或いはひとつの可能性



第33話・狼狽する主権





    リエとリョウコは、新四谷駅の改札口の前で、掃除当番で遅くなったヒカリとユリコを待ち受けた。

    5分ほど待ったとき、通学路を楽しそうに話しながら歩いてくる2人の少女の姿が見えてきた。

    「あ、来た来た!! こっちこっち!! 早かったね!! 」

    駅前のロータリーで手を振るリョウコに気づくと、ヒカリとユリコは小走りに駆け寄ってきた。

    「どーしたの? ずっとここにいたの? 早くに帰ったんじゃなかったっけ?」

    ユリコは不思議そうな顔でリエに尋ねた。
 
    「うん。あのね、そろそろ碇君の誕生パーティの企画とか詰めなきゃいけないんじゃないかってっ

    リョウコと話してたの。二人とも、今日、時間ある?」

    ヒカリは残念そうな表情を浮かべ、リエを見つめた。

    「今日は早く帰ってやらなきゃいけないことがあるのよ。明日、物理の授業で発表することに

    なってるから、予習しとかなきゃ・・・・私は行けないけど、3人で企画を相談しても

    いいわよ」

    「やっぱりみんなが揃うときにやろうよ。今日はこのまま家に帰ったほうがいいと思うなぁ」

    リョウコは残念そうだったが、自分からそう切り出した。

    「うん、それじゃあさ、明日の放課後にマックかなんかで話し合わない?」

    「そうしようよ。じゃ、明日までにみんな案を考えてくること!!」

    ユリコはにっこりと笑うと、駅の改札口に向かってゆっくりと歩き出した。

    「あ、待ってよ!!」    

    3人の少女たちもユリコを追って慌てて歩き出した。

    そんな4人の脇を、たくさんの壱中の生徒が、楽しそうに話しながら通り抜けていく。

    眩しいくらいに明るい陽射しの下で、いつものような午後が、ゆるゆると過ぎていった。



    
    午後2時10分、リエとユリコは新駒沢駅の階段を降りていた。

    「今日はラッキーだったよね! やっぱり準急は速いね!」

    ユリコは上機嫌で微笑みながら、リエの顔を覗きこんだ。

    「もうちょっと本数が多くてもいいのにね。ここの辺も人口が増えてきているんだから・・・」

    リエはちょっとだけ不満そうに呟くと、最後の1段を残して、階段からぴょんと飛び降りた。

    昼下がりの駅前には男性の姿は少なく、老人や主婦らしい女性、そしてリエたちのような

    学生がのんびりと歩いているだけである。

    階段を降りたリエたちの目の前を、ベビーカーに幼児を乗せた母親が通り過ぎていく。

    二人の少女はしばらく立ち止まって、幼な児と母親の姿をじっと眺めていたが、

    やがてどちらからともなく、無言のままゆっくりと歩き出した。

    駅前のバス停から乗客がまばらなバスが発車する。そのエンジン音を、ぼんやりと

    聞きながら、リエとリョウコは、新陽銀行新駒沢支店の前を通りぬけ、

    煉瓦調のタイルが敷き詰められた商店街に足を踏み入れようとした。

    突然、駅前に設置された防災放送のスピーカーから、けたたましいサイレンが流れはじめた。

    歩いていた人々は凍り付いたように立ち止まり、不安そうに辺りをきょろきょろと見回す。

    そんな中で、銀行から出てきたばかりの作業着姿の中年の男が電器店に駆け込むのを

    見て、たちまち周りの人々も電器店の中に走り寄った。

    後ろから押されながら電器店に入り込んだリエとユリコは、陳列されている壁掛け型テレビの

    ワイドショーが中断され、明らかに緊張した面持ちのアナウンサーの画像に切り替わっているのを見た。

    「臨時ニュースを申し上げます。本日、午後2時11分、相模湾沖の領空に国籍不明の

    飛行物体が侵入し、第3新東京市、神奈川県、静岡県、山梨県に特別非常事態宣言が

    発令されました。現在、国防省等関係機関が解析作業を進めておりますが、この地域に

    お住まいの方は、大至急、指定されたシェルターに避難して下さい。繰り返します・・・」

    電器店内の人々は、先を争って店外に出始めた。

    サイレンがけたたましく鳴り響く中で、人々は顔をひきつらせながら、

    新駒沢郵便局の地下に設けられたジオ・シェルターに向かって無言のまま駆け出していた。

    人々の殺気を感じて、ベビーカーの中の幼児が大声で泣き出す。

    犬の散歩中だった初老の婦人は、犬を抱き上げて小走りに走っている。

    あちこちで商店のシャッターを慌てて下ろしている音が響き渡り始めた。

    既に新陽銀行は全てのシャッターを下ろしてしまっており、支店の通用口から若い行員と

    背広姿の中年の客が走り出てきている。

    近くの道路を走っていた車も、路肩に停車して、運転者がドアをロックしようとしている。

    理髪店からは、洗髪中の白髪の老人が、濡れたざんばら髪のままで飛び出している。

    リエとユリコは、スカートの裾を気にしながら商店街を駆け抜けると、

    郵便局の脇に口を開いているシェルターに駆け込んだ。

    シェルターの階段を駆け降りながら、ユリコはリエの手を強く握った。

    リエはユリコの蒼ざめた顔に視線を走らせた。
 
    握った手に力を込めたリエは、ユリコと視線が合うと、無言で肯いた。

    (・・・・・・大丈夫よ、ユリコ・・・・・私も一緒だから・・・・・・)

