或いはひとつの可能性

この小説はフィクションです。小説の中に登場する全ての人物、団体名は、実在の人物、団体等とは一切、関係はありません。



第46話・手の届く、夢





   「歩行、前進微速、右足前へ!」

   時田シロウはクーラーの効いた中央管制室で部下に指示を出すと、緊張した表情で正面のモニター画面を見つめた。

   静まり返った管制室では、日本重化学工業共同体や内務省(憲法擁護庁)の幹部たちも立ったまま

   モニターを凝視している。

   「了解! 歩行、前進微速、右足前へ!」

   オペレーターの和泉は、僅かに顔を上げて時田と視線を合わせると、小さく肯いて指示を復唱し、

   操作ボタンに手を伸ばした。

   (・・・・頼む、ちゃんと動いてくれ・・・・頼む・・・・俺たちの夢をかなえてくれ!・・・・・)

   時田は、瞬きもせずに大画面モニターの中の人型ロボットを見つめつづけた。

   1秒、2秒、3秒。

   全く物音の聞こえない時間が流れた。

   たった3秒間が、その場にいた全ての関係者には長く長く、まるで15年間の空白のように感じられた。

   モニターの中のそれは、微動だにせず、どこまでも続くような青空を背負って、ただ立ちすくんでいる。

   「・・・・やはり、駄目か・・・・今のわが国の技術力では・・・・初の起動実験だからと言って、

   うちのお偉方を連れてきたのは勇み足だったか・・・・」

   堅田(憲法擁護庁内国調査一課長)は、落胆の溜め息を洩らすと、椅子に腰を下ろした。

   そんな様子を横目で眺めていた時田は、両手をテーブルの上に突くと、無言のまま、下唇を噛み締めてうな垂れた。

   (・・・・俺の・・・・俺の力では役不足なのか・・・・)

