或いはひとつの可能性



第23話・独逸の太陽





   高橋は、隣席の若い娘から渡された名刺をじっとみつめていた。

   「ああ、千歳重工ですか。防衛技術では日本一、いや世界でも有数ですよね。」

   (・・・千歳・・・・兵装ビルの重機関砲を納入した企業か・・・・・)

   「ええ、よくご存知ですねー。でも、私は経理の方なんで、新人のころに研修で諏訪の工場に配置された

   時ぐらいしかモノ作りの最前線には立ってないんですよ。でも、あのころは駆け出しだったんで、

   へまばっかりやって原価計算間違ったりして、よく怒られたなぁ。・・・あ、今でもまだ駆け出しの

   部類かな? しょっちゅう課長に「なにやってんだ!」って怒られてますからね、えへっ」

   ルミは手で頭を掻きながら、小さく舌を出した。  

   そんな快活な仕草につられて、思わず高橋も表情を緩めた。

   「しかし、お一人でドイツまでご出張とは大変ですね」

   「ええ、この間の使徒の件で、本社もここの支社もたいへんな騒ぎなんですよ。

   せっかく納めた製品がもう壊されちゃって、その補修とか追加発注とかが殺到して・・・・。

   それで私みたいな、取り敢えず使い道のない、2年目の若手が向こうに行くことになったんです。」

   「いやいや、それはあなたが上司から期待されてるからでしょ? 私も部下を使ってた経験があるんで

   わかりますけどね、危なっかしい奴には対外的な仕事は任せませんよ」

   「いいええ!! 今回の仕事、ほんと、誰でもいいんですよ。ただ、ドイツ法人の帳簿を調べて来るだけ

   なんですから・・・・よほど変な支出とかがなければ問題にはなりませんからね。」

   「そうなんですか・・・・まあ、それでも大したもんですよ。うちの娘なんか、こんなしっかりした

   仕事できるのかなぁ・・・・」

   「あら、娘さんがいらっしゃるんですか? おいくつですか?」

   「えーと、今年で14歳になります。なんか幾つになっても、まだまだ子供でしてねぇ・・・・・」

   高橋は、先日の夜にエプロンを投げ捨てて走り去ったリエの姿を、脳裏に描いていた。

   「14歳ですか・・・微妙な年頃ですよね・・・大人になりかけたようで、

   そうでないような・・・・わたしもいろいろ悩んだような記憶があるなぁ・・・・・」

   ルミは視線を車窓に移すと、セミロングの髪に触れながら、ぽつりと呟いた。

   「そんなもんなんですかね・・・・やっぱり男親だけじゃ駄目なのかな・・・・・実は家内を

   14年前に亡くしてましてね・・・・セカンド・インパクトの直後の混乱期で・・・・

   おっと、つい話しが湿っぽくなっちまう・・・・・それにしても、あいつも、あなたみたいな

   美人になれるのかな? 親の私から見ても平凡な、十人並みの娘でしてね、あははははは」

   「そんなあ、私の方こそ十人並みですよぉ!! 大学、私、女子大だったんですけど、私より

   綺麗なコばっかりでしたよ! そういう、すぐ判るようなお世辞は駄目ですよ!!」

   ルミは少し赤らめた顔の前で手をぶんぶんと振りながら否定したが、ややほころんだ口許は

   満更でもない気持ちを如実に示している。

   「女子大ですか? ああ、第3新東京女子大ですね。確かにあそこは綺麗なお嬢さんが

   多いなぁ・・・・」

   「あ、私、第2新東京女子大なんです。セカンド・インパクトの前までは旧新潟に住んでたんですけど、

   あのとき、旧新潟は海に沈んじゃったんで、一家で長野に引っ越して、今も両親は向こうに

   住んでるんですよ。私は、大学になってから、第2新東京市に出てきて、就職のときも向こうで

   採用されたんですけど、先月の辞令で、こっちに配転になっちゃったんです。」

   「じゃ独身寮かなんかにお住まいなんですか?」

   「ええ、そうなんです。それで、結構、大変なんですよ・・・・」

   ルミは困惑した表情で、ぽつりと呟いた。 

   「それはまた、一体、どうしたんですか?」

   「向こうのマンションは動物OKだったんで、猫飼ってたんですけど、

   こっちの独身寮では駄目って言われちゃって・・・・・しばらく隠して飼ってたんですけど、

   とうとう管理人さんにばれちゃって・・・・仕方ないから、近所の不動産屋さんに

   預かってもらってるんです。・・・あ、議員さんなら、街のこと、お詳しいですよね!?

