大宮区検察庁に出頭して23日後、郵便受けを見てみたら、あったのだ。大宮簡易裁判所からの封筒が。表に「特別送達」と書かれている面白味のない黄土色の封筒が。中に何も入っていないんじゃないかと思われるほどに、やたら薄っぺらい封筒が。どうやら俺の刑が決まったらしい。この封筒の中身には一体どんなことが書かれているのか。「判決、被告を○○の刑に処す」などと書かれているのだろうか。そんなワケはないか。俺ははやる気持ちを抑え、部屋への階段を駈け上る。
罰金の金額は7〜8万円と聞いていた。当初から俺は、罰金が7万円台ならよし、8万円台ならがっかり、それ以上だったら激怒、との思いを巡らせており、7万円以下になるようなことはまずないであろうと考えていた。俺に下された判決は一体いくらなのだろうか。一方で、俺には罰金はきっと7万円台であろうという自信のようなものがあった。なぜなら交通機動隊から埼玉県警本部交通部、検察庁と3度に渡る出頭の際に、俺は、完璧なまでに「まじめな好青年」を演じきったという自負があったためである。取り調べの際の印象というのは、我々が思っている以上に判決に左右するのではないか?
・・・いや、少なくとも今回に限ってはそんなことはないだろう。俺の裁判は略式裁判であるため、俺がどんな人柄であるかは裁判官には全く伝わらない。俺はおそるおそる封筒を開く。封筒の上部はご丁寧に右、真ん中、左の3箇所をホッチキスで留めてある。中には・・・・薄い2枚の紙切れが入っているだけであった。そのうちの一枚は交通機動隊と検察庁で見た、例の赤紙だ。表に俺の名前、住所などの個人情報や「39km超過」という違反事項など、小さな文字でいろいろな事が書かれている。もう一枚は白い紙に赤い文字で何やら記入されている5cm×20cmぐらいの細長い紙で、「お知らせ」と題されたそれには以下の文句が書かれている。「お知らせ 罰金および科料の納付については、後日、大宮区検察庁から送付します納付書(振込書)により、もよりの市中銀行(郵便局、農協、信用組合等を除く。)から納付してください。納付書(振込書)以外による納付方法を希望されるときは、大宮区検察庁まで連絡してください。」(原文ママ) ・・・ふ〜ん。「納付書(振込書)」と2回も念押ししている点と、「もよりの」が平仮名で書かれている点がポイントか? 紙の下の方には大宮区検察庁の連絡先が書かれており、さらに紙の右上には「平成8年 略第2953号」と書かれている。「略」は略式裁判のことであろう。ということは、俺の裁判は平成8年度の2953番目の裁判なのだろうか。
でも、待てよ、振り込むったって、一体俺の罰金はいくらなんだ?と思いつつ、何気なく赤紙を裏返してみると・・・あ、あった〜!!赤紙の裏の上の方に、前回検察庁に出向いた時に俺自身がしたサインと押印があるのだが、その下に「裁判の主文」として
と高らかに書き込まれているではないか。いや、正確には、書き込まれているのは「70,000」という数値だけで、残りの文章は印刷だ。参考までに、主文の全文をここに掲載しよう。
事件名として「道路交通法違反」と書かれた上で、主文として「被告人を罰金 70,000 円に処する。これを完納することができないときは、金5,000円を1日に換算した期間(端数があるときは、これを1日に換算する)被告人を労役場に留置する。第1項の金額を仮に納付することを命ずる。」(原文ママ)
と書かれている。
これによると、もし70,000円が払えない場合、俺は14日間、労役場に留置されてしまうらしい。労役場というのは、刑務所のことか?主文後半の「第1項の金額を・・」というくだりは意味がわからない。「第1項」が何を指しているのかがはっきりしないが、金額を指している箇所は赤紙中、罰金の70,000円と金5,000円の部分だけであるからして、主文の前半の文章が「第1項」であると判断すればいいのであろう。しかし、だとすると「仮に納付」というのはどういうことか。「70,000円が払えない場合は14日間、労役場に留置されるが、その場合も仮に70,000円を払え」ということか? 払えるのなら留置される前に払うに決まってるだろ。
まあしかし、罰金が70,000円で済んだのはラッキーだった。前述の通り、罰金が70,000円台であればよしと思っていたのだ。実際、70,000円という数字を赤紙の中に見つけた時、俺は心の中で思わずガッツポーズをしていた。後は検察庁から送付されてくる納付書に従って70,000円を振り込むだけだ。これで全てが終わるのだ。でも一体、どこに振り込むのだろう? 警察か? 国か? それとも振り込まれる専門の機関があるのか? 新たな興味の対象が生まれた。
つづく
著作者:田中H