或いはひとつの可能性



第38話・僅かな安息





  その朝、高橋は珍しく早くに目が覚めた。

  「・・・・・まだ、6時か・・・・・もう一眠りするかな・・・・・そのまえに・・・・」

  霞がかかったような意識のまま、高橋は立ち上がってトイレに向かって歩き出した。

  「・・・・・ゆうべ、ひさしぶりに早くに寝ちまったからな・・・・それでこんなに早く目が覚めたんだ・・・・

   あーあ、なんか損した気分だな・・・・ま、二度寝と洒落込むとするかね・・・・」

  トイレの窓からは、あまりにもすがすがしい朝の大気と微かなラジオ体操の音楽が流れ込んできている。          

  「そう言えば、ガキの頃は夏休みにはよく早起きして、ラジオ体操に行かされたっけな・・・・・

  体操から帰ってくると、おふくろが納豆とか海苔をお膳に並べて朝飯の支度を始めてたよな・・・・

  そうそう、飯食った後は、陸奥やんとプールに行ったりして・・・・・あの頃は楽しかったな・・・・・」  

  小用を足しながら、高橋はぼんやりと窓の外に視線を投げかけた。

  「・・・・なんだ・・・・庭に塵が溜まってるじゃないか・・・・リエの奴、最近、手を抜いているな・・・・

  ま、いろいろあったから、しゃあないか・・・・・ふ、たまには娘孝行でもしてみるかね・・・・」

  トイレから出た高橋は、水道の水を勢いよく流して顔を洗うと、寝室兼書斎に戻り、ジャージに着替えた。

  「これが一番、動きやすいんだよな・・・・うーむ、誰かに似ているような気もするが・・・・」

  姿見に自分の全身を映したとき、高橋はなぜか少しだけ心に引っかかるものがあって、顔をしかめたが、

  さして気にも留めず、そのまま玄関のドアを開けて庭に出た。

  爽やかな冷気を含んだ朝の風が全身を包む中、鳥の声がやけに明瞭に響いている。

  「・・・・お天道さん、今日も一日、おたのもうします・・・・」

  子供の頃からの習慣で、山の端に顔を覗かせている朝日に向かって手を合わせると、

  高橋は朝もやに煙る兵装ビルの威容を眺めながら、物置から取り出した竹箒で庭を掃きはじめた。

  土曜日の朝ということもあって、家の前の道路には足音すら聞こえず、時折、鳥の声に混じって、

  風に流されて市街地から漂ってくるバスのエンジン音だけが微かに聞こえている。

  (・・・・・こうしていると、ここが戦場になったなんて、とても信じられない・・・・・・

  でも、この1ヶ月間に起こったことは夢でも幻でもないんだ・・・・・)

  高橋は竹箒の手を休めて、市街地中心部にどっかりと腰を据えている紺碧のピラミッドをじっと眺めた。

  (・・・・・この先、何が起こるか、わからない・・・・・NERVが、そしてエヴァがこの街を

  救ったのは事実だ・・・・でも、このままでは、いずれ市民が犠牲を強いられる時がきっと来る・・・・)

  僅かに額に滲みはじめた汗を右手で軽く拭うと、高橋はもう一度、使徒の残骸を見つめた。

  (・・・・・俺は市民を護るのが仕事だ・・・・・そして、NERVは人類を護るのが仕事だ・・・・・

  ・・・・・・人類を護るために、この街の市民だけが犠牲になっていいのだろうか・・・・・・

  ・・・・・・地域エゴと言われるかもしれないけど、俺はここの市民から市政を託された者として

  それを見過ごすわけにはいかないんだ・・・・・しかし・・・・・人類を護るためには誰かがコストを

  払わなければならないのも事実なんだ・・・・・どこかで折り合いをつけなきゃいけないってことも

  わかってる・・・・・でも・・・・・)

  そこまで考えたとき、高橋はふと苦笑した。

  (・・・・・なんか、ゴミの焼却場を自分の街に建てられるのが嫌なのに、それなのに平気で自分は

  毎日、ゴミ捨て場にゴミを出しているような気持ちだな・・・・・もう少し、NERVがソフトな対応を

  とってくれれば、解決の道もないとは言えないんだが・・・・・だいぶ片付いたな・・・・・そろそろ

  上がるか・・・・もう、そろそろ6時半だな・・・・・ )

