性の水痘ができて、心配になり眼科に紹介したことがありますが、特別な治療もなかったので、それ以後は自院で診療するようにしました。

4つ目の特徴は、いろいろな段階の発疹(丘疹、水疱、膿疱、かさぶた)が混在することで、一斉にかさぶたができることはありません。

5つ目の特徴は、水泡は突然出現し、何もしなくても1日で破れることが多いということです。よく母親は「こどもが掻いて水泡を破ってしまった」と言われますが、その度にそうではないことを説明してきました。

水痘の治療では、爪を切り、手を清潔にして、掻いて化膿させないようにすることと、掻くよりは軽く叩くようにすることを親に伝えておきます。かゆみ止めに抗ヒスタミン薬、化膿防止に第1世代のセフエム系薬を投与することもあります。それは化膿すれば瘢痕が残る可能性があるからです。米国の報告で、アセチルサルチル酸(アスピリンなど)はライ症候群を引き起こす可能性がるとされ、水痘には使用禁忌となっています。

水疱にはフェノール・亜鉛華リニメント(セキアト、カチリ)という外用薬を塗布するように処方しますが、顔面などの目立つ箇所に水泡が密集している場合は、リンデロンVG軟膏を投与することもあります。この軟膏は、膿疱が非常に大きくて、あとがケロイドになるおそれがある時には、顔面以外でも、かさぶたができ始めると同時に使ってきました。

フェノール・亜鉛華リニメントは石炭酸亜鉛華リニメントとも、carbol and zink oxide liniment とも言い、同じものです。「セキアト」炭酸鉛華リニメン石亜トから、「カチリ」は carbol の zink の liniment のをつないだ略語です。面白いというか、滅茶苦茶というか、とにかく変な略語です。

数年前までは以上のような治療を行なってきましたが、最近はアシクロビルの保険適用が認められたので、重症の場合には、これを早期に使っています。

学校の出席停止期間は、すべての発疹の水泡がかさぶたになるまでで、一つでも水泡や膿疱が残っていれが出席できません。かさぶたが一斉にできるのではなく、いろいろな段階の発疹が混在しているのがこの病気の特徴なので、注意が必要です。

水痘が非常に軽い場合、2〜3年から数年のちに帯状ヘルペスが発症することがあり、数例経験しました。水痘に感染すると抗体ができますが、親からもらった抗体が多く残っていると、自分で作った抗体は少なく症状が軽く済みます。しかし、親かららった免疫(抗体)は急速に減少して行くので、自分で作った抗体が少ないと、免疫が低下してしまいます。水痘ウイルスは、感染したあと脊髄の神経節に潜んでいますが、免疫力が低下すると、抑えがとれて、帯状ヘルペスとして再び発症するのだと説明してきました。ただし、小児の帯状ヘルペスは成人と違って軽症で終わることが多く、アシクロビルを使わなければならない場合は稀でした。

水痘の予防接種は定期接種ではないので、行なっていません。インフルエンザを例外として、そのほかの任意接種の予防接種を行なわないできた理由は、1)予防接種にはまれであるとしても副反応が伴うものであり、2)それを予知する方法がなく、3)いったん重大な副反応が起きた場合は公的補償が得られないからです。この予防接種について相談を受ければ、任意接種であるため当院では行なっていないが、このワクチンの効果は、インフルエンザと違って良いように思うので、他の予防接種を行なっている病院とか小児科で相談してみるように勧めてきました。

7)ムンプス
ムンプス(流行性耳下腺炎)は俗におたふくかぜと呼ばれます。その診断は、発熱、耳下腺の腫張と圧痛、流行があれば容易です。しかし、反復性耳下腺炎と区別がつかない場合もあります。

耳下腺腫張を早期に見つけるコツは、触診のところで書いたように、下顎骨の後方から触れることで、これによって耳下腺の軽度の腫張や圧痛を発見しやすくなります。また、左右の耳下腺だけでなく、左右の顎下腺の腫張も触診することが重要で、ムンプスの場合はこの唾液腺も腫れることが多いのです。ムンプスの初期には耳下腺の腫張はなく、圧痛だけのこともあります。

ムンプスでは血清アミラーゼ値が上がりますが、これだけで膵炎の併発と診断するのは間違いで、アイソザイムを調べて、唾液腺由来か膵臓由来かの区別をする必要があります。

ムンプスは伝染力があまり強くなく、男の兄弟に感染させるつもりで一緒にしておいても、感染しないことがしばしばありました。

ムンプスもまた成人が罹ると重症化しやすいのは、麻疹や水痘、風疹などと同じで、それ以外に、思春期以降に感染すると、男子では約2割が精巣炎を併発し、その1割が不妊症になるとされています。私もこの病気に罹患した数名のお父さんを経験しました。成人女性ではまれに卵巣炎を合併することがあると言われていますが、私は経験していません。

ムンプスの予防接種も任意接種のため、私は行なわずにきました。この弱毒生ワクチンの予防接種は有効とされていますが、MMRワクチン中のムンプスワクチンにより無菌性髄膜炎が引き起こされ、これがもとでMMRワクチンが中止に追い込まれたことを考えると、勧めるわけにはいかずにきました。

ムンプスに罹患した患者と家族に対しては、髄膜炎を併発する可能性なきにしもあらずなので、過労を避け、発熱、頭痛、嘔吐があれば、髄膜刺激症状(項部硬直など)の有無を調べるように指導してきました。また、1日くらいは痛くて口が開けられないことがあること、その場合は、強く噛まずに済むものを食べること、腫れている耳下腺を暖めても冷やしてもどちらでも気持の良い方を行なえばよいと指導してきました。

8)反復性耳下腺炎
耳下腺が腫れる病気の大部分はムンプスですが、その次に多いのが反復性耳下腺炎で、この区別がつき難い場合もよくあります。この病気は感染症ではなく、10歳以下の小児に多く、繰り返すのが特徴で、ムンプスよりも軽症で経過も短い場合が多い感じがします。女児にもあると言われていますが、私の経験した十数名はすべて男児でした。

私の経験から、反復性耳下腺炎とムンプスの違いを、以下に列挙して置きます。

             反復性耳下腺炎      ムンプス 1)耳下腺の腫張  片側だけが多い 両側が多いが、片側もある 2)耳下腺の腫張  過去にもある 過去にはなし 3)耳下腺の腫張  過去も同じ側が多い 4)耳下腺の腫張  食事中に腫れることあり 食事中に腫れることはない 5)耳下腺の腫張  1〜3日で治る 5〜7日で治まる 6)耳下腺の腫張  急速のことが多い ゆっくりのことが多い 7)顎下腺の腫張  ほとんどなし 顎下腺の腫張を伴いやすい 8)発熱        なしか、微熱       高熱か、微熱 9)年齢と性別  5〜10歳の男子に多い 年齢、男女の関係は少ない 10)血清アミラーゼ  上昇なし         上昇あり 11)現地での流行  関係なし         流行していることが多い 12)他への感染  ない あり

しかし、耳下腺の腫張が片側で、過去に耳下腺の腫張の既往がなく、食事中に腫れたのではなく、腫れがわずかで、微熱がある5〜10歳の男子の場合、ムンプスか反復性耳下腺炎かの鑑別ができない場合があります。血清アミラーゼ値も必ずしも参考になりません。その場合はしばらく経過を見ると臨床的に診断可能になるものです。ムンプス抗体価を調べても良いのですが、その結果が出る頃には臨床的に鑑別できる可能性が高いと思います。

最近はエコー検査(7.5MHz以上)が鑑別に使われ始めたようです。ムンプスのエコー所見は充実性臓器所見ですが、反復性耳下腺炎では唾液管末端の拡張を示す多発性小胞状所見がみられるとのことで、将来はこのエコー検査が簡単で、苦痛なく、生体に害がなく、即刻診断でき、画像を残せるため客観性があり、有用な手段になることが予想できます。

9)溶連菌感染症
溶連菌感染症は、正式にはA群β溶血性連鎖球菌による感染症のことです。この病気は開業以前から良く知っていて、重視してきました。そのわけは、私は元心臓外科医でしたが、その当時の心臓外科の対象になる心疾患は、小児の先天性心疾患と成人の心臓弁膜症でした。戦前から開業する頃までは、心疾患と言えば弁膜症を意味するほどで、僧帽弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全症、大動脈弁狭窄症、大動脈閉鎖不全症がその代表でした。これらの弁膜症はほとんどがリューマチ熱の後遺症で、その原因が溶連菌感染症であることが解明された頃でした。

しかし、一般にはそのことがあまり知られておらず、家庭医学の本にも書かれていない病気でした。患者さんに説明するために「医学豆知識」というパンフレットを77年に作りましたが、その最初の病気の話がこの「溶連菌感染症」で、77年5月9日作成の記録が残っています。そのパンフレットの内容をそのまま野村医院のホームページに掲載しましたが、ほぼ30年経った今でも通用するのではないかと思っています。

開業当初はこの病気を重視して、リューマチ熱から心臓弁膜症になることを患者さんによく説明し、ASO検査などを積極的に行ない、A群溶連菌迅速テストが発売されてからは、それもよく使ってきましたが、10年くらい前からそれを止めました。リューマチ熱は一度も経験しなかったのですが、猩紅熱でさえほとんど見られず、急性腎炎だけが少し出る程度でした。75年から93年の18年間で急性腎炎は12名ですが、最後の90年から93年の4年間では1例もありません。

戦前や戦後間もなくの頃と比べて、なぜ溶連菌感染症の合併症が劇的に減ったのかと言えば、環境の改善の他に、ペニシリン系、セフエム系の抗菌薬がひろく使われるようになったためであることに異論はないと思います。抗菌薬の使い過ぎを指摘されながら、私を含めて多くの医師は、咽頭痛など上気道炎症状がある場合に、抗菌薬なしで治療することに不安を感じてきました。ペニシリン系、セフエム系の抗菌薬の副作用が少なく、使いやすいものが多かったことも、抗菌薬に頼る傾向を助長したと思います。その結果として溶連菌感染症の合併症が激減したのだと思っています。

溶連菌は咽頭痛を起す最も頻度の高い細菌ですが、これまでペニシリンが最も効果があり、第1選択薬とされてきました。私も、小児はペニシリンアレルギーが少ないので、できるだけペニシリンを使い、ペニシリンアレルギーがあるとか、味を嫌う子とか、下痢をする子などの場合に限ってセフエム系を使ってきました。

ところが、最近米国で溶連菌性の咽頭痛に対して、セフエム系の方が効果があるという報告がありました。それによると、ペニシリン治療の25%、アモキシシリン治療の18%、古い世代のセファロスポリン系治療の14%に治療の失敗がありましたが、第3世代のセフエム系薬の治療(バナン、セフゾン)では7%だったということです。このことを知ってから、なぜ溶連菌感染症の合併症が激減したかという理由がよく分かりました。

10数年前から、溶連菌抗原を検出する迅速診断キットが発売され、一時はよく使いましたが、最近は使っていません。そのわけは、1)溶連菌性の咽頭炎は非常に多いこと、2)診断がついても治療薬はペニシリンかセフエム系薬を使うので変わらないこと、3)患児の親の出費を増やすこと、などによります。

溶連菌感染症について、笑うに笑えない矛盾を開業当初に経験しました。猩紅熱の患者を診たある医師が「猩紅熱」として保健所に届けたのです。猩紅熱は明治30年に制定された「伝染病予防法」によって法定伝染病に指定されています。届けを受けた保健所は、法律にしたがって、患者を病院に隔離し、住居を厳重に消毒しました。猩紅熱は溶連菌感染症の一部でもあり、溶連菌感染症は法定伝染病にも届出伝染病にも指定されていません。しかも、そのころ既に溶連菌感染症の治療法は確立され、ペニシリンもセフエム系薬剤も容易に使える状況であり、現実にもそれが行なわれていました。

その医師は、知らなかったのか、あるいは、現実に即していなくても法律は法律、それに従うべきであると考えたのか分かりませんが、患者とその家族、保健所にとって迷惑この上ない話でした。それ以上に、その法律が明治30年(1897年)から平成10年(1998年)まで、「101年間」も改正されることなく生き続けてきた、ということに呆れてしまいます。この「伝染病予防法」は平成10年に改正されて「感染症予防法」に改名されました。