   どこかにありませんか、動物OKのマンション? あんまり家賃高いのは、駄目なんですけど・・・」

   「いやー、困ったな・・・・マンションの出物まではちょっと判りませんねぇ。私の知り合いの

   不動産屋に聞いといて差し上げる、ということでお許しいただけませんかね? いや、ほんと

   申し訳ない!!」

   高橋はルミに謝りながら、不動産屋の石河の光沢のある禿頭を思い出していた。

   「なんかご迷惑かけちゃったみたいですみません。どうかよろしくお願いします。

   あ、私の自宅の電話番号も名刺に書き込んできますね。でも、悪用しちゃ駄目ですよ!!」

   ルミは高橋から名刺を取り戻し、会社の電話番号の隣に自宅の電話番号を書き込むと、

   悪戯っぽい目で笑った。

   「あ、いや、悪用なんてしませんよ、はははは。たまに食事とかのお誘いの電話をかけちゃう

   かもしれませんがね。なーんて、これは冗談ですけどね、あははははは」

   「そーいうのを悪用って言うんですよっ!! もうっ、お嬢さんに怒られちゃいますよ!!」

   ルミは、ちょっと怒った顔をしてみせると、すぐに表情を崩して楽しそうに笑った。

   (こんなにリラックスしたのは久しぶりだな・・・・・使徒襲来以後、いろいろと忙しかった

   もんな・・・・・今日はケーキでも買って帰って、少しリエと話してみるかな・・・・)

   少しだけ薄くなった陽射しを顔に浴びて目を細めながら、高橋はどこかに溜まっていた澱が

   押し流されるような心地良い気分に満たされていた。


   「間もなく厚木、この電車の終点でございます。どなたさまもお忘れ物のないようにお降り

   ください。17時15分の浦和行き、17時30分の三鷹行きはそれぞれ2番線にまいります。

   17時20分発の成田空港行きは3番線です。お乗り間違えの無いようご注意ください。

   間もなく厚木に到着いたします。電車、2番線に入ります」


   気の早い乗客たちが席から立ち上がり、網棚から荷物を降ろして通路に並び始めた。

   「あ、それじゃ、私は3番線に行きますね。高橋さんは、どちらに行かれるんですか?」

   「私は厚木で降りなきゃいけないんですよ。あ、物件見つかったら、すぐに電話しますね。

   今日はほんとに助かりました。お礼に、今度、食事でもご馳走しますよ。もちろん、

   うちの娘同伴でね。ははははは。じゃ、失礼します」

   