    新駒沢の人々は無言のまま、たちまちシェルターを埋め尽くし、地上は瞬く間に人の気配が

    消えていった。
       


    シェルター内に入った人々は、ようやく多少安堵したのか、声を洩らしはじめた。

    「あ、すみません。もう少し詰めてもらえませんかね? だいぶ混んできたんで・・・」

    「ええ、かまいませんよ。あの、今日の特別非常事態宣言は、やっぱりまた使徒なんですかね?」

    「さあ・・・・でも、この間、来たばっかりですからね。違うんじゃないですか? 私も

    よくわかんないけど・・・・それにしても、なんでここにばっかり来るんでしょうかねぇ、

    使徒って奴は・・・」 

    ねじり鉢巻きをした魚屋の主人と作業着姿の工務店の店員が大きな声で話している。

    「きょうね、ようちえんでならったの。きいてきいて!!」

    幼稚園児が調子っ外れな歌を大声で口ずさみはじめた。

    「おい、うるせいぞ!! その子供、静かにさせろよ!!」

    「そういう、あんたの声の方がもっとうるさいわよ!!」

    背広姿の初老の男と、幼稚園児の母親らしい主婦が口喧嘩を始めた。

    静かだったシェルター内にざわめきが広まり始めた。

    「ユリコ、もう大丈夫よ。ここなら安心だから・・・・」

    「いきなりだったから、びっくりしちゃったわよ、もう!!」

    リエとユリコは、シェルターの壁際に並んで腰を下ろすと、お互いに顔を見つめた。

    「国籍不明の飛行物体って何かしら? もしかして使徒?」

    リエは眉をひそめると、小さな声でユリコに尋ねた。

    「そうだとしたら・・・・綾波さんと碇君がまた戦うのね。それに・・・・・」

    ユリコは何かを思い出したように、びくっと体を震わせると体を硬くして俯いた。

    その瞬間、シェルター内に轟音が響き、激しい振動とともに天井から小さな埃や

    コンクリートの破片がぱらぱらと人々の頭上に降り注いだ。

    「うわっ!!」

    「きゃーっ!!」

    一斉に床に伏せて、手荷物を頭の上にかざす人々。

    リエの隣にうずくまった老婦人は、かすれた低い声で一心に念仏を唱えている。

    どこかで小さな女の子が恐怖のこもった泣き声を洩らしている。

    リエも、目を硬く閉じて、床にうずくまった。

    (・・・・・また使徒なの?・・・・・どこが攻撃されてるの?・・・・・・

    ・・・・・・今度こそ駄目かも・・・・・お父さん・・・・怖いよ・・・・

    ・・・・・・碇君、私たちを守って・・・・・・)

    ユリコは、頭の上に鞄を置いて、体を低くしながら、目を大きく見開いていた。

    (・・・・・もし使徒だったら、戦自が出動してるはず・・・・・

    ・・・・・・お兄ちゃん・・・・・絶対に死なないで!!・・・・)

    鞄にぶら下げた成田山の御守を握りしめながら、ユリコは奥歯を硬く噛み締めた。

    シェルター内に響いていた轟音は10秒も続かず、やがて、絶望的な静けさが訪れた。

    人々は、恐怖に体を硬くして、次の轟音を待ち構えた。

    しかし、轟音はその後は響き渡ることもなく、やがてシェルターのあちこちで

    身を起こす衣擦れの音が聞こえ始めた。

    「・・・・・勝ったの?・・・・・・」

    おそるおそる目を開いたリエは、泣きそうな顔でコンクリートの床を睨んでいるユリコに

    声を掛けた。

    「・・・・・どうかしら・・・・・・ちょっと早すぎるような気が・・・・・・

    ・・・・・・でも、きっと弱い奴だったんだよ・・・・・だから、碇君たちがとっとと退治

    しちゃったのかも・・・・・」

    ユリコは少しだけ口元を緩めると、涙をうっすらと滲ませているリエに向かって手を差し伸べた。

    あちこちで市民達は少しだけ顔色を取り戻し、ざわめきがだんだんと大きくなっていった。    

    それから数分後、かなりざわめきが大きくなったシェルター内に放送が流れた。

    「特別非常事態宣言は、先程、2時25分に解除されました。ただし、市内中心部ではまだ

    宣言は解除されておりせんので、南部方面へ行かれる方は、地下通路を通り、中心部を

    迂回して下さい。なお、市内中心部以外の地域でも、外出禁止令が発令されておりますので、

    市民の皆さんは速やかにご自宅にお戻り下さいますようお願いいたします」

    「どういうことなんだ? それほど大ごとじゃなかったってことなのか?」

    狐につままれたような表情で市民たちは、シェルター内で立ち上がりはじめた。

    リエとユリコもスカートについた埃を軽く手で払うと立ち上がった。

    「やっぱりNERVとエヴァがいるから、ここは安泰ってことだよ!!」

    「やれやれ頭が埃まみれになっちまったな。家に帰ったらすぐにひとっ風呂浴びるとするか・・・」 

    割り切れない一抹の不安を残しながらも、シェルター内には生気が戻り始めていた。       
  
    人々はシェルターから外に出ると、思い思いに少しだけ伸びをして、それぞれの自宅へと

    散っていった。





    高橋は突然の電話で叩き起こされた。

    もうろうとした意識の中で、受話器を探り当てると、高千穂の元気な声が耳一杯に響き渡る。

    「もしもし、高橋君かい? 俺だよ、高千穂だ!」

    視界のぼやけている目をこすりながら、高橋は書斎の掛け時計に視線を向けた。

    (・・・・・・8時15分か・・・・・朝の連続テレビ小説「ダイコン創るで!」の

    時間だな・・・・)

