Hyperdiaryというか、ウェブ日記に関する文章をまとめてみました。とりあえず目についたものだけ。
●『インターネットとんでも活用マニュアル』掲載分(95年10月)
本来はべつの原稿を書く予定だったが、締切間際に頚部リンパ節炎で一週間入院。しょうがないので今は亡き《デジタル・ボーイ》に書いたWWW日記原稿を焼き直してお茶を濁したもの。ちなみにオリジナル版には、
史上最強のパーソナルメディア、WWWの極意はHyperDiaryにある。というリードがついてました。まったくおおげさだね。ってオレが書いたんだけど。
相互接続する個人ページの中から誕生しつつある、だれにでも開かれた日記のネットワーク。光速モディファイを誇るWWW日記ページが現代とリアルタイムでシンクロする新しいメディア=コミュケーションのかたちを提出する。
日々の生活そのものをWWWにまるごと投影する日記者たちの過激なヴァーチャルライフにリンクせよ。
●《Internet Surfer》掲載分(95年9月)
紙媒体では世界で(たぶん)初めてのWWW日記特集。見開きでWWW日記相関図が載ってたりしました。版元はエーアイ出版。この時期、やたらhyperdiary関係の原稿依頼が多くて、トドメがコレって感じ。
●『感じるインターネット』(アスキー)掲載分(96年6月)
ふだん見てるWWWページいくつかについて紹介記事を書く、という趣旨の原稿。書き上げた直後に630事件が発生し、津田日記リンクスのCGIはすべてストップしてしまった。その顛末について書いたのが、
●『インターネットXファイル』(オークラ出版)掲載分(96年7月)
「もうWWWについて書くことはないですから」とさんざん逃げ回ってたところに、嬲リンク事件と630事件が発生し、これならネタになるかもと思って書いた原稿。活字媒体で630事件について触れたものは珍しいかもしれない。
その630事件について、狂乱西葛西日記では、
●96年7月2日分とか、「狂乱西葛西日記特別編【ばうわう殱滅戰】」(96年7月6日分)とに言及がある。
伝言板のほうでは、96年7月上旬から、中旬、下旬、8月上旬あたりで活発な意見交換あり。その次にもちょっとひきずってますね。
●『僕がblogしない理由』(《月刊ASCII》2003年2月号)
hyperdiaryの話じゃありませんが、関連トピックとして追加(2003.6.18)。