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エーゲ海クルーズ

ミコノス島


2001.09.01. 掲載
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エーゲ海クルーズのはじまり

いよいよエーゲ海クルーズが始まる。その前に、巡航する航路のあらましを書いておくことにする。なにしろ旅行をするまでは、私たちもミコノス、サントリーニ、クレタ島くらいしか島の名前を知らなかったのだから、一般の方も地図の上でどんなところをクルーズして回るのかなどご存知あるまい。

このクルーズはロイヤル・オリンピック社のエーゲ海クルーズ4泊5日の船旅で、ピレウス港→ミコノス島→クサダシ(トルコ)→パトモス島→ロードス島→クレタ島→サントリーニ島を巡り、ピレウス港に戻る。


4泊5日エーゲ海クルーズの航路(パンフより取り込み)

ピレウス港から乗船

早朝アテネのホテルを出てバスでピレウス港に着く。ここはギリシャ一番の港で、昨夜ロブスターを食べたのはピレウスの東側にあるヨット・ハーバーだった。大型客船はこちら西側の埠頭に集まっている。ここからオリンピック・カウンテス号に乗船し、それぞれが指定されたキャビンに入る。明石夫妻の部屋の番号はD59、私たちはその隣の部屋だが、番号はD65になっている。

午前11時頃に出航しして間もなく避難訓練があったことを前に書いたが、そのあと一路ミコノス島へ向けて92海里(78km)を航海した。

下船乗船の必需品

クルーズで最初に寄港するミコノス島に上陸するにあたり、日本人のツアー客はヘラ・デッキの「ディスコ」に集められ、ここで乗船下船に必要な乗船パス下船タグをもらい、その説明を受けた。乗船パスというのは、パスポートを船に預け、その代わりとしてもらった切符のことだ。

乗船パスにはバーコードが印刷されていて、乗船下船に際して、この切符をバーコード・リーダーで読み取らせ、本人の確認が行われる。また、下船タグというのは1x2cmくらいの札で、下船タグ番号が書かれている。この番号はキャビン・ナンバーとは違うもので、私たちは489と490だった。これを持って下船し、船に戻ればこれを指定のボードに掛けることになっている。これによって乗船していない乗客は誰かが分かる。この二つは乗船下船の必需品で、紛失すれば厄介なことになるに違いない。

エーゲ海に浮かぶ白い宝石

エーゲ海の真中に輪を描くように並んでいる島々をキクラデス諸島と呼ぶが、ミコノス島はその北部にある。おそらくは、エーゲ海の島の中でもっともポピュラーな島だろう。ミコノス島に近づくと丘を埋め尽くす白い家が目に入る。空と海の青さの間に在って、この白は美しく輝いて見える。これぞエーゲ海、今まで見たことのない世界だ。エーゲ海クルーズの最初の寄港地にふさわしい。


37)ミコノス島、雪ではなく密集する家 by KENZO

ミコノス島上陸

この島の港は小さくて1隻しか着岸できず、残りの船の乗客はテンダー・ボートというはしけに乗って島に渡ることになる。私たちの船も予定ではテンダー・ボートで渡ることになっていたが、このオリンピック・カウンテス号の船長は途中からスピードを上げ、同時に出航したほかの2隻を引き離し、接岸してしまった。現地ガイドがここの船長はエライと誉めるのを聞いて真相が分かったのだ。

この船はその後も一番乗りを続け、テンダーボートでしか渡れないサントリーニ島を除いては、すべて接岸した。ただ、そのためにロードス島の着岸では徒歩10分で市街に行ける予定の港を他の船に譲り、歩いたら30分以上もかかる遠く離れた港に接岸したのは、公平さから言って致し方あるまいと、これも現地ガイドの解説があった。

デジカメがない!!

ミコノス島に上陸し、そこからバスに乗ってミコノスタウンで降りて歩きはじめたところで、デジカメを手にしていないことに気がついた。乗ってきたバスはもう帰ってしまっている。添乗員にそのことを告げると彼女はその場に残って探してみると言ってくれた。申し訳なく思いながらも、昨日まで撮影した画像が惜しく、彼女の厚情に甘えた。結局彼女は私たちツアーの一行がミコノスの観光を終るまで行動をともにすることなくデジカメ探しをしてくれていた。それを知って本当に済まなく、自分のドジさ加減がほとほと嫌になった。これまでのDr賢三のドジなどは、これと比べらたら可愛いものだ。(ドジ#3)

真っ白な壁の建物に青い窓

デジカメがないので記録はビデオ撮影しかない。これからキャプチャーで静止画像を作れば、このドジも何とか挽回できるだろうとその時は考えたが、実際に試してみるとやはりデジカメには画質と色調で負ける。そこでDr賢三撮影の画像を全面的に使わせてもらった。なさけなや、しかしありがたやのDr賢三さまさまである。もっともペリカンの写真だけはビデオの方がシャッター・チャンスに恵まれていたので、ビデオからの画像にした。


38)白い建物が丘の上にまで連なる by KENZO


39)海岸線ギリギリに家が建っている by KENZO

カト・ミリの風車

ミコノスの名物の一つが5連の風車で、海岸線に近い小高い丘にある。風車がこれだけあるくらいだから、風は相当に強い。これを眺めながら以前スペインのアンダルシア地方で見た風車を思い出した。