    「はい・・・高橋です・・・・今日は昼からでしょう、会議は?・・・・」

    少々、怒気を含んだ高橋の声に対して、高千穂のすまなさそうな声が応える。

    「ああ、それなんだけどね、さっき第2新東京市の吾妻さん(衆院議員)から電話がかかってきて、

    今回の磐手事件や強行採決、そしてNERV問題について、第3新東京・自改党の説明を

    聞きたいって言うんだよ。なんでも党三役(幹事長、総務会長、政務調査会長)が

    強い関心を示しているようなんだ。私と三笠、松島君は強行採決の後始末や民協党との

    会談に出なきゃいけないし、最も一連の事情に詳しい君に行ってもらえないかと・・・・」

    高橋は、ふーっと大きくため息をついた。

    「しょうがないですね・・・・じゃ、私が吊し上げられに行くとしますか・・・・

    第2の方は何時に来いって言ってるんですか?」

    「午後1時30分に来て欲しいそうだ。そうそう、憲法擁護庁(内務省の外庁)の万田長官も

    同席するみたいだぞ。すまないな、大事な会議だから、ほんとは私が行かなきゃいかんのだが、

    NERV問題の専門家の君の方が適任かと思ってね・・・・この埋め合わせはどっかで

    するよ・・・・・」

    高橋はうんざりした顔で、明るい陽射しが降り注いでいる庭先を窓ガラス越しにぼんやりと眺めた。

    「いいですよ。昨日は、私の法案のためにご迷惑をおかけしたんですから、

   査問のひとつやふたつ、軽くかわしてみせますから・・・・じゃ、出張手続き、お願いしますね。

   私はこれから準備にとりかかって、真っ直ぐ第2へ行きますから・・・・」

   「すまんな、よろしくたのむよ。手続き等はこっちで万端整えておくから・・・・」

   高橋は受話器を置くと、少しだけ髭の伸びた顎を手でごしごしとこすりながら

   洗面所に向かった。

   「・・・・さすがにリエは出かけた後だよな・・・・せっかく今日は昼まで寝ようと思ってたのに・・・・

   ・・・・・ったく、人使いの荒いことだよ・・・・俺が雑巾だったら、とっくの昔に

   擦り切れちまってるよ・・・・・」

   独り言をぶつぶつとつぶやきながら、高橋は洗面台のシェービングクリームの缶を

   手にとって2、3度軽く振った。        
    

   
   「ああ、高橋さん、この間、三島でお会いして以来ですね。こちらが万田長官です」 
    
   吾妻は血色の良い童顔で高橋に向かって笑いかけると、背の高い痩せた男を紹介した。

   「お初にお目にかかります。第3新東京市議会の高橋です」

   高橋は緊張した顔で、頭を下げた。

   「万田です。吾妻君にはうちのムラ(派閥)の政策スタッフとして頑張ってもらっています。

   今日は遠路はるばるご足労をおかけしました。いやはや、先日の市議会は荒れてしまって

   大変でしたね、はははは」

   万田はにこやかに笑っていたが、銀のフレームの奥の細い目は笑っていなかった。

   「さて、いきなりで恐縮ですが、時間も無いことなんで、本題に入りましょう。あ、お二方とも

   おかけになって下さい」

   吾妻は愛想よく笑うと、ソファを指差した。

   議員宿舎の窓から入り込んでくる午後の陽射しを浴びながら、万田はソファに腰掛けると、

   よく通る低い声で話し出した。

   「今日、おいでいただいたのは、NERV問題についてです。強行採決についてはとくにお聞き

   するところはありません。ここ、第2新東京市でも、治外法権のNERVについては、わが国政界への

   関与が強まるにつれて警戒する声が、与野党を問わず高まっています。憲法擁護庁でも

   エージェントや情報スタッフを走らせて、NERVの内情を探っているのですが、NERVサイドも

   保安諜報部が我々の動きをぴったりマークしていて、はっきり言って、これまでに大した成果を

   あげることができていません。そんな矢先、使徒が襲来し、そしてNERVの切り札とも言える

   あの新型ロボット、エヴァンゲリオンが初めて姿を現した。NERVが新型ロボットの開発を

   進めていることは我々にも知らされていましたが、あんな高性能で、使い方次第では

   わが国の安全保障にとって深刻な脅威ともなりかねない兵器が、

   わが国の領土内で製造されていたことを知り、政府のみならず国会も強い衝撃を受けております」

   万田は一気に話すと、反応を探るかのように高橋を見つめた。

   「こんなことをお聞きするのは大変失礼かもしれませんが、わが国は国連の常任理事国でしょう?