  高橋は竹箒と塵取りを物置に片づけると、リビングルームのサッシの前で茶色のサンダルを脱いで、

  家に上がった。

  (リエが起きてくるまで、コーヒーでも飲むんで待つとするか・・・)

  キッチンでヤカンをガスコンロにかけると、高橋はリビングルームのテレビの前にソファに座って

  リモコンを取り上げ、テレビのスイッチを入れた。

  「・・・・天気予報を終わります。6時半です。6月6日、NBCモーニングワイドを続けます。

  昨日の北京での人民軍の弾薬庫爆発はテロの疑いがあることが判明しました。今朝、ネオ香港の

  チャンネルG2が伝えたところによりますと、爆発後、ネオ香港市内の報道機関に、刷新中国連盟と

  名乗る組織から犯行声明が届けられたということです。中国政府は事態を重く見て、現在、厳重な捜査体制を

  敷いている模様です。中国国内でのテロは、重慶、天津での爆弾テロに続いて、今月に入って3件目と

  なります。それでは、次のニュースです。衆議院予算委員会は、財務省資産管理局の国有地払い下げ

  に関する不正入札疑惑に関して、財務省が全ての入札者の名前と入札価格を記したリストの公開を拒否

  したため、審議が空転しており、総合経済対策を盛り込んだ平成27年度補正予算の6月中の成立は

  難しい情勢となってきました」

  (・・・・やれやれ、中国も大変だな・・・・それにしても、こんな非常時に財務省は何やってんだか・・・・

  これじゃ、使徒にやられる前に、内側から国が滅びちまうかもしれねえや・・・・・)

  高橋は深い溜め息をつくと、ふたたびリモコンを取って、チャンネルを変えた。

  「・・・・それでは、松崎海岸の久米さーん!!  はい、久米です。今日はほんとに抜けるよう青空で

  早くも朝市にはたくさんの人が買い物に来ています。ちょっと伺ってみましょう。あ、おばあちゃん、

  今日は何を買いにこられたんですか? へえ、鯖を買いに来ました。いつもこられるんですか? ええ、

  ここは新鮮なものが多いもんですから・・・・ 久米さん、後ろを通る船はなんですか? あっ、あれですか、

  あれはどうやら海上安全庁のものみたいですね。最近は、いろいろと物騒になってきましたからね・・・」

  (・・・・・ここもか・・・・やれやれ・・・・・)

  少しだけ憂鬱そうな眼差しでリモコンを取り上げたとき、リビングルームの電話が鳴り出した。

  「・・・・ったい、誰だよ。こんな朝っぱらから・・・・・」

  高橋は舌打ちをしながら受話器を取り上げ、思いっきり不愉快そうな声を発した。

  「あー、もしもし、高橋ですけど・・・・」

  「おっ、早えな!! 早起きは三文の得ってぇことをいうから、いいことだぞ!! それとも、年取っちまって

  ほっといても朝早く目が覚めるようになっちまったか!? これで小便が近くなったら、もう終わりだな!!