   「・・・・バグかもしれませんね・・・・ちょっと起動プログラム「KOZAIC」を調べてみます」

   緊迫した沈黙を破ろうとして、和泉が声を上げたとき、モニターをみつめていた他のオペレーターたちの

   低く押し殺したようなどよめきが、管制室内に湧き上がった。

   「ジェ、ジェット・アローン、起動!」

   時田は弾かれたように顔を上げ、椅子を蹴倒して立ち上がった。

   中央管制室の大画面モニターの中では、人型ロボットがゆっくりと右足を上げようとしている。 

   「動いたかっ?! 動いたんだな!? 確かなんだな!?」

   「はい、確かに! 最初の起動実験なんで、機材間の接触が悪かったのかもしれません。

   とにかく動いたんです!! 起動したんです!! プロジェクトは成功ですよ!!」

   モニターの中でゆっくりと荒野を地響きを立てて歩いて行くロボットを指差してみせながら、

   和泉は、嬉しそうににっこりと歯を見せて笑った。

   「・・・・堅田さん・・・・やりました・・・・・とうとう、やりました・・・・」

   時田は、泣きそうな表情で口を僅かに開け、かすれた声を洩らしながら堅田を振り返った。

   「ああ、やったね! これで技術研究組合を設立した目的は、完璧に満たされたよ。よく頑張ったな、時田君!」

   普段は銀色のフレーム越しに冷たい視線を投げかけることの多い堅田だったが、今は柔らかく暖かい眼差しで

   時田を見つめている。

   「俺たちの夢が・・・・JAが・・・・やったーっ!!俺たちは遂にやったぞ!! 」

   ようやく喜びを実感した時田は、あふれ出る涙を拭いもせずに、その場で跳び上がって大きな歓声を上げた。

   管制室では、オペレーターや技術者たちがそこかしこでお互いに抱き合って飛び跳ねたり、あるいは

   ひとりでテーブルに両手を突いて男泣きに泣いている。

   「これで、わが国の「セカンドインパクト後」は、確実に終わりを告げることになるな。

   今、この瞬間から、新しい時代が動き始めたんだ。わが国が国際社会で復権する時代がね。」

   高雄(憲法擁護庁内国調査局長)も珍しく顔をほころばせながら、満足そうにモニター画面を見上げながら、

   扇子を使い始めた。

   「ちょっと待ってくれないか。起動するまでの3秒間の誤差が気になる。本番のときにトラブルが起こると困るから、

   もう一度、起動実験を最初からやり直してくれないか。もしかすると、今の起動もまぐれかもしれないしな・・・」

   喜びさざめいていたエンジニアたちは、頭から冷や水を浴びせられたかような顔つきで、一斉に、

   そのあくまでも冷たい声の主を見つめた。

   「喜んでいるところ、悪いがね。NERVのエヴァンゲリオンの起動にはせいぜい1秒程度の誤差しかないからな。

   これでは彼らに馬鹿にされてしまうぞ。やはり、彼我の技術力の差なのかね・・・・」

   自分達のライバルの名前を出された時田は、顔を強ばらせて阿賀野(憲法擁護庁事務次官)を

   見つめたが、阿賀野は眉一つ動かさずに冷たい視線でモニター画面を眺めつづけていた。

   「・・・・起動実験・・・・A01ステージからリトライ・・・・」

   (・・・・現場の苦労も知らずに、冷房の効いた執務室でふんぞり返っているような奴が、文句ばっかり

   言いやがって・・・・NERVに馬鹿にされる、だと?・・・・そのNERV相手に手も足も出ないのは

   あんたたちの方じゃないか! NERVに笑われてるのは、そっちの方だ!)

   時田は、憤懣やるかたない心のうちを隠そうともせず、露骨に不愉快さを含んだ声で部下に指示を出すと、

   憲法擁護庁の役人たちに背を向け、どすんと音を立てて椅子に腰掛けた。

   (・・・・役人が完璧を求めたがるのは理解できるさ・・・でもな・・・・みんな徹夜で、この前人未踏の

    プロジェクトに取り組んで、まがりなりにもようやく初めて起動したんだぜ、このJAは・・・・

   ・・・・・ねぎらいの言葉のひとつくらいもらったって、罰はあたらないと思うがね・・・・それとも、そういう

   情けのあるような役人は、途中で足をすくわれて、とても次官になんかなれないということなのか・・・・

   ・・・・・くそっ、腐れ役人がっ!・・・・いい加減にしろよ!!・・・・・)

   さまざまな電子音とキーボードを叩く音が洪水のように流れ出す中央管制室の中で、

   日本重化学工業共同体の技術者たちは、 一様に厳しい顔つきで作業にとりかかった。

   「すいません! 時田主任、ちょっと来て下さい!」

   ずらりと並んだ端末の間から顔を出した和泉に呼ばれて、時田は黙って立ち上がると管制室の中心部を

   目指して不愉快な表情のまま歩き出した。

   (・・・・時田さんも、相変わらずだな・・・・ちっとは愛想よくすれば、あの技術力なんだから、もっと

   出世できること間違いなしなのにな・・・・まあ、あの人の表裏のないところが、俺は大好きなんだけど・・・・

   ・・・・・ああ・・・・どっかで聞いたことのある台詞だと思ったら、俺自身が上司から説教されたときの

   文句じゃないか、これは・・・・つまりは、俺も同じってことか・・・・)

   明らかにむっとした表情で歩み寄ってくる時田に向かって、和泉は思わずにやりと頬を緩めた。     

   他のエンジニアたちが無表情かあるいは硬い表情で淡々と作業を続ける中で、ひとり微笑みを浮かべる和泉を見て、

   時田は訝しげな顔で近寄ってきた。

   「・・・こんなときになんだよ、その顔は?・・・・面子をつぶされて、ぺしゃんこになった俺がそんなおかしいか?」

   時田は和泉を睨み付けると、低い声で呟いた。

   「・・・主任・・・・あいつらが誤差を1秒に縮めろって言うんなら、こっちは0.5秒に縮めてみせてやって

   あいつらがぐうの音も出ないようにしてやりましょう! それが俺らエンジニアの心意気ってもんじゃないですか?!」

   和泉は、役人たちに聞こえないように声を潜めると、悪戯っぽい目で時田を見つめ返した。

   不敵な微笑みを浮かべてみせる部下の傍らで、時田は足を止めた。

   (・・・・それがエンジニアの心意気、か・・・・いいこと言いやがるぜ・・・・)