77年に「溶連菌感染症」のパンフレットを作ったことを紹介しましたが、その中でも、猩紅熱と溶連菌感染症と法定伝染病関係の矛盾について触れています。

学校保健法では、「溶連菌感染症」は学校において予防すべき伝染病の中には、明確な規定はありません。適切な抗菌薬治療が行われれば、ほとんどの場合24時間以内に他人への伝染を防げる程度に病原菌を抑制できるので、登校登園については、流行阻止の目的というよりも、患者本人の状態によって判断すべきであると考えられます。

10)感染性胃腸炎
開業して驚いたことの一つが、発熱・咳・咽頭痛などのかぜ症状に負けないほど、発熱・下痢・嘔吐の症状で受診する小児が多いことでした。これらは俗に「腸感冒」といわれていましたが、なるほど「お腹にくるカゼ」かと納得できました。感染性胃腸炎という名前は、私が開業したころにはなく、急性胃腸炎でしたが、いつの頃からか感染性胃腸炎に代わっていました。急性胃腸炎には非感染性胃腸炎も含まれるわけですが、実際にはほとんどが感染性なので、同義語に近いと思っています。

感染性胃腸炎という病名は、多種多様な病原体によるものを包む症候群です。ノロウイルスによる流行が初冬にピークを作り、ロタウイルスの春のピークがそれに続き、腸炎ビブリオなど細菌性のものや、いわゆる食中毒によるものが夏の主な原因になっています。サルモネラによる集団食中毒も数回経験し、カンピロバクター感染症も1例経験しました。

ノロウイルス感染症
1968年に発見された「ノーウォークウイルス」は、その後「小型球形ウイルス(SRSV)」とも呼ばれていましたが、02年の夏に「ノロウイルス」と正式命名されました。ノロウイルス感染症のピークは秋から年末にかけてで、年齢は乳幼児から学童まで幅広く、成人にもみられます。フルコースでは、発熱、吐気、嘔吐、下痢、腹痛がありますが、発熱のない者、嘔吐で止まる者、下痢だけの者もあります。白色便はあまりありません。免疫はあまりできないのか、何度もくり返して感染する者もいますが、再感染では軽症が多い印象があり、不顕性感染も多いように思います。

ロタウイルス感染症
ロタウイルスは私が開業した73年に発見されました。白色下痢便が特徴で、そのため「白色下痢症」とか「仮性小児コレラ」と言われていました。ロタウイルス感染症は、ノロウイルス感染症に続いて、1月〜4月が流行のピークです。こちらは、乳幼児が罹り、5歳までにほとんどの小児が感染すると言われています。症状は発熱、嘔吐、下痢のすべてが認められることが多く、嘔吐だけとか下痢だけなどは少ない印象を持っています。

母親などにも感染しますが、軽症が多いようです。しかし、下痢をしている孫が遊びに来て、帰った後で祖父母が激しい下痢嘔吐で来院し、点滴注射をしなければならないほど脱水がひどい症例を何回か経験しました。孫と離れて暮らしているので、ロタウイルスに感染する機会がなく、免疫ができていなかったので、重症になったのではないかと考えました。

腸炎ビブリオ感染症
腸炎ビブリオは、50年に大阪市の「シラス食中毒事件」の病原菌として、阪大の藤野博士が発見した細菌です。海水中に生息し、塩分を好むという変わった特徴があり、7月〜9月が発生のピークとなる細菌性食中毒病原体の代表で、原因の食品はほとんどが魚介類です。

サルモネラ感染症
サルモネラの食中毒の集団発生を2回経験しました。一つは給食弁当、もう一つは洋菓子のシュークリームで、いずれも鶏卵が原因でした。

カンピロバクター感染症
カンピロバクター感染症も小学生で1例経験しました。原因は鶏肉だったように覚えています。この病気は腸管感染症であるのに、マクロライド系薬がファーストチョイスであることが妙に印象に残っています。

11)腸管出血性大腸菌感染症
腸管出血性大腸菌O157は、いろいろな意味で私たちに大きな影響を与えた細菌です。交野市医師会の定例理事会は毎月第1土曜に開かれます。96年7月も第1土曜日に交野市医師会の定例理事会がありました。その時、堺市でO157による小学校集団食中毒事件が進行していたのでした。

このO157感染症で受けた影響を列挙してみます。

●O157 What?
「O157」と聞いて、何それ?と手許にある最新の医学書をすべて調べてみましたが、いずれにも記載がありません。医師というプロフェッショナルでありながら、現在進行中の医療事件について何の知識もなく、一般の人と同じように新聞やTVなどマスコミの報道に頼らざるを得ないことが非常な悔しく恥ずかしい思いをしました。

●インターネットだけが情報源
O157に関する情報は、唯一インターネットだけにありました。私は当時「パソコン通信」をしていたので、有志の人がパソコン通信に流してくれたインターネットの情報を取り込んだり、インターネットに接続できる友人に頼んで、印刷してFAXで送ってもらったりして、O157の情報を入手し、それをコピーして医師会員に提供しました。

●インターネットに接続したいという強い欲求が医師会員に生じた
O157の情報がインターネットでしか得られないことを知ると、医師会員の間に、インターネットに接続したいという欲求が湧き起こり、パソコン同好会を作ろうということになりました。私がその世話人に指名され、翌8月に平均年齢60歳の中高年医師16名による同好会が発足しました。そして、翌9月には交野市医師会のホームページを開設し、全員がインターネット接続可能となりました。

●O157というこれまでに経験したことのない病原菌を知った
O157は少数の菌で感染が成立するので、食中毒の原因となった食品を決めることが難しいことを知りました。堺市の場合も、厚生省が汚染源としたカイワレ大根からO157は検出されず、汚染源は不明です。カイワレ大根業者が起した損害賠償裁判は、6年後に最高裁で勝訴しました。

また、この細菌はベロ毒素を産生し、このベロ毒素の作用により、出血性大腸炎、溶血性尿毒症症候群や急性脳症を起こすという、従来の細菌にはない性質を持っていることを知りました。

●下痢や嘔吐の治療法が変わった
O157はベロ毒素を産生するので、体内から早く排出する必要があり、下痢止め、吐気止めは使用禁忌で、抗菌薬もO157が死ぬと体内からベロ毒素が排出されるという理由から、原則使用禁止となりました。使って良いのは生菌整腸剤や乳酸菌製剤だけとなり、水分と電解質の補給のための輸液が治療の中心となりました。

この食中毒事件以来、感染性胃腸炎全般について、嘔吐は止めない、下痢も止めない、抗菌剤もO157が疑われる場合は使わないというルールができたようです。

●食中毒の原因として注意すべき食品に牛肉が加わった
これまでの食中毒の原因食品は、魚介類(腸炎ビブリオ、ノロウイルス)、鶏卵(サルモネラ)、鶏肉(カンピロバクター)が代表的でしたが、牛肉も要注意となりました。

12)咽頭結膜熱
咽頭結膜熱は、夏かぜの一つで、その名の通り、 咽頭発赤、結膜充血、発熱を3徴候とします。プールで感染することが多いことから「プール熱」とも呼ばれ、アデノウイルス感染症です。

13)ヘルパンギーナ
ヘルパンギーナは、発熱と口腔粘膜にあらわれる水疱性発疹を特徴とする夏かぜの代表的疾患です。その大多数はエンテロウイルスで、流行性のものはコクサッキーウイルス感染によるものです。突然の発熱に続いて咽頭粘膜が発赤し、口腔内、主として軟口蓋から口蓋弓にかけて直径1〜2mm 、大きいものでは5mmほどの紅暈で囲まれた小水疱が出現します。小水疱はやがて破れ、浅い潰瘍を形成し、痛みます。

まれには無菌性髄膜炎、急性心筋炎などを合併することがあると言われていますが、私は経験していません。「ヘルペス性歯肉口内炎」との鑑別は、歯肉の発赤腫張と口唇や舌、口腔内粘膜に水泡や潰瘍が認められることから、「手足口病」との鑑別では、手や足にも水疱疹があり、口腔内の水泡はヘルパンギーナよりも前方にあることから、「アフタ性口内炎」との鑑別では、発熱を伴わず、口腔内所見は舌と頬部粘膜に多いことから容易です。

14)尿路感染症と亀頭包皮炎
排尿痛や頻尿がある時には、尿検査をして膀胱炎と診断することは容易で、女児によく見られます。不明熱が続く時に尿検査をすると、膀胱炎症状がなくても尿路感染症(腎盂腎炎)の場合があります。また、男子幼児がペニスの先を赤く腫らして、亀頭包皮炎で来院することもよくあります。セフエム系抗菌薬の内服とゲンタシン軟膏を包皮の内側に塗ることで治る場合が多いのですが、再発防止のために汚い手でペニスを触らないように指導しておきます。

15)単純ヘルペスウイルス感染症
単純ヘルペスウイルスの初感染では、「ヘルペス性歯肉口内炎」になることが多く、口唇や口腔内に小さな水疱や潰瘍性病変を認め、歯肉は発赤腫張します。発熱と口内痛が強くて、経口摂取ができないほどのこともあります。多くは乳幼児が罹りますが、成人がこれに罹ると重症化することが多く、食べられないため1週間点滴注射を行なった症例を経験しました。不顕性感染もかなりあるようです。

このウイルスは、初感染後に知覚神経節に潜伏し、発熱や過労、ストレス、紫外線などの誘因によりウイルスが再活性化されて再発します。熱が出た後にみられることが多いので、俗に「熱の華」とも呼ばれます。再発の多くは口唇ヘルペスで、熱感や疼痛、違和感などを伴った比較的限局した小水疱の集団の形になります。この時期は感染力が高く、指で患部を触れると指に感染して赤く腫れて痛みます。これをヘルペス性ひょう疽と言います。だから、口唇ヘルペスの活動期には指などで触れないように指導して来ました。

アシクロビル(ゾビラックス)やバラシクロビル(バルトレックス)の内服やアシクロビル(ゾビラックス)軟膏やビダラビン(アラセナA)軟膏の塗布は効果がありますが、高価なのが難点です。

16)伝染性紅斑(リンゴ病)
伝染性紅斑は、左右のほほに蝶が羽根を広げたような形の紅斑ができるのが特徴で、真っ赤なほほから、俗に「リンゴ病」とも呼ばれます。紅斑は四肢や殿部にも広がりますが、躯幹に出現するのは稀です。この病原体はヒトパルボウイルス(HPV)B19で、5年周期で流行するようです。まれに、成人も感染します。

17)伝染性軟属腫(みずいぼ)
伝染性軟属腫は、白っぽい光沢を帯びた1〜10ミリの半球状の隆起で、見るからにみずみずしいので、俗に「みずいぼ」と呼ばれます。直接または間接的な接触により、伝染性軟属腫ウイルスに感染して発症します。この病気は小児科医と皮膚科医で治療方針が異なり、学校医や園医を悩ませてきました。私は昔、出張勤務していた川崎病院の外科に、皮膚泌尿器科出身で外科の修行に来ていた先輩がいて、その先生から伝染性軟属腫を摘除する手技を習い、以来数個程度であれば自分で簡単に摘除してきました。

小児科医は、1)自然治癒する病気だから、摘除のような痛い目を合わせず放置しておくべきで、2)プールに入れないのは可哀そうだから、プール入水を許可すべきだという意見のようです。一方、皮膚科医は、1)自然治癒するかもしれないが、イボが消えるまで半年から長いもので3年もかかることもあり、2)その間、他の人に対して感染源になりうること、3)経過を見ている間にかなりの数に増えるので、数が少ない間に早めに取った方が良いと考えているようです。

私は原則的に皮膚科医の意見に賛成ですが、摘除しても周りの皮膚に感染している可能性があり、数個以上の場合はその後で数十個に増えるかも知れず、数個以上の摘除は無意味で、こどもに痛い目を負わせるだけだと思います。その場合は自然治癒を待たねばなりません。100個近くできるので俗に「百イボ」と言われるくらい多数に広がっても、ある時忽然と消えるのが特徴です。ただし、プールで裸の接触やタオルなどを介しての感染を考えると、プール入水を許可しないできました。

実際、開業当初から10年近くは「みずいぼ」真っ盛りで、2つの保育園と1つの小学校の校医をしていましたが、クラスの数名から半数近くに「みずいぼ」が見つかることがありました。しかし、ここ10年くらいの間で「みずいぼ」は激減しています。

普通のイボに使うヨクイニンの効果はあまり期待できず、硝酸銀で焼く方法は皮膚に色素沈着を残すので良い方法とは思えません。そこで、「みずいぼ」は、2〜3個程度の段階で摘除し、数個以上の場合は自然治癒を待ち、他に感染させないようにするという治療方針が、現在のところ一番合理的だと思います。