  がはははは!!」

  受話器から聞こえてくる威勢の良い大声に辟易して、高橋は思わず耳から受話器を少し離した。

  「いててて、大声出すなよ!! 俺はまだ耳は達者だからさ! ところで、陸奥やん、どうしたんだ?」  

  「ああ、そうそう、冗談なんか言ってる場合じゃなかったんだ。実はね、ゆうべ、トオルの奴が乙女峠の近くで

  中学生くらいの男の子と女の子を拾ってきてさ。どうやら男の子が戦自に追われてるみたいなんで、

  二人ともうちのトラックに乗せて新箱根湯本に連れてきたんだけど、女の子の方を第3新東京駅に

  送り届けて戻ってきたら、男の子の方がいなくなっちまってるんだよ。いやはや、なんだなんだか

  わからなくて狐につままれたような気分だよ。取り敢えず、お前に早めに連絡しておいた方がいいと

  思ってさ」

  「男の子が戦自に追われてる? なんだ、そりゃあ!? そう言えば、ゆうべ、やけに車が走りまわって

  いたような音がしてたな。こっちも、夢うつつだったから、よく覚えてねえけど・・・・あんた、子供たちの

  名前を聞いたのか? 」

  「ああ、男の子は勢多ケイタ、女の子は霧島マナって名乗ってたよ。どうみてもありゃあ、中学生だね」

  「詳しい事情は聞いたのか?」

  「一応、聞いたさ。でも、マナって女の子は何聞いても答えないし・・・・・」

  「男の子がいなくなったとき、家の中に誰かが侵入したような形跡はあったのかい?」

  「いや、それがないんだよな・・・・玄関の扉は鍵がかかってなかったけど、それは自分から外に

  出たからかもしれないし・・・・とにかく家の中に誰かが踏み込んだような跡はなかったんだ」

  「そうか・・・・いずれにせよ、戦自がたかが男の子一人で血眼になるってのは、穏やかじゃねえな。

  なんか企んでいるに違いねえな・・・・あっ」

  高橋は電話口でそこまで呟いたとき、小さな叫び声を洩らした。

  (・・・・・男の子、女の子、中学生・・・・・エヴァのパイロットと同じじゃないか・・・・

  まさか・・・・いや、そんなことはねえよな・・・・万田さんもそんなことは言ってなかったし・・・・)

  「どうした? なんか思い出したのかい?」

  受話器から、陸奥の怪訝そうな声が洩れる。

  「いいや、俺の思い過ごしだと思う・・・・気にしないでくれよ」

  頭の中にふと浮かんだ疑惑を一蹴しながら、高橋は受話器を持ち直した。

  「そうかい? なら、いいんだけどさ。それじゃ、俺は朝飯食いに行くから、これで切るぜ」

  「ちょ、ちょっと待てよ。こんな時間にどこに飯食いに行くってんだよ?」

  「最近、うちの近所にも24時間営業のファミレスができたのさ。これから、とんかつ定食でも

  食ってくるつもりさ。」

  「あ、朝から、とんかつ定食・・・・ま、体には気ぃつけろよ・・・・それじゃあ、な」

  高橋は受話器を置きながら、いささか胸焼けがするような気持ちでソファに腰を下ろした。

  (・・・・あいつ、朝からよくそんなもん食えるな・・・・・それにしても、戦自の行動、

  ちょっとばかり気になるところだな・・・・今度、初瀬さんとこのカツノリ君にそれとなく

  聞いてみるか・・・・・こっちも、そろそろ腹が減ってきたな・・・・)

  陽射しが強まり始めた庭先を見つめながら、高橋はゆっくりと立ち上がると、娘を叩き起こすべく

  リエの部屋に向かって歩き始めた。時計の針は午前7時に近づいている。




   
  「うーん、こうしてゆっくりとくつろいでテレビ見るってのも、たまにはいいわねぇ」

  ヒカリ、リエ、ユリコ、リョウコの4人が料理をしている間、ミサトもさすがに子供たちにばかり

  仕事をさせるのは気が咎めたようで、何度も「あたしも手伝おうか?」と声を掛けたが、

  ケンスケからミサトの料理の腕について予め聞かされていた少女たちは、その都度、「いいええ、

  ミサトさんはゆっくりとくつろいでいて下さい!!」という丁重で、そしてどこか必死の感じがこもった

  声で断っていた。

  そのため、ミサトは、今日の午後はずっとリビングルームに座って、レイと一緒にサスペンス劇場の再放送を

  見ている。午後1時から3時までと午後3時から5時までの2本立てで映画を見ているようなものなので、

  いい加減、疲れ始めているものの、今もこうして3時から始まった「湯煙りOL3人旅・花嫁の父は

  なぜ式場にいかなかったのか・奥飛騨に伝わる悲恋伝説が甦るとき」をエビチュを飲みながら眺めている。

  最初、レイもキッチンに入って、少女たちが料理にいそしむのを紅い瞳でじっと見つめていたが、

  リエから「綾波さんは、どんな料理が得意なの?」と尋ねられ、

  「・・・・料理・・・・したことない・・・・いつもコンビニで買って済ましてるから・・・・」

  と答えたため、 ただでさえ広くないキッチンに5人も立っていると身動きがとれないので、

  ユリコに「綾波さんは、今日のもう一人の主役なんだから、でーんと構えていいのよ」と言われて、

  今は、こうしてミサトの隣にちょこんと座って、サスペンス劇場を見ている。

  しかし、初めて見るサスペンス劇場は、レイにはあまりにも難解だった。

  (・・・・・どうして、姉妹なのに争うの?・・・・・ふりんって何?・・・・・旅館の

  おかみって、何をする人? 経営者? なんで和服着てるの?・・・・なんで泊りに来たOLの

  お姉さんたちが、こんなに都合よく、いつも事件現場にいるの?・・・・)

