或いはひとつの可能性



第40話・非日常となったモノ





  穏やかな顔でリエと顔を見合わせているレイを、カツノリは心地良さそうにぼんやりと眺めていた。

 (・・・・・やっぱり綾波さんは、清楚で上品で可愛いよなぁ・・・・・6歳の歳の差なんて、

  関係ないよなっ!! そうさ、あと6年後、俺が26歳になれば綾波さんは20歳。こういう年齢差の

  カップルなんて別に珍しくないからな!! ようし、一丁がんばるかぁっっ!! )
   
  カツノリは、心の中で自分に喝を入れると、正面に座っている蒼い髪の少女に話し掛けようと、

  心持ち身を乗り出し、口を開きかけた。

  その瞬間だった。  

  「あ、あのっ!! 初瀬一等陸士殿っっ!!」

  緊張感が張り詰めたような少年の声で、カツノリは出鼻を見事に挫かれた。

  (なんだよ、これからっていうときに・・・・ったく、無粋な奴だな。一体、誰だい?・・・・・)

  「はい、なんです?! うわっっ!!」

  明らかにわずらわしそうに振り向いたカツノリは、眼鏡を怪しく光らせている少年の顔が自分のすぐ肩先まで

  迫ってきているのをみて、思わず飛びのいた。

  「ななな、なんだよっ! びっくりするじゃないか!! 足音も立てずに近寄ってくるなよ!!」

  膝の上にこぼしたビールを慌てて布巾で拭きながら、カツノリはケンスケを睨んだ。

  「はっ!! ほふく前進でここまで接近してまいりました!!」

  眼鏡をずり揚げながら得意そうに胸を張るケンスケを、カツノリは胡散臭そうな目で眺め回した。

  「おいおい、ここは演習場や、ましてや戦場じゃないんだから、ほふく前進なんてするなよ!

  これじゃ、ただの怪しい奴だぜ! もしかして、君、ミリタリーマニアかい?」

  「わたくしはっ、相田ケンスケでありますっ!! わたくしはっ、単なるマニアではありません!!

  豊かで自由な国民生活を脅かす外部の脅威に対処するいう、国防の意義と重要性を真に理解している

  兵器・戦略研究家であります!!」

  (・・・・・時々いるんだよね、こういう人・・・・・こっちは命がけで使徒と戦っているってのに

  テレビゲームかなんかとおんなじ感覚でみているんだよな、こういう人たちって・・・・・やれやれ・・・・

  ・・・・・・でも、一般市民がそういう感覚でいられるってことは、まだ脅威が身近に迫っていないって

  ことだから、まぁ、喜ぶべきことなのかな・・・・・・)