18)伝染性膿痂疹(とびひ)
私は幼稚園のころ、夏になると「とびひ」になり、海水浴をすると少し軽くなるので、母によく海へ連れて行ってもらいました。また、「テラポール」という薬を飲むと治るので、まじないのようにこの薬の名前を覚えていました。Web検索で調べると、「テラポール」は昭和12年(1937年)に第一製薬が合成した国産初のサルファ剤だそうです。私が生まれた翌年に作られたサルファ剤を、その3〜4年後からに飲んでいたのだと思うと愉快です。

伝染性膿痂疹の治療は抗菌薬の内服が一番効果があり、消毒薬や抗菌薬入り軟膏を使うよりも簡単です。第1世代のセフエム系薬ケフレックスでほとんどの場合治癒しました。外用薬は消毒用にヒビテン液、軟膏はゲンタシン軟膏か、湿疹状の場合にはこれにリンデロンの加わったリンデロンVG軟膏を使いましたが、ステロイドで感染が増悪した経験はありません。

小児の病気で「伝染性」で始まるものがたくさんあります。取り上げた順に並べると、1)伝染性単核症、2)伝染性紅斑(リンゴ病)、3)伝染性軟属腫(みずいぼ)、4)伝染性膿痂疹(とびひ)の4種類です。これらを一々正確にカルテに記載するのは時間の無駄であるだけでなく、違いの部分が直感的に分かり難いので、「伝染性」「伝」で省略し、後に続く部分を前2字のカタカナで代用して略号で記載してきました。それを順に並べると、1)伝タン、2)伝コウ、3)伝ナン、4)伝ノウ、です。IME辞書もこの略号の読みで登録してあるので、例えば「でんたん」と入力して「伝染性単核症」と変換されるので便利です。

19)破傷風
破傷風について、忘れられない二つのエピソードがあります。ある日の午後、10歳くらいの少年が「ボク死ぬ!」と言って当院へ飛び込んできました。親にも相談せず独りできたのです。事情を聞いてみると、古い釘を踏んでしまった、だから、破傷風になって死んでしまう、助けて欲しいと言います。彼は近くの団地へ引越してきたばかりでしたが、前に住んでいた守口市の小学校の同級生が、古釘を踏んで破傷風に罹り死んでしまったのだそうです。

彼の話を聞いて、こんなに小さなこどもが、正しい医学知識を持っているのに驚き、足の傷を治療した上、冷蔵庫に保管していたテタノブリンという抗破傷風人免疫グロブリンを筋注しました。その効果のせいかどうかは分かりませんが、幸い破傷風の発症はありませんでした。もうあれから30年近い歳月が過ぎています。

もう一つは、これも同じころの小学生の男児ですが、手足が硬直して痙攣すると言って父親が連れてきました。確かに四肢の強直性痙攣、躯幹の後弓反張があるようですが、すぐにプリンペランによる錐体外路症状だと診断しました。医師になったころ、破傷風の入院患者を見たことはありますが、このような生易しいものではなく重症感に圧倒されました。また、開業する前に勤めた市中病院で、四肢の強直性痙攣、躯幹の後弓反張などの症状から破傷風が疑われた患者が、プリンペランによる錐体外路症状だったことを覚えていたからです。

当時はまだナウゼリンがなく、制吐薬はプリンペランだけで、投与量が少し多過ぎたのかも分かりません。すぐに服薬を止めてもらい、間もなく治まりました。その父親は子煩悩な方でしたが、脳卒中で亡くり、その息子は大学を出て立派な社会人となって、時折来院されていました。

三種混合予防接種(DTP)や二種混合予防接種(DT)には、沈降破傷風トキソイドが含まれています。この予防接種は大切だから受けるようにと説明する時、死ぬと言って飛び込んできたあの少年のことを思い出します。

20)接触皮膚炎
小児の湿疹の中でアトピー性皮膚炎が最も多く、接触皮膚炎もかなりあります。その中で特殊な接触皮膚炎を紹介します。

一つは毛虫の毛による皮膚炎で、新緑の頃から初夏にかけて、腕や首筋に赤い小さな発赤や水泡などの皮疹で来られた場合、その多くは毛虫の毛によるかぶれです。樹の下で遊んでいたこどもが多いのですが、そうでない大人にも見られます。洗濯して干していた下着の上を毛虫が這い、その下着を着ただけでもかぶれることがあるからです。

実際に、毛虫が這っているのを見てそれを振るい落とし、その下着を着たらかぶれたという人を診療してから、毛虫の毛の猛毒?を実感しました。このかぶれた皮膚を触った手で腹や胸などを触ると、そこもかぶれるほど刺激性は強力です。だから、この時期の毛虫には要注意です。

もう一つは、カモガヤによる接触皮膚炎です。スギ花粉の時期が過ぎ、春から夏にかけてはカモガヤ花粉症の季節ですが、スギ花粉と違ってカモガヤ花粉では、接触皮膚炎や気管支喘息の原因となることがあります。

最後は、口の周りが帯状にかぶれてユーモラスな顔になる口舐め皮膚炎で、俗名を「なめかん」と言います。小学生によくみられ、この病気を知らないと「これは何?」と思いますが、舌で口のまわりをなめるために、自分の唾液でかぶれて発生します。英語でも「 lick dermatitis 」と言います。

21)アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎は内科医には手に負えない病気と思い、原因の追求や治療法の選択などを全く行なわずに来ました。診療だけでなく、保育園、小学校、高校の検診を通して診てきたアトピー性皮膚炎の印象は、

1)80年から90年前半がアトピー性皮膚炎の最盛期だった、2)最近の10年では最盛期の半数に満たない、3)最盛期には検診をした高校のあるクラスの半数近くが重症のアトピー性皮膚炎だったこともあり、成長するに従い軽症化すると言われてきた定説に疑問を感じた、4)民間療法を求めて遠くまで出かけて行くアトピー性皮膚炎の患者と家族をみてきたが、軽快したのは少なかったようだった。

そのほか、5)ステロイドの害がマスコミで喧伝されてから、何がなんでもステロイドを拒否する者も出てきた、6)母親から受けるストレスが増悪因子ではないかと思われるケースもみられた、7)厳しい食事制限をする小児科医の話を聞いて、それで本当に良いのか、あまりに単純過ぎる考え方ではないかと思った、などが頭に浮かびます。

22)蕁麻疹
蕁麻疹は小児にもよくみられますが、ここでは蕁麻疹に似た病気である「クインケの浮腫」のことを書いておきます。「クインケの浮腫」は、思い当たる原因も、何の前触れもなく、突然、口唇や瞼などが腫れる病気です。蕁麻疹と違ってかゆみはなく、また蕁麻疹よりも深いところでむくみが起きています。ほとんどが原因不明で、これまでに数例経験しました。別名を「血管神経性浮腫」「血管性浮腫」とも言います。突然口唇がいかりや長介のようになったり、突然まぶたがお岩の幽霊のようになると、本人はもちろん家族も仰天してしまいます。そこで、これは心配のいらない蕁麻疹の一種だと説明し、抗ヒスタミン剤やステロイドを投与すれば、速やかに治ります。

23)かぜ症候群
ちょっと乱暴ですが、ここでは「かぜ症候群」として、感冒、上気道炎、咽頭炎、喉頭炎、扁桃炎をひっくるめたものとします。かぜ症候群は、成人でも多い病気ですが、小児では一番多く、簡単のようでいろいろ問題もあります。それをいくつか取り上げてみます。

●かぜ症候群には抗菌薬を使わないという原則
かぜ症候群の大部分は扁桃炎を含めて、その大部分がウイルス感染とされています。ウイルス感染には抗菌薬は無効であり、細菌感染が強く疑われる症例にのみ抗菌薬を使用するようにと、昔から学者は唱えてきました。しかし、多くの臨床医は、発熱のあるかぜ症候群に対して、ためらいながらも、抗菌薬を投与してしまいます。私の場合、その抗菌薬は32年間を通してサワシリンとケフレックスのいずれかでした。もちろん、気管支炎とか肺炎の疑いのある場合はマクロライド系とか第三世代のセフエム系(セフゾン)も使いました。

小児はペニシリンアレルギーが少ないので、サワシリンをよく使いましたが、アレルギーがあるとか、下痢になる子とか、味を嫌う子などがには、ケフレックスを投与してきました。ケフレックスは非常に副作用が少ない上、細粒は味が良く、これを嫌うこどもはまれでした。

かぜ症候群の中で最も重要な細菌感染は「溶連菌感染症」ですが、これを疑う場合は、できるだけサワシリンを使うようにしてきました。先に「溶連菌感染症」のところで書いたように、最近米国で第三世代のセフエム系薬の方がペニシリンよりも効果があるという報告から、セフエム系がペニシリンに劣ることがないことを知り、ケフレックスを使って来て良かったと思っています。

臨床医が、発熱を伴うかぜ症候群に対して抗菌薬を使おうとするのは、細菌感染を否定することができず、また、合併症としての細菌感染を考慮するからだと思いますが、安全で副作用の少ない抗菌薬が使えることも大きい理由だと考えます。事実32年間の開業医生活で、これらの抗菌薬による副作用で困った経験はありません。もちろん、かぜ症候群での抗菌薬投与は短期間で、そのほとんどが3日でした。

耐性菌の発生の原因が抗菌薬の乱用によるとされている問題で、かぜ症候群に対する抗菌薬の短期投与が関与する割合は極めてわずかであり、本当の原因は別のところにあると思っています。

●保険適応病名の不備と矛盾
抗菌薬の呼吸器感染症に対する適応病名は、「咽頭・喉頭炎、扁桃炎、急性気管支炎、肺炎、慢性呼吸器病変の二次感染」に限られています。数年前までは「上気道炎」の病名でも抗菌薬の投与は認められていましたが、現在は保険組合とか国保組合の段階まで行くと「上気道炎」は適応症に入っていないとの理由でばっさり削られます。そこで、仕方なく「上気道炎」「咽喉頭炎」に変更しています。医学的には同じ内容の病名でも、その薬の適応症の名前でなければ認められないと言うわけです。保険診療だから、それも仕方がないかと諦めています。

ところが、同じ時に併用する呼吸器系の薬には「咽頭・喉頭炎、扁桃炎」は入っていないのです。例えば、ピーエルPL顆粒(幼児用)は「感冒もしくは上気道炎」、フスタゾ−ル・小児用は「感冒、急性気管支炎」、ブロチン液は「急性気管支炎」、メジコンシロップは「感冒、上気道炎」が適応症です。これらの薬を併用しようとすれば、こちらの適応症も加えなければなりません。

これまでは、医学的に内容が同じなら、病名が違っても適応症に準じて取り扱われてきたのが、最近は適応症の記載された病名以外は認めず、こちらへの問い合わせもなく、数ヶ月に遡って削ってきます。これは保険診療の欠点、不備の問題ですが、改善の余地はあると思います。

●咳嗽は多種多様である
かぜ症候群の主な症状は「発熱、咳嗽、鼻汁、咽頭痛、全身倦怠感」ですが、その中で「咳嗽」はいろいろな様相を呈します。また「かぜは万病のもと」「かぜは百病の長」といわれ、多くの病気がかぜ症状で始まり、かぜから他の病気に進展することもあります。そう言う意味で「咳嗽」という症状は、その原因において多種、性状において多様であり、これほど多種多様な様相を呈する症状は他には「疼痛」くらいでしょう。だから、臨床医にとって、この二つの症状の原因、病態生理、診断、治療に精通することが大切です。小児に限れば「咳嗽」「疼痛」よりはるかに頻度が高く多種であり、重要だと思います。

「咳嗽」について総論的にまとめてみますと、
1)「咳嗽」は本来、気道内の異物を排除しようとする合目的な生体の防衛反応である
2)だから、対症的に「咳嗽」を止めるよりも、その原因を除くことの方が大切である
3)しかし、「咳嗽」が悪循環を形成し、「咳嗽」「咳嗽」を助長し続ける場合がある
4)また、「咳嗽」が生体の防衛反応ではなく、習慣性や心因性による場合もある
5)問診、聴診、検査で「咳嗽」の原因を推定し、重大な病気を見落とさぬ必要がある
6)乾性咳嗽には、原疾患の治療とともに積極的に鎮咳薬の投与を行う
7)湿性咳嗽に鎮咳薬を投与すると、去痰を悪くし症状を増悪させることがあり、
  原疾患の治療とともに去痰薬、気管支拡張薬を投与する
8)小児は乾性咳嗽から湿性咳嗽に移行することが多い
9)長引く「咳嗽」には、マイコプラズマ感染症と慢性副鼻腔炎による後鼻漏を考える
10)上記疾患には、マクロライド系やテトラサイクリン系抗菌薬が奏功することが多い