  普段からあまり表情のない白皙の顔を少し歪ませながら、テレビをじっと見つめるレイの隣で

  かなり「できあがっている」ミサトは、またビールを1缶空けた。

  「・・・・ったく、じれったいわね!! 犯人はあの婚約者じゃないの!! あの俳優、いっつも犯人役だから、

  もう結末は見えてしまったようなものねぇ。もうちょっと、ひねりが欲しいところよね。このNERV作戦課長は

  みーんなお見通しなんだからぁ・・・あたしが脚本書いて、応募してみるってのはどうかしらね・・・・

  どう思う、レイ?」

  「・・・・・・わかりません・・・・・サスペンス、初めてだから・・・・」

  「だめよぉ!! 勉強や訓練ばっかじゃ!! 少しは社会勉強もしなきゃあね!! 少しリツコに

  文句言ってやろうかしら!! ところで、レイって、家にテレビあったっけ?」

  「・・・・・・ありません・・・・・必要、ないから・・・・・本読めば、いろいろなことが

  わかりますから・・・・・」

  レイはいつもの通り静かに答えたが、ミサトは少し赤い顔で腕組みをしてレイを睨み付けた。   

  「それじゃあ、駄目よ!! テレビを無理に買えとは言わないけど、NERVのパイロット控室にある

  テレビ、訓練の合間に見なさいね!!」

  「・・・・・何、見たらいいのか、わかりません・・・・・今まで見たこと、ないから・・・・」

  酔っ払いに絡まれているという事態を理解していないレイは、ミサトの言葉を真に受けて視線を伏せて俯いた。

  「そーねえ・・・・そうだっ!! まずは簡単なところで、レイはニュース見なさい、ニュースを!

