七 言 絶 句 抄(1)

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目 次
1.聴老歌茉莉花而作七絶二首(老歌「茉莉花」を聴いて作す七絶二首) 2.紫丁香(していこう:ライラック) 3.寄慈雨(慈雨に寄す) 4.日光東照宮 5.故宮月季花 6.炎天 7.夕顔花 8.賀新年(新年を賀す) 9.梅花発(梅花発(ひら)く) 10.待春(春を待つ) 11.無題 12.与朋友(朋友に与う) 13.賞嫩緑(嫩緑(どんりょく)を賞す) 14.水村散策 15.五月最韶(五月最も韶(うつく)し) 16.永別晩学人 17.鎌倉報国寺 18.堤上漫行 19.湾上傾碑 20.八月記憶 21.鬼節 22.寄中学同窓会 23.寄高校同級会 24.寓話 25.於薔薇園 26.黄落 27.過菊小家園(菊の小家園を過ぎる) 28.旅越中(越中に旅す) 29.歳首即時(年頭詠) 30.孫女誕 31.感慨 32.寄膝害友 33.緑雨後 34.再賞嫩緑 35.初夏即事 36.老婦緑蔭歌 37.近夏至 38.紫陽花 次韻白氏同題詩 39.戦後児輩 40.過松林帰客舎(松林を過ぎりて客舎に帰る) 41.颶風前 42.長崎原爆紀 43.第五十九回終戦日 44.難算 45.客松山(松山に客たり) 46.初冬朝 47.尽日雪 48.平成十七年歳首詠(一) 49.平成十七年歳首詠(二) 50.印度洋海嘯 51.祈平康 52.白鳥飛来 53.何日是帰年 54.朝霧 55.五月 56.傍老父(老父に傍(そ)う 漢詩トップページに戻る
聴老歌茉莉花而作七絶二首
其一  春風駘蕩自心和   春風駘蕩(たいとう)自ずから心和らぐ 径草愈青華彩多   径草愈(いよいよ)青くして華(はな)は彩(いろどり)多し 誰茉莉花低緩唱   誰ならん茉莉花(まつりか)を低く緩やかに唱うは 将時万物賜歓歌   将に時は万物に歓びの歌を賜わんとす (下平声五歌韻)           茉莉花=モーリファ           駘蕩=のどかでのんびりしている 其二 還発池塘茉莉花   還(ま)た発(ひら)く池塘(ちとう)の茉莉花 微香度水及貧家   微香水を度(わた)りて貧家に及ぶ 友書遊楽閑居地   書を友とし楽(がく)に遊ぶ閑居の地 倦喫妻倶自製茶   倦(う)めば喫す妻ととも倶に自製の茶 (下平声六麻韻)  池塘=池の堤 目次へ戻る 紫丁香
誰家垣木紫丁香   誰が家の垣木(んぼく)ぞ紫丁香(していこう) 花発清芬散四方   花発(ひら)けば清芬(せいふん)四方に散ず 華色淡青空不染   華色は淡青にして空に染まず 澄明端麗若佳娘   澄明(ちょうめい)端麗なること佳娘(かじょう)の若(ごと)し  (下平声七陽韻)           (語注)           紫丁香=ライラック           清芬=清らかなかおり 目次へ戻る 寄慈雨       慈雨に寄す
柳枝含雨緑逾濃   柳枝雨を含んで緑逾(いよいよ)濃(こまやか)なり 子鴨従親列入池   子鴨(しこう)親に従い列して池に入る 黄傘女児堤上並   黄傘(こうさん)の女児堤上に並ぶ 可懐良雨庶生資   懐(おも)う可(べ)し良雨は庶(もろもろ)の生の資(もと)なるを   (上平声四支韻) 目次へ戻る 日光東照宮