24)気管支炎
小児は、乾性咳嗽などの「かぜ症候群」の症状に続いて、主症状が湿性咳嗽の気管支炎に移行しやすい特徴があります。小児は水気が多いため、気道分泌物の多い気管支炎になりやすいのだと思います。また、よく喘鳴が聞こえますが、これは気道分泌物の量に対して、気管支が細いために発生すると考えています。喘鳴が聞こえる気管支炎は、小児に多く、喘息性気管支炎とか喘息様気管支炎とも呼ばれます。臨床的に便利なのでよく使ってきましたが、できるだけ、気管支炎と気管支喘息は区別すべきなのかも分かりません。

25)気管支喘息
感染が引き金となって発症する気管支喘息と喘息性気管支炎との区別の難しい症例もあり、気管支喘息単独の小児患者は少なかった印象を持っています。また、気管支喘息の小児は重症化しやすく、あちこちに転医し、最後は大学病院の小児科で治療を受けたが好転しなかった症例も知っています。

気管支喘息や喘息性気管支炎には気管支拡張剤を使いますが、98年に北陸製薬から発売された「ホクナリンテープ」は、皮膚に張りつける全く新しいタイプのβ2刺激薬で、皮膚から非常にゆっくりと薬が吸収されるため、その効果は24時間持続し、副作用もわずかです。この薬は使いやすく、瞬く間に広く使われるようになりました。このような独創的発想による薬が、日本の中小メーカーで生まれたことを嬉しく思います。

26)鼻・副鼻腔炎
「かぜ症候群」の大部分はウイルス性とされていますが、ウイルス感染に細菌感染を合併すると鼻汁が膿性や粘膿性となります。小児はこのように鼻・副鼻腔炎に進展することが多く、これも「かぜ症候群」に抗菌薬を投与する理由の一つです。抗菌薬と消炎剤でほとんど治りますが、少し長引く時には、耳鼻咽喉科受診を勧めてきました。

27)口腔内疾患
口腔内疾患で一番多いのは「アフタ性口内炎」です。治療はケナログ軟膏やアフタッチ貼付錠と比べて、アフタゾロン軟膏が最も効果があり、開業直後からこれだけを使ってきました。いずれもステロイド入り外用薬ですが、ケナログとアフタッチがトリアムシノロンであるのに対して、アフタゾロンはデキサメサゾンであり、その違いが効き目に関係しているのかも分かりません。

そのほか、単純ヘルペスの初感染に見られる「ヘルペス性歯肉口内炎」や病的意味のない「地図状舌」も見られます。「鵞口瘡」にほとんど遭遇しなかったのは1歳以下の乳児を診療していないせいかも分かりません。

28)急性中耳炎
小児は中耳炎によく罹ります。耳を痛がるこどもはもちろん、幼児の原因不明の発熱の場合も必ず鼓膜を診るようにしています。そして、中耳炎であれば全例耳鼻咽喉科で診療を受けるように指導してきました。中耳炎は難治性のことが多いようなので、専門外で下手な治療はすべきでないと思うからです。


3.ストレス病

43年間医師として過ごした中で得た私の結論は「多くの病気にはストレスが関与している」ということです。小児の病気もそれは例外ではなく、ストレスが強く影響していると思われる病気の診療も行なってきました。そのいくつかを「ストレス病」というジャンルでまとめておきます。

これは正しくは「心身症」というべきですが、1)「psychosomatic disease」「精神身体疾患」と訳していたのを、「心身症」に変更してから一層分かり難くくなった上、2)「日航機墜落事故の機長は心身症」という間違った報道で、イメージが悪くなり、それなら「ストレス病」とした方が直感的に分かると思うからです。ストレスについては、その正確な定義について述べることは本文の目的ではなく、心身に影響を与える持続的、慢性的な日常生活上のできごと程度に考えています。

この病気に関与するストレスについて、1)いらいら腹立ち型のストレスと、2)不安心配型のストレスに分けて私は考えてきました。そして、かっては不安心配型が多かったのが、最近はいらいら腹立ち型が優勢のように感じています。もちろん、現実はこのように完全に2分できるものではなく、その占める割合もいろいろです。ストレスをこのような二つのタイプに分けて、それぞれが関与する病気に違いがあるという見方をする者は私の他にはいないようですが、診断と治療の実際面で有用であると思っています。

いらいら腹立ち型ストレス病:
過敏性腸症候群、神経性咳嗽、蕁麻疹、抜毛癖、肥満症

不安心配型ストレス病:
消化性潰瘍、気管支喘息、過換気症候群、神経性頻尿、円形脱毛症

混合型または分類不能ストレス病:
心因性嘔吐、片頭痛、起立性調節障害、夜尿症、心因性歩行障害


<いらいら腹立ち型ストレス病>

現代は大人もこどもも「総イライラ」の状態のようです。不満、怒り、腹立ちの感情を抑えなければならなずイライラが続くと、お腹が痛くなったり、咳がとれなかったり、蕁麻疹が続いたり、髪の毛を無意識で抜いてしまったり、絶えず何かを口にしていなければおられず、その結果として肥満症になることがあります。

1)過敏性腸症候群
成人、小児を通じて今もっとも多いストレス病は「過敏性腸症候群」です。小児の場合はこれを「反復性臍疝痛」と呼ぶこともあります。長期間腹痛があり、排便によって軽快し、何回も排便したくなり、大便は兎の糞のようにコロコロしたものから、下痢だけ、下痢と便秘のくり返しなどのように普通の便とは異なります。これはイライラ腹立ち型ストレスによって起こる病気の代表です。

こどもの場合、例えば、生徒会長や班長に選ばれた後や、学年が変わって担任の先生やクラスメートが変わったときなどになりやすい傾向があります。そのほか、いじめが関係していることもあります。

起床時から腹痛や下痢があり、親が心配して時間外に連れてきたり、救急病院を受診する者もいました。中には、いろいろな医療機関を転々として、最後は東京のある大学病院で入院して検査を受けた者もいました。

77年5月から「医学豆知識」というパンフレットを作って、患者さんにお渡しして、病気の説明に活用しました。この「過敏性腸症候群」もその一つで、83年1月に作成したものを、そのままホームページ掲載しています。その頃は「過敏性大腸症候群」と呼ばれていましたが、大腸だけではなく小腸も関与するので、最近では「過敏性腸症候群」といわれるようになりました。

2)神経性咳嗽
神経性咳嗽は心因性咳嗽とも呼ばれ、咳嗽が長引き、検査をしても器質的な呼吸器疾患が見つからず、主に日中に激しく、睡眠中は出ない特徴があります。この場合も「咳嗽」が悪循環をして、激しい咳をするからますます咳がひどくなることがあります。気管支拡張薬は無効で、強力な鎮咳薬も効果が少ない場合に、この病気を疑ってみる必要があります。その多くは、不満とかイライラを抑えている時に出る傾向があります。その原因を探り、患者や家族にそれについて説明をすることが効果のある場合もあり、抗不安薬や抗うつ薬が有効な場合もあります。

3)蕁麻疹
蕁麻疹はアレルギー性と非アレルギー性に分類されます。非アレルギー性蕁麻疹の中で、イライラ腹立ち型ストレスが発症の原因となるものも珍しくはありません。年齢や性では中年女性が一番多いのですが、年長の小児でも叱られたり、嫌なことを辛抱しなければならない状況で、手や顔に蕁麻疹が出ることがあります。この場合抗不安作用のある抗ヒスタミン薬のアタラックスがよく効きます。昔から言われている「嫌な人を見ただけで蕁麻疹が出る」というは、あながち間違いではないようです。

4)抜毛癖
抜毛癖(抜毛症)は、小学校高学年から中学生の女子にみられます。頭髪の一部が異常な形でなくなっていたり、眉毛がなくなっていたりで驚かされます。これもイライラ腹立ち型ストレスが原因と考えられ、禁止をするよりイライラ型ストレスの元になっている原因を探り、本人の気持に配慮することが大切です。

5)肥満症
小学校の検診で肥満症の小児は年々増加の傾向があり、クラスの半分近くが肥満度50%ということもあるくらいです。これにはいろいろの原因が関わっていると思いますが、その一つとして、塾通いや友人・学校関係のストレスの増加も関係があるように思います。食べることで欲求不満を解消させている面もあるようで、その治療はなかなか困難です。


<不安心配型ストレス病>

不安心配型ストレスが大きく関係する病気として、強烈な不安が続けば一晩でも十二指腸潰瘍ができて穿孔することがあると言われる消化性潰瘍が代表的ですが、不安から気管支喘息発作が起きることも、過換気症候群になることもあり、おもらしをしないかという不安から神経性頻尿になったり、大きな手術などの後では、幼児でも円形脱毛症になっていることもよく見られます。

6)消化性潰瘍
消化性潰瘍(胃・十二指腸潰瘍)は不安心配型ストレスが関与している代表的ストレス病です。開業した頃は、小児でもよくみられました。例えば、野球チームに入っている少年が、監督に厳しくしごかれて、十二指腸潰瘍になったとか、ピアノを習っている少女でレッスンが厳しく、親に叱られるのがストレスとなり、十二指腸潰瘍になった例を知っています。上腹部痛であって、空腹時痛や夜間痛が特徴で、黒色便、貧血を伴うこともあります。絶えず水を飲んでいる子が十二指腸潰瘍だったこともありました。しかし、最近はむしろイライラ腹立ち型のストレス病、特に「過敏性腸症候群」が圧倒的に多くなりました。

7)気管支喘息
気管支喘息は気管支筋収縮と気道のアレルギー炎症が主な病態ですが、ストレスにより発作が誘発されやすく、自己暗示で気管支喘息発作を起すことができる者もいます。ストレスは不安心配型が多く、発作が起きないか、死んでしまわないかという不安は、喘息の急性増悪を起こしたり、喘息が頻回に起きる誘因となることがしばしばあります。また、吸入ネブライザーを持っているだけで発作が起こらないという患者も多く診療してきました。

8)過換気症候群
過換気症候群は思春期以降の女性に多いようですが、小学6年の女児が、体育の時間に走っている途中でこの病気になり、時間外に当院へ来られたことがありました。

この病気は、息が苦しく酸素が足りない気がして不安になり、そのため、1)呼吸をし過ぎて、2)炭酸ガスが過剰に排出され、3)そのために血液が急激にアルカリ性になり、4)血液中のカルシュームが組織へ移行して、5)そのために血中のカルシューム濃度が低下し、6)その結果として、手足がしびれ、硬直し、テタニー様症状になり、7)交感神経の興奮により、カテコールアミンが分泌されて頻脈になる、などの症状を呈します。

私はこの少女のほか、成人女性で数例経験しましたが、1)病気のメカニズムを説明して不安を取り除くこと、2)絶対に死ぬことはないこと、3)呼吸の回数をゆっくりすればすぐに治まってくることを伝えること、4)不安をとるために抗不安薬の投薬や注射を行なうことで、比較的短時間に元の状態に戻りました。紙袋再呼吸法は理論的には正しいのですが、うまく説明して納得してもらわなければ、酸素欠乏感を助長する可能性があります。

9)神経性頻尿
神経性頻尿は幼児から小学校低学年児に多くみられ、尿検査に異常がないことで尿路感染症が否定され、夜間熟睡中には排尿がないことから、診断は容易です。お漏らしをしないかという不安が一番大きなストレスになっているようで、親の態度や学校での集団生活がそれを助長するようです。これは一過性で間もなく治まります。

10)円形脱毛症
不安心配型のストレスが原因と考えられる円形脱毛症は小児にも見られます。大手術のあとで円形脱毛ができている乳幼児を何人か見たことがあります。


<混合型または分類不能ストレス病>

いらいら腹立ち型ストレスと不安心配型ストレスの混合したタイプとか、それらに分類されないストレスが関与していると思われるストレス病もいくつかあります。神経性嘔吐はその代表で、両タイプのストレスで起きるほか、体質的なものもあるかもしれません。そのようなストレス病を列挙します。