    
    「やっぱり、こっちの方が日本より少しは涼しいわね」

    ルミは駅のエントランスホームから出ると、少し伸びをして切石の敷き詰められた舗道を歩き出した。

    大通りの両側には、あまり新しくないオフィスビルが立ち並んでいる。

    「ドイツの内陸部はセカンド・インパクトでもあまり影響を受けなかったみたいね。

    日本みたいな海に囲まれた地域は、海面上昇で手痛い被害を受けたっていうのに・・・・・」

    ルミはあたりをきょろきょろと見回しながら、地図のコピーを片手に暖かい陽射しの下を

    ゆっくりと歩いていったが、大通りから脇にそれていく小路のずっと先に小さい看板を見つけた。

    看板にはケーキらしきもののイラストが描かれている。

    「あ、あんなところにお菓子屋さんがあるっ!! えっと、待ち合わせの時間までには、かなり

    余裕があるし、ちょっと覗いてみようかしら・・・」

    ルミは腕時計に視線を走らせると、大通りから外れて、小路に足を踏み入れた。

    両側に住宅が軒を連ねている小路を暫く歩いていったところに、さっきの看板の店はあった。

    ルミは木製の扉を引いて中に入ると、ショーケースに陳列してあるケーキを眺め始めた。

    「これ、きっとどれも手作りね!! 小さくて手の込んだものから、ザッハトルテみたいな

    チョコレート・ケーキまであるわ!! うわぁ、このプチ・ケーキ、おしいそう!!」

    髭を生やした大男の店主は、突然飛び込んできた東洋人の娘に驚いたようだったが、

    ルミが嬉しそうに熱心にケーキを眺め始めると、穏やかに微笑んだ。

    「Es ist der Baumkuchen. Ich kenne,dass Japaner esst den Baumkuchen gern.」

    頭上から店主に声をかけられたルミは、はっと顔を上げた。

    「え? 今、何て言われたのかしら? なんて答えたらいいの? 英語は何とか片言なら話せるけど

    ドイツ語はわかんないわ。どうしよう・・・・・」

    ルミはあわてて鞄から「ドイツ出張の心得(経理課内限り)」という小冊子を取り出して、

    ばらばらとめくり始めた。

    「え、えーと、い、いっひ、びん、やぱーなー・・・・あ、違う! これは「私は日本人です」だわ・・・

    えーとえーと、まずい、わかんない・・・・えーと、あ、あった!! これだわ!! 」

    ルミが開いたページには、「返答に困ったら・・・」というタイトルが書かれており、

    冷や汗をかいている日本人の男性のイラストがかかれてあった。

    イラストの下には「あなたがドイツ人に何か尋ねられたり、話し掛けられたりして、

    意味が判らなくて返答に困った場合には、にっこり笑って「アウフヴィーダーゼン!!」と

    言って、速やかにその場を立ち去りましょう」と書かれていた。

    「あうふびーだーぜん!!」

    ルミは、ありったけの笑顔でこう叫ぶと、そそくさと店を出て、追いかけられないように

    早足で大通りの方向に向って歩き出した。

    そして、途中の三叉路まで来たとき、本当は向って右の道を進まなければならないのに、

    誤って左の道に進んでしまった。

    初めての場所で、しかも同じような建物が続いており、小路の先には自動車の走る大通りが

    見えたので、もともと方向音痴のルミは疑いを抱くこともなく、後ろを気にしながら

    早足で歩きつづけた。

    「あー、焦ったわ・・・・ここまで来れば、もう大丈夫・・・って、ここ、どこだっけ?」

    漸く平静さを取り戻したとき、ルミは小さな商店が立ち並ぶ大通りに入っていた。

    「さっきの小路をまっすぐ行くと、もとの大通りに出るはずなのに・・・・」

    渋滞している自動車をちらりと横目で見ながら、ルミは立ち止まって辺りを見回した。

    何人もの男女がルミを一瞥すると、その脇をすり抜けて、急がしげに歩み去っていく。

    商店街の人の流れの中にただひとり取り残されたルミは、ポケットから地図のコピーを

    取り出そうとしたが、手のひらはむなしく空のポケットの中を動き回るだけだった。

    「やばい!! どっかで落としたんだわ!! どーしよう・・・・取り敢えず日系企業の

    受付にでも駆け込んで、日本語を話せる人を呼んでもらおうかしら・・・」

    ルミは慌てて周りを見回したが、日系企業のものらしい看板はひとつも見当たらなかった。

