●RRインタビュー《宝島》バージョン(1993年5月)/大森 望



 ルーディ・ラッカーは、いま、世界一かっこいいSF作家である。そりゃ、ギブスンのほうが有名だし、ディックのほうが偉そうだけど、アナーキーでポップでラディカルで、セックス、ドラッグ、ロックンロールをギンギンに詰め込んだ最高にごきげんなSFとなれば、ラッカーにとどめをさす。

 一九四六年生まれの四四歳、六〇年代をひきずるベビー・ブーマー――とはいっても、ヤッピーに身を持ち崩した連中とはわけが違う。頭ん中はいまでも六〇年代、どうしてみんなマジメになっちゃったのかわかんないとボヤきつつ、今なお時代の先頭切って走り続ける団塊の世代の異端児なのだ。

 その彼が、このほど、〈サイバースペース:仮想現実の創造――ヒューマン・マシン・インターフェースの未来〉と題する(しかしおおげさな題だ)通産省後援の国際シンポジウムにゲストとして招待され、初来日した。本業は数学者で、数学書の翻訳も四冊あるラッカーだが、最近は電脳業界にも進出、子どもの学費を稼ぐため、オートデスク社でソフトを開発中。

 というわけで、われわれ取材班は、シンポジウム会場の日本一サイバーなビル、青山TEPIAに赴いた。会うまでは、いったいどんなアナーキー野郎だろうと怯えてたんだけど(なにしろ、プレス・キットの写真では、彼ひとり、三っつもメガネをかけた異常顔で映っているのだ)、あらわれた実物を見てびっくり。渋いスーツでびしっと決め、物腰も温厚そのもの、コンピュータの話題になればすかさずアタッシェ・ケースに忍ばせたソフトを取り出して宣伝するビジネスマンぶり。ラッカーよ、おまえもか。という驚きを隠して、とりあえず取材開始。

――『ウェットウェア』からもう二年になりますが、つぎの作品は?

「新しい長編の『HOLLOW EARTH』(地球空洞説)を書き上げたところだよ。サイバーパンクはひと休みして(笑)今度の作品は架空歴史ものなんだ」

――スチームパンクみたいですね。

「そうなんだ(笑)。スターリングとギブスンもそういうのを書いたんだって? 書きはじめたときには、そんな言葉があるとは知らなかったんだが」

――シンクロニシティってやつ。

「うん。サイバーパンクだと、使える文体の範囲が限られてるからね。ぼくとしては、もっといろんなスタイルを試したかったんだ。だからこんどは、ポーとメルヴィルの文体を使ってる。秋には本が出るはずだ」

――『ウェットウェア』系列の作品はもう書かないんですか?

「つぎは『ソフトウェア』の前の時代を舞台にした長編を書くつもりだ。ロボットたちが誕生したころの話」

――するとタイトルはやっぱり……。

「そう、『ハードウェア』(笑)」

――ところで、『ウェットウェア』に出てくる大バッパーっていうのは、五〇年代のミュージシャンのビッグ・バッパーから来てるんですか?

「ああ、子どものころ大好きでね。ビーバッパ・ルーラってやつ」

――ほかにはどんな音楽を?

「フランク・ザッパは昔から好きで、いまも聴いてる。最近は、キャンパーバン・ベートーベンとか、スポット10‐19やサーフマシーンなんか」

――そういえば、いまのお住まいは海のそばですけど、サーフィンとかやるんですか?

「サーフボードは買ったんだ。マーク・レイドロー(若手のサイバーパンク作家)と一緒にやろうと思ってね。ビーチに行ったんだが、人のいない場所がなくてね(笑)。つまり、一五歳くらいのめちゃめちゃうまい連中がうじゃうじゃいるもんだから、勇気が出なくて。

――会社には毎日出勤を?

「ぼくはハッカーだから(笑)、主に在宅勤務で、出社するのは二週間に一回くらい。まだ大学で教えてるし。

――そっちはなにを?

「C言語を教えてる。プログラムやるなら勉強しといたほうがいいんだけど、ひとりだとやる気がしないから、先にC言語のクラスを持つことにしたのさ。そうなりゃいやでも勉強するから(笑)。学生の苦労がよくわかるよ」

 シンポジウムの合間を縫ってのインタビューでは終始マジメだったラッカーだが、全プログラムが終了、会場を一歩出たとたん、ネクタイをむしりとり、ズボンからシャツをはみださせてすたすたと歩きだした姿はすっかり別人。「あのスーツね、今回日本に来るからっていうんで、あわてて買ったのよ」と奥さんが耳打ち。ビジネスマンの仮面を脱ぎ捨てたラッカーは、もとのやんちゃ坊主にもどって、夜のトーキョーに繰りだすのだった。




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