11)神経性嘔吐
神経性嘔吐は心因性嘔吐とも言い、緊張や不安、抑うつなどのストレスが関与し、アセトン血性嘔吐症や自家中毒と呼ばれることもあります。

12)片頭痛
突然、拍動性の頭痛が前頭部または側頭部に起こります。時には嘔気嘔吐を伴うことがあります。小児でもかなりあり、体質の遺伝もあるようですが、ストレスがその誘因である場合もあります。

13)起立性調節障害
起立性調節障害は、心臓・血管、消化管、中枢神経を支配する自律神経の失調が原因となって生じる症状をまとめたような病気ですが、学校での友達関係、先生との関係、親子関係がうまくいかないことや、新しい環境に慣れないことなどのストレスが関与していることも多いようです。

14)夜尿症
夜尿症もまたストレスが関与している場合の多い病気だとされています。私の印象に残っている患者は、修学旅行の前に夜尿症があるので、何とかして欲しいと親が連れて来た中学3年の女生徒です。三環系抗うつ薬のトリプタノールを投与して、修学旅行は無事だったようでほっとしました。このような年になっても夜尿症が続くのかと驚いたことを覚えています。その彼女も今は同じ年頃の娘の母親となっています。

15)心因性歩行障害
幼稚園の男の子が歩けなくなったと言って母親が連れてきたので、歩かせてみると、へなへなとなり確かに歩けません。歩けないことのほかの症状は何もないのですが、重大な病気かも分からないと思って、大学病院の整形外科へ紹介したところ、器質的には異常なく、心因性歩行障害と診断され、間もなく治りました。3人兄弟の末っ子の甘えん坊でしたが、何らかのストレスから一種のヒステリーを起したのだろうと考えました。

私は医学部学生の頃からハンス・セリエのストレス学説に興味があり、田多井吉之介訳の「汎適応症候群」を読んでいました。当時は「psychosomatic medicine」「精神身体医学」と訳し、「psychosomatic disease」「精神身体疾患」と訳していましたが、いつの間にか「心身医学」「心身症」に変わっています。医師となってからも、心と病気というテーマに関心があり、病気の中にストレスの関係しているところはないかと注意する習性ができてしまったように思います。その結果得た結論が「多くの病気にはストレスが関与している」です。いつかこれをテーマにまとめたいと思っていますが、セリエがストレス学説を発表した1936年に私は生まれたのに何かの縁を感じています。

ストレス病の治療について、ストレスの原因となっているものの解明や除去が有効な場合もありますが、それができない場合も多く、むしろ対症療法の方が有効な場合も少なくありません。悪循環を断つように働きかけることで、自然治癒の機転によって良循環に向かうよう手助けすることの方が重要な場合もあります。そのためには、医師と患者との信頼関係のできていることが必須でしょう。

具体的には、受容的に話を聞くこと、病気のメカニズムを理解してもらうこと、困っている症状を軽くする対症療法を併用すること、不安を少なくするように努め、時には軽い抗不安作用のある抗ヒスタミン薬を使ってみるなどが有効なこともありました。しかし、手に負えずに無力感を味わったことも多々あります。

4.季節病

季節によって多発する病気や症状が悪化する病気を「季節病」といいます。93年に発行した「野村医院二十年史」の中で、84年の疾病統計の一つとして疾病の季節的変動を調べてみました。その結果、12疾患で春型、夏型、秋型、冬型といった傾向を認めました。それを再掲し、これに補足説明をつけておきます。

1.春型季節病
アレルギ―性鼻炎(ピークは4月)、急性気管支炎(5月)、急性扁桃炎(5月)、非定型肺炎(5月)、蟯虫症(5月)。春は花粉症の季節で、アレルギ―性鼻炎やアレルギ―性結膜炎が最も多い季節病ですが、カモガヤ花粉症では喘息性気管支炎を引き起こすこともあり、また、春から夏にかけて毛虫の毛による接触皮膚炎が毎年何例か見られます。蟯虫症が5月に集中するのは、この月に学校や保育園で一斉に虫卵検査をするためのアーティファクトです。開業当初までは、麻疹の流行期でもありましたが、予防接種の普及により、麻疹の発生は激減しました。

2.夏型季節病
急性咽頭炎(ピークは8月)、夏かぜといわれる、咽頭結膜熱、手足口病、ヘルプアンギ―ナが多発します。また、炎天下での厳しいスポーツ練習によって、運動部の中学生が熱射病でよく担ぎ込まれてきます。伝染性膿痂疹(とびひ)や食中毒も多発します。O157事件も7月でした。

3.秋型季節病
急性化膿性扁桃炎(ピークは10月)、喘息性気管支炎(10月)。朝晩が冷え込み始める頃から、気管支喘息や喘息性気管支炎が増えますが、真冬になれば減少します。ブタクサやセイタカアワダチ草の花粉症はそれほど多くありません。

4.冬型季節病
急性上気道炎(ピークは12月)、感染性胃腸炎(12月)、急性胃腸炎(12月)、インフルエンザ(1月)。冬はノロウイルス感染症、ロタウイルス感染症、インフルエンザの季節です。

5.疾病の変遷

32年間の間に小児疾患にも変動がありました。増加傾向にある疾患は、花粉症と肥満症で、はじめは成人の病気だったのが、年々低年齢化し、増加しています。反対に減少傾向にある疾患は、激減したのが、麻疹、風疹、百日咳で、これらは予防接種の功績です。予防接種をしても減らないのはインフルエンザで、この予防接種に問題があると思っています。急性虫垂炎、腸重積、熱性痙攣はなぜか減少傾向にあります。非定型肺炎が減ってきたのは良いマクロライド系薬が開発されたことや、この病気の知識が普及したことが関係するのではないかと思っています。アトピー性皮膚炎もなぜか減少傾向にあり、軽症化しているようです。

                                     このページの目次へ

第四章:図譜作成で学ぶ

同じ病気でも、その症状や経過に個人差が大きい場合が少なくありません。これまで出版された医学図譜には、それぞれの病気の典型的な写真が1〜2枚掲載されているだけのことが多く、診療には不十分なことがあります。教科書的な様相ばかりではないのが、実地臨床の実像だからです。

そこで、私の医院に来られた患者さんを写真に撮って、それを整理分類すれば、診療に役立つ図譜ができることを思いつき、ポラロイドカメラを購入しました。ポラロイドにしたのは、撮影して十数秒後に写真をお見せして、不都合なところが写っていないことを確認していただくことができるからです。それでも、あそこの医院に行くと写真を撮られるとの噂が広まり、来院を敬遠される患者さんが出てきました。

77年6月から約5年間に亘って撮影し、その数は約800枚、疾病の種類は約50種となりました。これらの写真を22冊のアルバムに整理し(図2)、診察机の前の書棚に置き、診察の際の説明によく利用してきました。これは同じ病気でも症状が千差万別であるとか、時間的に変わっていくとか、似た病気との微妙な違いなどを説明するのに役に立ちました(図3)。

この「開業医の小児科独習法」を書き終えたら、次はこの写真を整理して「開業医のための診療図譜」を作り、Webに掲載しようと思っています。

図2 22冊の疾病アルバム

図3 水痘のいろいろな発疹


                                     このページのトップへ

第五章:説明パンフレット作成で学ぶ

私は病気の説明にパンフレットをよく利用します。製薬会社が持ってきてくれるものには良いものが少なくありません。しかし、自分の求めるパンフレットが無い場合もあります。そのため自家製のパンフレットをお渡しする場合もよくあります。

今から30年ばかり前では、「溶連菌感染症」「異型肺炎」「過敏性腸症候群」などの病気は余り知られておらず、家庭医学の書物には載っていない病気でした。そこで、77年5月から、「医学豆知識」というパンフレットを作って、患者さんにお渡しして、病気の説明に活用しました。その大部分は医学常識の中で、私が重要だと考えることを、私のことばで書いたものでした。

しかし、「下痢と嘔吐の食事療法」については、有用な医学常識を見つけることができなかったので、自分の経験を元に、生理学の知識を活用して考え出したものです。80年1月にそのパンフレットを作りましたが、それから26年が過ぎた現在でも、通用する内容だと自分では思っています。人に教えることも、教えるためのテキストや説明文を作ることも、自分にとってよい勉強になります。

医学豆知識

 病気の話    1.溶連菌感染症        77.05.09.    2.風疹            77.05.16.    3.膀胱炎           77.05.25.    4.異型肺炎          77.05.30.    5.流行性耳下腺炎       77.06.06.    6.夏かぜ           77.06.20.    7.夏季熱           77.07.18.    8.アレルゲン         77.07.25.    9.喘息            77.09.05.   10.無害性心雑音        78.06.22.   11.百日咳           78.07.11.   12.伝染性紅斑         80.04.23.   13.過敏性大腸症候群      83.01.16.   14.蟯虫症           89.05.10.   15.カモガヤ花粉症       90.06.24.   16.予防できる心臓病      90.12.09.  検査の話    1.検尿(尿検査)       77.08.21.    2.血沈            77.10.16.    3.心電図           77.10.24.    4.尿検査データの読み方    91.05.15.  からだの話    1.内臓(消化器系)      77.05.02.    2.循環器           77.07.04.  食事の話    1.下痢の食事療法       80.01.16.    2.嘔吐の食事療法       80.01.30.  薬の話    1.薬の種類          77.04.24.    2.薬物アレルギ―       77.07.11.

そのパンフレットの中で、今でも通用するものを、「実用医学知識」として、野村医院のホームページに掲載しました。その内の、小児科関係分10タイトルをここに再掲します。再掲するに当り、もう一度内容を読み返してみましたが、訂正すべき箇所が非常にわずかであることに驚いています。

医学の進歩は確かに目覚しいけれど、普通の病気については格別の進展はなく、30年前の医学常識で充分間にあうようです。しかし、その前の10年と比較すると、その違いは歴然としています。私が医師となった1962年から開業をした1973年頃までは、日本が経済成長を遂げた期間であり、同時に医学の面でも格段の進歩発展のみられた期間だったようです。


ホームページ掲載「実用医学知識」からの抜粋

1.溶連菌感染症
(1)正式な名前
正しく言うと、A群β(ベーター)溶血性連鎖状球菌感染症ですが、略して溶連菌感染症と呼ばれます。子供に多い病気で、これは「溶連菌一次症」「溶連菌二次症」に分けられます。

(2)溶連菌一次症とは
普通、溶連菌感染症と呼んでいるのがこれで、溶連菌による扁頭炎とか猩紅熱がその代表です。そのほかにリンパ腺炎、中耳炎、とびひなどの一部も溶連菌の感染で起こることがあります。溶連菌による扁頭炎の特徴は、のどの痛みが強く、突然高い熱が出やすいことです。猩紅熱になると扁頭炎のほかに、皮膚にこまかい発疹が現れ、舌が莓のようになります。これを「いちご舌」といいます。

(3)溶連菌一次症の診断
のどの赤く腫れている部分を綿棒などで擦りとり、培養して溶連菌を証明する(咽頭培養)ほかに、血液検査でASLO(アスロ)ASKなどの検査結果から推定することもあります。ASLOはASO(アソ)とも略されます。例えば、感染初期に採血したASOの数値が、3〜4週間後に調べた数値より充分に高くなっていると、まず溶連菌感染症と考えられます。

(4)溶連菌感染症の治療
ペニシリン系かセフエム系の抗菌薬が100%有効で、服用して1〜2日で熱の下がってくることが多いのですが、完全に治すためには1週間から10日位服用を続ける必要があります。

(5)猩紅熱とのちがい
猩紅熱も溶連菌感染症の一つですが、この病気は明治時代に法定伝染病に指定されたまま取り消されていないので、医師がこの診断名をつけると、法律に従い患者は伝染病棟に隔離される他、周囲の消毒をするとか大変なことになってしまいます。

現在では、ペニシリン系をはじめ有効な抗菌薬がたくさんあるので、伝染性についてはそれほど心配する必要はありません。猩紅熱は溶連菌感染症の一つで法定伝染病ですが、溶連菌感染症自身は法定伝染病に指定されていません。そのため医師は猩紅熱を含めた病名として溶連菌感染症という診断名をつけることが多いようです。家族内にこの病気の患者が出たら、子供は予防的にペニシリン系などの抗菌薬を服用させるほか、よく「うがい」をさせておくことが望まれます。

(6)溶連菌二次症とは
溶連菌感染症が重要なわけは、溶連菌一次症に続いて3〜4週間後に急性腎炎やリューマチ熱を引き起こす可能性があるからです。この急性腎炎やリューマチ熱を溶連菌二次症と呼びます。これは一次症の治療が適切でなくて病巣感染が作られてしまい、これに対する一種のアレルギー反応として急性腎炎やリューマチ熱が引き起こされるのです。

