或いはひとつの可能性



第25話・遭遇、新たなる出会い





   高橋は、利根からのメールを凝視していた。

   「先程はわざわざ厚木までお出でいただきましたのに、何もお話できず申し訳ありませんでした。

   高橋さんがお帰りになられた後、仕事を続ける気にならず、父に板場を任せて、

   自分のなすべきことについて、しばし考えました。

   私は確かにかつてNERVに勤務していました。そのため、未だに守秘義務に縛られています。

   しかし、よくよく考えてみれば、今の自分はもはやNERV職員ではなく、高橋さんが

   護ろうとしておられる、市民の一人にすぎないのです。私が口を開くことで、

   私と同じように生きている多くの市民を未然に苦難から救うことができるのならば、

   微力ですが、是非お力になりたい、いや、そうすることが市民としての自分の責務だと思います。

   明日、店を臨時休業にして、第3新東京市に伺いますので、その時に、ご質問にお答えしたいと

   思います。待ち合わせの時刻や場所を指定して頂けませんでしょうか。」

   高橋はメールの内容を2度読み返すと、深く息を吸い込み、椅子に体を預けた。

   「利根さん、よく決断してくれたなぁ・・・・。これでNERVの考えていることが

   多少はわかるようになるかもしれないな。・・・・明日は正念場になるかもしれん・・・・

   NERVから何か横槍が入らなきゃいいんだが・・・・どっちにしても、静かに暮らしていた彼を

   騒ぎに巻き込んでしまったな・・・・」

   やや険しい顔で、高橋は利根への返事を入力し始めた。

   「こちらこそ、お仕事中にお邪魔しまして申し訳ありませんでした。

   市民の公共の利益に、多大なご配慮を賜りましてまことにありがとうございます。

   守秘義務問題については、市議会の同僚にも諮って、利根さんにご迷惑がかからないように

   したいと考えております。本件については、全力を尽くします。

   明日の待ち合わせ場所は、第3新東京駅の中央口前の「銀の鈴」ではいかかでしょうか?
  