  五月日光東照宮   五月日光東照宮 倶妻来訪廟堂濛   妻と倶(とも)に来訪すれば廟堂(びょうどう)は濛(こさめ) 玉金争贅極荘厳   玉金贅(ぜい)を争い荘厳を極む 豈唯権財人世豊   豈(あ)に唯だ権財のみ人の世を豊かとなさんや  (上平声一東韻)           権財=権力と財産 目次へ戻る 故宮月季花
  陽光燦燦故宮庭   陽光燦燦(さんさん)たり故宮の庭 五彩美花月季馨   五彩の美花月季(げっき)馨る 三百年来空努力   三百年来空しく努力するも 未能現出色唯青   未だ現出能わざる色は唯だ青のみ  (下平声九青韻)            月季=四季咲きバラ 目次へ戻る 炎天
紺碧澄晴八月空   紺碧(こんぺき)澄晴(ちょうせい)たり八月の空 炎天焦地作炎風   炎天地をこ焦がして炎風と作(な)る 明眸少女祈平世   明眸(めいぼう)の少女平世(へいせい)を祈れども 広島長崎苦未終   広島長崎の苦未だ終らず  (上平声一東韻) 目次へ戻る 夕顔花
晩開朝閉夕顔花   晩に開き朝には閉ずる夕顔の花 為作書栞剪一葩   書の栞と作(な)さんが為に一葩(ひとひら)を剪(き)る 薄片優柔不耐触   薄片は優柔にして触るるに耐えず 佳人楚々似潜家   佳人の楚々(そそ)として家に潜むに似たり (下平声六麻韻) 目次へ戻る 賀新年
筑波山上紫雲横   筑波山上に紫雲横たわり 歳旦清光欲遍萌   歳旦の清光遍(あまね)く萌(きざ)さんと欲す 四海近時波不静   四海近時波静かならざれども 願同多幸笑門盈   願わくは多幸を同じうして笑の門に盈(み)つるを (下平声八庚韻) 目次へ戻る 梅花発       梅花発(ひら)く
昨夜雨糸桑戸斜   昨夜雨糸(うし)板戸(ばんこ)に斜(ななめ)なり 今朝塵絶発梅花   今朝塵絶えて梅花発(ひら)く 枝端白弁青天凛   枝端の白弁寒天に凛(りん)たり 香散入窓清弊家   香散じて窓に入れば弊家を清くす (下平声六麻韻)           弊家=自分の家 目次へ戻る 待春        春を待つ
桃花欲発雪霏霏   桃花(とうか)発(ひら)かんと欲して雪 霏霏(ひひ)たり 蕾尽縮身還襲衣   蕾は尽(ことごと)く身を縮めて還(ま)た衣を襲(かさ)ぬ 何戯目前華灼灼   何の戯(たわむれ)ぞ華の灼灼(しゃくしゃく)たらんを目前にして 今唯有待啓春扉   今は唯だ春の扉を啓(ひら)くを待つ有るのみ  (上平声五微韻) 目次へ戻る 無題
極東平穏満桜花   極東は平穏にして桜花満ち 戦禍中東溢怨嗟   戦禍の中東は怨嗟(えんさ)溢る 貧富弱強分二界   貧富弱強 界を二つに分かてども 盛衰時改使誰奢   盛衰は時に改まれば誰をして奢(おご)らしめんや (下平声六麻韻) 目次へ戻る 与朋友       朋友に与う
白雲行緩碧空深   白雲行くこと緩やかに碧空深し 嫩緑萌枝洗俗心   嫩緑(どんりょく)枝に萌(きざ)せば俗心を洗う 焉独能欣初夏爽   焉(あ)に独り能(よ)く欣(よろこ)ばん初夏の爽やかなるを 願君車駆出遊森   願わくは君が車を駆りて森に出遊せん (下平声十二侵韻)           嫩緑=若く柔らかな緑、新緑 目次へ戻る 賞嫩緑       嫩緑(どんりょく)を賞す