もちろん、溶連菌感染症(一次症)にかかれば必ず二次症になるというわけではなく、体質とか色々の要素が関係するので、実際に二次症まで進むのはまれと言えます。しかし、一次症を完全に治しておけば二次症になることがほとんど無くなるので、一次症を予防し、たとえ感染しても一次症の段階で正しく診断し、適切な治療をすることが大切なのです。(77.5.9記)

注:「伝染予防法」は98年に改正されて「感染症予防法」に改名され、「猩紅熱」は法定伝染病でなくなりました。

2.風疹
(1)原因
風疹ビールスによる感染症

(2)症状
麻疹より小さな赤い発疹が急に出はじめ、12時間くらいで全身に拡がります。発疹の出る2〜3日前から頚や頭などのリンパ腺が腫れて、触ると軽い痛みがあります。発疹は2〜3日で消えるのが普通ですが、大人がこの病気にかかると重症になりやすく、色々な合併症を伴いやすいので注意が必要です。

(3)感染と発病の関係
風疹ビールスに感染してから発病するまでの期間は約2週間で、発疹の現われる4〜5日前から4〜5日後までが最も感染力が強く、他人に感染させる危険があります。感染しても2%〜30%の人は発疹などの症状がなく、これを不顕性感染といいます。しかし、この場合でも他人に感染させる可能性はあります。

(4)診断
風疹が流行している時には症状から診断ができますが、流行していない時は、血液を調べて血清の風疹抗体価で診断します。発疹が出ている時の抗体価よりも、その後2〜3週間後で調べた抗体価が4倍以上あれば、風疹であったと診断します。風疹と同じような発疹の出る病気は、赤ちゃんがなる突発性発疹やそのほかのビールス性感染症などがあり、薬のアレルギーの場合もあります。だから、流行期以外は血清診断が重要です。

(5)風疹が恐い理由
風疹は三日はしかといわれ、普通は症状は軽いのですが、ほとんどの人の白血球は減少しています。時には関節炎や紫斑病を併発することもあり、何日も高熱が続くこともあります。しかし、風疹が恐いのは、妊娠している女性がこれにかかると、非常に高い割合で奇形児が生まれる可能性があるからです。妊娠1ヵ月では約50%、3ヵ月でも20%の奇形児が生まれるといわれています。しかし、妊娠5ヵ月以上ではほとんど心配ありません。(77.5.16.記)


3.異型肺炎
非定型肺炎ともPAPとも言います。正しくは原発性異型肺炎。

(1)原因
マイコプラズマ(インフルエンザビールス位の大きさの微生物)によるものが30〜50%(マイコプラズマ肺炎)、その他クラミジアによるもの(クラミジア肺炎)、ビールスによるもの(ビールス肺炎)などがあります。

(2)症状
咳が激しく、38〜39度程度の発熱があり、風邪をこじらせた様な感じがします。聴診器でラッセル音の聞こえることが多く、胸のX線写真では肺炎様の陰影が見られますが、細菌性の急性肺炎のような重症感は少なく、白血球数や血沈も正常に近いことが多いのです。

(3)治療
抗菌薬の中では、テトラサイクリン系とマクロライド系が最も効果があります。しかし、いま一番よく使われているペニシリン系とかセフエム系の抗菌薬は無効です。抗菌薬は最低10日間位、できれば2〜3週間以上服用するのが望ましいとされています。

(4)経過
テトラサイクリン系かマクロライド系の抗菌薬を服用すると、症状は10日以内に改善され、胸部X線写真も3〜4週間以内に正常となります。しかし、時には重症化することもあり、家族内感染がかなり多いのが特徴です。親子、兄弟、夫婦が続けてこの病気にかかることもそれほど珍しくはありません。(77.5.30.記)


4.アレルゲン
アレルゲンとは喘息とかじんま疹のようなアレルギー性の病気を引き起こす可能性のある物質を言います。

(1)食品
  1) 青い魚(さば、さけ、ます、まぐろ、かつお、いわし、さんま)
  2) えび、かに、いか、貝類
  3) 豚肉、鶏卵、牛乳、乳製品
  4) 大豆、そば、ほうれん草、なすび、山いも、里いも、たけのこ
  5) チョコレート、ピーナツ、コカコーラ、アルコール

(2)薬品
  1) 抗菌薬(抗生物質、化学療法薬)
  2) 鎮静薬
  3) 解熱薬
  4) ヨード類
  5) 局所麻酔薬

(3)吸入性物質
  1) ハウスダスト(家の中のほこり、その大部分はダニ)
  2) 花粉(スギ、カモガヤ、ヨモギ、ブタクサなど)
  3) 穀物粉(小麦粉、そば粉)
  4) そばがら
  5) 動物の毛(ねこ、犬、羊、小鳥)絹
  6) 古い綿
  7) 煙(タバコ、蚊トリ、ストーブ、たきびなど)
  8) 臭い(ペンキ、香水、殺虫剤、ベンジンなど)

(4)昆虫
  ダニ、蜂、蚊など(77.7.25.記)


5.喘息の予防
(1)アレルゲンをさける
アレルゲンの中では室内のホコリ(ハウスダスト)が一番よくありません。電気掃除機でよくホコリを吸い取るように気をつけましょう。ホコリの出やすい毛布、カーペットをなるべく使わないようにします。ホコリの中のダニが悪いと言われていますので、部屋は日当たりと風通しをよくするような工夫が必要です。布団とくに掛け布団は日光に干してダニを殺すようにし、枕はそばがらや羽毛入りを止めてスポンジに変えます。

ネコ、イヌ、小鳥などのペットは飼わないようにします。子供では牛乳や卵、チョコレート、ピーナツなどがアレルゲンになることがあります。そのような子供には、これらの物を与えないようにします。

(2)気管を刺激するものをさける
特にタバコは、本人はもちろん他人が吸っている煙も有害です。その他殺虫剤、ベーブ、化粧品、砂ぼこり、新建材の臭いなどでも起こることがあります。

(3)かぜを引かぬように注意する
かぜに続いて喘息の出る人も多いので、皮膚をきたえ、ビタミンCの多い野菜や果物をじゅうぶんにとり、風邪にかからないように気をつけましょう。風邪気味だと感じたら早めに治しましょう。

(4)皮膚をきたえる
うす着、乾布摩擦、冷水摩擦、風呂に入る前に身体が赤くなるほど皮膚をタオルなどでこすり、風呂上がりに冷水をかぶる、などの方法を夏からはじめるのが効果的です。水泳や日光浴も効果があります。

(5)規則正しい生活をする
肉体的にも精神的にも過労をさけ、規則正しい生活をします。

(6)精神的に強くなる
不安、不満、ジレンマ、イライラ、などが引き金となって喘息の起きることがあります。そのほか子供の場合、親の過保護や放任、親の心理状態が不安定な時などに起きることもよくあります。そこで喘息の子供から親を引き離すと喘息が治まったり、軽くなることがあります。

(7)楽に呼吸ができるようにする
腹式呼吸を身につけると呼吸がしやすくなります。また、夜は食べすぎないように気をつけ、腹式呼吸がしやすいようにすることも大切です。

(8)水分をじゅうぶんとる
痰が切れやすいように、水分を充分とることも大切です。(77.9.5.記)


6.下痢の食事療法
(1)対症療法
病気の治療にとって、対症療法が原因療法に劣らず大切な場合が多くありますが、特に下痢の場合は、食事療法などの対症療法が重要です。

(2)下痢の対症療法
下痢の対症療法の中で、一番良い方法は、水分とか電解質や栄養分を点滴注射で補給し、その間は絶食を続けて、胃腸を休ませることです。しかし、それができない時には、食事療法が重要となります。

(3)胃結腸反射
人のからだは、胃の中にたくさんの物が入ったり、冷たい物が入ってくると、反射的に大腸の動きが高まり、大便をしたくなるような仕組になっています。これを「胃結腸反射」といいます。下痢の時には、腸の動きが非常に激しくなっていて、「胃結腸反射」も大変敏感になっています。そのため、少し食べても、すぐに腸が激しく動き、下痢になりやすいのです。

(4)下痢の食事療法の原則
そこで、下痢の食事療法の原則は、1)胃腸を刺激しないものを、2)できるだけ少量づつ、3)その代わり何回にも分けて与えることです。例えば、1回の量を10分の1に減らす代わりに、10回に分けて与えるのです。このように、少しづつ胃に入れてやると、ちょうど唾液(つば)が胃の中に入っても「胃結腸反射」が起こらないと同じで、反射的に腸の動きが高まることはありません。このようにして胃の中に入った唾液の量は、大人では1日2000mlにもなると言われているので、馬鹿にできない量なのです。

(5)適した食事
下痢に適した食事として、湯ざまし、番茶、ポカリスエット、うすいハチミツ、重湯、かたくり、リンゴジュース、野菜スープ、味噌汁などが良いでしょう。牛乳は下痢をしやすいので避ける方が安全です。粉末ミルクはこれまでの半分くらいにうすめて(1/2乳)与えます。これらの食事を、少しづつ、何回にも分けて与えることです。下痢が治っていくに従って、徐々に普通食に戻していきますが、決して急ぎ過ぎないことが大切で、こじらせると、なかなか治り難くなります。

(6)良くない食事
下痢に良くない食事は、1)冷たいもの、2)センイの多い野菜や果物、3)豆類、4)卵、5)脂肪の多いもの、6)刺激物(コーラ、サイダー、コーヒー、アルコール、特に冷えたビール)、7)一度にたくさん急いで食べること、などです。

(7)絶食
絶食は胃腸を休ませる意味で良いことですが、点滴注射で水分や電解質を補給する必要があります。点滴注射ができない時には、食事療法で水分や電解質を補給することになりますが、良くない食事の仕方で、2000mlの水分摂取ができたとしても、下痢で4000mlの体液を失えば、差し引き2000mlの脱水を引き起こすわけで、それよりは、絶食だけの方がましということになります。そういうわけで、下痢を強めない食事療法が大切です。下痢に適した食事を少しづつ、何回にも分けて与え、決して一気にたくさんの量を胃に入れないように!(80.1.16.記)


7.嘔吐の食事療法
(1)原因療法と対症療法
嘔吐は重大な病気の一症状であることがあり、その場合はもちろん原因療法が一番大切です。しかし、対症療法で悪循環を断ってしまうだけでも治る単純な嘔吐もあり、それは特にこどもに多く見られます。

(2)嘔吐の対症療法
嘔吐の原因が何であっても、嘔吐が続くと、からだの中にエネルギーの原料が入って来なくなります。そうすると、生きていくために必要なエネルギーを、自分のからだの成分を分解して得なければなりません。普通は、脂肪組織の一部が分解されて、エネルギー源となります。その際に、アセトンという一種の毒がからだの中に作られ、貯まってきます。このアセトンは脳の嘔吐中枢を刺激して嘔吐を起こさせます。そのため、一層食事が摂れなくなり、からだは脂肪を分解してエネルギーを得ようとします。そうすると、アセトンが作られ、これが嘔吐中枢を刺激してますます吐気が強くなるという悪循環ができあがってしまいます。

この悪循環を断つことが、嘔吐の対症療法として、特に重要になってきます。吐気止めの薬を注射したり、坐薬を入れたり、薬を飲んだりして、嘔吐中枢を抑えるのも対症療法の一つです。その他には、エネルギー源(ブドウ糖が一番効果的)を注射とか、口から与えることで、脂肪分解によるエネルギー獲得を不要にしてアセトンができないようにすることも大切な対症療法です。ブドウ糖の点滴注射や静脈注射は有効ですが、食事療法で解決できる場合もよくあります。

(3)嘔吐の食事療法
固形物を食べるのは止めて、水分だけとします。甘いジュースや砂糖水、ハチミツなどが良いでしょう。牛乳は吐きやすいので控えます。たとえ水分だけでも、一度にたくさん飲むと吐きやすいので、少しづつ与えます。甘いジュースでも吐く時は、「アメ玉」をしゃぶらせ、水分を少しづつ与える方法が良いでしょう。「アメ玉」の代わりに、「氷砂糖」「角砂糖」でも構いません。下痢をしていない場合は、氷のかけらも胃の粘膜を麻酔させる働きがあり、嘔吐を鎮めることがあります。シャーベットは良いのですが、アイスクリームは、クリームが入っているので好ましくありません。

