現代SFをまるごと楽しむための100冊(《小説トリッパー》1999年冬号初出)



はじめに


『夏への扉』、『火星年代記』、『ソラリスの陽のもとに』、『幼年期の終り』、『銀河帝国の興亡』、『虎よ、虎よ!』……。SFのオールタイムベスト選びで決まって上位を占めるのは、いまだにこのへんの定番クラシック。半世紀前の作品が今も読み継がれていること自体は慶賀の至りとしても、いつまでも巨匠ががんばっていたんでは、SFというジャンル自体がノスタルジーの対象になりかねない。
 そこで今回の百冊選びにあたっては、一九五〇年代以前の古典的名作群にはきっぱりおひきとり願って、いまどきのSF≠概観することにした。アシモフもクラークもハインラインも、ブラッドベリもブラウンもブリッシュも、バラードもオールディスもウィンダムも、シェクリイもスタージョンもカットナーもいない百冊。
 同様に、星新一、小松左京、筒井康隆、光瀬龍、半村良など、もはや現役SF作家ではなくなってしまった第一世代の巨匠たちの作品も、ここには一切含まれていない。『果しなき流れの果に』や『百億の昼と千億の夜』が永遠の名作であることはまちがいないにしろ、すでに殿堂入りして久しいビッグネームをいまさらここに並べるのはかえって失礼というものだろう。
 以下は、この二十年に日本で出版された百タイトルの本を通じて、いまこの瞬間のSFの多様性を浮かび上がらせようという試みである。

 ……と大見得を切ったまではいいのだが、行く手には、例によって品切」の壁が大きく立ちはだかる。
 何十年も前から版を重ねてる巨匠たちの作品をべつにして、中堅クラスの作家たちによる文庫SFの寿命は極端に短くなっている。おおざっぱに言うと、すごく古いSFとすごく新しいSFだけが新刊書店の棚に並び、中くらいに古い作品は壊滅状態なのである(たとえば最新の早川書房文庫目録に、ロジャー・ゼラズニイの本は一冊も見当たらない)。
 文庫SFの流通タイトル数が飽和状態に達している以上、新刊の九割が三年もたずに目録から消える状況も、流通タイトルが特定の人気作家に偏る傾向も、当然の帰結ではある。
 しかし、だからといって「最近のSFがつまらなくなった」わけではけっしてない。そのことは、ここに挙げた百点が証明している――というか、そのはずである。



異形の未来――フューチャリスティック・ランドスケープ


●ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』(ハヤカワ文庫SF)
●大原まり子『メンタル・フィメール』(ハヤカワ文庫JA)
●神林長平『戦闘妖精・雪風』(ハヤカワ文庫JA)
●椎名誠『アド・バード』(集英社文庫)
●ルーディ・ラッカー『ソフトウェア』(ハヤカワ文庫SF)
●エイミー・トムスン『ヴァーチャル・ガール』(ハヤカワ文庫SF)
●デイヴィッド・ブリン『ガイア』(ハヤカワ文庫SF)
●牧野修『MOUSE』(ハヤカワ文庫JA)
●K・W・ジーター『ドクター・アダー』(ハヤカワ文庫SF)
●久美沙織『真珠たち』(ハヤカワ文庫JA)