   時刻は午後1時として、昼食をご一緒できれば幸甚です」

   メールを送信すると、高橋は「よっこらしょ」と呟いて、椅子から立ち上がり、

   窓際に歩み寄ると、漆黒の夜空を見上げた。

   「相変わらず、星が多いな・・・・・。旧東京の5倍、いや10倍なんじゃないかな・・・・

   まあ、ここには工場が殆どないし、市内でのバス、タクシーとか輸送用のトラックには

   電気自動車の利用が義務づけられているからな・・・・・しかし皮肉なものだ・・・・・

   ここでは既得権益が少ないから、旧東京で建議されながらも実現に至らなかった都市政策が

   比較的簡単に実現できる・・・・いや、ここ、第3新東京市だけじゃない。どこの都市でも、

   そして国政レベルでも、セカンド・インパクトのために急速に世代交代が進んだもんな・・・・」

   高橋は窓際から離れると、再びデスクの前の椅子に深々と腰掛け、傍らのリモコンを取り上げると、

   壁掛けテレビのスイッチを点けた。

   「11時のJBCニュースです。まず初めに、国土整備省の汚職疑惑が国会議員まで広がった

   というニュースです。第2新東京地検特捜部は、先月に行った国土整備省および大手建設会社への

   家宅捜索の際に押収した資料から、セカンド・インパクト復興のための国家プロジェクトに絡んで、

   大手建設会社が国土整備省の幹部だけでなく、多数の国会議員にも不正献金を行っていた事実を

   掴み、立件に向けて詰めの捜査を行っています。既に、国土整備相経験者を含め、

   複数の自由改進党議員が任意の事情聴取を受けた模様です」

   高橋は天を仰ぐと、再びリモコンを取り上げ、テレビのスイッチを消した。

   「やれやれ・・・・世代が替わっても、やってることは昔とおんなじじゃないか・・・・。

   古い既得権益は潰え去ったが、今度は新しい既得権益が生まれつつあるってことか・・・・。

   セカンド・インパクトから15年、この国はまた過ちを繰り返そうとしているのか・・・・

   旧東京が消え去ったとき、第2新東京市の臨時政府や国会に集められた人たちの中には、

   地方の県議や市議といった旧世代本流の人たちも多かったもんな・・・・

   吾妻さんがこの事件に関わっていなきゃいいけど・・・・」

   高橋は、第3新東京第1区選出の吾妻代議士の血色の良い童顔を思い出していた。



   その頃、ユリコはコンビニの床をモップで清掃していた。

   「お父さん、最近、缶詰の売れ行きが好調ね!! 売り上げ、伸びてるんじゃない?」

   娘の弾んだ声に、初瀬は情報端末を打つ手を休めて、顔を上げた。

   「・・・・確かに缶詰、売れてる・・・・・それだけじゃない・・・・ポテトチップみたいな

   袋物の菓子、電池、そういったものの売り上げも上がってる・・・・」

   「なにはともあれ、利益が上がることはいいことじゃない!! 米屋からコンビニに替わって

   ようやく商売が軌道に乗ってきた証拠よ!! ん? どうしたの?」

   ユリコは、父親の顔がさして明るくないことに気がついた。

   「・・・・販売高が異常な動きを示してる・・・・今週に入ってからハネ上がってるんだ・・・」

   「先週、新聞にチラシを折り込んだじゃない? あれの効果が出たんじゃないの?」

   「・・・・この前、チラシを折り込んだときは、こんな風にはならなかった・・・・もしかして・・・」

   初瀬は普段から無愛想な顔を一段と険しくすると、後の言葉を呑み込んだ。

   「どーしたの? もしかして、何よ?」

   ユリコは、モップを片づけると、端末の前で腕組みをして難しそうな顔をしている父親のそばに

   走り寄ってきた。

   「・・・・いや、何でもない・・・・多分、思い過ごしだから・・・・」

   初瀬は、心配そうな顔で覗き込んでいる娘に向かって、表情だけは少し緩めながら答えた。

   「そう? それならいいけど・・・・。じゃ、もう遅いから、そろそろ寝るね!! おやすみいっ!!」

   ユリコは勢い良くサンダルを脱ぎ散らかすと、自分の部屋の方に向かって走っていった。

   「おいっ!! ちゃんとサンダルを揃えておけよ!! ・・・・ったく、男手ひとつで育てたら、
 
   こんなにガサツな娘になっちまった・・・・」

   初瀬はユリコが脱ぎ散らかしたサンダルを丁寧に揃えると、再び端末に向かい、

   まだ慣れない手つきで残りの数字を打ち込もうとしたが、ふと手を止めた。

   「・・・・不安心理が原因の買い溜めじゃなきゃ、いいんだが・・・・・」 

   自動ドア越しに外の暗闇を見つめていた初瀬が、ようやく端末へのデータ入力を再開したとき、

   自宅の方から電話のベルの音が聞こえてきた。

   「・・・・ユリコが出るだろう・・・・」

   初瀬は再びディスプレイに視線を移すと、データ入力を続けた。

   が、すぐにどたどたという音とともにユリコが心配そうな顔で店に駆け込んできた。

   「お父さん!! お兄ちゃんから電話!!」

   一瞬、初瀬は手を止めたが、すぐに何事もなかったように一本指でキーボードを

   打ち続けた。しかし、途端に誤入力が増え、小さく舌打ちしながら、Deleteキーを多用している。

   「お父さんってば!! 電話、出てよ!!」

   ユリコは珍しく苛立って大声を出したが、初瀬はディスプレイとキーボードを交互に見るだけで、

   ユリコの方すら見ようとしない。

   「ちょっとお、お父さんっ!! いい加減にしてよっ!!」

   ユリコは裸足のまま床に跳び降りると、コードレス電話の受話器を初瀬の目の前に突き出した。

   「・・・・俺には息子なんていない・・・・間違い電話だ・・・・」

   初瀬は眉間に皺を寄せながらユリコを睨みつけ、低い声でぶっきらぼうに答えた。

   「お父さん!! 大事な用かもしれないじゃないの? 意地を張るのもいい加減にしてよ!!」

   「・・・・だったらお前が聞いとけはいいだろ・・・・俺は間違い電話に応対してる暇なんて

   これっぽっちもない・・・・」 

   「じゃ、もう、いいわよ!! まったく強情なんだからぁ!! ・・・頑固オヤジ・・・」

   「なんだとっ!! もう一遍言ってみろぃ!!」

   「なんでもないよーだ!!」

   ユリコは初瀬に向かってアカンベーをしてみせると、素早く受話器を持って駆け去った。

   「・・・・ったく、誰に似たんだか・・・・・」

   初瀬はユリコが走り去った方を暫くみつめていた。

   「・・・・カツノリか・・・・1年ぷりだな・・・・」

   自分の呟きに思わず表情を強ばらせると、初瀬は再び入力作業に没頭しようとした。

    
    