   オペレーションルームの中央に向かって再び歩き出した時田は、和泉の傍を通りすぎざまに、少しも表情を
 
   変えずに呟いた。

   「・・・・・誤差・・・・0.3秒に縮めるぞ・・・・やっこさんたちに一泡吹かせてやるさ!・・・・」

   

   
   「取り敢えず起動したということについては、私も評価するがね。まだ、誤差が1秒程度残ってるのは、

   ちょっと気にかかるところだな。4回も起動実験を繰り返してあの程度なんじゃ、ちょっと心配だな」

   夕陽が差し込んでいる控室のソファにゆったりと体を預けながら、阿賀野次官は腕組みをして呟いた。

   「起動誤差の縮小は時間の問題ですよ。わが国の民間企業の中でも選りすぐりのエンジニアを集めて

   いますからね、この日本重化学工業共同体は。ご心配には及びません」

   高雄局長は少し冷めかけたコーヒーを一口啜ると、何の感情も含めないような声で答えた。
   
   「そうか。それならいいが・・・まあ、高雄君がそう言うのなら、そうなんだろうな。

   ところで、例の情報公開法の改正問題なんだが、相変わらず財務省と国防省は反対しているのか?」

   阿賀野は少しもの憂げな表情で、心持ち目を細めながら、夕陽で赤く染まっている窓に視線を動かした。

   「まだ確かなことはわかりませんが、財務省はどうやらカネの問題だけで反対しているのではなさそうです。

   国防省に至っては、我々に対する敵愾心をむき出しにしていて、とても交渉に応じる気配さえありません。

   この非常時に、まったく困ったことです。・・・・これはあくまでも私の勘なんですが、もしかすると、

   国防省の人型ロボット計画と何か関係があるのかもしれません」

   高雄は僅かに顔を歪めると、コーヒーカップをテーブルの上に戻した。

   「ああ、あの有人操縦型ロボットに関係があるのか。国防省は、自分たちのプロジェクトが我々のJA計画より

   かなり遅れているのを相当気にしているからな。万田長官も、いわゆる「国防ファミリー」の企業が

   かなりハッパをかけられているみたいだと言っていたよ。もっとも、性能面では、JAの方が遠隔操縦という

   点で、パイロットに関わる問題がないだけ、優れているわけだが・・・」

   阿賀野は、ますます赤みを増していく窓を見つめながら立ち上がった。

   「調査員からの報告では、国防省プロジェクトのパイロット1名が東富士演習場から脱走したようです。

   もっとも、第3新東京市内で戦自防諜部に発見されて連れ戻されたようですが。どうやら、パイロットは

   14歳の少年の模様です」

   窓辺に向かって静かに歩いていく阿賀野の背中を見つめながら、心持ちリラックスした気分で、高雄は

   話題を変えた。

   「ほう、少年か。エヴァンゲリオンと同じだな・・・・我々の知らないことを戦自が知っているとも思えん。

   ・・・・形だけ真似てみても、エヴァと同じ性能を持つロボットを作れるわけでもないさ・・・・・

   昔から国防省はそうだ。とにかく詰めが甘い。業者との癒着も激し過ぎる。今度のロボット・プロジェクトも、

   我々がプランを立てているのを知って、先を越されるのを恐れて、慌ててでっち上げたような代物だからな。

   開発費用にしても、あまりにも大きすぎる。どうせ国防ファミリーの企業を肥えさせるために、水増ししている

   からなんだろうが、そういうことだから、財務省の予算削減のスケープゴートにされるんだ。だいたい、

   国防省には贖罪意識が無さ過ぎるんだ」

   阿賀野は窓から外を見つめながら、いつになく能弁だった。

   「贖罪意識、ですか?」

   聞き慣れない単語に首をかしげながら、高雄は阿賀野の言葉を反芻した。