  舌なめずりをせんばかりに近寄ってくるケンスケをみて、苦笑しながらカツノリは僅かばかり

  残っていた缶ビールを一気に飲み干した。

  「それで、どうしたんだい? そんなに思いつめたような顔して・・・・・」

  「はっ、実は、わたくしっ、戦略自衛隊の基地について幾つかお聞きしたい点があるのでありますっ!!」

  ケンスケは、カツノリに向かってさらににじり寄ってきた。

  「おいおい、その変な口調はやめてくれないかい? 普通に話してくれよ、普通にさ」

  カツノリは少しだけ後ずさりしながら、困ったような笑いを浮かべて答えた。

  「で、なんだい、その聞きたいことって? 最初に断っておくと、機密に触れるようなことは言えないからね。

  それでもいいんなら、答えるけど・・・・・」

  「今度採用されると言われている改良型自走榴弾砲についてですが、命中精度は・・・・」

  ケンスケはいつのまにかポケットから携帯端末を取り出して、既にデータ入力体制を整えている。

  「だからさぁ、そういうのは機密に触れるんだって!! だいたい公表されていない話を

  なんで君が知ってるんだい? これは考えようによっちゃあ、かなりの問題になるぜ」

  カツノリは顔を軽くしかめてみせた。

  「それはですね・・・・四方八方と手を尽くしまして・・・・蛇の道は蛇といいますかなんと言いますか・・・・」

  冷や汗を浮かべながら、しどろもどろになって答えるケンスケ。

  「まぁ、今の話は俺は聞かなかったことにするから・・・・くれぐれもよそでそんな話をしないでくれよ。

  ところで、なんで君は、戦自になんか興味があるんだい? 今、ここ、第3新東京市では、使徒相手にはてんで

  役に立たない戦自なんかより、エヴァを持ってるNERVの方が人気あるんじゃないの?」

  ミサトたちNERV職員に聞こえないように気をつかいながら、カツノリは声を潜めて尋ねた。
  
  「NERVは使徒相手ですから、敵との駆け引きみたいな戦術面での醍醐味がありませんし、

  通常兵器ではN2爆雷くらいしか効かないらしいから、航空・電子戦のような兵員個人の高度な資質が

  問われるような戦法も通用しませんし・・・・・一言で言って、面白味に欠けると思います」

  ケンスケは、眼鏡を押し上げ、はるか窓の外に遠い視線をなげかけながら答えた。

  (・・・・・こりゃあ、筋金入りのマニアだな・・・・・戦術ねぇ・・・・・兵員個人の資質もさることながら、

  指揮官の手腕によるところも大きいんだけどね・・・・・そんなこと、子供に話しても埒明かないし・・・・・)

  カツノリは途中から腕組みをしながらケンスケの話を聞いていたが、やがてニヤリと笑った。

  「そういうことなら、将来、我が戦略自衛隊に入り給え!! いつでも若い仲間を我々は求めている!!

  来れ、戦略自衛隊へ!! まあ、君はまだ14歳だから、あと4年はちゃんと勉強しないといけないし、

  さらに技術陸曹などになるためには、きちんと資格をとらなきゃいけないからな。とにかく、焦らず、

  自分が今しなきゃいけないことを、ひとつひとつこなしていくしかないね。そして、18歳になったときに

  進路をどうするか、決めれば良いよ。まだ、時間はたっぷりあるんだからさ・・・・」

  (・・・・・使徒に打ち勝つことができれば、の話だけどね・・・・・・)

  カツノリは最後の一言を心の中で呟くと、一瞬湧き上がった不吉な考えを振り払うかのように、

  手の温度で生温くなりかけたビールを飲み下した。

  「はいっ、その折には是非ともよろしくお願いいたしますっっ!!」

  ケンスケは得意げにさっと敬礼すると、再びほふく前進の態勢で自分の席に戻っていった。

  「・・・・そのほふく前進はやめろって言ってるのに・・・・・しょうがない奴だな・・・・・」

  カツノリは半ば呆れながらケンスケを見送っていたが、その横顔に誰かの視線を感じてふと振り返った。

  レイが不思議そうな顔で、カツノリをじっと見つめていた。 

  (あっ、綾波さんが俺を見てるっっ!! あ、あ、ど、どうする?なにから話せばいいんだっ?

  ああっ、せっかく話のネタを考えてきたっていうのに、頭が混乱して、思い出せないっっ!!)

  カツノリは、思いがけずレイの視線に曝されていることもあって、ただ頬を上気させて

  レイを見つめ返すことしかできなかった。

  (・・・・・この戦自のヒト、私のことを見てる・・・・・碇君や高橋さんが私を見る視線とは違う・・・

  ・・・・・・通りすがりの見知らぬヒトの視線とも違う・・・・好奇心は、感じられない・・・・・

  ・・・・・・この視線の意味は何?・・・・・・赤木博士が言ってた。「戦自はNERVのことを内心では

  嫌っているのよ。自分達の仕事を奪われるから、不愉快なの。この人類存亡の危機に、了見が狭いこと

  このうえないわ」・・・・・・・このヒトもそうなの?・・・・・これが嫌い、とか、憎い、ということ?・・・・)

  レイは、羞恥と困惑の入り交じった独特の視線「照れ」というものを理解できず、

  しばらく無表情のままカツノリを見つめていたが、やがて視線を膝の上に落として俯いた。

  (・・・・・嫌われること、憎まれること、快くないもの・・・・・・慣れているはずなのに、

  今は回避したいと思っている私・・・・・ヒトとの絆、良いことばかりじゃない・・・・・・)

  リエは、心持ち俯いてしまったレイを不安そうに見つめた。

  (どうしたのかしら? 綾波さん、元気ないみたいね? 大丈夫かしら?)