   NERVは国連の下部組織なんですから、安全保障理事会にも活動内容は報告されているんじゃない

   ですか? だとすると、政府が例えばエヴァンゲリオンについて知らないというのも不可解ですが・・・」

   高橋は玉露が注がれた熱い茶碗を一口啜ると、万田に向かって問い掛けた。

   「おっしゃるとおり、わが国は安全保障理事会のメンバーです。

   しかし、現在、国連の最高意思決定機関は総会でも安全保障理事会でもなく、

   セカンドインパクト後の混乱収拾に貢献した米、英、仏、独、露の五大国から構成されている

   最高幹部会が実権を握っています。だが、しかし、我々の調査では、実はこの最高幹部会も

   どうやら見せ掛けだけの組織で、本当に権力を握っているのは、最高幹部会の下に置かれている

   人類補完委員会という非公開組織らしいんですよ。この組織は、セカンドインパクトで

   人口が半減してしまった人類の復興策について検討を進めているらしいんですが、

   詳しいことは我々も何もわからないんです。わが国は国連分担金のシェアでは、米国、ドイツと

   並んでトップですが、セカンドインパクトの際には有事法制の未整備や首都壊滅の影響で

   国内の混乱を収めるのに手一杯で、国際紛争の調停まで手が回らなかったため、

   この最高幹部会に加わることはできなかったんです。だから、本当のところ、

   委員会が何を目指してどういうことを検討しているのか、皆目わからない・・・・。

   表向き、NERVは国連の一組織に過ぎませんが、実は最高幹部会、そして人類補完委員会

   直轄なんですよ。だから、我々も、公式ルートでは、NERVの内情を知ることができない

   というわけです。過去に、何度も、わが国や中国、そして中東諸国が安全保障理事会の

   場で、NERVに関する情報公開を求めましたが、最高幹部会の構成国から強い抵抗を受けて

   断念せざるをえませんでした。高橋さんは「情けないじゃないか!」と思われるかもしれませんが、

   最新鋭の兵器の殆どを最高幹部会構成国から購入しているという現状を考えると、

   これが外交ルートを通じてできる精一杯のことなんです」

   万田は苦い顔で黙ると、テーブルの上の茶托を引き寄せ、少し温くなりかけた茶を一口啜った。

   「別に私がNERVについてお話することはやぶさかではありませんが・・・・

   私ら素人の少年探偵団みたいな奴らよりも、憲法擁護庁のプロの皆さんの方が、NERVについて

   よくご存知なんじゃないですか・・・・・餅は餅屋って言うし・・・・」

   高橋は少しだけ眉間に皺を寄せながら、万田を見つめた。

   「先ほども申し上げましたように、われわれはプロであるがゆえに、NERVにマークされて

   いるんです。その点、これまで、あなたはノーマークだった。さすがに最近、NERVも

   あなた方への監視を強めていますが、結果として、あなたと利根氏の接触を許すことになったのは

   彼らの認識に甘さがあった証拠です。プロとして恥ずかしい次第ですか、現時点では

   あなたは我々の知らない情報を持っているものと思います・・・・」

   万田は腕組みをすると、やや俯いて下唇を軽く噛んだ。

   「そんなことまでご存知なんですか?」

   高橋は目を大きく見開くと、茶碗をテーブルの上に置き、万田の顔を見つめた。

   「われわれも彼との接触を狙っていました。しかし、彼の周囲には保安諜報部の人間の影が
 
   いつも見えていて、われわれが迂闊に手を出すと、彼の生命に危険が及ぶ可能性が高く、

   手出しできませんでした。そんな矢先、言わば第三者だったあなたが乗り込んできて、

   われわれが睨み合って牽制しあっている、その目の前で利根氏と接触してしまったんですよ。

   あなたが彼を訪問した時、われわれの手の者が彼の店内で保安諜報部の人間と睨みあっていましたし、

   翌日、彼があなたを訪問したときも、途中で彼と接触しようとしたわれわれと

   保安諜報部が実は影で銃撃戦まがいのことまでやってのけていた。つまり、あなたは

   まさに文字どおり漁夫の利を占めたというわけですな」

   万田はニヤリと笑ってみせた。

   「そして・・・・あなたとお嬢さんは、エヴァンゲリオンのパイロットである碇シンジ、綾波レイの

   二人とも比較的親しい・・・・あなたは公職についておられるからご理解いただけると思いますが、

   このままNERVや人類補完委員会の活動を野放しにしておいては、いずれわが国の主権と

   市民の自由が深刻な事態に直面することは火を見るより明らかです。われわれも、使徒対策をNERVに

   依存する状態を改善しようとして、関係省庁が既に動き出しており、近いうちにわれわれ内務省の

   絡んだ案件が日の目を見ることになりそうです。どうか、高橋さんにも、平和な市民生活を護持する

   ため、お力を貸していただきたい」

   深々と頭を下げた万田に向かって、高橋は困惑した声を上げた。

   「あ、頭をお上げ下さい。そりゃあ、私の知っていることはなんでも話しますけどね・・・・