鶏鳴一響駭甘眠   鶏鳴一たび響けば甘眠(かんみん)を駭(おどろ)かす 鴉軋開窓浴緑烟   鴉軋(ああつ)して窓を開き緑烟(りょくえん)に浴す 樹独芳香非可重   樹は独り芳香のみを重んずべきに非ず 嫩芽新葉又深憐   嫩芽新葉(どんがしんよう) 又 深(はなはだ)憐む  (下平声一先韻)           甘眠=浅い眠り            鴉軋=ギーという音。           緑烟=新緑の頃の靄。嫩芽=若芽 目次へ戻る 水村散策
老圃徊畦引水田   老圃(ろうほ)畦(あぜ)を徊(めぐ)りて田に水を引く 南風時起走淪漣   南風時に起りて淪漣(りんれん)を走らす 遠鶯声妙愉吾歩   遠鶯(えんおう)の声妙なれば吾が歩みは愉し 口唱何軽若和涓   口唱(こうしょう)何ぞ軽からん涓(けん)に和するが若(ごと)し (下平声一先韻)           老圃=老いた農夫           淪漣=さざなみ           遠鶯=遠くにいる鶯           口唱=くちずさみ           涓=小さな水流 目次へ戻る 五月最韶      五月最も韶(うつく)し
牡丹月季絳花争   牡丹月季絳花(こうか)争う 新緑逾濃地気盈   新緑逾(いよいよ)濃やかにして地気盈(み)つ 応適歌題韶五月   応(まさ)に適うべし歌の「韶しき五月」と題するに 低吟矩歩老身軽   低吟(ていぎん)矩歩(くほ)すれば老身軽やかなり (下平声八庚韻)            月季=四季咲きバラ           絳花=赤い花           矩歩=正しく歩く           地気=動植物の生育を助ける自然の気 目次へ戻る 永別晩学人    晩学の人に永別す
悼一婦人逝去而捧一詩。彼人亡弟妻母也。生来好学六十而志入大学。為放送大学一期生励勉学。 難病不許完学向傘寿逝。聞道於病床猶最喜談学。共親族以百花満棺又納数書。将先韻作七絶。 (一婦人の逝去を悼みて一詩を捧ぐ。彼の人は亡弟の妻の母なり。生来学を好み六十にして大学に入るを志す。 放送大学一期生となりて勉学に励む。難病学をまっとうするを許さず、傘寿になんなんとして逝く。 聞くならく、病床において猶、学を談ずるを最も喜ぶと。親族と共に百花を以て棺を満たし、又数書を納む。 「先」韻をもって七絶を作す。) 夕風微入盪香烟   夕風(せきふう)微(かす)かに入りて香烟(こうえん)を蕩(うご)かし 鳥愕鉦声過樹辺   鳥は鉦(かね)の声に愕(おどろ)きて樹辺を過(よぎ)る 棺満百花書又幾   棺は百花に満ちて書又いく幾ばく 今猶学処在黄泉   今猶学ぶ処 黄泉に在らん (下平声一先韻) 目次へ戻る 鎌倉報国寺
五月欲尽日、偕中学同窓三人、於鎌倉遊。 先訪報国寺。此寺足利氏建立。 於其庭有与美竹林珍花石斛。旬日後得一詩。 (五月の尽きんとする日、中学の同窓三人と鎌倉に遊ぶ。先ず報国寺を訪ねたり。此の寺足利氏の建立なり。 其の庭に美しき竹林と珍花石斛有り。旬日の後に一詩を得たり。) 清風古刹竹林来   清風古刹(こさつ)の竹林より来り 石斛幽花松樹開   石斛(せっこく)の幽花松樹に開く 簡素灯籠庭角有   簡素なる灯籠庭角に有り 何心蓋屋厚青苔   何の心ならん屋を蓋(おお)う厚き青苔  (上平十灰韻)                   石斛(セッコク)=ラン科寄生植物。 目次へ戻る 堤上漫行
南風帯雨栗花芳   南風 雨を帯びて栗花(りっか)芳し 緑稲淹田白鷺翔   緑稲 田を淹(おお)い白鷺翔(かけ)る 堤上漫行歌自発   堤上 漫(そぞろ)に行けば歌自ずから発す 噫乎誰不憶家郷   噫乎(ああ)誰か家郷を憶(おも)わざる (下平声七陽韻) 目次へ戻る 湾上傾碑