   居間ではユリコが、心配そうな、それでいて嬉しさを隠せない眼差しで、受話器を握り締めていた。

   口許が、わずかにほころんでいる。 

   「お兄ちゃん・・・お父さん、まだ電話に出ないの・・・ごめんね・・・」

   「あははは、そんなこったろうと思ったよ。いつものことだから、気にすんなよ。

   ところで、オヤジは元気か? 使徒の件では、怪我しなかったか?」

   「うん、みんな元気!! お兄ちゃんは? 」

   「こっちもすこぶる元気さ!! この間、使徒迎撃のために新小田原まで出たんだけど、

   使徒の動きもNERVの対応も速くてね、こっちが着いたときにはもう戦闘は終わってたよ。

   せっかく近くまで来たんだから、ちょこっとでもそっちに顔出してやろうと思ったんだけど、

   上官が杓子定規の四角四面な奴でさ、駄目だったよ」

   「使徒迎撃もお兄ちゃんたちの任務なの? NERVのエヴァに任せとけばいいのに・・・・」

   「一応、初動迎撃は戦自の担当なんだよ。それで駄目だったとき、初めてNERVに指揮権を

   委譲する仕組みになってるんだ。ま、うちの兵力じゃ、使徒にとってはおもちゃの兵隊みたいな

   もんだろうけどね」

   「だったら、あんまり危ないことはしないでね!! 適当に手を抜いて・・・」

   「それはできない相談だな・・・・駄目だろうが、うまく行こうが、初動迎撃は俺たち戦自の

   任務なんだ。自分たちの責務はきっちり果たすつもりだよ。そうじゃないと、もしものときに

   悔いが残るからな。三途の川の渡し舟の中で、「ああしとけばよかった」とか後悔したくないからな」

   「もしものとき、なんて言わないで!! とにかく、気をつけてね!!」

   「ああ、わかってるよ。こっちも、そうそう簡単にくたばりたくはないからねぇ。

   まだ結婚だってしてないからなっ!! あははははは。おっと、忘れるとこだった!! 

