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社会福祉分野における
コンピュータ利用の現状と可能性 




l.序

  世の中は情報化社会と言われ、コンピュータ、ワープ
ロ、FAX等といった電子機器が企業レベルだけでなく、
一般家庭レベルにまで浸透しつつある。
 そして、それは教育、医療等のヒューマンサービスの
分野においても例外ではない。
 実際、福祉にとって隣接分野とも言える「教育」界に
おいては、89年3月に告示された新・学習指導要領にお
いて、大幅な導入が定められた。具体的には、中学校の
技術・家庭科において「情報基礎」という領域を設け、
ワープロ、データベース、表計算、図形処理ソフトを取
り上げることとした。また、高等学校の数学、理科、家
庭科、職業科でコンピュータが取り上げられることになっ
た。さらに、教職員免許法の改訂によって、大学の教職
課程の中で「教育の方法・技術(情報機器・教材等の活
用を含む)」が教えられることとなった。
 そして、「コンピュータが、日本のほとんどの学校に
導入されることになると思いますので、すべての先生方
が、今から、これにそなえて研修を積む必要が出てきま
した。」(注1)といわれている状況にまでなってきてい
るのである。
 しかし、日本の福祉界においては、「教育」と同じく
「人間」を直接の対象とし、その問題解決を図り成長発
連を願うヒューマンサービスでありながら、とても教育
界ほどの積極的な「コンピュータ」の取り込みが、行な
われる状況にまでは至っていないのが実状である。
 そこで、本論文では米国における福祉分野のコンピュ
ータ利用の動向についての検討を行ない、また日本の福
祉施設での導入状況との比較を行なう中で、今後の可能
性を考察したい。

2.文献にみる米国の社会福祉分野におけるコンビュー
タ利用についての動向

 日米欧等先進諸国では、ビジネスや研究分野でのパソ
コン端末を用いてのオンラインデータベース利用が実用
段階にある。その中でも、Telebase Sys−
tems,Inc.
が、開発・運営している「Easy Net」は欧米の
約850種類のデータベースを一度に利用できる網羅的
検索システムである。しかも、研究者や法人といった限
定された人々のみでなく、(有料ではあるが)全ての個
人に公開されている商用システムであり、大変利用価値
の高いものであるといえよう。
 特に「Easy Net」の特色は、ユーザーが利用
したいデータベース名を特定できない場合にも、「Edu−
cation」「Business」「Chemi−
story」といった分野を指定するだけで、適切なデ
ータベース群を検索してくれる機能があることである(注2)。
 とはいえ、ソーシャルワークといった分類はない。そ
のため、さまざまな分野にまたがって文献を捜さなけれ
ばならない現状である。
 ここでは、上述のシステムを利用して“Computer”
と“Social Work”という二つのキーワードを合わせ
もつ文献を「教育学」「心理学I「社会学」の三つの分
野から検索してみた。条件を満たす文献が存在したデー
タベースは14であった(注3)。その結果は表lの通りで
ある。

表1Topic:Computer&Social Work
 ここでいえることは、1960〜70年代を通じて年に1桁
であった文献数が79年に2桁にのり、さらに85年からは
大きく増加していることである。
 なお、今回のデータベース検索(90年2月)時点では、
89年についての文献の収録が各データベースにおいて終
わっていないようである。したがって、89年分のデータ
数が少ないのではっきりとはいえないが、88年からさら
に一段と文献数が、増える気配を見せている。
 図1を見れば分かるように、文献累計数が100に達す
るのに19年かかったものが、4年間で200を越え、翌年
には300台に乗っている。このことからも、ソーシャル
ワーク分野におけるコンピュータ利用への関心の高まり
が明らかであろう。

図1論文数の年次累積

もちろん、14あるオンラインデータベースの全てが60
年代からの文献を収録しているわけではなく、その意味
では、ここで調べた結果が厳密な意味で文献数の推移を
示すとは言い切れない。
 しかし、米国において博士論文を1860年代から収録し
続けているDissertation Abstracts
において、既述のキーワードをもつ論文が現われるのが19
78年であり、その後も表2のような結果となっていること
からすれば、70年代末と80年代中ごろに、文献が急増し
ている傾向は指摘できたろう。