  「大丈夫? 疲れちゃった?」 
 
  リエの声に、レイは顔を上げて、小さく首を振った。

  「・・・・・・うん・・・・・こういうの、初めてだから・・・・・・でも、いやじゃない、と思う・・・・・」 

  一方、カツノリは、レイが視線を合わせた後、俯いて難しい顔で考え込んでしまったため、かなり慌てていた。

  (えっ、どうしたんだ!? まさか、俺のせいか? そ、そんな!! ただ、俺は見つめただけなのに・・・・

  あああー、俺はやっぱり嫌われるんだ・・・・・戦自はどこでも人気無いもんなあ・・・・・戦自と警察って

  市民の平和と安全を護る立派な仕事なのに、なんでこんなに人気ないんだよぉぉ!!)

  カツノリは目の前が真っ暗になったような気持ちで、がっくりと首を垂れた。

  「あんた、なにやってんのよぉぉ!! ちゃんと飲んでるぅぅ?!」

  そんなカツノリの背中に何か柔らかい感触が押し付けられると、耳元でミサトの

  大声が聞こえた。

  「うわっ、そんなでかい声出さなくても聞こえてますよぉ、 葛城さん!!」

  カツノリは背中の感触がなにによるものか気づき、頬を赤らめながら、すっかり出来上がってしまった

  ミサトに慌てて答えた。

  「あんたねっ、「葛城さん」なんて、固い呼び方しないのっっ!! アタシは、ミ・サ・ト!!

