猪名川の想い出 

 
 京都の梶本さんからご提供いただきました。 ありがとうございました。m(_ _)m
梶本さんのE-mailアドレスは kajimoto@home.email.ne.jp です。 
  また、梶本さんは、「木々の移ろい」 という、ホームページを公開されていますので、
ぜひお訪ね下さい。                            (1997.7.8.掲載)

 

   猪名川の阪急鉄橋付近     

  私の古い物置から、小学校の低学年で描いた
 猪名川の阪急鉄橋付近の絵が出てきました。
 絵は下手ですが、当時(昭和28年春)の
 土手に桜の木が植えられていたことが
 解ります。
  後ろの山らしきものは、
 五月山展望台のつもりでしょう。

 私は小学校時代を、池田の呉服小学校で過ごしました。
よく写生に猪名川の堤防に出かけました。そのころは池田側の堤防は
桜並木のなっており、春には満開の桜を眺めることが出来ました。
夏の夜には蛍が飛んでいたのを思い出します。

 南から阪急電車を越えて西本町の方に歩いていくと、呉服座という
芝居小屋があり、この中に潜り込んだこともあります。回り舞台もある
立派な小屋で、旅回りの役者たちの芝居を見ることが出来ました。
いま、ご存じのように、呉服座は「明治村」に保存されています。
いつか、想い出に会いに明治村を訪ねたいと思っています。
 呉服橋を渡ると、川西座という映画館がありました。私が生まれて
初めて天然色のアニメをこっそり見たのもこの映画館でした。高速道路の
建設でこの辺りはすっかり変わってしまいました。

 さらに上流には、中橋と絹延橋があります。昔は中橋の辺りでも
十分に泳ぐことが出来ました。この辺りで釣りをしたこともあります。
絹延橋の袂にすんでいた友人が、結婚を前にして地下鉄工事の事故で
亡くなったことが、いまでも悲しく思い出されます。
 鶯の森の辺りは、堰堤があって良い水泳場になっていました。ここで
泳いだ経験を持つ人は多いはずです。
 能勢電にとっては鼓ヶ滝は難所でした。一両だけのガタガタ電車が、
急カーブの鉄橋をキイキイ音をさせながら、ようやく通り過ぎる間、
乗客は手に汗を握っていました。

 多田、一庫は田舎の村で、猪名川でキャンプをするときはここか
畝野で降りました。猪名川一庫キャンプ場は、川岸と河原にテントが
20ハリほど並んだところで、河原で飯ごう炊さんが出来るように
なっていました。高等学校の時友人とキャンプに行き、就寝中に
大雨に見舞われ、気がついたら枕元まで轟々と水が流れ込んでいた
恐ろしさはいまでも昨日のように覚えています。

 さて、池田から猪名川を下ると、飛行場の横を抜けて千里川と合流し、
更に園田の東で藻川と合流します。藻川との合流点まで歩くのも、菜の花の
季節などには味わいがあります。
 この川の近くにいた、一人の娘さんのところまで、歩いたり走ったりしたのも
懐かしい想い出です。いまは私の妻となり、ハイキングの良きパートナーです。



  (かねちゃんコメント)     とっても味のある絵ですね。戴いてからこのページを編集する度に    眺めまていすと、鉄橋や桜の懐かしい雰囲気に引き込まれてしまいます。     そして猪名川のいいお話、ありがとうございました。    よき時代の様子が伺われて、タイムスリップしたようです。    最後のオチもいいですね。(^^)v     猪名川は上流の方に入ると、まだいい風景が多く残っていて私も好きです。    しかし、いまだに続く宅地開発や第二名神道の計画などは便利にはなるものの    個人的には、やめてもらいたいなと思っている今日この頃です。    飛行場対岸から 猪名川上流を見る     今は五月山の手前に阪神高速の伸張工事中です。                      1997.6.7.

 
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1997.7.8. BY M.KANE