表2Topic:Computer&Social Work
by Dissertahon Abstracts Online
3.福祉施設機関におけるコンビュータ利用の現状〈日
米の調査から)

 本節では、収集できた日米の論文・レポートから、比
較的広域に渡って行なわれた利用実態調査について触れ
られているものを基に日米の比較をしてみたい。
 日本での調査は、財団法人老人福祉開発センター(以
下開発センターと略)が、昭和61年10月及び、62
年10月に全国の養護老人ホームと特別養護老人ホーム
を対象に実施した、『老人ホームのコンピュータ実態調
査』である。第1次調査として61年に全国のホームに
対してコンピュータの実施状況について全数調査を行っ
ている。さらに、翌年2次調査として、導入済みの施設
に対して使用状況の詳細を尋ねている。回答数は未導入も含めて
1818施設である。
 米国での調査は、カリフォルニア州の民間対人援助機
関(Human Service lnstitute)
220を対象に実施された調査で、Jerfy Finn
(ノースカリフォルニア大学社会福祉学部)の論文によっ
ている(注4)。 両者の比較をするといっても、お互いに何等関連なく
実施された調査であるため、厳密な比較は無理であるこ
とは言うまでもない。
 例えぱ、開発センターの調査は「老人福祉施設」に恨
定されているのに対して、カリフォルニアの調査は、病
院を除く民間の対人援助機関全体を対象にし、直接処遇
を行なう施設だけでなく、機関にまで及んでいること。
逆に、開発センターの方が全国調査であるのに対して、
米国の調査は一地域を対象にしたそれもサンプル調査で
あること等、条件の相違は幾つもある。
 しかし、それにも関わらず多くの関連する点がみられ
るし、また日本の将来の姿としての米国の結果をみるこ
ともできるのである。

  a.開発センターの調査から
 ここでは、本節の目的から、米国の調査との比較対象
になり得ると恩われる項目を簡単に整理しておきたい。
したがって、「養護老人ホームと特別養護老人ホームと
の違い」や「公営と民営の違い」等といった、調査自体
にとっては重要な意義を持つが、カリフォルニア州の調
査と比較できない結果については論じない。
  ■全体としての導入状況
 回答のあった1818施設の内、61年10月1日時
点でコンピュータ導入済みが409施設(22.5%)、
未導入1409(77.5%)となっている。
 つまり、8割弱の施設が未導入と言うことである。
  ■入所定員別の導入状混
 老人ホームの規模別にみたコンピュータ導入率は、下
のようになっている。
  〜50人 20.2%  〜70人 15.1%
  〜90人 23.8% 〜100人 25.9%
 〜150人 33.0%  151人〜46.0%

 つまり、概ね大規模施設になるほどコンピュータ導入
率が高くなっている。
  ■利用ソフトウェアの状況
 この調査では、導入施設がどのような目的にコンピュー
タを用いているかを、「管理システム」「入所者システ
ム」「適所者システム」に分けて調べている。
◎管理システム:これは、施設の経営管理レベルにお
いてコンピュータがどのような用いられ方をしているか
を確かめようとしたものである。
 調査によると、導入施設の98.5%がこの目的でコンピュー
タを利用している。さらに細かくみると、財務・会計
31.8、給与・税金・社会保険38.1、職員・人事・勤務体
制3.6、措置費・診療報酬16.3、支払予定3.7、資産・物
品管理1.8、統計・報告・資料4.8という利用状況になっ
ている(注5)。
◎入所者システム:これは、クライエントの施設生活
に関連する事項において、どのようにコンピュータが利
用されているかに関する項目である。
 この目的での利用率は77.4%である。預り金管理30.9、
財産物品管理4.2、給食栄養管理28.8、入所者の処遇
19.3、統計資料等16.7という内容になっている。
 いずれにせよ、ここで明らかなのはコンピュータ利用
としてはマネージメント関係が中心となっているという
ことである。その中でもクライエント処遇との関わりで
言えば間接処遇にあたる「施設・職員管理」(職員給与、
財務会計等)が、ほぼ全ての施設で実施されている。そ
して、クライエントの日常生活と直接関わる「クライエ
ント管理」に相当する預り金管理、給食栄養管理等は8
割弱の実施率という状況である(注6)。

  b.カリフォルニア州の調査から
 本調査の時期は論文中には明示されていない。しかし
本調査論文の原型となる発表が、1987年9月に最初に行
なわれていることから、1986年または87年の調査である
と思われる。従って、開発センターの調査とほぽ同時期
と判断される。