  今度からは、そー呼びなさいっっ!! それはそうと、さっきからお酒が進んでないわねぇ。

  お姉さんが注いであげようかあ!? おっとっとっとぉぉ!」

  ミサトは危なっかしい手付きで、手を伸ばしてカツノリにコップを持たせると、

  清酒「箱根誉」をなみなみと注いだ。

  「ミサトさーん、僕、こんなに飲めませんよ!!」

  「なーに、言ってるの!! おっとこのこでしょう!? しっかりなさいっ!!」

  目の据わったミサトに一喝され、カツノリは首をすくめた。

  「そーっすよ!! どんどん飲まなきゃ、損っすよ!! どーせ、割り勘なんすから!!」

  既に満面朱を注いだようなシゲルが、テーブルの向こうから声をかける。

  カツノリは覚悟を決めた。

  「それじゃ、戦略自衛隊を代表して、飲みますっっ!!」

  カツノリはもともと日本酒は嫌いな方ではない。たちまち、コップは空になった。

  「おおー!! いい飲みっぷり!! これは特務機関NERVも負けちゃいられませんよ!!」

  マコトがすっかり呂律の回らなくなった口調ではやし立てる。

  「きゃははは!! それじゃ、あたしも飲みまーす!! NERVのアイドル、伊吹マヤいきまーす!!」

  意味もなく笑いつづけながら、マヤがふらつく足取りで立ち上がる。

  「ちょっと、やめなさい!! あなた、弱いんでしょ!?」

  さすがにリツコが心配そうにマヤを見上げている。

  「らーいじょうぶれすって!! 先輩、あたしのこと、心配してくれるんれすかぁ? マヤ、嬉しいれすっっ!!」

  マヤはしゃがみこんでコップをテーブルに置くやいなや、リツコに抱きついた。

  「ちょ、ちょっと、やめなさいってば!! みんな変な顔で見てるでしょうがっ!!」

  慌ててマヤを振りほどこうとするリツコ。

  「あー、うらやましい・・・・・」

  思わず呟いたシゲルの一言を、ミサトが聞き逃すはずはなかった。

  「あ、なになに、青葉君はなにが羨ましいのかなぁ? もっしかして、リツコのこと・・・」

  ニヤリと意味ありげに笑うミサト。
  
  「ち、違うっすよ!! 俺はマヤちゃんにあんなことしてもらえたらって・・・・あっ・・・・」

  途中まで言いかけて慌てて口を押さえるシゲル。

  「ほほう、語るに落ちたわねぇ!! みーなさーん、青葉君はねぇ」

  「や、やめて下さいよぉ!! なんでもしますから、勘弁して下さいよぉ!!」

  大声を上げかけるミサトに向かって、手を合わせているシゲル。

  宴は修羅場の様相を呈し始めていた。



  「こら、すごいな! みんな、えらいピッチで飲んでるで!!」

  トウジは次々と空になっていくビール缶を眺めながら、あきれた声を上げた。

  「ほんとね。伊吹さんまで、あんなに酔っ払っちゃってる・・・・」

  ヒカリはテーブルの向こうで繰り広げられている大人たちの乱痴気騒ぎを

  眉をひそめながら見つめた。

  「うちのお父さんも、外で宴会があるときには、あんなふうになっちゃってるのかしら・・・・」

  リエは、今ごろは家でテレビを見ながら、出前の寿司をつまんでいるはずの父親の姿を

  脳裏に描きながら呟いた。

  「男の人は、あの位、陽気にお酒飲める方がいいのよ。うちのお父さんなんか、いつも

  仏頂面して辛気臭いから・・・・・今度、夕ご飯のとき、少し飲ませてみようかしら・・・・」

  ユリコはリョウコに向かって、お猪口にお酒を注ぐ手つきをしてみせた。

  「そうねえ。うちの職人さんたちもよく飲む方だから・・・・いろいろと肉体的、精神的に

  きつい仕事してる人たちって、よくお酒飲むのよね。ここんとこ、使徒が何度も来たでしょ?

  みんな相当、緊張を強いられて、ストレスが溜まっているんだと思うわ。今日は、気の済むまで

  騒がせてあげましょうよ、ねっ」

  リョウコは、まだ眉間に皺を寄せているヒカリに向かって、「まあまあ」という手つきをして

  なだめた。

  (・・・・・みんな、楽しそう・・・・NERV本部ではみられない姿・・・・・・

  ・・・・・・お酒、ヒトの心を自由にするもの・・・・・・私の心、自由になるとどうなるの?・・・・・

  ・・・・・・私の心、何を求めているの?・・・・・・・・自分でもわからない・・・・・)

  レイは、ますます混乱の度を高めていく大人達を見つめながら、空いている猪口に日本酒をそっと注いだ。

  「駄目だよ、綾波。お酒なんか飲んじゃ・・・・僕たち、未成年なんだから・・・・」

  レイが猪口に手を伸ばしかけたとき、シンジが優しくたしなめた。

  「・・・・・未成年は、なぜ飲酒をしてはいけないの?・・・・・・」

  思いがけず、真剣な眼差しでレイに見つめられたシンジは当惑した。

  「そ、それは、その・・・・・法律で禁止されているからだよ」

  「・・・・・なぜ、法律は未成年の飲酒を禁止しているの?・・・・・」

  レイはお猪口の中で、ゆらゆらと涼しげに揺れる液面を見つめながら、シンジに尋ねた。

  「えっ、それは・・・・・」

  シンジはたちまち立ち往生して答えに窮した。救いを求めるようにきょろきょろと辺りを

  見回していると、心配そうにレイを見つめているリエの姿が目に入った。

  「ね、ねえ、高橋、お酒って、たしか子供が飲むと体に悪いんだったよね?」

  いきなりシンジに話し掛けられてリエは少し驚いたが、すぐににっこりと笑った。

  「そうよ。お父さんが言ってたけど、成長期にお酒を飲むと、脳細胞が破壊されるんだって・・・・

  だから、やめといた方がいいわよ、綾波さん。ねぇ、それより、綾波さんは制服好きなの?」

  「・・・・どうして?・・・・」

  レイはさすがに怪訝な顔で尋ね返した。

  「だって、いつも制服着てるから・・・・・別に、悪いことじゃないけど、私服も似合うと思ったから・・・・

  あっ、気に障ったら、ごめんね」

  リエは少し困ったような目でおずおずと答えた。

  レイははっとした表情で、周囲を見回した。

  クラスメートたちはみんな私服を着ているのに、自分だけ制服姿だった。

  (・・・・・・服・・・・・体を保護するもの・・・・・外では服を着るようにって、

  赤木博士に言われた・・・・・制服・・・・・帰属を示すシンボル・・・・・・・・

  ・・・・・・・学校に行くためには、制服が必要だと赤木博士に言われた・・・・・

  ・・・・・・・制服も服の一種・・・・・学校外では制服ではいけないの?・・・・・・・

  ・・・・・・・ヒトはなぜ服に気を遣うの?・・・・・・服を何枚も持つのは合理的じゃない・・・・・)

  レイは小さく首をかしげて、制服のスカートを見つめた後、囁くようにリエに問い掛けた。

  「・・・・・どうして、私服が必要と思うの?・・・・・・」

  リエは珍しくレイが何かにこだわっているのに気づいて、内心、少し慌てた。

  (あっ、怒らせちゃったかな? 私、そんな意味で言ったんじゃないんだけど・・・・・)

