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建築材料・構法
["聴竹居"と"中野本町の家".2002]


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 建築のアイデアを実現するためには、実際にどのような種類を用いて、どんな構法で構造を成立させるかという問題は、避けて通ることはできない。それは単に建築が外力に耐えるためだけでなく、建築のキャラクターを左右する非常に重要な問題であるからである。たとえば同じ間取りの住宅であっても、それを異なる材料、構法で建てたならば、きっと全く違う印象を持つものになるであろう。逆に言えば、材料、構法を効果的に選択、使用することによって、建築の特徴や魅力をより引き出すことができるということである。

 そこで、日本の近代住宅史における数々の重要な住宅の中から、木造による在来軸組工法で建てられた「聴竹居」と、鉄筋コンクリート造による壁式構造で建てられた「中野本町の家」を取り上げ、それぞれの建築に使用された材料、構法の特徴について比較するとともに、それらがどのように建築に活かされているか考察することとする。

 聴竹居は、1927年に藤井厚二の設計によって京都の南、山崎の斜面に建てられた住宅である。和風住宅と洋風住宅の融合を目指した実験住宅として知られ、典型的な木造軸組工法で建てられている。軸組工法では、柱と梁とによってつくられるスケルトンの直方体を基本的な単位として、これらを組み合わせ配置することによって住宅全体が構成される。この建築では、その特性が平面配置によく表われているといえる。すなわち、聴竹居は南北に長く雁行したプランを有しているが、これは、平面によって区画した種々の凹凸のある空間をつくることによって、建築全体が四角四面で単調な形状になるのを防ぐという効果を生んでいるのである。また、居室を中心として客室、食事室、調理室、縁側、読書室といった部屋が囲むように配置されているが、これらの空間は襖や障子によって緩やかに区切られると同時に、緩やかに結ばれた一つの大きな空間であるともいえる。これは、柱と梁で荷重を受ける軸組工法のために、それぞれの部屋が壁で完全に遮断されることがないことによる。この特徴は、また外部に対しても大きな開口をあけることができることを意味している。実際に聴竹居では、ほとんどの部屋に窓が設けられている。特に西側の縁側から読書室を経て寝室にかけては連続窓になっており、大開口によって十分な採光を確保している。縁側の開口からは広がる風景を一望することができ、軸組工法の特徴を活用した住宅がつくられているといえる。

 また、基本的な構造材料として柱などに用いられている木材をはじめとして、壁材の土、窓の障子や襖や壁紙の和紙、それに天井の仕上げ材としての竹材など、聴竹居には非常に多様な素材が使われている。それらは、いずれも自然に由来する材料ばかりであって、人間にとって非常に安心感を与えるという効果をもたらす。特に客室は、木、竹、紙という日本の伝統的な材料を用いることによって、様式としては椅子式の洋風と床の間という和風の2種類の空間要素を絶妙のバランスで融合させ、共存させることに成功している。さらに、窓に嵌められた障子は、自然光が直接差し込むことを防ぎ、やさしく室内を照らす働きを持つ。建築家自らが設計した照明器具にも和紙が使われており、光の強さを和らげている。このように和紙を多用して、光に対する和紙の効果を活用していることも、この建築の特徴の一つになっているといえる。また、建築の外観においても、自然材料を用いて仕上げることで、周囲の環境に馴染む効果をもたらしている。そのために、聴竹居は外部の自然中に溶け込んだ建築になっているのである。

 一方、中野本町の家は、1976年に伊東豊雄の設計によって東京の中野区に建てられた住宅である。この住宅の最大の特徴は、大きなU字型の形状を持ち、通常の住宅の間取りとは全く異なっていることである。その内部は、大きなカーブを描く一つの「広間」がほとんどの空間が占めており、このU字型建築の中央にある中庭に面した開口部以外はすべて壁に囲まれているというユニークな構成になっている。このような特殊な空間が実現したのは、この建築が鉄筋コンクリート造壁式構造によって建てられていることによる。鉄筋コンクリートという材料は従来よりもはるかに自由な形状の建築を可能とするとともに、耐力壁とスラブによって構成される壁式構造は柱や梁のない空間をつくりだすことができるからである。そのために、この湾曲した広間は、曲率の異なる2枚の円弧形状の壁のみからなる、のっぺらぼうで無機質なチューブ状の空間とすることができたのである。屋根の形状も、一部を除いて全体が中庭へと向かって傾斜した形状になっており、鉄筋コンクリート造ならではの形状になっている。ほかにも、広間の開口部の端にある小さな半径の曲面や、あるいは納戸や寝室の雁行する壁などの造形も、鉄筋コンクリートによってつくられている。このような大小さまざまな造形は、コンクリートという非常に無表情な材料を用いることによって、何ら主張を持たない、すなわち素材感のない単なる造形要素として存在するような感覚を人間にもたらす。これら造形要素の絶妙な配置と構成が、空間の中にリズム感を生み、湾曲したチューブ自体が、木とか土とかいった物質がもつ実体としてのイメージを離れて、人間の概念の中で成立する空間として認識されるようになるのである。これに対して、広間の両端に設けられた納戸や寝室といった部屋は、コンクリート壁によって完全に隔離された閉鎖的な空間になっているが、これもまた壁式構造の特徴であるといえる。