人間が生きていく上で一番大切なのは酸素であり、その次は水分、その次はエネルギー源です。この三つがあれば、人間は何日間でも生きていくことができます。エネルギー源としてからだに摂り入れられるのはブドウ糖です。ご飯やおかゆなどは、消化分解されてブドウ糖になってから、からだに吸収されるので、ブドウ糖のような簡単なものを最初から摂取する方が効果が早く出ます。(80.1.30.記)


8.過敏性腸症候群
(1)イライラの腸
わが国では過敏性腸症候群と言う難しい病名で呼ばれていますが、外国では「イライラの腸」と簡単明瞭です。これは悪いものを食べたわけでなく、腸に癌や潰瘍がでいているのでもないのに、長期間下痢や便秘、腹痛などが続く病気です。このような症状が長く続いても体重が極端に減るとか、貧血になるとか、一般状態が悪くなることはほとんどありません。この病気になると腸が非常に敏感になり、腸の動きが高まっています。

(2)症状
症状として下痢だけが続くもの、下痢と便秘を繰り返すもの、粘液便だけが続くものなどがあります。便秘は痙攣性といわれるもので、コロコロした兎の糞のような便になります。腹痛は左の下腹部に一番起こりやすく、みぞおちにくることもあります。腹痛は食事をした後に起こりやすく、これは胃に物が入ってくると「胃結腸反射」が働いて大腸の動きが高まるためで、大便を出したり、オナラをすると痛みが軽くなります。

(3)原因
この病気は職場や学校家庭などでトラブルがあり、不満とか腹立ちイライラ状態にありながらこれを辛抱しなければならない時によく起こります。もちろん同じトラブルがあってもあまりイライラしない性格の人もいれば、イライラしても腸にこないで喘息になったり、心臓とか血圧にくる人もあります。これは体質の違いでしょう。最近この病気で悩む人が増えていて、代表的な現代病の一つになっています。

(4)治療
治療はストレスをうまく解消し、イライラをさけるように工夫をすることが一番大切ですが、それが難しい時には一時的に精神安定剤が必要なこともあります。また早食いをせず、お腹を冷やさないように注意し、消化の良い食べ物をとるようにします。腸の動きを抑える薬がよく利きます。(83.1.16.記)


9.蟯虫症
(1)蟯虫(ぎょうちゅう)とは
蟯虫は一番多い寄生虫で、幼稚園では40〜50%、小学校では4〜5%が感染しているといわれています。蟯虫の卵は口から入って感染し、胃や腸で成長して成虫となります。この成虫は子供が就寝して肛門部が暖まり、肛門の括約筋が緩むと肛門の外にはい出て産卵します。その数は1時間に6000個から10000個といわれています。このため肛門周囲のかゆみによる、不眠や集中力の低下、情緒の不安定、学業成績の低下などに関係することがあります。

(2)家族内感染
蟯虫が肛門部をはい回る時のかゆみのために指で肛門をかくと、卵が爪や指につきます。この手に付いた卵が食べ物などと一緒に口に入ると、また感染することになります。これを自家感染といいます。そのほか下着や寝具についた卵によって周囲の人達が感染する場合も多く見られます。そういうわけで、誰かが蟯虫に感染していると、家族の者も感染している可能性があります。だから、家族全員同時に治療することが望ましいのです。

(3)検査
便の中などに蟯虫(10mm位の白い糸のような形の虫)を発見すれば、診断は確実ですが、普通は肛門周囲に生みつけられた卵を調べます。これは朝起きた時に肛門周囲にセロテ−プを張ってからはがし、そのテ−プを顕微鏡で調べて虫卵の有無を確かめるのです。

(4)予防
生活上の注意は入浴時に肛門周囲をよく洗うこと、ふだんから爪を切り、手を清潔にして指を口に入れないこと、手づかみで食べる時には特に手を良く洗ってから物を食べること、パンツや敷布を日光に当て、よく洗濯することなどです。

(5)薬の飲み方
コンバントリンという薬を空腹時(夜寝る前)に飲むと、ほとんど1回で駆虫されます。しかし蟯虫の卵は布団や下着などにも散乱していて、それが手を介して口に入ってしまう可能性があります。そこで念のため1週間から10日間あけてもう一度この薬を服用することをおすすめしています。駆虫薬を飲んだ後、駆虫が成功したかどうかを調べる検査は、大便が出た翌日の朝、起きた時に肛門の周囲にセロテープを貼って調べます。(89.5.10記)


10.カモガヤ花粉症
(1)早春の花粉症
毎年2月3月のある日からくしゃみ、鼻水鼻づまり、目がかゆい、涙が出るなどの症状の患者さんが急にたくさん来られるようになります。これは今ではすっかり有名になったスギ花粉症の始まりで、4月から5月に入ると徐々に少なくなってきます。

(2)晩春からの花粉症
ところが6月に入っても症状がとれない方や、毎年5月頃からスギ花粉症のような症状に悩まされる方が何人かはいらっしゃいます。このような方を検査すると、カモガヤの花粉に過敏になっていることが多いものです。スギ花粉症がポピュラーになったので、この方たちの多くも、自分はスギ花粉症が頑固に長引いているのだと思いこまれています。

(3)カモガヤ
カモガヤはイネ科の植物で、道ばたや休耕地にはびこる雑草です。この草の写真をお見せすると「ああ、この草か」とすぐに分かっていただける、どこにでもある雑草なのです。これは明治の初期に我国に入ってきた牧草で、今では日本中で見られます。5月から8月に開花するので、この花粉にアレルギーのある方は、この時期になると花粉症で悩まれます。カモガヤがイネ科の植物であるのなら、稲はどうかと思われるでしょうが、幸いなことに稲による花粉症はほとんどありません。

(4)スギ花粉症とカモガヤ花粉症のちがい
カモガヤ花粉症はスギ花粉症と違って、ある日からいっせいに多くの人に症状が出るということはなく、時期もスギの2月から4月に対して、カモガヤは5月から8月と遅れて現れます。この症状はスギが中年女性に多いのに対して、こちらは子供に多いような印象を受けます。気候が良くなって戸外で遊ぶ機会が増えることも関係しているのでしょう。カモガヤ花粉症はスギ花粉症よりも数は少ないようですが、症状の強い場合が多いようで、喘息や皮膚炎を起こした人もあります。 毎年春から夏にかけて花粉症の症状が出る方は一度医師を受診されることをお勧めします。(90.6.24.記)

                                     このページの目次へ

第六章:講演することで学ぶ

人に教えたり講演をしたりするには、自分の知識を整理しなければならず、それによって理解を深めたり、誤りを正すことができたりして、非常に勉強になるものです。しかし、小児科関係では、校医をしている小学校のPTAの依頼で「学童に多い病気の症状と対応」について86年11月に行った講演しかありません。そのスライド原図が残っていますので、それを記録しておきます。


学童に多い病気の症状と対応

1.熱がある(発熱)
 1)発熱とは
   測り方、時間、年齢、程度
 2)原因
  多い病気、少ないが重大な病気、病気がはっきりしない場合
 3)対策
  A.応急処置....家庭での対応
  B.医師の診察が必要な場合
  C.基本的な注意

2.頭が痛い(頭痛)
 1)どのような痛みか?
   場所、時間、起り方、持続性、性質
 2)他の症状があるか?
   発熱、嘔吐、意識障害、けいれん、ふるえ、咳、のどの痛み、腹痛、下痢など

3.のどの痛み
 1)のどの解剖
   口腔、舌、歯肉、扁桃腺、咽頭、アデノイド、喉頭、気管、リンパ節
 2)扁桃腺
   扁桃肥大、扁桃炎、溶連菌感染症
 3)のどの病気の原因
   扁桃炎、咽頭炎、喉頭炎、気管炎、口内炎、歯肉炎、リンパ節炎
 4)のどの病気の予防と対策
   うがい、マスク、食事

4.せき(咳嗽)とたん(喀痰)
 1)乾いた咳(空咳)
 2)湿った咳(痰のある咳)
 3)ゼイゼイ、ヒューヒューという咳
 4)白い痰、ねばい痰
 5)黄色い痰、きたない痰、臭い痰
 6)特徴のある咳
   喘息性気管支炎、喉頭炎、百日咳、異型肺炎(マイコプラズマ肺炎)
 7)家庭での処置

5.はなと鼻づまり
 1)水ばな、くしゃみ、鼻づまり
   感冒(かぜ)、鼻炎、アレルギ―性鼻炎
 2)黄色いはな、鼻づまり
   鼻炎、副鼻腔炎
 3)鼻血、咳、気管支炎との関係

6.お腹が痛む(腹痛)
 1)どのような痛みか?
   場所、起こり方、持続性、性質、時間的関係(特に食事との関係)
 2)思い当たる原因はないか?
   食べた物、食べ方、お腹を冷やした
 3)他に症状はないか?
   発熱、嘔吐、下痢、便秘、血便、腹が張る
 4)場所別の多い病気
   みぞおち、へその周り、左下腹、右下腹、お腹全体
 5)特殊な腹痛
  A.精神的原因が関係している病気
   反復性臍疝痛、過敏性腸症候群、十二指腸潰瘍
  B.少ないが重大な病気
   急性虫垂炎、腸紫斑病、腸重積
 6)家庭での応急処置
   お腹を暖める、薬を飲む、大便をする
   浣腸をする(ただし、右下腹部が痛む時は不可)
 7)医師の診察を受ける必要がある腹痛
   高熱、嘔吐、激しい下痢、血便、家庭の応急処置で治らぬ

7.吐く(嘔吐)、吐きけ(悪心)
 1)嘔吐は重大な病気の症状かもしれない
   急性虫垂炎、食中毒、腸閉塞、髄膜炎、脳腫瘍、硬膜下血腫、急性肝炎
 2)嘔吐の原因で多いもの
   急性胃炎、急性胃腸炎、感染性胃腸炎、自家中毒、急性扁桃炎、扁桃肥大
 3)吐く(嘔吐)、吐きけ(悪心)の原因
   嘔吐の原因とほぼ同じ
 4)悪心、嘔吐の処置
   食事療法
 5)医師の診察が必要な場合

8.下痢
 1)下痢の原因
   細菌感染、ウイルス感染、暴飲暴食、アレルギ―性、神経性
 2)他に症状はないか?
   発熱、嘔吐、腹痛、血便、下痢と便秘のくり返し、かぜの症状
 3)家庭での処置
   腹を温める、薬、食事療法
 4)医師の診察が必要な場合
   高熱、激しい腹痛、激しい下痢、嘔吐、血便、脱水状態

9.しんどい、ふらつく、疲れやすい
 1)原因
   貧血、結核、慢性腎炎、リウマチ熱の軽症、病巣感染、悪性腫瘍の初期、起立性調節障害
 2)起立性調節障害
  大症状
   A.たちくらみ、めまい、B.立っていると気分が悪い、C.入浴やいやなことで悪心
   D.どうき、息切れしやすい。E.朝が起き難い
  小症状
   a.顔色、b.食欲、c.腹痛、d.疲れやすい、e.頭痛、f.乗り物酔い

10.発疹
 1)発疹のかたち
   麻疹様、猩紅熱様、水痘様、蕁麻疹様、多形滲出性紅斑様、紫斑、輪状
 2)他の症状はないか?
   発熱、かゆみ、リンパ腺腫大、口内炎

                                     このページの目次へ

第七章:学校医、園医として学ぶ

1.園児・学童の検診

全体の視診(肥満、るいそう)、顔の視診(貧血、黄疸)、口腔内の視診(扁桃肥大)、前胸部の視診(みずいぼ、水痘、とびひ、アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患、濾斗胸や鳩胸などの胸郭変形、手術痕)、前胸部の聴診(呼吸音)、心尖部心基部の聴診(心雑音)、背部の視診、聴診は前胸部と同じで、それ以外に脊柱変形(側彎症)の有無を見る。

2.学校伝染病の類型と出席停止期間の基準

第2種:
インフルエンザ(解熱後2日を過ぎるまで)
百日咳(特有の咳が消失するまで)
麻疹(解熱後3日を過ぎるまで)
ムンプス(耳下腺の腫張が消失するまで)
風疹(発疹が消失するまで)
水痘(全ての発疹が痂皮化するまで)
咽頭結膜熱(主要症状が消退した後2日を経過するまで)
ただし、いずれも医師が伝染のおそれがないと認めたときはこの限りではない。