 SFが未来予測の文学だったのは半世紀前の話。かつてSFが提出した未来像はノスタルジアの対象となり、懐かしい未来、レトロ・フューチャーへと変貌を遂げた。現実に置き去りにされたSF……。
 その状況にノンをつきつけたのが『ニューロマンサー』だった。ギブスンはまったく新しい切口からテクノロジーと風俗を描き、やがて訪れるインターネット時代の若き予言者となった。そこから生まれたサイバーパンクSFの成果は、ギブスンの盟友でもあるスターリングが編集したアンソロジー『ミラー・シェイド』(ハヤカワ文庫SF・品切)で確認できる。
 このコンビに匹敵する仕事を日本でしているのが、長く国産SFの中核を担いつづける大原まり子と神林長平。テクノロジーとの関係で言えば、大原・神林は最初からサイバーパンクスだったのかもしれない。
 一方、遅れてきたSF作家、椎名誠の処女SF長編『アド・バード』は、現代文明崩壊後のテクノロジーの廃墟≠描きながらも、ある種の懐かしさを感じさせる。日本SF大賞を受賞したこの作品は、『水域』(講談社文庫)、『武装島田倉庫』(新潮文庫)とともに、椎名未来SF三部作を構成している。
 ラッカーの『ソフトウェア』は、早すぎたサイバーパンク。一種のロボットSFだが、遺伝的アルゴリズムによる人工生命進化とゲーデルの不完全性定理を下敷きに、とんでもなくアナーキーな未来を語る。続編に『ウェットウェア』と『フリーウェア』(未訳)がある。
 そこまでぶっとんだ未来についていけない人には、おたくプログラマが理想の美少女ロボットをつくってしまう『ヴァーチャル・ガール』がおすすめ。こちらも、ロボットの頭の中身は人工知能プログラムだが、キュートな成長小説として読めるのがミソ。同傾向の先駆的作品には、M・スティーグラー&J・ディレイニー『ヴァレンティーナ』(新潮文庫・品切)がある。
『真珠たち』はJ・G・バラード的な美しさで、『MOUSE』はW・バロウズ的なシュールリアリズムで、それぞれの異形の未来≠幻視している。



絢爛豪華波瀾万丈――ワイドスクリーン・バロックに夢中


●アルフレッド・ベスター『コンピュータ・コネクション』(サンリオSF文庫・品切)
●クリス・ボイス『キャッチワールド』(ハヤカワ文庫SF・品切)
●コードウェイナー・スミス『鼠と竜のゲーム』(ハヤカワ文庫SF)
●コードウェイナー・スミス『ノーストリリア』(ハヤカワ文庫SF)
●野阿梓『兇天使』(ハヤカワ文庫JA・品切)
●野阿梓『バベルの薫り』(ハヤカワ文庫JA)
●大原まり子『ハイブリッド・チャイルド』(ハヤカワ文庫JA)
●川又千秋『反在士の鏡』(ハヤカワ文庫JA・品切)
●バリントン・J・ベイリー『禅銃』(ハヤカワ文庫SF)
●サミュエル・R・ディレイニー『ノヴァ』(ハヤカワ文庫SF)

「絢爛華麗な風景と、劇的場面と、可能性からの飛躍の楽しさに満ちた、自由奔放な宇宙冒険物」――ブライアン・オールディスはワイドスクリーン・バロックをこう定義する。めくるめくアイデアと波瀾万丈のストーリーを併せ持つ極彩色のSF。典型は、ベスターの『虎よ、虎よ!』。ワイドスクリーン・バロックこそ、SFの中のSF≠ニ言ってもいい。
 現代SFでも、この分野に挑戦した野心作は少なくないが(そう多くもない)、熱狂的支持を集めるわりになぜか品切率が高い。
 ご本尊、ベスターの『コンピュータ・コネクション』は、驚くべき先見性に満ちた、サイバーパンクの先駆けともいうべき狂騒的傑作(原著刊行は七四年)。
 これ一作でSF史に名をとどめる英国作家クリス・ボイスの『キャッチ・ワールド』は、田村艦長率いる《憂国》号がアルタイル目指して報復の旅に出撃する、超高密度の観念的スペースオペラ。おなじ英国の奇才ベイリーの『禅銃』にも日本的なモチーフが頻出し、エキゾチシズムあふれる宇宙を見せてくれる。
 しかし、そのイメージの華麗さと文章の美しさでは、コードウェイナー・スミスの右に出るものはいない。ここに挙げた二冊を含む〈人類補完機構〉シリーズは、現代SFの最高峰に位置する神話的作品群だ。
 日本SFでは、野阿梓がワイドスクリーン・バロック的資質にもっとも恵まれている。『ハムレット』を下敷きに驚くべき物語絵巻を織り上げた『兇天使』は、この二十年の日本SFが生んだ最良の成果だろう。日中戦争勃発直前の中国大陸を近未来の月コロニーに移植し、天皇制システムの本質に迫る『バベルの薫り』も、そのきらびやかなイメージが堪能できる意欲作。
 日本SF大賞受賞の『幻詩狩り』(中公文庫)で知られる川又千秋の『反在士の鏡』も、国産ワイドスクリーン・バロックの代表作。文庫は品切だが、電子書店パピレス(http://www.papy.co.jp/)を通じて電子テキストが購入できる