旅次偶来湾上岡   旅次 偶(たまたま)来る湾上の岡 漁舟入港負斜陽   漁舟 港に入って斜陽を負う 一碑浅刻徒兵死   一碑 浅く刻む徒兵(とへい)の死   墟墓何空朽故郷   墟墓(きょぼ)何ぞ空し故郷に朽ちんとは (下平声七陽韻)           (語註)           旅次=旅の途中           斜陽=夕日           徒兵=歩兵、兵卒           墟墓=荒れた墓 目次へ戻る 八月記憶
     吾趁蜻蛉駆路上   吾は蜻蛉(せいれい)を趁(お)って路上を駆け 母需園菜励耘耕   母は園菜を需(もと)めて耘耕(うんこう)に励む 爆音低響而聞警   爆音低く響けば而(すなわち)警を聞く 童未知何是戦争   童 未だ知らず 何ぞ是(これ)戦争 (下平声八庚韻)           (語註)            耘耕=耕耘、農作物の手入れをすること 目次へ戻る 鬼節
鬼節今年亦復郷   鬼節 今年も亦郷に復(かえ)る 孤棲父寿母経亡   孤棲(こせい)の父は寿(いのちながき)も母経(すで)に亡し 更花点燭専供養   花を更(か)え燭を点(とも)して供養を専(もはら)とするも 孝不如慈是勿忘   孝の慈に如かざる 是 忘る勿(な)かれ (下平声七陽韻)           鬼節=盂蘭盆会 目次へ戻る 寄中学同窓会
早踰還暦同窓友  早(つと)に還暦を踰(こ)えし同窓の友 会毎三年改旧情  三年毎に会して旧情を改む 紅頬緑髦唯夢裏  紅頬緑髦(こうきょうりょくぼう)は唯夢の裏(うち) 燻銀如焜得長生  燻銀(くんぎん)の焜(かがや)くが如く長生を得ん (下平声八庚韻)           紅頬緑髦=紅い頬と緑の垂れ髪           燻銀=いぶし銀 目次へ戻る 寄高校同級会
自卆松高五十年  松高を卆えてより五十年 有猶持職有遊田  猶職を持する有り田に遊ぶ有り 身寧心泰之求処  身寧(やす)く心泰(やらか)なるは之(これ)求むる処 以得親交倍向前  以て親交の向前に倍(ま)すを得ん (下平一先韻)          松高:母校の略称           向前=従来 目次へ戻る 寓話
桂秋無月蕭森径   桂秋(けいしゅう)無月 蕭森(しょうしん)の径(みち) 熊帥三猿到酒家   熊 三猿を帥いて酒家に到る 柿葉盛来鮭菜旨   柿の葉に盛り来る鮭菜(かいさい)旨(うま)し 妖狐化主是羞花   妖狐(ようこ)主に化せば 是れ羞花(しゅうか)  (下平声六麻韻)           桂秋=桂花(木犀)の咲く秋、仲秋           蕭森=細い木が並んでもの淋しい           鮭菜=魚菜、魚料理           羞花=花に身の縮む思いをさせる、(人の顔かたちの非常に美しいたとえ。) 目次へ戻る 薔薇園
十月晴空気朗然   十月 晴空 気 朗然たり 薔薇二発競嬋娟   薔薇二(ふたたび)発(ひら)いて嬋娟(せんけん)を競う 花傍妻笑吾倶笑   花の傍(かたわら)に妻笑めば吾も倶(とも)に笑む 琴瑟相和四十年   琴瑟(きんしつ)相和すること四十年  (下平声一先韻) 目次へ戻る 黄落
高樹凛然黄落後   高樹 凛然たり 黄落の後 寒風雨雪幾回経   寒風 雨雪 幾回(いくたび)か経(へ)たる 無嘆深皺彫枝幹   嘆く無かれ 深き皺の枝幹に彫むを 是證年功非耄齢   是 年功を證するにして耄齢(ぼうれい)に非ず (下平声九青韻)           耄齢=耄碌する老齢 目次へ戻る 過菊小家園(菊の小家園を過ぎる)