  「そう、ね・・・・・私服は、それを着る人が自分を表現するための手段、みたいなものじゃないかしら・・・・

  服の趣味によって、だいたいその人の性格も分かるし・・・・・綾波さんだったら、白いブラウスなんか

  似合うんじゃないかなって、思ったから・・・・・あっ、勝手に決め付けちゃって、ごめんね・・・・」

  レイは、リエが当惑しているのをぼんやりと眺めていた。

  (・・・・・私服、自己表現の手段だったの。・・・・・ヒトは、ヒトに見せるために服を着るのね・・・・

  ・・・・・・私は、誰に見せるために服を着るの?・・・・・・)

  俯くレイの脳裏に、シンジとリエの笑顔、そしてこの場にいる他の人たちの笑顔が思い浮かんだ。

  (・・・・・碇君、高橋さん・・・・・そして、みんな・・・・・そう。私には絆がある・・・・・

  ・・・・・・服も絆のひとつなのかもしれない・・・・・・きっと、そう。・・・・・

  ・・・・・・プラグスーツはエヴァとの絆。そして、私服は・・・・みんなとの絆・・・・・・・・・)

  レイは、ぱっと顔を上げると、心配そうに覗き込んでいたリエに向かって、にっこりと、しかし、少しだけ

  心配そうな瞳で微笑んだ。

  「・・・・・私服、着たいの・・・・でも、選び方が・・・・・」

  レイの思いがけない答えに、リエは嬉しそうに笑った。

  「じゃあ、今度、みんなで第3新東京駅前の三越に買い物に行こうよ!! 私も、そろそろ新しい服、

  買おうと思ってたの。ね、いいよね、リョウコ、ユリコ、ヒカリ?」

  リエの問いかけに、他の3人の少女たちもにこやかに微笑んで肯いた。

  「ほー、綾波が私服ねぇ。こりゃあ、ひょっとすると、新たな商いの種になるかも・・・・・」

  ケンスケは盛んに走り回り、酔ってガードが甘くなっているミサト、リツコ、マヤの写真を

  撮りまくっていたが、少女たちの会話を耳に挟むと、小声で呟いてニヤリと笑った。

  「なんや、今度は綾波の写真、売る気か? 上級生の先輩達の写真とちごうて、綾波の写真なんぞ

  ほんまに売れんのかいな? わしは、ミサトさんの写真なら買うてもいいけど・・・・・」

  トウジは少々あきれた顔で、ケンスケを見つめた。

  「わかってないなあ、トウジは。この前の使徒襲来のあとから、綾波の表情が増え始めただろ?

  もともと綾波は美人だったけど、他人を寄せつけない感じがあったから、人気が全然なかったけど、

  そういうところの少なくなった綾波は、きっと赤マル急上昇に違いないさっ!!  僕の嗅覚は

  外れたことはないんだから、ちっとは信用しろよ!! 幸いに、綾波と、今、一番仲がいいのは

  シンジだけさ。それに仲が良いって言っても、多少、よく話すぐらいだからな。言うならば、

  完全にフリーってわけさ。これは、男子が放って置かないぜ。さあて、商売、しょーばい!!」

  ケンスケは、トウジに向かって片目をつむってみせると、レイの写真を撮り始めた。

  そんなケンスケの姿を、ジュースを飲みながら見ていたシンジは、トウジに向かって微笑んだ。

  「ケンスケの言う通りかもね。最近、綾波、なんか近寄りがたさが少なくなったって言うか、

  とにかく前と違って、感情が顔に出るようになってきたしね。今日も見てたら、笑うだけじゃなくて、

  時々、怪訝そうな顔したり、ほんと表情が豊かになってきたから・・・・・」

  「なーんや、センセ!! 素知らぬような振りして、ちゃーんと綾波のチェックしとるやないか!!