    「ど、どうしよう・・・・・時間はまだあるけど、どうしたらいいの?・・・・

    ミュンヘンって領事館あったかな・・・・でも、でも・・・・領事館までの道が

    判らないわ・・・・あー、こんなことになるなら、学生時代に第二外国語でドイツ語

    取っとくんだった・・・・・うー、今更そんなこと考えてもしょうがないか・・・・・」

    ルミは考えが定まらないまま、色白の顔を一層蒼白にして、ミュンヘンの商店街で、

    自分でも気づかないまま僅かに手を震わせながら、ただ立ちすくんでいた。

    「ここで立ち止まっていても、事態は解決しないわ・・・・取り敢えず人通りの多い方へ

    歩いて行ってみよう・・・・」

    意を決してルミが一歩を踏み出したとき、少女が真っ直ぐ正面を見据えて、
  
    かなりのスピードで、こちらに向って歩いてくるのが目に入った。

    「・・・・あのコ、顔立ちが日本人に似てる・・・・もしかして・・・・・でも

    違ったら、またドイツ語で話し掛けられて立ち往生しちゃう・・・・どうしよう・・・・・

    うん! 考えててもしょうがないわ!! 違ったら、また「あうふびーだーぜん!!」って

    言って、どっかへ逃げちゃえばいいんだから! こうなったら、駄目もとよ!!」

    ルミは、赤い髪の少女に近寄ると、藁にもすがる思いで、おずおずと話し掛けた。

    「あのー、恐れ入りますが、あなたは日本語は話せますか? ちょっと道に迷って・・・」

    いきなり話し掛けられた少女は、一瞬、蒼い目を大きく見開いて驚いた顔をしたが、

    すぐに眉間に皺を寄せて煩わしそうな表情に変わった。

    「Was sagst du!?」

    「やばい!! 違った!! えーと、あうふびーだーぜん! えへへへ・・・」

    ルミは再び曖昧な笑いで誤魔化すと、あたふたとその場を立ち去った。

    そのまま10メートルほど歩いたとき、ルミは後ろから大声で呼び止められた。

    「ちょっとぉ!! アンタ、あまりにも失礼じゃないっっ!!  まったく最近の日本では

    どんな教育してんのかしらねっ!!」

    ルミが振り返ると、さっきの少女が腰に手を当てて、舗道の真ん中で立ちはだかっていた。

    「あ、日本語話せるんですね!! 良かったぁ!!」

    「アンタね、「良かったぁ」じゃないわよ!! アタシ忙しいんだから、用件をさっさと

    言いなさいよ!! まったくもう・・・・」

    少女は不機嫌の度合いをさらに増していくような様子だった。

    「じ、実は、今日、ミュンヘンに着いたんですけど、目的地のオフィスへの道が

    判らなくなってしまって・・・・」

    「地図みればいいじゃない!! 初めての場所に向かうってのに、地図なしで来るバカは

    さすがにいないでしょうが!?」

    「その・・・地図のコピーを落としちゃって・・・」

    「・・・・アンタ、一体、いくつ?! 子供じゃないんだから、しっかりしなさいよ!!

    いい歳して、まったくしょーがないわね!! で、どこに行きたいわけ?」

    (なによ、このコ?! 道を聞いただけなのに、そこまで言うことないじゃないっ!!)

    少女の情け容赦ない切り返しに、ルミはさすがに内心むっとしたが、

    急いでいる相手を捕まえて道を尋ねているという弱い立場なので、じっと我慢して

    にこやかな表情を保っていた。

    「え、えーとね、ケストナー・シュトラーセにある千歳重工のドイツ支社なんだけど・・・」

    「あー、チトセね、知ってるわよ。あの、役立たずの重機関砲つくったところでしょ?」

    さすがにルミの表情は一瞬強張ったが、まだ引きつった微笑みを維持することはできた。

    「あ、ははは、そうねぇ、よくご存知ね。日本の本社から、そこに出張に来たんだけどね・・・」

    「アンタ、チトセの社員? それじゃあ言わせてもらうけどね、もうちょっと、性能のいい重機関砲

    つくなさいよねっ!! まったくあんなへっぽこじゃ、こっちは命が幾つあっても

    足りないじゃないっ!!」

    「え、えへへへ、エンジニアにはそう言っとくわね・・・・」

    (あたしも愛社精神っていうの、強い方じゃないけど、こんなにむちゃくちゃ言われると、

    やっぱ腹が立つものねー・・・・あたしも、もう千歳の人間なんだなぁ・・・・)
    