菊盈佳色小家園   菊 佳色に盈(み)つ 小家園 翁嫗隔籬長笑言   翁嫗(おうう)籬(まがき)を隔てて笑言長し 警笛狂鳴驚退避   警笛狂鳴すれば驚いて退避す 疾駆間道甚車喧   間道を疾駆して車の喧(かまびす)しきこと甚し  (上平声十三元韻)           翁嫗=翁と媼(爺さん婆さん)            目次へ戻る 旅越中(越中に旅す)
車窓遠望立山峰   車窓より遠望す 立山の峰 白頂青裳将入冬   白頂青裳 将に冬に入らんとす 成客越中吾忽想   越中に客と成れば 吾は忽ちに想う 家持詠上女児容   家持(やかもち)詠上の女児の容(すがた)を   (上平声二冬韻) 註: 大伴家持は越中守として越中に赴任し、現在の富山県高岡市伏木付近に 居宅を構えて数年間住んだ。歌人であり、万葉集の編纂者でもある家持 の短歌は、万葉集巻17〜20の大半を占めるが、巻19中の次の二歌 は特に人口に膾炙している。   春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出立つおとめ   もののふの八十おとめらが汲みまがふ寺井の上の堅香子の花 上記「春の苑」歌は中国の詩(或いは画)等から想を得ていると言われる。 目次へ戻る 歳首即時(年頭詠)楷書体毛筆の書
春暁先萌銚子東   春暁先ず萌す銚子の東 水天髣髴欲微紅   水天髣髴(ほうふつ)微紅ならんと欲す 舳艫相哺漁船影   舳艫(じくろ)相哺(あいふく)む漁船の影 凛凛海人生気隆   凛凛として海人(かいじん) 生気隆(さかん)なり (上平声一東韻) 語注) 水天髣髴=海と空の境界がはっきりせず仄かに見える様子 舳艫相哺=多くの船の船首と船尾が互いに付くように連なって進む様子 目次へ戻る 孫女誕
片片桜花舞恵風   片片たる桜花 恵風に舞い 斑斑欅葉踊蒼空   斑斑(はんぱん)たる欅葉(きょよう)蒼空に踊る 呱呱高響嬌孫誕   呱呱(ここ)高く響いて 嬌孫(きょうそん)誕まる 育育心身願日豊   育育(いくいく)たる心身の 願わくは日々に豊からんことを (上平声一東韻) 語注) 斑斑=まだらまだら 呱呱=産声 育育=すくすく育つさま 目次へ戻る 感慨
桜蘂降頻重路辺  桜蘂(おうずい)降ること頻りにして路辺に重なり 欅芽漸密映蒼天  欅芽漸く密にして蒼天に映ゆ 呱啼時響肥孫女  呱啼(こてい)時に響いて孫女肥ゆ 老去新生合是然  老去新生合(まさ)に是然るべし (下平声一先韻) 語注) 桜蘂=桜花の蘂(しべ) 呱啼=嬰児の泣き声 老去=年とって老いること 新生=人や動物の生まれること、或いは植物の芽の出ること 目次へ戻る 寄害膝友
青青樹葉映澄空  青青たる樹葉 澄空に映じ 頻憶倶遊嫩緑中  頻りに憶う 倶(とも)に嫩緑(どんりょく)の中に遊びしを 遙慮頃来君害膝  遙かに慮(うれ)う頃来(けいらい)君が膝を害せるを 何吾独可楽香風  何ぞ吾が独り香風を楽しむべけんや  (上平声一東韻) 語注) 嫩緑=若葉の緑、新緑 頃来=この頃 目次へ戻る 緑雨後
夜来雨過洒疎林  夜来の雨過ぎて疎林を洒(あら)い 草樹生生緑漸深  草樹生生として緑漸く深し 光彩葉間如散玉  光彩葉間に揺らいで玉(ぎょく)を散じたるが如し 今朝願作小飛禽  今朝願わくは小飛禽と作(な)らん (下平声十二侵韻) 目次へ戻る 再賞嫩緑