銀河は砂粒のごとく――モダン・スペースオペラの系譜


●マイク・レズニック『サンティアゴ』(創元SF文庫)
●田中芳樹『銀河英雄伝説』(徳間文庫)
●野尻抱介『ロケット・ガール』(富士見文庫)
●梶尾真治『サラマンダー殲滅』ソノラマ
●森岡浩之『星界の紋章』(ハヤカワ文庫JA)
●ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『たったひとつの冴えたやりかた』(ハヤカワ文庫SF)
●ジェイムズ・シュミッツ『惑星カレスの魔女』(創元SF文庫)
●神林長平『敵は海賊・海賊版』(ハヤカワ文庫JA)
●デイヴィッド・ブリン『知性化戦争』(ハヤカワ文庫SF)
●チャールズ・シェフィールド『マッカンドルー航宙記』(創元SF文庫)
●伊藤典夫・浅倉久志編『スターシップ』(新潮文庫・品切)

「わたしの宇宙船は、光速の三百倍のスピードで直角に曲がる」
 かつてこう宣言したのは菊地秀行だが、宇宙せましと駆け回るスペースオペラは、古来、数々のヒーローを生み出してきた。レンズマン、キャプテン・フューチャー、ノースウェスト・スミス、ペリー・ローダン、ダーティ・ペア……。
 光線銃片手に星から星へと渡り歩き、BEM(Bug-Eyed Monsterの略。古典的な宇宙怪物の総称)と戦うタイプの古典的宇宙冒険活劇は絶滅の危機にあるものの、大宇宙の魅力が現代SFから失われてしまったわけではない。
『三国志』や『ローマ帝国衰亡史』を彷彿とさせる壮大な歴史絵巻を悠久の銀河にくりひろげる大作『銀河英雄伝説』や、腕に覚えの賞金稼ぎたちが謎の男サンティアゴを求めて超光速ドライヴで宇宙を駆けめぐる『サンティアゴ』など、燃える宇宙SF≠ヘいまも健在。
 しかし、「宇宙は男のロマン」という無根拠な確信に鉄槌を下すように、最近は女性が主人公の宇宙SFも少なくない。ヤングアダルト系ハードSFの新星、野尻抱介の『ロケット・ガール』は、厳密に言うと宇宙開発SFだが、「パイロットの体重が軽ければ打ち上げコストが下がる」という真理を武器に、女子高生をシャトルに乗せて宇宙に送り出す。
 銀河に広がる巨大テロリスト組織に復讐を挑む大作アクション『サラマンダー殲滅』も、主人公は平凡な主婦。国産ジャンルSFの老舗、ハヤカワ文庫JAから久々に登場したヒット作、〈星界の紋章〉も、ヒロインのラフィールが圧倒的な魅力で男性SFファンの心を鷲掴みにした。
『惑星カレスの魔女』
 SFマガジンの海外短編オールタイムベストでぶっちぎりの一位を獲得した『たったひとつの冴えたやりかた』は、涙なくしては読めない宇宙SFロマンスの最高峰。
『スターシップ』は現代宇宙SFの精髄を集める強力なアンソロジー。姉妹編『スペースマン』がある。



思考の論理――SFとミステリのあいだ


●宮部みゆき『龍は眠る』(新潮文庫)
●井上夢人『ダレカガナカニイル…』(新潮文庫)
●ジェイムズ・P・ホーガン『造物主の掟』(創元SF文庫)
●ロバート・J・ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』(ハヤカワ文庫SF)
●松尾由美『バルーン・タウンの殺人』(ハヤカワ文庫JA)
●柾悟郎『ヴィーナス・シティ』(ハヤカワ文庫JA)
●ロジャー・ゼラズニイ『ロードマークス』(サンリオSF文庫・絶版)
●ディーン・R・クーンツ『ライトニング』(文春文庫)
●ジョージ・アレック・エフィンジャー『重力が衰えるとき』(ハヤカワ文庫SF)
●シャーリン・マクラム『暗黒太陽の浮気娘』(早川ミステリアスプレス文庫)