  ■全体としての導入状況
 220機関中160機関から回答があり、その内78機関
(48.7%)が導入済みであった。
 同時に、未導入機関には導入予定を聞いており、2年
 以内に76.3%の導入率となる予定である。

  ■規模別の導入状況
 いわゆる施設のみではないので「定員比較」は出来な
いが、財政規模別の比較をすると明らかな差がある。導
入済み機関の財政平均額は566,454ドルであったのに対
して、未導入機関の財政平均額は281512ドルと大きな
格差がある。
  ■利用ソフトウェアの状況
 どの様な目的でコンピュータが用いられているかにつ
いてみると、ワード・プロセッシング93.3%、郵送名簿
管理80%、総合原簿64.4%、クライエント記録55.6%、
支出計算46.7%、収入計算40%、といったものの利用率
が、高くなっている。その他、人事管理37.7%、給与管
理35.6%、関係人名録33.4%、プログラム計画28.9%、
請求書発行24.4%、調査24.4%、スケジュール管理20%、
機関間ネットワーク20%、意志決定支援システム6.6%、
という順になっている。

  c.日米調査の比較から一
 まず第1に、ほぼ同時期の調査ではあるが、コンピュー
タ導入率は、22.5%、48.7%と大きく違う。ただし、対
象施設・機関が遵うため一概には比較できないが、ヒユ
ーマン・サービス分野におけるコンピュータ導入率の日
米における差異として、ある程度の参考にはなるであろ
う。
 第2に、共通点としては、定員または経営規模の大き
い機関・施設ほどコンピュータ導入率が高い傾向が明ら
かになった。理由としては、経営規模が大きい施設・機
関ほど予算の自由があることと、事務量等が多くなり、
合理化のために導入の必要性が高いことなどがあげられ
るだろう。
 第3に、利用ソフトウェアを比較したときに、米国の
機関において利用されているが、日本において見られな
いものとして、プログラム計画、スケジュール管理、機
関問ネットワークや意志決定支援システム等があげられ
る。これらは、米国においても、決して高い利用率の項
目とは言えないが、それだけに今後の日本の動向を占う
ものとして注目すべき利用法であろう。

  4.教育界におけるコンビュータ利用の実態

 福祉界においては、上述したようにコンビュータ利用
という場合は、概ねアドミニストレーションレベルでの
利用が中心である。言い換えれぱ、直接処遇職員にとっ
て今の所コンピュータは縁のない存在ではないかという
ことになる。Jerry Finnの調査における、導入済み
機関の各種職員に対してのコンピュータについての満足
度調査の結果を見ても、そのことが明らかになっている。
 結果は、7点満点の満足度調査で、アドミニストレータ
5.25、書記5.24、直接処遇職員4.41、その他(会計等)
5.67であり、やはり現場のワーカーにとっては事務系の
職負や経営陣などよりコンピュータ導入のメリットは少
ないようである。
 しかし、これがコンビュータの限界であるかというと
そうではない。このことは、教育界におけるコンピュー
タの利用状況を見ることによって明らかになる。
 例えば、『コンビュータ教育標準用語事典』によれば、
コンビュータ利用の形態として大きく■校務支援と■学
習指導に分けている。その上で、■の内容として「事務
管理」「教育管理事務(入試処理、時間割作成等)」
「保健体育データ(健康診断、保健管理等)」「進路指
導支援(模擬テスト、会社案内データベース等)」「学
校図書館活動」等をあげている。■の内容としては、
「ソシオメトリー」「診断テスト(YGテスト、S一P
表等)」「学習活動支援(ワープロ、スプレッドシート、
パソコン通信等)」「シミュレーションによる演示等」
「教育評価」等をあげている。
 この中で、現在福祉界で利用されているのは、校務支
援としてのコンピュータに相当する部分であろう。それ
に対して、学習指導に相当するコンピュータ利用はほど
んど行なわれていないようである。つまり、児童・生徒
の学習に直接役立つ形での教育道具としてのコンピュー
タ利用や、到達度の評価としての利用法等である。これは、今後の福祉界でのコンピュータ利用の可能性を考え
るにあたって参考になると思われる。
 例えば、「教育評価」に相当するものとして、クライ
エントの処遇効果についての調査(例えば満足度調査や
変化度の調査)を実施し、処理することができるだろう。
また、学習支援活動に相当するものも、施設処遇等に
おいては大きな可能性が考えられる。ワープロソフトを
利用することで、言語障害を持つクライエントが表現手
段を得て、積極的に自分の意志を表示するようになるか
も知れない。施設内から出る機会が少なく、コミュニケー
ションの範囲が極端に狭くなりがちなクライエントがコ
ンピュータ通信を利用することで、他施設の仲間やホラ
ンティア連と、地域を越えて全国レベルで交流すること
ができるかもしれないのである。