   「ああ、そうだよ。贖罪意識。この旧東京がこんな姿になったのも、15年前の彼らの失態が原因なんだ。

   そして、もっと言えば、危機管理ができない政治家たちの責任も大きいよ。かつて、この国は経済効率一辺倒で

   運営されてきた。だから、いつ起こるかわからない、あるいは果たして起こるかどうかすらわからないような

   危機を想定して、いろいろとコストをかけて対応策を練っておくなんてことは、誰も反対しない代わりに、

   誰も率先してやろうとしなかったのさ。まあ、問題が顕現化しないと動こうとしない我々役人にも、責任の

   一端はあったと思うが・・・・「何か起こってからでは遅すぎる」ということを、我々は多くの耐え難い

   犠牲を払った見返りに思い知ることができた・・・・」

   阿賀野の視線は、ガラス窓を通り越して、傾いたビル群に注がれていた。

   「・・・・経験は最良の教師である。但し、授業料が高すぎる・・・・なんていう名言がありましたね」

   高雄はぽつりと呟くと、自らも立ち上がって、窓の方に向かって歩き出した。

   「ああ・・・・だからこそ、今度は我々は遅れを取ってはならないんだ。NERVが暴走して、

   手がつけられなくなる前に叩いておく。そのためのJAだ。だが、それだけでは足りない。

   NERVと人類補完委員会の目論見を細かく把握・監視していかねばな、これまで以上に・・・・

   戦自のように、虎の子だった陽電子砲を徴発されて大破後に返却される、といったようなことになってからでは

   遅い。情報公開法に依拠して粘り強く書類提出を求める一方で、諜報活動も強化しないとな。

   拡大を続けるNERV保安諜報部に対抗できる組織作りが必要だな。最近、彼らの諜報活動は、この

   憲法擁護庁や内務省にまで及んでいるという噂も聞こえるし・・・一般人立入禁止のこの放置区域に

   JAの研究施設を立てたのは、機密保持の点で正解だったな・・・・」

   近づいてくる高雄の靴音を聞きながら、阿賀野は倒壊したビルから視線を外さずに呟いた。     

   「我々の諜報活動についてですが、既に一定の成果を収めることができました。近々、ご報告に上がろうと

   思っていたのですが・・・・ 先日、NERVドイツ支部に潜り込ませていたエージェントから、NERVの

   内部資料「使徒と呼称される物体及び人類補完計画(仮称)に関する第1次中間報告書」なるものを

   入手しました。NERVと人類補完委員会の全容解明に大きく貢献するものと思われます。」

   高雄は、窓の傍に立っている阿賀野のすぐ後ろで、心持ち胸を張って答えた。

   「・・・そうか・・・それは幸先良いな。期待しているよ・・・・」

   阿賀野は言葉の内容とは裏腹に気の無い返事を返した。

   何かを考えているような阿賀野を見て、高雄も窓の外の光景を眺めながら阿賀野の後ろに黙って立っていた。  

   「・・・・皮肉なものだよ・・・・私がここにこうしていられるのも、セカンド・インパクトのおかげなんだから。

   ・・・・あの時、優秀な先輩や同僚たちは旧東京とともに消え去ってしまった。後に残されたのは、

   岐阜県庁に出向していた私のように二流の役人ばかりだった。セカンド・インパクトが起きなければ、

   私なんて、とっくの昔に退職して、今頃どっかの公団か特殊法人に天下っていたはずだよ・・・・それなのに

   そんな私が旧東京消滅の責任なんてことを口にしている・・・・自己否定だな・・・・」

   阿賀野は自嘲気味に呟くと、窓から離れて、再びソファに深く体を沈めた。

   「それは私も同じですよ。私だけじゃなくて、みんなが同じ思いを抱えて生きているんじゃないでしょうか?