鶏犬競声妨晏眠  鶏犬声を競いて 晏眠(あんみん)を妨ぐ 開窓遠樹帯春烟  窓を開けば遠樹春烟(しゅんえん)を帯ぶ 芳花時教人浮躁  芳花は時に人をして浮躁(ふそう)ならしむれども 嫩葉寧心正可憐  嫩葉(どんよう)の心を寧(やすん)んずる 正に憐れむべし (下平声一先韻) 語注) 晏眠=遅く迄眠ること、朝寝 浮躁=浮ついた気持ち 嫩葉=若葉 目次へ戻る 初夏即事
夏兆都城陽焔揺  夏 都城(とじょう)に兆して陽焔(ようえん)揺れ 皇居岸上柳枝飄  皇居岸上 柳枝飄(ひるが)える 露膚児女相遊戯  膚(はだ)を露わにして児女は相遊び戯むる 万緑至時精気饒  万緑至る時 精気饒(ゆたか)なり (下平声二蕭韻) 語注) 都城=首都 陽焔=陽炎=かげろう 目次へ戻る 老婦緑蔭歌
遠望如絨触如羅  遠望すれば絨(じゅう)の如く 触るれば羅(ら)の如し 蒼黄柿葉大心和  蒼黄の柿葉 大(はなはだ)心和む 偶聞曾覚流行曲  偶(たまたま)聞く曾て覚えし流行曲 老婦低声緑蔭歌  老婦の低声緑蔭の歌 (下平声五歌韻) 語注) 絨=ビロードなど、毛羽のある厚手の織物  羅=目のすいたうすい絹織物、うすぎぬ。  目次へ戻る 近夏至
得機終業早於常  終業の常よりも早き機を得たり 夏至近猶高夕陽  夏至近ければ猶夕陽高し 駆自行車郊外道  自行車を駆る郊外の道 敷芬郁郁栗花傍  敷芬(ふふん)郁郁たり栗花の傍  (下平声七陽韻) 語注) 自行車=現代中国語で自転車のこと 敷芬郁郁=強い香りのすること 目次へ戻る 紫陽花 次韻白氏同題詩 
長崎成客濡梅雨  長崎に客と成りて梅雨に濡る 晩訪曾知小酒家  晩(くれ)て訪う曾て知る小酒家 酔語荷医親美妾  酔いて荷医の美妾に親しみしを語れば 如羞卓子紫陽花  羞ずるが如し卓子の紫陽花 (下平声六麻韻) 語註) 荷医=オランダ(人)の医者、ここではシーボルト。現代中国語でオランダを 荷蘭(略:荷)という。 卓子=テーブル シーボルトは長崎出島の居宅で丸山の美しい遊女、滝(おたきさん)を妾として 愛し、一女イネをもうけた。また彼は、「おたきさん」に因んで、アジサイに対 して、Hydorangea Otaksa なる学名を与えている。現在この学名は使われていな いが、アジサイは英名で Otakusa Hydorangea というらしい。 結句は以下を含意した積もり。即ち、上述のようなシーボルトと愛妾とアジサイ の三者関係の下で、語られている妾の美しさに、アジサイの花が羞じらって(紅 変して)いる、と。 白居易の紫陽花詩は白氏文集にあって以下の通りであるが、ここにある紫陽花が果 たしてアジサイか否か、解らないとする説が多い。 何年植向仙壇上  何れの年にか仙壇上において植わり 早晩移栽到梵家  早晩移し栽(う)えられて梵家(ぼんか:寺)に到る 雖在人間人不識  人間に在りて人識(し)らずと雖も 与君名作紫陽花  君が与(ため)に名付けて紫陽花と作(な)さん 目次へ戻る 戦後児輩 
如何終戦後児輩   如何なりしぞ終戦後の児輩は 食芋衣襤山野遊   芋を食し襤を衣(き)て山野に遊ぶ 街陌少車宜競走   街陌(がいはく)に車の少(まれ)なれば競走に宜ろし 友朋兄弟悉輝眸   友朋兄弟悉く眸を輝かす (下平声十一尤韻) 語注) 襤=ボロ 街陌=町なかの道路 目次へ戻る 過松林帰客舎(松林を過ぎりて客舎に帰る)