  5.まとめ
 本論文で述べてきたことをまとめると次のようになる。
■米国においては、1960年代半ばから福祉分野におけ
るコンピュータ利用に関する文献が出始める。そして、
1970年代末と、80年代中ごろに急速に文献数が増加しており、実践におけるコンピュータの普及をあらわしてい
る。
■日米の調査を比較してみると、86〜87年時点で、米
国の福祉機関では約半分のコンピュータ導入であるのに
対して、日本の福祉施設においては、2割強に留まる。
■日米兵に、大規模な施設・機関程コンピュータ導入
率は高い。
■日米共に、福祉分野において、コンピュータ利用は
直接処遇と関わる分野において用いられているというよ
りは、事務・経営レベルでの利用がほとんどである。
■教育分野では、直接処遇に関わる「学習指導」にお
いてコンピュータが積極的に導入されている。そして、
このことは、福祉施設等においても大いに学ぶべきこと
であろうと思われる。

(注)
注1:監修財団法人コンピュータ教育開発センター
『コンピュータ教育標準用語事典』P.5
アスキー出版局1989年
注2:「オンラインデータベース]の流通には最低2つ
の業種が関わる。1つめは「データベース作成業
者(プロデューサ)」といわれる業種で、特定の
分野の情報を収集し、一定の形式に整理しコンピュー
タに入力し利用可能な状態にする。2つめは「提
供・販売業者(ディストリビュータ)」で、プロ
デューサの作成したデータベースの再販権を得て、
個々のユーザーと契約するという形式をとってい
る。プロデューサとディストリビュータは出版社
と書店の関係と例え得るであろう。ただ、出版業
界と違うのは、書店に行げば何百社の書物を一度
に手にすることができるのに対して、データベー
スは各ディストリビュータが扱うデータベースが
数種程度であることが一般的なのである。イージー・
ネットは、この限界を乗り越えようというシステ
ムである。
注3:データベース名
・Educational Resources 
lnformation Center
(ERlC)
・Sociological Abstracts
・Nahonal Technical 
lnformation Service
(NTlS)
・Psycinfo
・Social Scisearch
・Unguistics&Language 
Behavior Abstracts
・Social Work Abstracts
・Dissertahon Abstracts
 Online
・Quality of Worklife
・EMBASE
・Family Resources
・LCMARC
・Magazine lndex
・PAlSlnternational
注4:“Microcomputers in 
private,nonprofit
agencies:a survey of
 trends and training
requirements”

Social Work Reseach&
Abstracts v.24n.1
1988.

注5:ここであげた指数は、各システムにおける利用件
数の合計を100としたものである。従って、例え
ば財務・会計の導入率が31.8%という意味ではな
い。具体的に言えば、管理システムを導入してい
る施設331が、財務・会計〜統計・報告・資料を
具体的に利用している件数は、3319であり、その
内財務・会計の件数が1054件(31.8%)を占めて
いるということである。ここで、件数が、施設数
よりも多いのは、財務・会計といっても、さらに
「予算管理・諸表作成1「決算管理・諸表作成l
「剰余金分析表]等と細かく項目が分かれるため
それぞれを・・件と数えているからである。
注6:「通所者システム」については、「施設・職員管
理」と「クライエント管理」のどちらの要素をも
含んだ上で、本来の老人ホームの主業務である入
所事業に対して、適所事業についてのコンビュー
タ利用ということのようである。従って、ここで
は分類・比較の対象としては成立しにくいと思わ
れるので省略する。

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