第3種:
腸管出血性大腸菌、および眼感染症
出席停止期間は、医師が伝染のおそれがないと認めるまで
その他の伝染病
必要があれば学校長が学校医と相談して第3種の伝染病として出席停止などの措置をとることができうるもの
A.条件によっては出席停止の措置が必要となるもの
溶連菌感染症
(適切な抗菌薬治療開始24時間を過ぎて全身状態のよい者は、医師の判断によって登校が可能、ただし治療の終了時期については、医師による判断が必要)
ウイルス性肝炎
(A型肝炎は、肝機能が正常になった者については登校が可能。B型・C型肝炎についてはその大部分はキャリアであり、これらについて感染予防の目的で患者を出席停止とする必要はない)
手足口病とヘルパンギーナ
(症状の変化には注意を要するが、全身状態が安定した者については登校が可能。回復後も3〜4週間は糞便中にウイルスが排泄されることがあるが、感染力はそれほど強いものではなく、またこれらの理由で子どもたちを長期にわたって欠席とすることは実際的ではない。厳密な流行阻止を目的ということよりも、患者本人の状態によって判断する)
伝染性紅斑
(発疹が出現したときには既にウイルスの排泄はなく、感染力もほぼ消失している。したがって、発疹のみで全身状態のよいような者については登校が可能)
マイコプラズマ感染症
(急性期症状が改善した後に全身状態のよい者については登校可能)
流行性嘔吐下痢症
(主な症状から回復した後、全身状態のよい者についてはその感染力は弱く、登校可能)

B.通常出席停止の必要はないと考えられる伝染病
しらみ
(感染者、感染の疑いのある者の治療は必要であるが、他疾患を媒介したり他疾患に発展することはないので、通常は出席停止などの必要はない)
伝染性軟属腫
(多数の発疹のある者については、プールでビート板や浮き輪を共用しない、タオルなども個人用のものとするなどの配慮は必要となるが、通常は出席停止などの必要はない)
伝染性膿痂疹
(膿痂疹の治療は必要であり、直接の接触を避けるように指導を必要とするが、通常は出席停止などの必要はない)

                                     このページの目次へ

第八章:CD−ROMで学ぶ

小児科勉強のテキストとした図書の中で「今日の診療 CD−ROM」のことを書きました。これは、1991年11月に医学書院から発売され、それ以後毎年更新があり、現在の第15版(2005年版)まで継続購入して診療に利用してきました。

この1枚のCD−ROMに、1)今日の治療指針 本年度版、2)今日の治療指針 前年度版、3)今日の診断指針 最新版、4)今日の整形外科治療指針 最新版、5)今日の小児治療指針 最新版、6)今日の救急治療指針 最新版、7)臨床検査データブック 最新版、8)治療薬マニュアル 本年度版という医学書院発刊の8冊の医学書籍が収納されています。

まず第1の使い方は、この中の「今日の小児治療指針」の全部と「今日の治療指針 本年度版」の小児疾患の章、「今日の治療指針 前年度版」の小児疾患の章、「今日の救急治療指針 最新版」の小児の救急の章などを通常の医学書的に利用します。

しかし、最も有効な使い方は、これら3書籍はもちろん、残りの5書籍も合わせて、CD−ROMに含まれている全書籍をデータベースとして取り扱い、これに対して3個以内のキーで検索することによって、より広く、適切な情報が得られます。これは、次に述べるWeb検索に準じた方法です。

                                     このページの目次へ

第九章:Web検索で学ぶ

2001年に「Google」が登場してより、Web検索は革命的に機能が向上し、今なお向上発展が続いています。そのため、通常の医学書やCD−ROM版の医学書には掲載されていない医療情報を、Web から得る場合も少なくはありません。私の場合、これによって小児科を学んだ部分が、最近は増加しています。

ただし、いくら検索機能が向上してきたからとは言え、「玉石混交」の大量情報から、「玉」の情報を取り出すスキルはやはり必要で、そうでなければ、情報の荒海に翻弄されてしまうかも分かりません。そう言うわけで、これからの医師は、1)Web検索能力と、2)検索で得た情報を処理する能力と、3)情報を評価する能力が重要になると思われます。

Web検索だけでなく、今は個人のパソコン内の情報を検索する「デスクトップ検索」も無料で提供され、瞬時に効率よく検索を行なうことができるようになっています。これらの技術を使いこなせることも、これからは必要になってくるでしょう。

                                     このページの目次へ

第十章:小児の薬

この「開業医の小児科独習法」の最後として、小児の薬についてまとめました。ただし、小学校高学年以上の小児は成人の薬を使うことが多いので、ここでまとめた小児の薬は、1歳から8歳くらいの小児に使う薬となります。医院全体で使用している薬の種類は、内服薬と外用薬を合わせて約360種類ですが、繁用している小児の薬は36種類で、全体の10%でした。

驚いたことに、その内の22種類は開業当初から使っていたもので、全体の6割を占めています。それは抗菌薬5種についても同じで、最初から使ってきたサワシリン細粒、ケフレックスシロップ用細粒、ミノマイシン顆粒の3種に対して、途中から使い始めたのは、改良型のマクロライド系のクラリスドライシロップとセフエム系第3世代のセフゾン細粒の2種で、いずれも発売とほぼ同時に使っています。

開業したころ、ケフレックスを大量に使う医療機関は少なく、枚方市と交野市の病院を含む医療機関の中で、当院は2番目にたくさん使っているとメーカーに言われたことがあります。ケフレックスは、大学にいた頃から使っていて、殺菌力に優れ副作用の少ない薬なので、開業してからも積極的に使ってきました。ふり返ってみて、私は何か新しいものを取り入れる時は、ほとんどの場合、世の中で一番早いグループにいたと思います。ところが、一旦良いと思えば、よほどのことがない限り、それを使い続けるのも私の性分のようで、苦笑してしまいます。

小児の薬用量

成人量に対する小児の薬用量の換算式(Von Harnach の換算式)をより使いやすいように簡略化して、野村医院方式として使ってきました。

小児の薬用量(野村医院方式)

 年齢    1歳    3歳    6歳    12歳   成人 
 薬用量    1/4    1/3    1/2    2/3    1 
      3     4     6     8    12 
 体重    10kg    15kg    20kg    30kg    50kg 

注:こどもは成人より体重当たりの薬用量が多くなる


                                     このページの目次へ

あとがき

32年間の開業医生活をふり返ってみて、私にとって何が一番良かったかと考えてみると、不思議なことに、診療科目としては標榜をしなかった、小児科の診療ができたことでした。それによって、小児科の醍醐味を味わうことができたのです。私が小児の診療で味わった醍醐味とは、具体的には、どのようなことだったのかをお話します。

その第1は、「大人にはない小児の特徴」を知ったことです。私が診察をしようとすると、乳幼児はほとんどのこどもが、最初からじっと私の目を見つめ続けます。そして、得心が行ったと思われるまで、それを止めません。それには、こちらが恥ずかしくなるほどですが、その時に目をそらさず、微笑み返します。すると、ほとんどのこどもは、同じように微笑んでくれるのです。そして診察が楽しくなります。

私は50年近く黒ぶちロイドメガネを着けてきました。ときどき、「そんな眼鏡を着けていると、こどもの患者さんに恐がられるでしょう?」と尋ねられます。ところがどっこい、そうではないのです。こどもは、このメガネを珍しいものとして、好奇の目で見ているのかも分かりません。

また、こどもの観察力は鋭くて、診察室の周りだけでなく、遠いところに置いてあるものでも、少し変わっただけで、きょろきょろもしていないのに、違いを目ざとく発見するのには驚きます。ことばも満足に話せない幼児に、このようなすばらしい能力があることを知って、嬉しくなります。

もう一つの特徴は、「こどもは、ある日突然変わることが多い」ということです。これまでいつも泣きわめき、聞き分けなく暴れまわっていたこどもが、ある日突然お利口になるのを何度も経験しました。だから、泣き暴れる子にも腹が立たず、いつこの子はお利口になるのかという興味で一杯です。聞き分けのない子に気を使う母親に対しては、「この子も、ある日突然良い子になるよ」と話します。

そして、お利口になった時には、すぐに心からほめ、ご褒美として手近にあるこども用の簡単な品物をあげることもあります。それによって、少なくともこどもは恐がらなくなり、こちらを好きになってくれることも、よくあります。こうして良い感情が二人の間にできあがると、それからの診療は、楽しくなります。

醍醐味の第2は、「素因と環境のどちらが人間の個性に大きく関係しているか」を示唆する実例を、経験できたことです。私は昔から、人の才能や性格、体質などに影響するのは、素質と環境のどちらが大きいのかということに関心がありました。アメリカとロシアは、環境を重視するのに対して、ドイツは素因を重視してきたように思っています。開業をして、2卵性双生児の兄弟を4〜5組と3卵性三つ子1組の成長を見てきた結論は、こどもの持って生まれた素質は、環境や育てかたでは変わりにくいということです。

2卵性双生児で男の子同士、女の子同士という同じ性のこどもの成長を何組か見てきましたが、性格や体質、顔かたち、罹る病気の種類や頻度まで違うことが多かったのでした。興味深かったのは、乳幼児のころ双子の一方が絶えず病気で来院していたのに、少年期になるとそれが入れ替わり、よく病気をしていたこどもが、病気を滅多にしなくなったというケースで、それを母親と一緒に面白がったことを覚えています。

その極めつきが、「泣く子、笑う子、怒りんぼ」の3卵性の三つ子の女の子の姉妹で、1歳から5歳まで診察をしてきましたが、いつも泣く子は泣き、笑う子は笑い、怒る子は怒るので、それが可笑しくて、いつまで続くのか興味津々でした。この姉妹が罹る病気に違いはあまりなかったのですが、性格は、いつまでも違っていました。

個性と言えば、良い子なのに、突然地団太を踏んで泣き怒るのを見ることがあります。自分でしたいことを、親が代ってしてしまった時などで、例えば、診察室のドアを一人で開けて出て行こうとしたのに、親が手を貸したりした時などに、よく起こります。これは、自我ができ始める時期なのかもわかりませんが、面白く思いました。このような自立したい子も、その反対に甘えて依存したい子もいて、小さい時から個性はいろいろあるようです。

醍醐味の第3は「人の成長過程を見ることができる」ことです。幼児が成長して行く過程を続けてずっと見ることができるのも、開業をして知ったよろこびです。少し見ない間に、見違えるほど成長していて驚くことがよくあります。幼かった子が、少年らしく少女らしくなった時、小学校の高学年から中学生の頃の一時期だけに見られる、輝くような美しさ、大学生になって大人びてきた頃、社会人に変身した姿、そして、母親父親として来院されるようになり、その子どもが父親や母親によく似ていて、昔のことが話題になったりなど。これらは開業医でなければ、味わうことができない喜びです。

醍醐味の最後は、幼い時から診療して来た子が親になり、その親の親とを合わせて、「3世代を通して診療できること」で、まさにホームドクター、ファミリードクターです。これも開業をして小児科も診療してきたから味わえる喜びです。これらの小児科の醍醐味は、開業するまでは想像もしていなかったことでした。

このような醍醐味を味わわせてもらった小児科を、私は「 learning by doing 」で身につけました。その学習法をまとめたのがこの「開業医の小児科独習法」です。その結果、小児科を標榜せず、1歳以下の乳幼児は診療しないという条件下で、小児の診療を大過なく行なうことができました。これは、私にとって自分の生きた記録の一部ですが、小児科医以外の開業医にとって、お役に立つところがあれば、望外の幸せです。

                                     このページの目次へ

開業医の小児科独習法 合体版

この開業医の小児科独習法 合体版は、医療法人野村医院の診療を2006年9月から息子夫婦に引き継いだ機会に、32年間の診療を振り返った総括です。非常にあわただしい状況の中でまとめたため、書き上げる度に記事をアップロードする作業の繰り返しでした。

今読み返してみると、「開業医の小児科独習法」について、目次、はじめに〜第二章、第三章、第四〜九章、第十章とあとがき、総索引、病名索引の合計7件の記事がバラバラに掲載されています。

本来なら予め構想を考えた上で記事を書くという手順を飛ばし、思いつくままに書き上げ、そのままアップロードするという作業をしていました。現在コロナ禍の影響でパソコンに向かう時間が多くなり、手抜き作業がバレてしまいました。

この「開業医の小児科独習法」の内容は別としても、細切れの配列は分かりにくく、一つにまとめた合体版に変更しましたので、ご寛容の程よろしくお願い申し上げます。

                                     このページの目次へ



ホーム > サイトマップ > 医療 > 医療関係論文 > 開業医の小児科独習法    このページのトップへ