   明日の土曜日、久しぶりに休暇がとれてね。それで、ちょっとそっちに顔出そうと思ってるんだけど、

   その様子じゃ、オヤジ、俺を家に入れてくれないだろうなぁ」

   「ちょっと難しいかもね。さっきも、相変わらず、「息子なんていない」とか言ってたから・・・・」

   「まぁ、オヤジは俺が戦自に入るのに大反対だったからな・・・・じゃ、しょーがないや、

   第3新東京駅で待ち合わせて、どっかでご飯でも食べようか? 1時に出てこれるか?」

   「うん!! じゃ、銀の鈴で待ってるね!! この1年間で更に可愛くなったから、見間違えないでね!!」

   「はいはい、判ったよ。それじゃ、な。」

   ユリコは、ツーツーと回線切断音が鳴っている受話器を、名残り惜しげにゆっくりと耳から離し、

   スイッチを切り、自分の部屋に向かおうとして振り向いた。

   「お父さん!! 何やってんの?!」

   ユリコの後ろでは、初瀬がよそよそしく薬箱を引っ張り出して、ごそごそと箱の中を

   引っ掻き回していた。

   「・・・・あ、いや、少し頭痛が・・・・頭痛薬はどこだったかな・・・・」

   「・・・・お兄ちゃんのことが気になるんだったら、自分が電話に出ればいいのに・・・」

   「・・・・俺が間違い電話に出る必要はない。ただ、たまたま頭痛がしたんで、こうして

   頭痛薬を探してるだけだ・・・・」

   「さっきまでは元気だったのにぃ・・・・都合の良い頭痛ね! あたしも、そんなに都合良く

   頭痛を出したり引っ込めたりできれば、朝寝坊したときに学校休めるのになぁ・・・・」

   「・・・・これは断じて仮病ではない・・・・あくまでたまたまこうして・・・・・」

   初瀬は薬箱の中の包帯をいじりながら、俯いて答えた。いつもより顔が幾分紅潮し、瞬きの

   回数も多い。

   「ふーん・・・・じゃ、そういうことにしておくわね。ご参考までに、あたし、明日、

   午後1時に第3新東京駅で、さっきの間違い電話の主と会いますから!! もし、来たければ

   ついて来てもいいわよ」
    
   「・・・・そうか・・・・ま、俺には関係の無いことだ・・・・」

   初瀬はそう言い残すと、ユリコに背を向けて、いそいそと店のレジの方に戻っていった。

   「・・・・まったく、意地っ張りなんだから・・・・ほんとは心配してるくせに・・・・」

   ユリコは、すごすごと退散していく父親の背中を見つめながら、くすっと笑った。





   翌朝、高橋は蒸し暑さで目覚めた。

   「なんでこんなに暑いんだよ・・・・あれ? クーラーのタイマーがリセットされてる・・・・

   おかしいなぁ、確か寝る前にセットしたんだけど・・・・なんだよ、まだ7時じゃないか・・・・

   もう一眠りするかな・・・・いや、せっかく早起きしたんだから、少し散歩でもしてみるかな」

   高橋はトレーナーに着替えると、リエを起こさないように、そうっと玄関に出た。

   ドアを開けると、既に熱せられた空気が体を包み込む。

   新駒沢の町内をほぼ一周しかけたとき、高橋はマンションの前のゴミ置き場で動く人影を見つけて、

   足を止めた。

   「おはよう、シンジ君!! 掃除とは感心だね!!」

   シンジは、TシャツにGパンというラフな格好で箒でゴミ置き場を掃いていた。

   「あ、高橋さん、おはようございます。今日は、ミサトさんのところがマンションのゴミ置き場の

   掃除当番なんです。それで、ぼくが・・・・」

   シンジは多少、不満そうな顔で、箒に視線を落とした。

   「へえ、そうかい。そういうの、NERVの護衛の人とかにやってもらうわけにはいかないのかい?」

   「ええ、やっぱり職務外のことはちょっと・・・・」

   「あれ、葛城さんは? もう出勤したの?」

   「・・・・え、ええ、その・・・・昨晩、遅かったんで、まだ寝てます・・・・」

   「大変なんだね、作戦部も・・・・」

   「・・・・あ、昨晩は仕事帰りにちょっと飲み会があったみたいで・・・・」

   「あ、そうか!! あはははは、葛城さんらしいね!! ご存知のように私はNERVは好きじゃ

   ないけど、あの人だけはなんか憎めないんだよな・・・・リエも世話になってるみたいだし・・・」

   「ミサトさん、そろそろ起きてくるはずなんですけど・・・・。今日はお昼頃に出かけることに

   なってるから・・・」

   「あはははは、噂をすればなんとやら、だね。また、怖い顔で「何を話していたんですか?」とか

   絡まれると恐ろしいから、私はそろそろ行くとするよ」

   高橋は、ミサトが寝ぼけ眼をこすりながら、マンションのエントランス・ホールを出てくるのを

   横目に、その場を立ち去った。

   「ふわわわわぁぁぁー、シンちゃん、相変わらず、早起きねぇ! ん? あの人は?」

   「あ、高橋さんですよ、市議の。ついさっき、散歩の途中で通りかかったみたいです。

   でも、ミサトさんに怖い顔で絡まれると恐ろしいからって言って、行っちゃいましたよ。」

   「ぬわぁんですってぇ!! あたしがいつ怖い顔で絡んだのよ!! まったく失礼ねー!