   それだけじゃすみそうにないんでしょう?」

   「できれば、今後も、NERVに対する調査を独自に進めていただきたい。とくにパイロットに

   ついての情報を頂けると、非常に助かります・・・むろん、必要な経費があれば、こちらで

   肩代わりしますよ。それに・・・・・」

   万田は一段と声を潜めると、高橋を真っ直ぐ見つめた。

   「あなたからご協力を頂ければ、今、民協党が議席を持っている第3新東京2区について、

   是非、あなたに自改党支部長をお任せして、次回総選挙で議席を奪還していただきたいとも

   思っています」

   途端に高橋は厳しい表情に変わり、万田を睨んだ。

   「ということは、私を衆議院議員にして頂ける、ということですね。これはただ事じゃないですね・・・」

   「あなたの政策立案能力は、別送等保有税の件で立証されていますし、

   2区で落選した前議員も先月亡くなっておられて、今は言わば空白区なんです。むろん、

   総選挙は来年までなさそうですから、取り敢えず今度の市議会議員選挙には出馬していただいて

   結構ですが・・・・・」

   万田は再びニヤリと笑うと、静かに冷えた茶を飲み干した。

   「私の知っていることはすべて申し上げますし、情報提供の件も、できる範囲で致しますよ。

   でも、立候補の件はちょっと考えさせて下さい・・・・」

   高橋がテーブルの上の白いクロスを見つめながら低い声で答えた時、ドアがノックされ、

   隣室に控えていた三宅秘書官が入ってきて、万田に小声で耳打ちした。

   見る見るうちに顔色が変わった万田は、ソファから勢いよく立ち上がった。

   「すまん!! 急用が入った!! 詳しい話はまた後日!!」

   慌てて部屋から出て行く万田を見送ってから、吾妻と高橋は顔を見合わせた。

   「あの慌てぶり・・・・何かあったんでしょうかね?・・・」

   「さあ・・・・まあ、取り敢えず、今日のところはこれで終わりみたいですね。急に呼び出して

   申し訳ありませんでした。高橋さんには父の代からお世話になりっぱなしなのに、ろくな

   恩返しもできないうえに・・・・いくらムラの幹部の要請とはいえ・・・・押し戻せなくてすみません

   でした」

   吾妻は、困惑した顔で高橋に向かって頭を下げた。

   「いいえ、気になさらないくださいよ。私たち市議会もお父上に大変お世話になりました

   から・・・・・それに、私が吾妻さんを応援してるのは、それだけじゃなくて、吾妻さんのような

   政策能力のある方に国政で活躍していただきたいからですよ。こんなことを気になさっちゃあ

   いけません!!」

   高橋はにっこりと笑いながら、顔の前で手のひらをぶんぶんと振ってみせた。

   ようやく顔を上げた吾妻がしゃべろうとしたとき、机上の電話が鳴った。

   「もしもし吾妻ですが・・・・はい・・・ええっ?!!・・・・・わかりました、すぐ行きます!!

   え、高橋さんもですか? それはまた・・・・ああ、そういうことですか・・・・わかりました」

   受話器を置いた吾妻は、すっかり血の気の失せた顔で高橋を見つめた。

   「憲法擁護庁次官の安来さんからでした。たった今、使徒らしきものが第3新東京市に襲来し、

   特別非常事態宣言が発令されたそうです・・・・高橋さんともども議員宿舎に待機して

   いるようにとの電話でした・・・・」

   (しまった!!・・・・リエ!!・・・・・・)

   高橋はソファが反射的に勢いよく立ち上がると、その場に立ち尽くした。

   茫然としている高橋の後ろで、掛け時計の針は午後2時06分を差している。

   「まあ、高橋さん、落ち着いて・・・・私も各方面に電話をかけて情報を収集してみますから・・・・」

   吾妻の声でようやく我に返った高橋は、慌てて背広の内ポケットから携帯電話を取り出した。

   「だめだ!! 全然つながらない!!」

   受話器の底から聞こえてくる無機質な案内テープを聞きながら、

   高橋は苛立った声を上げ、立ち上がると壁掛けテレビのリモコンを探し始めた。

   やがてリモコンを探すのをあきらめた高橋は、直接、テレビのスイッチを手で押した。

   たちまち、やや興奮気味のアナウンサーの声が平面スピーカーから流れ出した。

   「・・・第3新東京市、神奈川県、静岡県、山梨県に特別非常事態宣言が 
  
   発令されました。現在、国防省等関係機関が解析作業を進めておりますが、この地域に

   お住まいの方は、大至急、指定されたシェルターに避難して下さい。繰り返します・・・」

   やがて画面は、上高地の風景の上に文字テロップが流れるだけの静止画像に切り替わり、

   音声もクラシック音楽だけになってしまった。

   高橋はテレビの画面を睨みつけると、唇を強く噛み締めた。

   (くそっ、中継映像は入らないのか!? 一体、現地はどうなってんだよ!? 

   みんな無事なのか!? リエはもう家に帰ってるはずだ・・・まさか新駒沢がやられてるんじゃ

   ないだろうな!?)
      