    ルミは精一杯の愛想笑いを浮かべながら、こちらを指差して睨み付けている少女に答えた。   

    「ケストナー・シュトラーセは、次の交差点を右に曲がって、3つめの交差点を左に曲がって、

    そこから2つめのところで交差している道がそうよ。じゃ、アタシ急ぐから行くわよっ!!」

    「あ、どうもありがとね。じゃ」

    少女の不機嫌な眼差しから逃れようとして、ルミはそそくさと少女に礼を言うと

    歩き出した。

    (あー、まっくもう、なによあれ!? こっちだってね、好きで性能の高くない製品、

    開発してんじゃないわよっ!! 業界トップの技術力でも、あれが精一杯なのよ!! 

    命が幾つあったって足りないぃ? それはこっちだって同じことよ!! むしろ、直接

    使徒に襲われてる第3新東京市のあたしたちの方が、こっちの人よりも危険に曝されてるん

    じゃない!? まったく、こっちが言い返せないの知ってて、言いたい放題言っちゃってさ!!

    あのコ、日系企業とか日本人になんか恨みでもあんのかしら?)

    ルミは、ふつふつとこみ上げてくる不快感にさいなまれているうちに、自然と歩く速度が

    上がっていった。

    「ちょっとぉ!! アンタ、何聞いてたのよ!? アタシは交差点を右に曲がれって

    言ったじゃないのっ!! なんでアンタは左に曲がってんのよぉ!?」

    ルミは交差点を曲がって数歩進んだとき、再び背後に不機嫌な声を聞いた。

    「まったく、しょーがないわねっ!! アタシが連れてってあげるから、感謝しなさいよ!!」

    振り返ったルミの視界には、少し息を弾ませて立っている赤い髪の少女が映った。

    「あ、ありがと・・・わざわざ追いかけてきてくれたんだ・・・・」

    「か、勘違いしないでよね!! アタシもこっちの方に用事があることを思い出したから

    ついでに声をかけただけよ!! ぐずぐずしてると日が暮れちゃうから、行くわよ!!

    はぐれたら見捨てていくからねっ!!」

    少女は少し慌てた様子で、ぷいっと横を向くと、すたすたと歩き出した。

    ルミは少女と並んで歩きながら、ふと、少女の端正な横顔に視線を移した。

    (・・・・やっぱり美人だからプライドが高いのかな・・・・・でも、

    まんざら悪いコじゃないみたい・・・・・・)

    「・・・・ねえ・・・・なんで最初に私が声かけたとき、ドイツ語で答えたの?」

    「先を急いでんのに、へんなのに関わり合いになりたくなかったからよ!!」

    「じゃ、なんで、あたしが立ち去ったとき、追いかけてきたの?」

    「アンタが、いきなり「あうふびーだーぜん」って言っていなくなっちゃって、

    その失礼な態度に腹が立ったから、一言言ってやろうと思っただけ・・・・」

    「あうふびーだーぜんって、そんな失礼な言葉だったの?」

    「アンタ、そんなことも知らないで、使ってたの!? あれはね、さよならっていう意味よ。

    アンタだって、知らない人に声かけられたんで、「なあに?」って聞き返したら、

    いきなり「じゃ、さよなら」って言われれば、「なにこれ!?」って腹立つでしょ!?