「知的プロセスを経て謎の解明に至るという意味で、ミステリとSFは近い関係にある」と力説するのは、現代SFミステリの旗手、カナダのロバート・ソウヤー。アシモフの昔から、SFミステリは一部で根強い人気を誇り、F・ブラウンや山田正紀のように、両ジャンルにまたがって活躍している作家も少なくない。
 北村薫や西澤保彦、大沢在昌、我孫子武丸など、ミステリ畑の作家がSF的設定を活用した秀作を発表している例が目立つ。「超能力をいかに使うか」にスポットを当てた青春小説の秀作『龍は眠る』はその好例。
 このように、ミステリ作家がSFを書く場合には、WHYではなくHOWをテーマとすることが多いが、『ダレカガナカニイル…』では、SF的設定にあっと驚く意外な利用法が開発されている。おなじ井上夢人が人工生命テーマに挑んだ本格SF『パワー・オフ』(集英社)も必読。
 一方、ミステリ的趣向で知られる現代SF作家の双璧が、英国出身のホーガンと前述のソウヤー。ホーガンは「五万年のアリバイ崩し」とも評される処女長編『星を継ぐもの』(創元SF文庫)が有名だが、ユリ・ゲラー的な人物を主役に据えた『造物主の掟』にもミステリ的興味が横溢する。対するソウヤーも、「犯人=コンピュータが語り手」という趣向の本格ミステリ、『ゴールデン・フリース』(ハヤカワ文庫SF・品切)でデビューした人。近作『ターミナル・エクスペリメント』は、「三人の同一人物の中から犯人を探す」という前代未聞のフーダニットがサブプロットを構成する。
 国内SFリーグでは、妊婦ばかりの街を舞台にしたパズラー連作『バルーンタウンの殺人』、仮想空間にリアルなサスペンスを描く93年の日本SF大賞受賞作『ヴィーナス・シティ』が双璧。
 最後の一冊、『暗黒太陽の浮気娘』は、百点の中で唯一、SFでもなんでもないただのミステリ。そんなものがなぜ紛れ込んだかと言えば、殺人の舞台がSF大会の会場だから。SFファンの生態を容赦なく暴くマクラムの筆は冴え渡り、抱腹絶倒。こういうSFミステリ(?)もたまにはいいでしょう。



異世界への扉――ファンタスティック・ユニバースの誘惑


●ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン』(ハヤカワ文庫FT)
●イアン・マクドナルド『黎明の王白昼の女王』(ハヤカワ文庫FT)
●山尾悠子『夢の棲む街』(ハヤカワ文庫JA・品切)
●タニス・リー『闇の公子』(ハヤカワ文庫FT)
●中井紀夫『炎の海より生まれしもの』(ハヤカワ文庫JA・品切)
●小野不由美『東の海神 西の滄海』(講談社X文庫ホワイトハート)
●氷室冴子『銀の海 金の大地』(集英社コバルト文庫)
●山岸凉子『妖精王』白泉社
●佐藤史生『夢見る惑星』(小学館文庫)
●坂田靖子『闇夜の本』(ハヤカワ文庫JA)

 SFとミステリが類縁関係にあるように、SFとファンタシーも昔から親和性が高い。ここでは、ファンタシー的な設定のSFや、SF読者に好まれるファンタシーを中心に集めてみた。
 ファンタシーについてのファンタシーとも言うべき『最後のユニコーン』は、地上でもっとも美しい小説のひとつ。ビーグルはここ数年、精力的に作品を発表しているが、なぜか邦訳されないのが残念。
 イメージの美しさと文章の硬質な輝きでは、山尾悠子を忘れることはできない。文庫版は品切だが、三一書房版の『夢の棲む街・遠近法』は今も入手可能。
 SF畑出身の英国作家イアン・マクドナルドがワンパターンの異世界ファンタシー群に対抗すべく書き上げた『黎明の王 白昼の女王』は、九〇年代最大のケルティック・ファンタシー。真の異世界を垣間見させてくれる。
 おなじ英国のタニス・リーもかつてはSFを書いていたが、『闇の公子』を含む〈平たい地球〉シリーズによって、当代最高のファンタシストの地位を不動のものにした。
『炎の海より生まれしもの』をはじめとする中井紀夫の〈タルカス伝〉全五巻は、ファンタシー、SFはもとより、神話も活劇も貪欲に呑み込む物語の巨大な胃袋。その驚くべきエネルギーには脱帽するしかない。この十年の日本SF最大の収穫のひとつだろう。
 八〇年代半ばから日本のヤングアダルト文庫を席巻した異世界ファンタシー・ブームは、千点を軽く越える作品を供給してきたが、その頂点に立つ二シリーズが、小野不由美の〈十二国記〉と氷室冴子の『銀の海 金の大地』。前者は中国風の異世界、後者は古代の日本が舞台だが、どちらも大量生産の類型的コマーシャル・ファンタシーとは一線を画し、大人の読者を瞠目させる独自の作品世界を築き上げている。
 最後の三冊は、いずれも少女マンガから生まれた異世界SF/ファンタシーの金字塔。マンガ文庫ブームのおかげで手軽に読めるようになったのはうれしいが、店頭寿命が極端に短いので要注意。