   すーぐそういうこと言うから、オヤジは嫌いなのよね!」

   「そう言えば、今日は何時に出かけるんですか?」

   「えーとね、12時にここを出れば間に合うわよ。」

   「あの・・・・やっぱり、その・・・・リツコさんは白衣・・・じゃないですよね・・・」

   「まあ、マヤの見送りだからね。さすがに白衣じゃ来ないと思うけど・・・・」

   「そうですよね。昨夜、ここに来たときも、リツコさん、私服姿でしたもんね。でも、あれから

   リツコさん、どこに行ってたんでしょうね? マヤさんから、「まだ本部に戻らない」って、2回も

   電話があったじゃないですか・・・・」

   「さあ・・・リツコも独りになりたいときがあるんじゃないの?・・・昔から、そういうとこ、

   あるのよねー。でも、心配ないわよ。どーせ、遠くには行かないんだから・・・・」

   「そうなんですか・・・・そう言えば、マヤさん、今回が初めての出張なんですね」

   「そうよ。第2新東京市で産業省主催のハッキング防止策に関する会合が開かれるのよ。

   リツコがここを離れられないんで、マヤが代理出席することになったの」

   「あの・・・副司令やミサトさんはよく飛行機を使うのに、なんでマヤさんは第3新東京駅から電車で

   出張に行くんですか?」

   「それはね、NERVの内規で、佐官・部長クラス未満の職員は、緊急時を除いて

   近距離出張には電車を使うことになってるのよ。マヤは二尉だから、この規定に該当するのよ」

   「そうなんですか・・・・大変なんですね・・・・」

   「ま、うちも予算が無尽蔵ってわけじゃないからねぇ・・・・さてと、そろそろ朝ご飯に

   しようかしら?・・・・シンちゃん、ごはんできてるかしらん?」

   「ええ、もう温めるだけでいいように用意してありますよ。・・・エビチュは・・・出して

   ありませんけどね・・・・」

   シンジは額の汗をぬぐうと、不服そうなミサトに向かって、さわやかな笑顔で微笑んだ。



   
   「お兄ちゃん、まだかな・・・・急に来られなくなった、なんてこと、ないよね・・・・」

   ユリコは第3新東京駅の待ち合わせ場所「銀の鈴」の前でたたずみながら、腕時計を眺めた。

   ユリコはさっきから2分おきぐらいにこうした仕草を繰り返しているが、駅構内の大時計は

   まだ12時50分を指したところであり、待ち合わせ時刻には達していない。

   ユリコは腕時計から視線を外し、中央改札口を眺めながら、何気なくポニーテールの髪に

   手を触れていたが、ふとその手を止めた。

   「あれって、碇君よね? ほかの3人の女の人はNERVの人かしら? あの金髪の人の

   後ろにいるのって、誰? 影になっていてよく見えない・・・・」

    