暑気微和日没西   暑気微(わずか)に和らいで日西に没す 松林風動夕蝉啼   松林に風動いて夕蝉啼く 当難我業時停頓   難に当たりて我が業時に停頓すれども 復息焦心脱径迷   復(ま)た焦心を息(やす)めて径迷を脱せん (上平声八斉韻) 目次へ戻る 颶風前
黒雲行疾颶風前   黒雲行くこと疾し颶風の前 群鳥騒騒廻樹辺   群鳥騒騒として樹辺を廻る 気象異常多近歳   気象の異常なること近歳に多し 人知不及是当天   人知の及ばざるは是当に天なるべし (下平声一先韻) 語注) 颶風(ぐふう)=台風 目次へ戻る 長崎原爆忌
炎天鐘響白鳩飛   炎天に鐘響いて白鳩飛ぶ 悼没願和同祷祈   没(な)きを悼み和を願って祷祈(とうき)を同じくす 新鬼尚加原爆忌   新鬼尚加う原爆忌 世伝戦禍毎年稀   世に戦禍を伝うは年毎に稀なり (上平五微韻) 語注) 祷祈:祈祷 新鬼:新しい死者 目次へ戻る 第五十九回終戦日
五紀将臻自戦終  五紀将に臻(いた)らんとす 戦い終わりてより 猶遺万骨潜蜈蚣  猶万骨を遺して蜈蚣を潜ます  人間少識軍何惨  人間識ること少なし 軍の何ぞ惨たるかを 国憲当危軽禁戎  国憲当に危かるべし 戎を禁ずるを軽んずるならん (上声一東韻) 語注) 五紀:六十年(一紀=十二年) 蜈蚣:むかで 戎:戦争 目次へ戻る 難算
難算苦心経一年  難算苦心すること経(すで)に一年 時空紙筆似駑鉛  時に紙筆を空しくして駑鉛(どえん)の似し 諸書電脳無勝用  諸書電脳用に勝(た)うる無し 自彊何秋可息肩  自彊して何れの秋(とき)に肩を息(やす)むべけんや (下平声一先韻) 語注) 駑鉛:のろまな馬と切れない刃物 自彊:自ら励まして努めること 息肩:荷物をおろして、肩を休める。任務を軽くすること。 目次へ戻る 客松山
晩秋一日客松山  晩秋の一日松山に客たりて 道後泉中四体閑  道後泉中に四体閑たり 文芸俊才多此処  文芸の俊才此処に多けれども 子規喬嶽是難攀  子規の喬嶽は是(これ)攀(よじ)るに難し (上平声十五刪韻) (語注) 子規:正岡子規 喬嶽:高い山岳 目次へ戻る 初冬朝
初冬寒気未厳峻  初冬寒気未だ厳峻ならず 緩度疎林就業朝  緩やかに疎林を度(わた)る就業の朝 口哨低吹歌一節  口哨は低く吹く歌の一節 櫟枹枯葉樹間揺  櫟枹の枯葉樹間に揺る (下平声二蕭韻) (語註) 口哨=口笛 枹=楢 目次へ戻る 尽日雪  今年本邦真多難、被台風地震大災(今年本邦は真に難多し、台風と地震の大災を被る) 歳将尽日雪堆堆  歳将に尽きんとする日 雪堆堆たり 衢巷晩稀人往来  衢巷(くこう)晩(く)れて人の往来稀なり 独暫低頭祈里社  独り暫く頭(こうべ)を低(た)れて里社に祈る 六花当是吉年魁  六花(りっか)当に是れ吉年の魁なるべしと (上平声十灰韻) 語注) 堆堆=大いに積もること 衢巷=町の奥まった所、路地 里社=郷里の神社 六花=雪の異称(六角形の結晶を有する故に六出花又は六花という) 目次へ戻る 平成十七年歳首詠(一) 楷書体毛筆の書