40)遠くには5連のカト・ミリの風車 by KENZO


41)そばに近寄って見上げた風車 by KENZO


スケッチ2)ミコノス島のカト・ミリの風車 by 明石 瞳


新婚の島田敏行さんが描いたミコナスの夕日

たくさんの小さな白い教会

ミコノス島は人口4000人という小さな町だが、ここに300以上の教会があるという。狭い路地を歩いていると、あちこちにこのような真っ白の小さな教会が目の前に現れて驚く。これはミコノスならではの光景だろう。ギリシャ人の95%以上がギリシャ正教(ORTHODOX)の信者というが、ギリシャ神話の多神教の国の子孫がギリシャ正教という一神教のキリスト教を信仰するというところに可笑しさを感じてしまう。


42)青い屋根のセント・ニコラス教会 by KENZO


43)独特な姿のパラポルティア教会 by KENZO


44)屋根に鐘楼がある大聖堂 by KENZO

迷路と猥雑の街ミコノス・タウン

ミコノス・タウンの道は路地と呼ぶにふさわしく、大人が何とかすれ違うことができるくらい狭い。まわりの家の壁はすべて真っ白で、そこに青や赤の窓枠が入り、色鮮やかな商品が陳列されているので、そのコントラストが素晴らしい効果を出している。ここの道は狭いだけでなく、迷路のように入り組んでいて、現地ガイドからはぐれたら迷子になること必定だ。実際海賊の襲撃から守るために、このような迷路状の町が作られたと聞く。

ここに一人デジカメ撮影に夢中で、しばし隊列を離れる男がいた。Dr賢三である。彼はこのエキゾチックな迷路の街をお気に召したようで、現地ガイドとその一行が見えなくなろうが気にしない。ここにもう一人極度に心配しいの女がいて、彼が迷子にならないかとハラハラしている。それが彼の奥様ではなくて私の妻だから話はややこしい。

お陰で妻が一行の最後尾、それから10数メートル離れて私、そしてその後10数メートル後ろにカメラマンという構図になることを何度も余儀なくされた。もちろん、ご当人はそんなことがあったなどとは夢にもご存じないのだから気楽なもんだ。私は、迷子になっても船になんとか戻って来れるから放っておいたらよいと思うのだが、半ばパニック状態に近い妻に逆らうのは無駄であることを33年の付き合いから熟知しているので、中継ぎ役を引き受けざるを得なかった。しかし、そのお陰でこのような素晴らしい写真を使わせてもらえたのだから文句は言えないのだが、これも気づかぬドジと言って良いだろう。(ドジ#4)

遠くから眺めるミコノス、街の外から見るミコノスは魅力的だった。しかし、この狭くて猥雑な道を歩いているうちに私には合わないという気持ちがどんどん高まってきた。それはデジカメをなくしてしまって縁起が悪い場所というのも関係しているだろうが、やはりこんなにゴチャゴチャしているのが性に合わない上、何もかも真っ白に塗りたくっているのが不自然に思えたからでもあろう。


45)有名なペリカンだが胡散臭い(DVビデオから)


46)白い背景に原色が映えて美しい by KENZO


47)波しぶきが飛び散った眼鏡と私 by KENZO

デジカメは見つからなかった

船の乗船口に添乗員が待ってくれていた。バスを調べたが見当たらなかったと聞いても、もう諦めていたのでやはりと思い、そのような面倒をお掛けしてしてしまったことが非常に申し訳なく、気持ち一杯お詫びをした。彼女は船の事務所にも紛失を届けてくれたそうだが、落し物の届けはなかったそうだ。

船のヴィーナス・デッキの売店のショー・ウインドウに日本製カメラが陳列されていたのを思い出し、デジカメがあれば買おうと出かけてみたら、デジカメではなくて普通のカメラだったのでがっかり。しかし、諦めが早いのは私の身上、ダイニング・ルームでの夕食の時にはすっかりそのことを忘れたように上機嫌なので驚いたと妻は言った。

少年二人がキャビンを訪問

夜の11時過ぎだった。妻はシャワーを浴びて既にベッドに入っていた。私もシャワーを浴びようと下着になっているところへドアをノックする音がする。慌ててズボンを着け、ドアを開けると、そこには外国の少年二人がニコニコしながら母親と思われる女性と船の乗組員と一緒に立っていた。乗組員がカメラを無くしたか?と尋ねるので、そうだと答えると、二人の少年は失ったと思っていたデジカメを差し出したのである。

もう、びっくり仰天、Thank you, thank you と言って受け取るのが精一杯。恐らく全身で嬉しさを表現しただろうとは思うが、それ以上のことはできなかった。少年たちも母親らしき人もニコニコして感じが良い。このデジカメの中には、ミコノスの写真こそないが、大切なパルテノンのたくさんの写真が残っている。何と私はラッキーなのだ、ついている、エーゲ海クルーズの幸先は良いぞと上機嫌で眠りについた。ミコノスはやっぱり私にとっても素晴らしかったのである。

21時30分にミコノス島を出航したオリンピック・カウンテス号はトルコのクサダシ港へ向けて98海里(83km)の海原を航海中である。

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