   向かい側のソファでは、吾妻がどこかに電話をさかんにかけている。

   そんな姿を見つめながら、高橋は焦燥の色をあらわにして、貧乏揺すりをしながら

   なすすべもなく電話が終わるのを待ち構えていた。

   議員宿舎の廊下を駆けている足音が見る見るうちに増えていく。

   睨み付けている高橋の視線を感じて、吾妻は高橋に向かって手を合せて

   「申し訳ない!!」というジェスチャーをしてみせる。

   2分後、吾妻はようやく電話を終えると、少し上気した顔で高橋を見つめた。

   「だいたい状況がわかりました。行政電話の回線を特別に使わせてもらって、神奈川県庁の

   災害対策局に問い合わせたんですが、どうやら第3新東京市に襲来したのは

   立方体状の青い物体で、かなりのスピードで相模湾から塔の沢付近を経由して第3新東京市に

   入ったようです。現在、指揮権は既にNERVに移譲されていて、どうやら例のエヴァが

   出撃するみたいですよ!」   

   吾妻の声が終わらないうちに電話が鳴った。

   「はい、吾妻です・・・わかりました。すぐ参ります。高橋さんは?・・・じゃお連れします」

   吾妻は電話を終えると、身を乗り出している高橋に向かって厳しい表情で口を開いた。

   「党の国防部会長の竹生さんからでした。すぐに高橋さんを

   党本部にお連れするようにとのことでした。第3新東京市のことに詳しい高橋さんに

   いろいろとお話を伺いたいというようなことを言ってましたよ。じゃ、行きましょうか?」

   高橋は黙って肯くと、ソファから立ち上がった。

   二人の政治家は、慌ただしい足音がひっきりなしに響いている廊下に向かって歩き出した。




   午後2時22分、内閣総理大臣官邸で土佐官房副長官は、

   いつになく厳しい表情で電話の受話器を耳から離すと、インターフォンのボタンを押して

   秘書官の伏見を呼んだ。

   「これから合同情報分析会議を臨時招集する。関係各方面へ連絡してくれ。私は、

   総理のところに行ってくる」

   低く抑えた声で用件を手短に申し渡した土佐は、執務室の重い木製のドアを開けると、

   足早に総理執務室に向かった。


   午後2時34分、官邸の一室で合同情報調査会議が臨時開催された。

   部屋の中には、土佐官房副長官のほか、外交政策省、国防省、国家保安委員会、憲法擁護庁、

   内閣情報分析室、内閣安全保障調査室の担当官たちが重苦しい表情で座っている。

   「当会議は通常、毎月1回の開催であるが、本日は緊急事態の発生のため、

   皆さんに急ぎお越しいただいたわけです。既にご存知だと思いますが、午後2時05分、

   戦自の大観山レーダーサイトが新小田原市沖の領空上に国籍不明の飛行物体が突然現れた

   のを確認。これを受けて、国防省はただちに神奈川、静岡、山梨の3県と第3新東京市に

   特別非常事態宣言を発令すると同時に国連特務機関NERVに通報しました。戦自が厚木

   基地等において迎撃態勢を整えている間に、当該物体はかなりの高速で内陸部に侵入し、

   当方からの照会電文にも無応答であったため、当該物体は使徒の可能性が高く、   

   戦自による迎撃は困難と判断されたため、戦自では午後2時14分に指揮権をNERVに

   移譲しました」

   土佐はいつもと変わらぬ声で、表情を変えずに一気に話すと、一旦、口を閉じて、周りを

   見回した。

   「ここまではわが国政府が把握している事項ですが、先程、午後2時25分、NERVの

   冬月副司令から私宛に電話が入った。内容は、まず、NERVでは午後2時17分に汎用人型

   決戦兵器エヴァンゲリオンを出撃させたが、敵の攻撃を受けてあっけなく撃退されたこと」

   部屋中に低いうめき声が一斉に広がった。

   「つぎにNERVの解析により、敵はこれまでの使徒と同様に通常兵器では歯が立たないこと、

   また過粒子砲を搭載しており、一定範囲内の外敵を自動的に攻撃する性質があること、

   最後に敵はジオ・フロントに向けてボーリングを続けており、最終的な目的は

   ジオ・フロントの爆破による第3新東京市全域の壊滅であることがそれぞれ判明したとのことでした。

   これに対して、NERV作戦部が立案した作戦は、敵への高エネルギー照射により一点突破を

   試みるというものであり、そのためにわが国全体の電力が必要となるため、NERVでは

   わが国政府に対して、作戦が遂行される本日午後11時から明日午前4時までの間、全国の

   電力をNERVに供給するよう正式に徴発を申請してきました。一方で、幸い、今回の使徒は、

   ヒト個体に対しては全く攻撃してこないため、NERVでは、使徒がボーリングを行っている

   市内中心部を除いて特別非常事態宣言を解除し、午後6時まで市民を一時帰宅させることを勧告

   してきました。この勧告を受け入れて、政府では、午後2時25分、一部を除いて同宣言を解除

   したところであります」
     
   土佐は再び口を閉じると、一段と緊迫した雰囲気が漂う室内を改めてゆっくりと見渡した。

   「ここで問題となるのは、NERVからの電力供給要請に応諾するかどうかという点と、

   応諾した場合、全国民に影響が波及するわけであるが、それに関してどのように説明するか、という点である。

   最初の点については、専門家であるNERVがそのように判断している以上、我々が

   要否を検討するのは時間の無駄と考えられます。従って、我々が可及的速やかに検討すべき

   事項は、国民への説明をどうするか、という点のみと思われます。これは対応を誤ると