   セカンド・インパクトによって一変した世界。古い秩序が一瞬にして崩壊し、多くの優秀な者が消えていった。

   今のこの世界を生きている者は誰でも多かれ少なかれ、「自分はここにいてもいいのだろうか?」という

   負い目にも似た思いを抱えて生きているんじゃないでしょうか?」

   阿賀野が去った後の窓から見える、かつて新宿と呼ばれていた廃虚を見つめながら、高雄はかすれた声で

   呟いた。

   「・・・・そうかもしれないな・・・・もう、よそう・・・・追憶は我々の柄じゃない・・・・

   ・・・・・我々は幸か不幸か、今の世を生きなければならない存在なんだから・・・・・」

   阿賀野は僅かに苦笑すると、すっかり冷たくなってしまったコーヒーカップに手を伸ばした。



   
   憲法擁護庁からの視察者が去った後の中央管制室には、ほっとした空気が流れていた。

   「・・・・ちょっと疲れましたね・・・・なんせ4回も起動実験をやり直させるんだから・・・・」

   和泉は端末を操作する手を休めて、さっきからモニター画面をじっと睨んでいる時田に声をかけた。

   「ああ、一応、確実に起動することは確認できたけど、まだ誤差が残ってるからなあ。ま、原因は

   ほぼ解明できたから、是正は時間の問題だよ」

   時田は画面から視線を外すと、指で目尻をごしごしとこすり、疲れた目を瞬かせた。

   「・・・・俺たち・・・・本当にやったんですね・・・・人型ロボットの開発・・・・」

   突然、なんとも言えない達成感がこみ上げて来て、和泉は声を詰まらせた。

   「おいおい、ようやく実感が湧いてきたようだな・・・そうだよ。俺たちは確かに成功させたんだ、

   この人型ロボットJAの開発を。・・・・世界で初めて、あのエヴァに匹敵する、いや、エヴァをはるかに

   上回る性能を持った人型ロボットを、俺たち民間人の手で開発したんだ・・・・このJAは停滞していた

   わが国産業界をきっと蘇らせることになるさ。このJA自身は兵器としての性格が強いけど、

   これに使われている技術は軍民転換が可能だから、いろいろな製品に応用することができるんだ。

   20世紀に栄えていた「技術立国ニッポン」を俺たちの手で再現できるんだ! 「セカンド・インパクトよ、

   さようなら。希望よ、こんにちわ」ってことさ!!」

   和泉を見て笑っていた時田だったが、自分でもいつとはなく、目尻から涙が流れ始めた。

   (・・・・石河のおやじさん、おばさん・・・・俺、ついにやりました! ・・・・・

   ・・・・・世界で初めての大型ロボットの開発に成功したんです!・・・・日本は、「失われた時代」を

   取り戻していくはずです・・・・これからは、おやじさんやおばさんにも楽をさせてあげられます・・・・

   ・・・・・あの時、死んでしまった父さん、母さん・・・・俺は・・・・俺は・・・・・ようやく、

   世の中に恩返しをできるようになれました・・・・・あの時、死んでいった人たちの分まで、俺は一生懸命

   生きていきます・・・・俺たちの世代は不幸な時代を生きてきました。でも、不幸な時代だからこそわかる

   幸せもたくさん感じてきました・・・・俺は、そんな幸せをくれた人たちのために、この国の産業界の再建という

   形で、世の中のために働いていきます・・・・そして、今の子供たちには、不幸など感じない、新しい時代を

   見せてやります・・・・)   

   時田は万感こみ上げてきて、顔を上げていられなくなり、俯いて密かな鳴咽を洩らした。         

   「時田さんだって、泣いてるじゃないですか。人のこと言えませんね」

   和泉は少し震えの残ってる声で無理に笑おうとしていた。

   「馬鹿野郎! ここで泣かなきゃ、いつ泣きゃいいんだよ?! こんな嬉しいときぐらい、思う存分泣いたって

   何の罰があたるもんか! エンジニアはな、感性が命なんだよ。感性のないエンジニアのつくるものなんて、

   一見、人の役に立ちそうなものでも、必ず後で人にしっぺ返しをしてくるような、ロクでもないものに

   決まってるさ。進歩が希望になるためには、技術を産み出す者の感性が研ぎ澄まされていることが

   絶対に必要なんだよ・・・ったく、説教くさいこと、言わせやがって・・・・おい、完成披露会にはまだ

   間があるんだ。今日は、キリの良いところまでやって、ちょっと軽く打ち上げでもしよう! 訳のわからない

   頭の固い役人どもに4回も起動実験を繰り返させられて、酒でも飲まなきゃやってられない気分だよ。

   どっかに飲みに繰り出せれば最高なんだが、ここは放置區域だからなあ。しょうがない、控室で

   酒盛りと洒落込むか?!」

   時田は、手の甲で乱暴に涙を拭うと、打って変わったような明るい声で和泉に指示を出した。

   「了解! やっぱり時田さんは、そうでなくっちゃあ! 辛気臭い時田さんなんて、やっぱ違和感ありますからね。

   早速、準備しますから! 」  

   工場も都市もなく、澄んだ大気の中、旧東京市の廃虚の近くの研究施設からは、ほどなく男たちの歓声が

   洩れ始めていた。


     つづく
   
   
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