  あれは、社会勉強になるからねぇ。事実は小説よりも奇なりって言うしぃ」

  「・・・・・はい・・・・・」

  「まったく、シンちゃんは全然本読まないし、レイは本を読むことだけしかしないし、足して二で割ると

  ちょーど良くなるのよね。あっ、そー言えば、成績も足して二で割るとちょーどいいわ!! あははは!!」 

  などと爆笑して、さらに空缶の山を高めていくミサトを横目で見ながら、リエは小声でリョウコに尋ねた。

  「ミサトさん、あんなにビール飲んで大丈夫かしら? 料理、食べられるかな?」

  リョウコも、揚げ物の手を一瞬休めて、リビングルームを振りかえった。

  「あのくらいなら大丈夫らしいわよ。相田君が碇君から聞いたところによると、ミサトさんは

  ビール2ダースまで飲んでも、ご飯食べられるらしいから・・・・一体、どこに収まっているのかしらね?」

  恐ろしいものでも見るような眼でミサトを見ていたリョウコに向かって、ユリコがパスタにかけるスープを

  煮ながら呟いた。

  「・・・・きっと、ものすごい勢いでアルコールが肝臓で分解されてるのよ。お父さんが言ってた。「ヒトの

  肝臓の機能を人工的に再現しようとすると、大きな化学工場がひとつ必要になる」って・・・・きっと、ミサト

  さんの肝臓は、大きな化学コンビナートと同じくらいの能力があるにちがいないわね・・・・」

  その呟きに反応して、他の3人の少女が一斉に振り返ってミサトを眺めたとき、玄関のチャイムが鳴った。

  ミサトはしっかりした足取りで立ち上がると、ドアの外を映し出している小さなモニター画面を覗き込んだ。

  「おっ、来た来た!! 今、ドアのロックを解除したから、勝手に上がって!!」

  ミサトがインターフォンを壁かけに戻すと同時に、ドアが開く音が聞こえた。

  「ミサト、来たわよ。あら、あなた、もうこんなに飲んでるのね? あきれた・・・」

  「お邪魔します。うわ、いつもながらすごいですね。あ、先輩は、ここに座って下さいね」

  「お邪魔しまーす。あ、いい匂いだな。外食じゃないのって、久しぶりだよな。なあ、マコト」

  「この前、家庭料理を食べたのは、確か・・・・去年のマヤちゃんの誕生日だったよな・・・・

  あれから、もう11ヶ月も経つなぁ・・・・もう、本部の食堂のメニューは全部制覇しちゃったっすよ」

  「うおおお、わびしいっ、なんてわびしいだ、俺たちはっ!!」

  葛城邸のリビングルームは、リツコ、マヤ、青葉、日向の4人を迎えて、賑やかさを増し始めた。

  「今ねえ、キッチンで料理を作ってるのが、シンジ君やレイのクラスメートの女の子たちなのよ」

  ミサトの声を聞いて、少女たちがリビングルームの方を振り返った。

  「あっ、あの時の!! 確か、明石リョウコちゃん、よね?」

  「はい!! えと、伊吹さん、でしたよね!! うわー、こんなところでまたお会いできるなんて・・・・」

  キッチンの入り口に立っているマヤに向かって、リョウコは目を輝かせて駆け寄った。

  「あら? マヤ、その子と知合いだったの? 」

  早くもミサトからエビチュを渡されながら、リツコがさすがに不思議そうな眼差しで尋ねる。

  「はい!! 先月、電車の中で気分が悪くなったとき、伊吹さんに席を譲ってもらったんです!!

  あ、すみません。はじめまして、私、明石リョウコって言います。うちは、新根津で明石屋本舗っていう

  菓子屋をやってるんです。みなさんも、お手すきのときに、是非いらして下さいね。勉強させて

  いただきますから!!」

  「さっすが、マヤちゃん!! 優しいねぇ」

  日向の言葉にマヤは赤くなって俯いてしまった。

  「いえ、あの、わ、私は、ただ当たり前のことをしただけで・・・・そんな、褒められるようなことを・・・・」

  「したのよ、あなたは。」

  いつになく優しいリツコの言葉に、マヤはぱっと顔を輝かせた。

  「そんな・・・・先輩・・・・」

  「あーら、たまにはリツコも優しいじゃないの。ま、こんなとこにぼーっと突っ立ってたって埒が

  明かないわ。取り敢えず、座った、座った!!」

  さっきまで手持ちぶさただったミサトが、たちまち本領を発揮して、その場を仕切り始める。

  「あら、いつも優しいわよ、私は。きちんと言われたことを言われた通りにやらない人には厳しく

  感じられるだけよ。とくにミサト、あなたにはね」

  「へいへい、わーったわよ!! もう、こんなところまで来て、言わなくてもいいじゃないのっ・・・」

  「あの、葛城さん。あの子達のこと、みんなに紹介した方が・・・・」
   
  恐る恐る切り出すマヤに向かって、ミサトはニヤリと笑った。

  「マヤ、ナイスフォロー!! えっとねぇ、あの子達はね、一番右が初瀬ユリコちゃん、

  この近所のコンビニのお嬢さんよ。その隣がさっき自己紹介した明石リョウコちゃん。そのまた隣が、

  洞木ヒカリちゃん。お父さんは市の文教部に勤めてるの。そのお隣が・・・・」

  ミサトがそこまで言いかけたとき、リエがリビングルームに向かって振り返った。

  「高橋リエです。父は・・・・皆さんとはちょっといろいろと関係のある、その・・・・市議会議員の

  高橋ノゾミです。でも・・・・でも、私、NERVは嫌いじゃありません。私たちの、この第3新東京市を
  
  護ってくれるから・・・・」

  リエは、NERV職員たちの硬い視線を一身に浴びて、顔をほのかに紅潮させ、少し震える声で挨拶した。

  「そうなのよぉ。お父さんとは違って、リエちゃんはNERV贔屓なのよね。シンジ君とも仲がいいし・・・・」
   
  ミサトがリエに配慮して説明を付け加えたとき、それまで黙っていたレイがぽつりと呟いた。

  「・・・・・・そして、私の友達・・・・・・」

  一瞬、リビングルームは静まり返った。

  「・・・・・・レイ・・・・あなた・・・・・・」

  数秒間の沈黙。ようやくリツコが、レイを見つめたまま、絞り出すような声を洩らした。

  「・・・・・・レイ、良かったわね、友達ができて・・・・・」

  ミサトは、自分の隣で、少しだけ緊張したような顔で俯いている少女に向かって、優しく言葉をかけた。

  レイは、はっと顔を上げてミサトを上目遣いに見つめた。蒼銀の髪が微かに揺れる。

  (・・・・・葛城一尉の言葉・・・・・体が暖かくなる感じ・・・・・私、嬉しいの?・・・・・)

  レイの脳裏に、シンジの笑顔が甦ってきた。

  「ごめんなさい。こんなとき、どんな顔をしたらいいか、わからないの」

  「笑えばいいと思うよ」

  シンジの言葉も記憶の淵から呼び覚まされる。

  じっとミサトを見つめていたレイは、その澄んだ紅い瞳を細めて、ぎこちなく、でも精一杯、微笑んだ。

     
 
    つづく
   


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