   全国にパニックが波及するため、皆様におかれましては慎重にご審議頂きたいと思います」

   一瞬、室内は森閑と静まり返った。

   長門・内閣情報分析室長が、顎を手で触りながら、まず口火を切った。

   「使徒の攻撃を受けていることを公表した場合、全国の国民に使徒の脅威が身近に迫っているとの

   認識を与えることになり、社会不安を惹起する恐れがあります。私は、別の理由、例えば

   電力会社の一斉設備点検とか、そういった名目で対応する方が適当と思います」
 
   「でも、既に第3新東京市の住民は使徒が襲来しているということを薄々、知ってしまって

   いるんだよ。一部の住民は自宅の窓から、立方体状の使徒がボーリングを行っているのを

   肉眼で見ているし・・・・。今はそういう名目でしのげても、先々、噂が広まって

   野党やマスコミから集中砲火を受けるのは目に見えている・・・・」

   土佐は眉間に皺を寄せると、チタンのフレーム越しに長門を睨んだ。 



   会議は30分続いたが、事実を公表すべきかどうか、意見はほぼ拮抗しており、

   結論は出なかった。

   「そろそろタイムリミットですね。もともとこの会議は、官房副長官主催の非公式会議だから、

   なにがしかの結論を出さなくてもよいことになっています。それでも結論が出れば、それに

   越したことはないが、このように堂々巡りの議論が続くのではやむを得ません。公式の

   会議である内閣安全保障検討会議を招集し、総理自らに断を下してもらうことと致します」

   タバコの煙と疲労感が充満する室内で、土佐はインターフォンのボタンを押し、秘書官の伏見に

   内閣安全保障検討会議の招集手続きをとるように指示した。   

   

   10分後、別室で内閣総合安全保障検討会議が開かれた。

   官房長官の千代田が立ち上がり、これまでの経緯を一通り説明したが、

   誰もが事実の公表に伴うメリットとデメリットが拮抗していることに気づいているだけに

   発言する者は出なかった。

   出席者は一様に視線をテーブルの上に落として、千代田官房長官と視線が合わないようにしている。

   重苦しい沈黙を破ったのは、対馬総理であった。

   対馬は立ち上がると、出席者の顔を見回した。

   「官房副長官からの報告では、第3新東京市と外部との電話回線は行政電話を除いて

   すべて遮断されているそうだ。それに、先程、私も使徒の映像をみたが、どう見ても生命体と

   いうより単なる機械のようにみえる代物だ。国民全体に与えるショックの大きさを考えると、

   やはり使徒による攻撃というよりも、別の名目にして公表した方がいいし、使徒の見た目から

   しても、そうすることは可能だと思うが・・・・」

   「しかし、NERVの作戦が成功すれば、使徒が第3新東京市の市街地に落下して

   もはや隠し切れないほどの被害が出ると思われます・・・・」

   千代田は椅子に座ったまま困惑した顔で、小柄な総理大臣を見上げた。

   「国内で新たに開発した高性能ボーリングロボットが試験中に暴走したから撃墜した、とかいう

   ことにすればいいじゃないか! どうせ過粒子砲のことなんか、まだ一般には洩れて

   いないんだし、それに最初の使徒のときも、近隣国が試作中のロボットということにして、

   うまく切り抜けられたじゃないか?! それに、使徒がこう相次いでわが国に襲来してきている

   というのは、わが国経済への国際的信用にも影響するうえ、深刻な社会不安を惹起する恐れが

   あるだけでなく、ひいては有効な対応が取れない政府への批判にもつながってくる。少なくとも、

   今は、我々には打つ手が無いのは事実なんだから、今、野党やマスコミに批判されたら、

   それこそ答えようがなく、そのまま政権崩壊にもつながりかねない! そんなことは、政権の

   大番頭の君も十分、承知しているだろうが!! 今更、何をためらうというんだね?! 

   我々には選択の余地はないんだよ!!」

   対馬は、顔をぱっと紅潮させて、自分よりも一回り歳の若い官房長官を睨み据えた。

   (・・・・確かにうまく立ち回れば使徒襲来の事実は隠蔽できるかもしれない・・・・

   ・・・・・が、裏目に出たときには、確実に政権崩壊につながる・・・・・・・・

   ・・・・・あまりにも大きな賭けだ・・・・・・これは対応を誤ると、総理だけでなく、

   私まで泥船に乗ることになってしまう・・・・・こんなワンポイントリリーフの総理と

   心中するつもりはさらさらないよ・・・・・・・親父は彼に世話になったかもしれないけど、

   私は親父のようなただの大臣で終わるつもりはないからな・・・・・)

   千代田は弱小派閥の領袖の対馬を冷静にみつめると、おもむろに立ち上がった。

   「私は行政の最高意思決定責任者としての総理のご決断に従います。私には、決定権限は

   ございませんので・・・・みなさまは、総理のご決断について、ご異議ございませんか?」

   会議室は寂寥感すら漂うほどの静けさが満ちていた。

    
     
    
   午後3時25分、千代田官房長官は対馬総理から首相執務室に呼ばれた。

    「千代田君、困ったことになった。民自連の倉橋君に使徒の件について連絡したんだが、

   彼は事実を公表すべきだと言って引き下がらないんだよ。まいったなぁ・・・・」

   千代田が執務室の扉を閉めるやいなや、対馬は明らかに焦った顔で早口で話し出した。

   (・・・・・・さては、後難を恐れたってわけか・・・・・あの寝業師ならやりそうなことだ・・・・

   ・・・・・・・だから言わないこっちゃない・・・・・・この政権も潮時かな・・・・・・・)