短編の饗宴――お花畑でつかまえて


●菅浩江『雨の檻』(ハヤカワ文庫JA)
●堀晃『太陽風交点』(徳間文庫・品切)
●ジョン・ヴァーリイ『ブルー・シャンペン』(ハヤカワ文庫SF)
●ハーラン・エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』(ハヤカワ文庫SF)
●ウィリアム・ギブスン『クローム襲撃』(ハヤカワ文庫SF)
●ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『故郷から10000光年』(ハヤカワ文庫SF)
●ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『愛はさだめ、さだめは死』(ハヤカワ文庫SF)
●トム・リーミイ『サンディエゴ・ライトフット・スー』(サンリオSF文庫・絶版)
●ジュディス・メリル編『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』(創元SF文庫)

 雑誌文化から花開いたジャンルSFは、無数の名作短編を生み出してきた。「SFの精髄は短編にあり」と信じるSFファンも少なくないが、残念ながら、長編全盛の潮流を反映してか、かつてはSFファンの基礎教養とされていた短編集やアンソロジーは絶版の山。一部の定番作家を別にすると、現在書店で手に入るものは数えるほど。
 いま三十代のSFファンにとって教科書だったジュディス・メリルの名アンソロジー、『年刊SF傑作選1〜7』も品切になって久しいが、さいわい『ベスト・オブ・ザ・ベスト』のほうはまだ手に入る。これは雑誌SFの黄金時代、一九五五年から五九年までの年刊傑作選五冊から、さらによりぬきのベストを集めたもの。ライバー「跳躍者の時空」、マッケナー「闘士ケイシー」、レナルズ「時は金」などの歴史的名作が手軽に読める。実験的作品が多くなってくる六〇年代の『年刊SF傑作選』より、こちらのほうがむしろ素直に楽しめるかもしれない。
 しかし現代SF最高の短編群を味わうなら、ティプトリーしかない。伝説的名品、「接続された女」を収録する第二短編集の『愛はさだめ、さだめは死』も傑作ぞろいだが、個人的には、SFを書く喜びにあふれた若々しい第一短編集『故郷から一〇〇〇〇光年』をとりたい。「われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ」、「セールスマンの誕生」など、超絶技巧で紡がれる陽気なホラ話は、ティプトリーのもうひとつの顔を見せてくれる。
 エヴァンゲリオン効果で人気が復活した『世界の中心で愛を叫んだけもの』は、六〇年代末アメリカン・ニューウェーブSFの熱気を伝える一冊。『クローム襲撃』と『ブルー・シャンペン』は、八〇年代を代表する好短編集。この時代を概観する日本オリジナルのアンソロジーに、小川隆・山岸真編の『80年代SF傑作選』(ハヤカワ文庫SF)があるが、残念ながらこれは品切。



奇想博覧会――センス・オブ・ワンダーランドへの招待


●ヴァーナー・ヴィンジ『遠き神々の炎』(創元SF文庫)
●バリントン・J・ベイリー『時間衝突』(創元SF文庫)
●ロバート・J・ソウヤー『さよならダイノサウルス』(ハヤカワ文庫SF)
●スティーヴン・バクスター『時間的無限大』(ハヤカワ文庫SF)
●イアン・ワトスン『星の書』(創元SF文庫)
●オースン・スコット・カード『ゼノサイド』(ハヤカワ文庫SF)
●グレッグ・ベア『永劫』(ハヤカワ文庫SF)
●R・A・ラファティ『九百人のお祖母さん』(ハヤカワ文庫SF)
●ルーディ・ラッカー『ラッカー奇想博覧会』(ハヤカワ文庫SF)
●グレゴリー・ベンフォード『タイムスケープ』(ハヤカワ文庫SF)