    ・・・・それにさ・・・・あのとき、アンタ、捨てられた子犬みたいに、人込みの中で、

    ぽつんと突っ立ってたじゃない・・・・

    ま、それはともかくっ、アンタ、まさか、あれを多用してたんじゃないでしょうねぇ?!」

    「うっ・・・あなたに出会う前に1度使った・・・・」 

    「どういうシチュエーションで言ったのよ?」

    「お菓子屋さんに入って、ショーケースみてたとき、店のおじさんから「えすいすと

    ばあおむくーへん、いっひけねだすやぱーなえすとだすであばあうむくーへんげるん」
 
    って言われたから、取り敢えず笑って、あうふびーだーぜんって言って、

    店を飛び出したわ・・・・」

    「アンタねぇ・・・・・」

    少女は頭を抱える仕草をすると、ルミに向かって指を突き出した。

    「それは、菓子屋のおじさんが「それはパームクーヘンって言うんだ。俺は、

    日本人がバームクーヘンをよく食べるってこと、知ってるよ」って言ったのよ!! もうっ、

    ドイツに来るんだったら、ちゃんと基礎会話ぐらい勉強してきなさいよ!!」

    「はい、すみません・・・・」

    少女に見事にやり込められたルミは、頭を掻いて謝ると、ようやく愛想笑いでない微笑みを返した。

    少女も、少しだけ表情を緩めて、ルミを見上げながら、並んで歩き出した。

    「アンタ、日本のどこに住んでるの?」

    「私? 私は、第3新東京市、ほら、この間、使徒に襲われた街よ」

    少女はルミの顔から視線を外すと、数メートル先の舗道を見つめた。

    「・・・・そう・・・・・使徒、見た?・・・・・」

    「ジオ・シェルターに入ってたから直接は見てないけど・・・・テレビで見たときは、

    すごく怖かったわ。なんかナマズみたいでグロテスクで・・・・あれと闘ったロボットの

    パイロットはさぞ怖かったでしょうね・・・・」

    「・・・・・仕方ないわ・・・・それが選ばれし者の使命だから・・・・・・」

    「噂ではね、パイロット、少年らしいっていうのよ。その噂がほんとだったら、命懸けの

    危険な任務につかなきゃいけないなんて、あのとしで、ちょっと可哀相かな・・・・」

    「そんなことないわよ!! パイロットに選ばれるっていうのは、才能と技術と勇気があるって

    証拠なのよ!! とても名誉あることなのよ!! 可哀相なことなんて、ひとつもないわっ!!」

    少女は突然立ち止まると、その蒼い瞳でルミの顔を睨み付け、厳しい口調で叫んだ。

    「あ、なんか、私、気に障ること言ったかな? もし、そうだったら、ごめんね。」

    「べ、別に気に障ることなんて無いわよ・・・・」

    あまりにもあっさりとルミに謝られて、少女は少し拍子抜けしたようだった。

    黙ったまま歩きつづけていくと、やがて千歳重工ドイツ支社の看板が見えてきた。

    「ここがアンタの探してた、チトセのオフィスがあるところよ。じゃ、アタシは、

    もう行くから・・・」

    少女はルミに向かってそれだけ言うと、厳しい表情のまま、歩き出していった。

    「お、やっと着いたな。どこで油売ってたんだ、こっちは心配してたんだぞ。」

    少女の少し淋しそうな後ろ姿を見つめていたルミは、ビルの中から出てきた背広姿の男に

    声を掛けられて振り返った。

    「あ、大井課長! すみません、ちょっと道に迷ってしまって・・・」

    「いや、それはもういいんだが・・・・君、あの子と知り合いかね?」

    「あの赤い髪の女の子のことですか? さっき知り合って、ここまで案内してもらったんです。

    日本人っぽい面影があったから、ハーフかクオーターでしょうね・・・」

    「あの子はクォーターだよ」

    「課長は、あの子のこと、ご存知なんですか?」

    「あの子は、ここでは有名なんだよ。14歳なのに、もう大学を卒業しちゃったっていう天才少女さ。

    今はうちの得意先の関係者として働いているよ」

    「え? そうなんですか? 道理で、プライドの高そうな女の子だと思ったわ・・・・

    うちの得意先って言うと・・・・レオパルドの開発部かなんかですか? 」

    「違うよ・・・・大きな声では言えんが・・・・NERVだよ・・・何の仕事かは知らないがね・・・」 

    「えっ!!・・・・」

    「そして、あの子の名前は、惣流・アスカ・ラングレー・・・・」

    ルミと大井は、夕日を浴びて一段と髪を光り輝かせながら遠ざかっていく少女の姿を

    じっとみつめていた。
    
 
    つづく
   

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