   茫洋とした容貌とは正反対の鋭敏な嗅覚を駆使して政界を泳ぎ渡ってきた、民主自由連合代表の

   顔を、千代田は脳裏に思い浮かべていた。

   「困りましたね・・・・連立与党の党首の反対を押し切って進めば、それこそ彼らの与党離脱を

   引き起こして、即、政権崩壊ですよ・・・・」

   千代田は心の中でパチパチと算盤を弾きながら、そんなことは一切、顔色には出さずに

   途方に暮れた顔つきで対馬を見つめた。

   「そうだな。民自連は情報公開の拡大を掲げて次の選挙を戦うつもりだからな・・・・・

   ・・・・・・我々の片棒を担いで虚偽の発表をして、それが後で露見するのを恐れているのさ・・・・

   国家のためではなくて自分たちのため、党利党略で動いている卑しむべき奴らだよ・・・」

   対馬は顔を歪めると吐き捨てるように呟いた。

   千代田は眉一つ動かさずに、執務室の机の前に立っていた。

   (・・・・・・しかし、そういう彼らを連立相手に選んだあなたにも、責任はありますよ・・・・・

   ・・・・・・・さてさて、沈みかけた船からは、一刻も早く脱出するのが上策か・・・・・・・)

   「党内はどうなんですか? 党三役は何と言ってますか?」

   「ああ、なんとか非公開の線でまとまりそうだよ。ところで、マスコミは大丈夫かね?」

   「先程、報道各社の幹部に連絡して、自発的に報道協定を結んでいただくように手配しました」

   「いつもながら手回しが早いな、君は。あとは倉橋君を説得するだけだな。ま、次の選挙での

   小選挙区の選挙協力でもちらつかせれば、すぐに黙るさ・・・・・あいつはその程度の男さ・・・」

   対馬は執務室のソファを一回転させると。窓から庭園を眺めた。

   「それにしても、なぜ使徒は第3新東京市ばかり襲うんだ? NERVとその兵器があることを

   知っていて、それでもあの街を襲うってのは、一体どういう訳なんだ? そして、使徒が襲って

   くることを確実に予見していたであろうNERVの行動・・・・・我々の領土内なのに、

   我々が知らないことが多すぎる・・・・万田君は一体、何をやっているんだ?

   そういうことを探索するのが内務省の役目だろうが・・・まったく頼りにならんな・・・・」

   「万田長官も、万全の努力はしていると思いますよ。既に、エヴァンゲリオンや人類補完委員会

   に関する情報収集も着実に進んでいるようですし・・・・それに、戦自や日本重化学工業

   共同体が別々に開発を進めているアレが完成すれば、わが国も主導権を確保できますよ・・・・」

   千代田は、庭園を眺めている対馬の髪の薄い後頭部に視線を当てながら、少しも感情を込めない声で

   話し掛けた。

   「最高幹部会、人類補完委員会、そしてNERV・・・・・わが国は国連加盟国中、

   米独と並んで首位の資金拠出国でありながら、いつもそういう重要情報から隔離されている・・・・・

   忌々しいことだよ、まったく・・・・今度の首脳会談のときに中国の朱主席と話し合わなきゃ

   いかんな・・・・彼らも最高幹部会から外されて怒りまくっているからなぁ・・・・・そのうえ

   わが国同様、国内に治外法権のNERV支部があるからな・・・・・」

   対馬が再び椅子を回転させて、執務机の前に立っている千代田を見上げたとき、
  
   執務室の扉が勢いよく開かれた。

   「失礼いたします!! 総理、長官、えらいことになりました!!」

   千代田は、執務室に駆け込んできた首相秘書官の紀伊を睨み付けた。

   「執務室に入るときには、インターフォンで総理のご了承を得る決まりだろ!?」

   「緊急事態ですので、平にご容赦!! たった今、インターネットで、使徒の件が報道され

   ました!! 報道各社も一斉に追随する気配です!!」

   対馬は、バネに弾かれたように立ち上がった。

   「千代田君っ!! 報道協定はどーしたんだっ!! 一体、どこのどいつが報道したんだ!?

   この国難の折にそんな背信行為をするような奴は、この国から叩き出してしまえ!!」

   「昨年、わが国に進出したばかりの米系ニュースサービス会社のマロニー通信社です。

   米国には報道協定という慣行はないので、マスメディア協会からの勧告を無視して報道した

   ようです。えーと、内容は「民自連幹部が匿名を条件に語ったことによると、第3新東京市に

   高エネルギーの過粒子砲を装備した使徒が攻撃をかけており、これを撃退するため、

   日本国政府は国内全電力のNERVに対する供給を検討中」となっています。

   ちなみに米系企業に対して制裁を加えた場合には、ホワイトハウスの反応が気がかりな

   ところですが・・・・」

   紀伊の言葉が終わらないうちに、執務机の上の電話がけたましく鳴り出した。

   「ホワイトハウスが電話してきた・・・・・」

   政権中枢の3人の男たちは、自己主張するように鳴り響くホットラインの電話機を

   ただ見つめていた。
   
  

    つづく
   
   

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