   高橋は西口方面からゆっくりと近づいてくる利根に向かって、深々と頭を下げた。

   「あ、どうもわさわざおいで頂いて本当にすみません。助かります」

   「いえ、私の方こそ、昨日は本当に申し訳ありませんでした。門前払いみたいなことを

   してしまって・・・・あっ!!・・・・」

   高橋に向かって頭を下げた利根は、高橋の背後に視線を走らせたとき、思わず目を見張った。

   「は? どうしました? 」

   高橋も振り向いて、利根の視線の先に自分の視線を重ねた。

   「ああ、シンジ君と葛城さんですね。えっと、利根さんが退職されたときには、まだシンジ君は

   NERVにはいませんでしたよね。あの少年がエヴァのパイロットだそうですよ。それと・・・・

   あれ? あの金髪の人は、昨夜、公園にいた人だ・・・・あのショートカットの人は初めて見たな・・・・」

   「あれがシンジ君ですか、サードチルドレンの・・・・。あ、あの金髪の人ですか? あれは

   技術開発部技術一課のE計画担当の赤木リツコ博士です。その隣のショートカットの女の子が

   同じく一課の伊吹マヤ二尉ですよ。あれ? 赤木博士の後ろにいるのは誰だろう? 影になっていて

   よく見えないな・・・」



   「それじゃ、みなさん、行ってきます!!」

   「初めての出張だから、いろいろと大変だろうけど、頑張るのよ」

   「はい、先輩!! 先輩の代理として精一杯、頑張ります!! 葛城さん、シンジ君、

   わざわざ見送りに来ていただいて、ありがとうごさいます!! あれ? レイちゃんは?」

   「ああ、レイならここにいるわ」

   リツコは、後ろを振り返って手招きをした。

   「あの・・・迷惑じゃなかった? 私なんかの見送りに来てもらって・・・・」

   いつもの制服姿で、リツコの脇に現れたレイは、真紅の瞳でマヤを見つめた。

   「・・・・・ここ、NERV本部に行くときの通過点だから・・・・・

     ・・・・・この後、本部に行くから、時間ロスはないわ・・・・」
    
   「あ、相変わらずだね、綾波は・・・・・」

   シンジは困ったような顔で、自分の同僚かつクラスメートの無口な少女を眺めていた。



   「あー、やっと判った!! 高橋さん、あの蒼い髪の女の子は綾波レイ、ファーストチルドレン

   ですよ。確か、高橋さんの娘さんと同じ14歳の中学生です」

   「ええっ、あの子が綾波さん? 確かリエと同じクラスの女の子だ・・・・

   ファーストチルドレンって言うと、もしかしてあの子もエヴァのパイロットなんですか? 」

   「ええ、そうですよ。もっとも、私が退職するまで、あの子が乗った零号機は一度も起動しません

   でしたけどね・・・・」

   「あの子もエヴァのパイロットだったのか・・・・リエに言うべきなんだろうか・・・・・」

   高橋は、パイロットと言うには、あまりにも華奢な少女を遠くからじっと見つめていた。


   
   「ユリコに会うのは1年ぶりか・・・可愛くなったなんて自分で言ってたけど、たかだか

   14歳だから、きっとまだまだ子供のままだろうな・・・・」

   初瀬カツノリは、中央改札口を出ると、銀の鈴に向かって歩き出した。

   「おっ、いたいた!! なんだよ、あいつ、ポニーテールにしちゃって、つんと澄ました顔して

   立ってるぞ!! ま、ちっとは背も伸びたみたいだし、確かに多少、綺麗にはなったよな。

   よしよし、我が妹よ、取り敢えずは合格点だぞ!! この調子で、頑張れ!」

   カツノリはにっこりと微笑むと、銀の鈴に向かって真っ直ぐ歩き出した。

   カツノリが通路の中央まで進んできたとき、すぐ目の前を2人の娘と一人の少年が通り過ぎた。

   (ほう、女の子は二人ともなかなかの美人だな・・・・が、残念なるかな、あれは

   俺よりもかなり年上だ・・・・でも、あの髪の長いコは好みなんだけどなー・・・・)

   カツノリはミサトの後ろ姿を横目で追いながら歩いていたが、いきなり誰かにぶつかった。

   「おっと、すみません!!」

   ぶつかってきた相手は、蒼い髪の少女だった。

   (あ、ユリコと同じ制服だ・・・・・)

   少女はカツノリとぶつかった反動で転んでしまっていた。

   「すいません、よそ見してたもんで・・・・」

   カツノリは少女を助け起こそうとして慌てて手を差し出した。

   少女は、初めて顔を上げて、その真紅の澄んだ瞳で、自分にぶつかってきた男を眺めた。

   (あっ!!!!・・・・・・・・・・・)

   「あ、あの、あの、えっと、その、け、怪我はありませんか?」

   「・・・・大丈夫・・・・・」

   レイは、カツノリが差し出した手を不思議そうに眺めていたが、やがて助けを借りずに

   すっと立ち上がり、スカートについた埃を軽く手で払うと、ミサトたちの後を追って

   何事も無かったように歩き出した。

   

   
   東口方面を見ていたユリコは、自分の正面で、誰か転んだのに気づいた。

   「あれ、 綾波さんじゃない?! ああ、きっと碇君たちと一緒にいたんだわ・・・・

   で、転ばせた犯人はと・・・あっ、お兄ちゃんじゃない!! 」

   ユリコはすぐにカツノリに駆け寄ろうとしたが、レイが自力で立ち上がり、後にひとり

   取り残された兄が、ぼんやりとレイの後ろ姿をみつめている姿が目に入ると、思わず足を止めた。

   「お兄ちゃん、頬が少し紅くなってる・・・・確か、前にもこんなことがあったような・・・・

   そうだ!! 相手の女の子に一目惚れしちゃって、大騒ぎになったんだった・・・・だとすると、

   今度の相手は、あの綾波さん? うわちゃー、これは大変なことになるぅぅぅ・・・・」

   ユリコは頭を抱えたくなるような気持ちで、茫然と立ち尽くす兄の姿を凝視していた。
   

 
    つづく
   
  

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