  センセも隅に置けませんなぁ!! あ、いてててて、なにすんや、いいんちょ!!」

  少し顔を紅潮させてにやついていたトウジは、ヒカリに耳を引っ張られて悲鳴を上げた。

  「すーずーはーらー、あなた、相田君の友達でしょ? 止めなさいよ、ほらっ!!」

  ヒカリの指差す方向を見たトウジとシンジは、レイのすぐ脇でデジタルカメラを構えている

  ケンスケの姿に気づいた。

  「だからさ、もっと、こう、にっこりと笑ってみてよ。せっかく、可愛いんだからさぁ・・・そうそう、

  あ、もうちょっとあご引いてみようかぁ」

  すっかり写真家気取りで、いろいろな注文を出しているケンスケ。

  レイは、さすがに困った顔で、しかしむげに断るわけにもいかないようで、ケンスケの注文に応じようとしている。

  「相田君、カメラって、水に弱いんだったよねぇ」

  凄みを利かせた声にケンスケがファインダーから顔を離してみると、自分のすぐ脇にジュース入りのコップを

  片手に持って笑っているリョウコの姿があった。

  「あっ、明石・・・・・わかったよ。きょ、今日は、こんなところでやめておくとするよ。カメラを

  いたぶられちゃたまらないからね」

  なぜかおとなしく退散すケンスケを、シンジとトウジは不思議そうに眺めていた。

  「やけに素直やな。なんぞ、裏があるのちゃうか?」

  「うん。きっとそうだよ。あのケンスケが、あっさり退散するなんて、これはとてつもない陰謀の

  匂いがするね」

  二人が顔を見合わせて肯いたとき、バンバンと手を叩く音とミサトの声が響き渡った。

  「みんな注目ーっ!! そろそろ遅くなってきたから、取り敢えず中締めにしましょう。この後、リエちゃんたちや

  レイはうちに帰んなさい。その他の大人は、歌いに行くわよっ!! それじゃ、シンちゃん、洗い物お願いね!」

  「そ、そんなあ、こんなにたくさんの洗い物なんて・・・・・それに今日は僕の誕生日を祝うっていう・・・」

  シンジはげっそりした顔で、ミサトに抗議している。

  「あーら、アタシがやってもいいんだけどぉ、たくさん割れ物が出ちゃってもいいんならね」

  「・・・・・わかりました・・・・・」

  シンジは不承不承立ち上がると、キッチンの隅に置いてあった自分用のエプロンを身に付けた。

  「碇君、なんかすごく様になってるね」

  リエは自分も持ってきたエプロンを着けながら、シンジに笑いかけた。

  「ははは、いつもミサトさんにやらされてるからね。それに、汚れ物が綺麗になるっていうのも、

  なんか気分が良いから・・・・高橋こそ、帰らなくて良いの?」

  「ううん。だって、私の家、ここから歩いてすぐだもん。ちょっと手伝っていくわよ」

  リエとシンジが流しに向かったとき、後ろからリョウコの声が聞こえた。

  「リエったら、碇君とのツーショット狙っちゃって!! あたしたちもこうしちゃ、いられないわね!!」

  「そうそう。それに、みんなで、ちゃっちゃっとやれば、すぐに終わるでしょ?」

  リョウコ、ユリコ、ヒカリの3人は、すぐにエプロンをつけて洗い場に立った。

  「・・・・・私も、洗い物だったら、できるから・・・・・」

  少女たちは、一瞬、手を止めて振り返った。

  かなり大き目のエプロンを身に着けたレイが、少し、はにかんだ様子でキッチンの入り口に立っていた。

  「どう、似合うっしょ!? アタシも、一応は、エプロン持ってたりするのよねー。もっとも、使ったこと

  ないけど」

  レイの後ろでは、ミサトが頭を掻きながら、「てへへへ」などと笑っている。

  「じゃ、綾波さんは、私たちが洗い終わったお皿、乾いた布巾で拭いてくれる? それから、

  碇君は、鈴原君や相田君と一緒にお皿を運んできて!!」

  ユリコのてきぱきとした指示が飛び、レイはキッチンに入ると、いそいそと、たった今洗われたばかりの皿を

  拭き始めた。

  「なんや、わしらも働かんとあかんのかぁ・・・・・まったく人使いの荒いやっちゃ・・・・・」

  「色男、金と力は無かりけり・・・・・僕も肉体労働は得意じゃないなぁ・・・・やれやれ・・・・」

  トウジとケンスケも、ぶつくさ言いながら、テーブルの上の皿をかたし始めた。

  そんな様子を微笑んで眺めていたミサトは、所在なさそうに立ちすくんでいるリツコ、マヤ、シゲル、マコト

  そしてカツノリに向かって威勢良く声をかけた。

  「それじゃ、後片付けは前途有望な若者たちに任せて、あたしたちは、カラオケ、行くわよっ!!」

  子供たちも、そして大人たちも、束の間の安息を、精一杯、満喫しようとしていた。

  それがもはや非日常の光景になってしまったことを、忘れようとするかのように。  



     つづく
   
   

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