 ところで、壁式構造は、壁に開口部を多く設けることはできないという特徴を一方で持っている。この中野本町の家では、大きな窓はただ1ヶ所中庭に面してあけられているのみである。そこからの入斜光が、このチューブ空間の奥に向かって明暗のグラディエーションをつくりだす。また、天井にスリット状にあけられたハイライトから細長い光の帯が湾曲した壁面に注ぎ、室内に明暗の表情をつくりだす。このように、開口部の数が少ないことを逆手にとって、均質な空間の中に印象的な光のコントラストを持ち込み変化を与えているのである。これも、ある意味で壁式構造がもたらした効果であるといえるであろう。なお、コンクリートという材料がもつ無機質な印象は、この建築の外壁でも利用されている。外壁の仕上げは、コンクリート打ち放しであり、その個性的な形状とともに一般の住宅街の中で独特の雰囲気を醸し出すのに貢献しているのである。

 以上、2種類の住宅における材料と構法の特徴と、その建築に対する効果を比較してきたが、住宅という同じ用途でありながら、例に挙げた2つの住宅はあまりに違っている。一体これはどういうことによるものなのであろうか。その理由は、それぞれの住宅が建てられた目的によるところが大きいと考えられる。すなわち、聴竹居は万人に対して住みよい住宅とはどのようなものであるかという研究の過程で建てられた住宅であり、多くの人々にとって効果的な要素を盛り込んだ住宅を目指しているのに対して、中野本町の家の場合は、特定の施主の、それも特殊な事情を反映させて設計された住宅であるという違いである。聴竹居においては、特に断熱・保温性、採光の確保、室内換気、湿度調整といった生活環境面に対する配慮がなされているのだが、これらの問題を解決するのには、木造軸組工法が適していたのである。日本古来より育まれてきたこの木造軸組工法は、日本の気候風土が十分に考慮されたものとなっており、聴竹居の設計で重視された生活環境の条件を満たすものだったのである。聴竹居が建設された当時、すでに鉄筋コンクリート造の住宅は存在していたが、耐久性、耐火性、耐震性に優れるものの、断熱性・遮音性に乏しく、調湿性が悪く、また気密性が高いために換気が悪いという欠点のために、聴竹居の主要材料としてコンクリートが採用されることはなかった。これに対して、中野本町の家では、逆にコンクリートが持つ彫塑性が豊かで自由な造形が可能であるという特徴を活かして、施主の希望を満足させるような個性的な造形をした建築を実現したといえる。このようなことは、木造軸組工法では不可能であることは言うまもでもない。さらに、材料が持つ物質性を消し去って、造形あるいは空間が持つ概念を浮かび上がらせるということに至っては、木材などの材料の存在感や特性を前面に押し出す木造軸組工法では論外であり、コンクリートの独壇場であるといえるであろう。

 このように、建築材料および構法にはそれぞれ一長一短があり、特徴を考慮して適材適所に用いることが重要である。上記の住宅2例にしたがえば、次のように言うことができる。木造軸組工法は、日本国内気候風土に合っているために断熱性や調湿性、換気性にすぐれ、住宅に関して生活環境をよいレベルに保つのに適している。鉄筋コンクリート造壁式構造は、コンクリートが持つ造形の自由度の高さと、平面計画で柱に制限されない自由な空間をつくることができる壁式構造の特徴を活かして、個性的な空間、造形を持つ住宅を建築するのに適している。この両者の関係は互いの欠点を補うものであり、双方の利点を掛け合わせることによって、より特徴のある、またはさらに魅力ある建築を実現することができると考えられるのである。

参考文献
 「日本の住宅戦後50年」、1995.12.10第1版、編者:布野修司、発行:(株)彰国社
 「環境と共生する住宅『聴竹居』実測図集」、2001.3.10第1版、編者:竹中工務店設計部、発行:(株)彰国社
 「住まい学大系/090『中野本町の家』」、1998.1.20第1刷、著者:後藤鴨子・後藤幸子・後藤文子+伊東豊雄、発行:住まいの図書館出版局
 「建築構法」、1993.2.25、著者:小畠克朗・谷口英武、発行:(株)建築技術
(4046字)

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