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ある患者への手紙

2010.03.21. 掲載
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○○ ○○○様
                                 昭和54年12月2日  野村 望

拝啓 師走に入り何かとあわただしくなって参りました。先日のお電話で、胸痛が軽くなられた由、何よりと存じます。

さて、ご依頼の薬を郵送させていただきます。

インデラルは胸痛が少なくなれば、朝夕食後に各1T、1日合計2Tに減量していただいても結構です。

二トロールは胸痛発作時に使用していただくためのもので、1回1Tを舌下に入れてください。発作が頻回に起こるようであれば、1日6Tくらいまで使用していただいても構いません。これを使っても胸痛がまったく治らない時には、心筋梗塞の可能性もあり、入院も考慮しなければなりませんが、恐らくそのようなことは起こらないだろうと思います。

この間、ご来院いただいた時に、ご持参の薬の内、青いシートに入ったアピラコール30mgという降圧剤と(A)260の番号の入ったインテンザインという冠拡張剤は、インデラルと併用しないでください。

小さなカプセルのノイキノンという薬は、心筋代謝改善剤で、併用していただいても結構です。同じくエイザイの大きなカプセルのユベラニコチネートは、ビタミンE製剤ですが、血液循環の改善とか動脈硬化の予防と治療に使われるもので、併用していただいて良い薬です。

107の番号の付いた白い錠剤は、セレナールという一番作用の弱いタイプの精神安定剤なので、セルシンを服用している時には、こちらは止めてください。セレナールとセルシンのいずれを服用されても構いません。

先日もお話致しましたが、貴方の病気に一番いけないことは、ストレスです。激しい不安、心配、興奮、怒り等が悪いのです。肉体的にも、急激な激しい運動(何かの理由で疾走しなければならない等)は良くありません。

逆に、望ましいことは、精神面での安定と軽い運動です。軽い運動と仕事は狭心症の治療に最も望ましいものです。自分の体力に応じて、軽い運動とか仕事をすることにより、細くなった心臓の血管(冠動脈)が拡がったり、別の新しい血管ができたりします。

これに対して、臥して食べてばかりいると、心臓へ行く血管(冠動脈)が拡がったり、新しい血管のできることがなく、逆に、肥満と動脈硬化が進行 し、 冠動脈は一層細くなり、狭心症が起りやすくなると言う風に、マイナスの効果があります。

運動とか仕事が良いと言っても、決して無理をなさらないように、ご自分の身体のコンディションに合せて運動とか仕事をしてください。

運動とか仕事に自分の身体を合せるのではありません。自分で決めた目標に従って運動をしたり、仕事をするのではなく、自分の身体に合わせて、苦しくなる一歩手前のところで抑えることです。

取り急ぎ、郵送のご案内とお知らせまで。敬具


説明

60年間の手紙の整理保存を行った際に、私が患者に送った手紙のコピーが見つかった。カーボン紙を下に敷いて複写したもので、私は開業以来紹介状をこの方法でコピーしてきた。

患者は、他県に住む、医療関係の仕事に従事している中年の女性で、胸痛があり、近医で診療してもらっているが収まらないとの訴えで来院された。

診察と胸部X線や心電図検査を行い、「狭心症」と診断した。持参された服用中の薬剤を見せてもらい、それをメモした上で、セルシン(抗不安薬)、インデラル(β遮断薬)、二トロール(狭心症治療薬)の3種の薬を投与した。

その後、電話で胸痛発作は少なくなったが、当院が投薬した薬を続けて飲みたい、当院が遠方にあるため、自費で薬剤を送って欲しいと電話で頼まれた。32年間の開業医生活で薬剤を郵送したのはこの時だけである。

この方は、その後胸痛の症状がなくなり、元気に仕事に従事され、天寿を全うされた。いつもこの手紙を手にして、人に見せておられたと聞く。

このような患者への手紙が残っていたことで、開業当時の診療の情景を思い浮かべることができた。


<2013.3.21.>

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