「SFの本質は奇想にあり」――というのが大森の持論。センス・オブ・ワンダーとか、認識的異化作用とか、さまざまな呼び名があるけれど、要するに「知的にびっくりする快楽」を意味する。すぐれた本格ミステリの「意外な解決」が与える感覚に近いかもしれない。
 マッドSFの巨匠ラファティから、英国のベイリー、ワトスン、世紀末のカルト・ヒーロー、ラッカーへと至る奇想SFの系譜は、オレ的に言うとまさしくジャンルSFの奔流を形成する。
 一見、異世界ファンタシー三部作風の設定を使いながら、それをみごとにひっくりかえしてSFならではの衝撃をもたらす『星の書』は、奇想派ワトスンの面目躍如たる作品(なお、これは、第一部『川の書』、第三部『存在の書』とともに、〈黒き流れ〉三部作を構成する)。
 時間と時間が衝突するというとてつもないアイデアを正面から描ききった『時間衝突』、宇宙の終末までを視野に収めるニュータイプのハードSF『時間的無限大』と、とてつもない奇想は英国SFのお家芸かもしれない。
『ゼノサイド』は、カードの出世作『エンダーのゲーム』にはじまる〈エンダー・ウィッギン〉シリーズの三冊目。功なり名とげた時期の作品だけに、伝統的なSFの文法を無視してやりたいほうだい。壮大なアイデアと天賦の小説テクニックのぶつかり合いがスリリング。一般的には第一部ばかりもてはやされるが、もはやふつうのSFでは満足できないベテラン読者には、むしろ第二部『死者の代弁者』の壊れ具合と、第三部『ゼノサイド』の過剰な描写を楽しんでいただきたい。
 グレッグ・ベアも、初期の小松左京を思わせる骨太の本格SF『ブラッド・ミュージック』(ハヤカワ文庫SF)がベストと目されているが、個人的には『永劫』の大風呂敷をとりたい。さらにスケールアップした(ただし、やや緊張感を欠く)続編、『久遠』も刊行されている。



マーズ・アタック!――火星と火星人


●グレッグ・ベア『火星転移』(ハヤカワ文庫SF)
●イアン・マクドナルド『火星夜想曲』(ハヤカワ文庫SF)
●テリー・ビッスン『赤い惑星への航海』(ハヤカワ文庫SF)
●川又千秋『火星人先史』(ハヤカワ文庫JA・品切)
●谷甲州『火星鉄道一九』(ハヤカワ文庫JA)
●萩尾望都『スターレッド』小学館(全3巻)
●横田順彌『火星人類の逆襲』(新潮文庫・品切)
●ブルース・スターリング『スキズマトリックス』(ハヤカワ文庫SF)
●キム・スタンリー・ロビンスン『永遠なる天空の調』(創元SF文庫)

