| 第1章:初夏のゲーム |
| 第1節:デジャヴ |
| 山手線の電車が田町駅のホームに入ってきたとき、僕は少し軽い目眩を感じた。 白線から離れて、駅のベンチに腰を下ろしたとき、僕の目の前で、電車の扉が開いて、5〜6人の乗客が降りてきた。 その中には、僕と同じように、リクルート・スーツに身を固めた学生らしい人も何人か含まれていたけど、少しうつむいてベンチに座っている僕のことなど、誰も一瞥もせずに、みな足早に階段のほうに向かって歩いていった。 (やられたなあ・・・・ここんとこ、少し暑さでまいっていたからなぁ・・・・幸い、意識はしっかりしてるみたいだ・・・・少しだけ休んでいくか・・・時間は大丈夫かな?) 僕は安物の腕時計に視線を落とした。本当はバイト代で買ったブランド物の時計を持っているんだけど、「面談者によい印象を与えないぞ!」という、ゼミの先輩のアドバイスにしたがって、今日は敢えて安物の腕時計をつけている。 (なんで、たかが時計なんかで、そんなに目くじらを立てるんだろう?・・・時計と個人の才能・資質とは無関係のはずなのに・・・・そんなことで採用を決めちゃうなんて、ちょっとおかしいんじゃないか?) 時間を確かめる、という当初の目的から離れて、僕の心の中に、先輩からアドバイスを受けたときに感じた、あの不愉快な印象がよみがえってきた。 (まあ、面談で、あんまり無茶なこと言われたり、ぞんざいに扱われたりしたら、ネットで流して一矢報いてやりゃ、いいんだから・・・・) 僕はスーツの内ポケットから無地のハンカチを取り出すと、滲んできた汗を、ぐいと拭って立ち上がった。僕が乗るはずだった電車は、とうにホームを出てしまっている。階段の裏側、ちょうどエレベーターの前に置いてある自販機の前にたたずんだとき、僕は、奇妙な感覚に囚われた。午後2時過ぎの駅には珍しく、僕の視野には、人影がまったくなかった。 (ふーん、こんなこともあるんだ・・・・) 僕はさして気にも留めず、自販機のボタンに手を伸ばした。そのとき、一瞬の静寂を破るように、遠くから、新幹線の轟音が響き始めた。 私は、列車が新品川駅を通過するのを見届けると、他の乗客たちと同じように座席から立ち上がって、頭上の収納ボックスに手を伸ばした。ボックスを開けると、木製のスーツケースと、2つの土産物入りのビニール袋が見えた。スーツケースには、とくに角のところに、幾つか、痛々しい傷痕がついている。いずれも、私がぶつけて作った傷痕だ。もちろん、わざとじゃない。 (少し痛んできたかな・・・・もう、10年近く使い込んでるからなぁ・・・・そろそろ買い換えるか・・・・) 一遍にスーツケースと土産物袋をボックスから降ろすのは、ややきつかったので、私は、取りあえず、スーツケースを座席の上に降ろした。 窓の外では、自動車教習所のコースがみるみるうちに流れ去っていく。 (やっと帰ってきたか・・・・しかし、今回の出張はきつかったな。現場があんなに先鋭的になっているとは思わなかった・・・・誰かに煽動されているわけでもないのに・・・・先が思いやられるな・・・・) 私が再びボックスに手を伸ばそうとしたとき、列車は田町駅のホームから少し離れたところを通過し始めた。一瞬、私は、手を止めて、ホームを眺めた。 (田町・・・・12年前とあんまり変わってないな・・・・) 私の乗った新幹線がかなりのスピードで、田町駅を通過している間、私は、ふと、我を忘れて、ぼうっと、車窓に視線を繋いでいた。 車窓が駅の真ん中あたりに差し掛かったとき、スーツをぎこちなく着た青年が、自販機のボタンに手を伸ばしながら、ふと、こちらを眺めている姿が見えた。彼と、一瞬だけ、視線が合ったような気がした。 (なんか見覚えのある光景だな・・・・) 私は、一種、不思議な感慨にとらわれつつも、さして心にも留めず、ボックスから土産物袋を降ろす作業に復帰した。 もう、東京駅が目前に迫っていた。 |
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