鶏鳴一響促春光  鶏鳴一響 春光を促し 欲発梅花尚秘香  発(ひら)かんと欲して梅花尚香を秘(かく)す 祈切笑声盈戸戸  祈ること切なり 笑声戸戸(ここ)に盈ち 逓斟椒酒賀新陽  逓(たがい)に椒酒(しょうしゅ)を斟(く)んで新陽を賀するを (下平声七陽韻) (語注) 戸戸=一軒一軒の家 逓=順次、次々に 椒酒=屠蘇酒 新陽=新春、新年 目次へ戻る 平成十七年歳首詠(二) 正知春信到千倉  正に知る春信千倉に到るを 罌粟緋然波皎煌  罌粟(おうぞく)は緋に然(も)え、波は皎(しろ)く煌やく 媼与童児花摘処  媼の童児と与(とも)に花摘む処 平安是合適迎陽  平安是れ合(まさ)に陽を迎うるに適(かな)うべし (下平声七陽韻) (語註) 春信=春の便り 罌粟=けし 迎陽=迎春 目次へ戻る 印度洋海嘯 竜神一怒死三万  竜神一たび怒れば死三万 海嘯呑浜印度洋  海嘯(かいしょう)浜を呑みし印度洋 誰想大災行楽地  誰が想いきや大災の行楽地を 唯祈以献鎮魂觴  唯鎮魂の觴(さかずき)を捧ぐるを以て祈るのみ (下平声七陽韻) (語註) 海嘯=津波 目次へ戻る 祈平康 昨年災禍真深甚  昨年災禍真に深甚なりき 濤呑万人印度洋  濤(なみ)万人(まんにん)を呑む印度洋 尚駐修羅伊拉克  尚修羅(しゅら)を駐(とど)むる伊拉克(イラク) 切祈今歳世平康  切に祈る今歳世の平康ならんを (下平声七陽韻) 目次へ戻る 白鳥飛来 白鳥飛来下総本埜村  白鳥飛来す下総本埜村(しもふさもとのそん) 涸田貯水作池庸   涸田に水を貯め池と作(な)して庸(もち)う 千鵠飛来越毎冬   千鵠飛来して 毎冬を越す 聞道鳥増村購餌   聞くならく鳥増えれば村は餌を購うと 勿令珍客競神農   珍客をして神農と競(あらそ)わしむる勿かれ (上平声二冬韻) 語注) 鵠=白鳥 神農=その土地の神 目次へ戻る 何日是帰年     夕陽没茜染冬天  夕陽没して茜冬天を染め 秩父山稜眇眇連  秩父山稜は眇眇(びょうびょう)として連なる 九十五翁堪独処  九十五翁独処(どくしょ)に堪ゆ 嗣人何日是帰年  嗣人(しじん)何れの日にか是れ帰年ならん (下平声一先韻) 語注) 眇眇=遙かに遠いさま 独処=独居 嗣人=跡継ぎ 杜甫に有名な下の五言絶句があり、上記の作はその結句を拝借した。 江碧鳥逾白  江は碧に鳥は逾(いよいよ)白し 山青花欲然  山は青く花は然(も)えんと欲す  今春看又過  今春看(み)又過ぐ 何日是帰年  何れの日にか是れ帰年ならん 目次へ戻る 朝霧 臨明日立春朝霧深 明日の立春に臨んで朝霧深し 客舎開窓旦霧深  客舎窓を開けば旦霧(たんむ)深し 不知夜雨湿柴林  知らず夜雨の柴林(さいりん)を湿せしを 時迷所向研窮路  時に所向(しょこう)を迷う研窮(けんきゅう)の路 若必晴天瞭指針  天必ず晴るるが若く指針瞭(あきらか)ならん (下平声十二侵韻) 語注) 旦霧=朝霧 柴林=粗末な林 所向=方向 研窮=研究 目次へ戻る 五月 杜鵑花赤詰朝林  杜鵑の花は赤し詰朝の林 風樹葉青薫夕森  風樹の葉は青し薫夕の森 精気蒸蒸盈地処  精気蒸蒸として地に盈つる処 欲然亦是少年心  然(も)えんと欲するは亦是少年の心 (下平声十二侵韻) 語注) 杜鵑花=つつじ 詰朝=早朝 薫夕=夕方 蒸蒸=物事が盛んにおこるさま 目次へ戻る 傍老父 秩父連山一碧遐   秩父連山は一碧にして遐(とお)く 雪冠富士更遙霞   雪冠の富士は更に遙かに霞む 老翁病院在三日   老翁病院に在ること三日 故里風光見傍爺   故里の風光爺(ちち)に傍(そ)いて見る (下平声六麻韻) 語注) 遐(か)=遠い、遙か 一碧=碧一色 目次へ戻る