 パスファインダーが火星に到着した97年、やっぱり旬の火星テーマははずせなところ。これまでにも、ブラッドベリの『火星年代記』を筆頭に、クラーク『火星の砂』やディック『火星のタイムスリップ』など、赤い惑星を舞台に数々の名作が書かれてきたが、最近たてつづけに注目の火星SFが邦訳されている。
 タイトル通り、火星をまるごと動かしてしまう気宇壮大な大作は、『ブラッド・ミュージック』で知られるグレッグ・ベアの『火星転移』。
 はるばる火星まで映画を撮りにゆく『赤い惑星への航海』も楽しいが、きわめつきの現代火星SFは、イギリスの新鋭マクドナルドの処女長編『火星夜想曲』。『百年の孤独』ばりの魔術的リアリズムで火星の田舎町の歴史を描ききったこの長編は、すでに古典の風格を漂わせている。
 日本が誇る火星作家と言えば、川又千秋が筆頭だろう。幻想の火星を熱っぽく描き出した傑作、『火星人先史』(前述パピレスで入手可能)のほかにも、『火星甲殻団』『火星甲殻団』(ハヤカワ文庫JA・品切)の二部作がある。
 少女マンガの世界からは、火星マンガの決定版、『スター・レッド』をエントリー。二四世紀を舞台に火星生まれの少女、レッド・星が活躍する、萩尾望都らしい本格SFだ。
 硬質の宇宙SFを書かせたら右に出るもののない谷甲州も、〈航空宇宙軍史〉シリーズの一編として、短編「火星鉄道一九」を書いている。日本短編オールタイムベストでも上位にランクインした名作。
 ウェルズの『宇宙戦争』を下敷きに、明治の火星人侵略騒動を描くのが『火星人類の逆襲』。迎え撃つヒーローは、実在の冒険小説家・押川春浪。横田順彌が書きつづけてきた明治SFの中でもきわめつきの一冊。
 残る二冊は火星というより太陽系全体が舞台。ただし、火星SFの本命が出てくるのは来年だろう。キム・スタンリー・ロビンスンが渾身の力を傾けたリアルな火星SF三部作、Red Mars、Green Mars、Blue Marsの邦訳を待ちたい(創元SF文庫近刊予定)。



オルタナティヴ・リアリティ――もうひとつの現実


●ジョージ・R・R・マーティン編『宇宙生命襲来』(創元SF文庫)
●大原まり子『処女少女マンガ家の念力』(ハヤカワ文庫JA)
●鈴木いづみ『恋のサイケデリック』(ハヤカワ文庫JA・品切)
●トマス・M・ディッシュ『M・D』(文春文庫)
●いとうせいこう『ノーライフキング』(新潮文庫)
●キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』(創元推理文庫)
●ナンシー・コリンズ『ミッドナイト・ブルー』(ハヤカワ文庫FT)
●とり・みき『山の音』(ちくま文庫)
●夢枕獏『魔獣狩り』(祥伝社ノンポシェット文庫)
●菊地秀行『インベーダー・サマー』(ソノラマ文庫)
●キース・ロバーツ『パヴァーヌ』(サンリオSF文庫・絶版)

〈ありえたかもしれないもうひとつの世界〉を描く歴史改変物(いわゆる架空戦記もこの範疇に含まれる)やパラレルワールド物は、SFでもおなじみのサブジャンル。
スーパーヒーローが現実に存在する世界≠人気SF作家たちがよってたかって創造した〈ワイルド・カード〉シリーズ(『宇宙生命襲来』はその第二巻にあたる)や、魔法の力が文字通り世界を変えてしまう『M・D』も、一種の歴史改変SFと言っていいだろう。
 それに対して、『処女少女マンガ家の念力』や『恋のサイケデリック』は、魔術的リアリズムを現代日本に適用することで、〈もうひとつの現実〉を幻視した作品。
 鈴木いづみは一九八六年に自殺したが、時代を駆け抜けたその生涯はのちに稲葉真弓の手で小説化され、さらに映画にもなった(若松孝二監督「エンドレス・ワルツ」)。『恋のサイケデリック』は、現在、文遊社刊の鈴木いづみ選集で入手可能。
 市川準によって映画化された『ノーライフキング』は、TVゲームを通過することで変容してゆく現実を鮮やかに描き出す。
『ドラキュラ紀元』と『ミッドナイト・ブルー』は、吸血鬼が存在する世界≠、われわれの知る現実に重ね合わせる。今年はブラム・ストーカーの『ドラキュラ』刊行百年だが、前記二作に、ジョージ・R・R・マーティンの『フィーヴァー・ドリーム』(創元SF文庫)を加えた三冊が、SFの世界から生まれた現代吸血鬼小説ベスト3だろう。
 考えてみると、日本では伝奇小説が西洋のバンパイア小説的な役割を果たしてきたのかもしれない。その現代版が夢枕獏の出世作、サイコダイバーシリーズ。『魔獣狩り』で幕を開けたこの長大な物語はいまなお書き継がれている。
 バンパイア小説でも名高いホラー作家、菊地秀行の初期作品『インベーダー・サマー』はリリシズム漂う名品。
 最後の一冊は、英国作家ロバーツの最高傑作。ありうべきもうひとつのイギリスを奇跡のように美しいタッチで力強く描き出している。



笑う宇宙に福来たる


●ダグラス・アダムズ『銀河ヒッチハイク・ガイド』(新潮文庫)
●ルーディ・ラッカー『時空の支配者』(ハヤカワ文庫SF)
●チャールズ・プラット『フリーゾーン大混戦』(ハヤカワ文庫SF)
●ロイス・マクマスター・ビジョルド『親愛なるクローン』(創元SF文庫)
●ロバート・アスプリン『銀河おさわがせ中隊』(ハヤカワ文庫SF)
●吾妻ひでお『アズマニア』(ハヤカワ文庫JA)
●ニーヴン&パーネル『降伏の儀式』(創元SF文庫)
●新井素子『通りすがりのレイディ』(集英社コバルト文庫)
●草上仁『スーパーサラリーマン』(ハヤカワ文庫JA)

 現代SFにはどうも難解なイメージがあるみたいだけど、『火星人ゴーホーム』のギャグ精神は今も健在。ほのぼの、ドタバタ、ナンセンス、くすぐり、駄洒落など、さまざまなタイプの笑えるSFが書かれている。
 ナンセンス物の筆頭は、BBCのラジオドラマを小説化した『銀河ヒッチハイク・ガイド』だろう。宇宙の究極の謎に明快無比の答えを出したSFとして歴史に残る一冊。このおかしさは筆舌につくしがたい。続編、『宇宙の果てのレストラン』『宇宙クリケット大戦争』も邦訳されているが、アイデアの密度では一冊めに軍配が上がる。
 マッドなドタバタぶりでは『時空の支配者』も負けてはいない。シリアスなハードSFになってもおかしくない量子力学的アイデアが、ラッカーの手にかかったとたん、無敵のギャグ発生装置に変貌する。
「SFの主要テーマすべてを網羅した」と著者自ら豪語する『フリーゾーン大混戦』は、ジャンルSFのネタのおもちゃ箱。
 お笑いとミリタリーSFを合体させた作品としてアメリカで圧倒的な人気を誇るのは、ビジョルドの〈マイルズ・ヴォルコシガン〉シリーズ。基本的にはキャラクター志向のスペースオペラだが、中でも『親愛なるクローン』は、ビジョルドのコメディエンヌとしての才能が遺憾なく発揮された爆笑の一冊。宇宙艦隊の司令官たる主人公がひたすら資金繰りに走り回る前半は無敵のおかしさ。
 それに対して、資金の心配だけはない『銀河おさわがせ中隊』は、筒井康隆『富豪刑事』のスペオペ版。大金持ちの御曹司が、はみだし者ばかりの中隊指揮を命じられて――という「ポリスアカデミー」的な設定のこのシリーズは、日本で人気が爆発した。ただし、二作目の『銀河おさわがせパラダイス』でシリーズは中断中。かわりにユーモア・ファンタジーの〈マジカルランド〉シリーズの邦訳がはじまっている。
 SFマンガにおける笑いの帝王は、吾妻ひでおにとどめを刺す。三十代以上のSFおたくなら、『不条理日記』に七転八倒した記憶のある人も多いだろう。『アズマニア』はそのSFギャグマンガを集大成したベスト版リミックス。



終わりに


 日本唯一のSF専門誌、〈SFマガジン〉は、九八年一月号で通巻五〇〇号を迎える。それを記念して、読者投票による海外・国内SFのオールタイムベストが企画され、四九九号、五〇〇号と二号にわたって結果が発表される予定。内外それぞれ五〇位以内については作品紹介もつくそうなので、SFファンの最大公約数的な評価や、ここで意識的に排除した古典的名作群に関する情報を知りたい方は、ぜひそちらを参照していただきたい。
 どちからと言えば、「昔のSFはよかったな」的なうしろ向きの価値観に支配されがちなオールタイムベスト選びとは対照的に、ここではあえて歴史的評価にこだわらず、SFの未来につながる作品を中心にセレクトした(つもり)。
 A型らしくバランスにも配慮した(つもり)だが、個人的趣味が大きく反映されているのはまちがいない。
 ともあれ、「いまどきのSFはいろいろあって面白い」ことを証明する百冊になっていることを祈りたい。

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