或いはひとつの可能性



第21話・市民の一人として





  「高橋君、傘持ってきたかね? 小雨がパラつき始めたよ」

  高橋は質問原稿から目を上げて窓を見上げた。

  「いいえ。今日は天気予報では雨は降らないって言ってたもんで・・・・。やっぱり山の天気は

   変わりやすいですね。何年住んでても一向に慣れませんよ」

  「私もそうだよ。今から思い起こすと、旧東京は過ごしやすかったね。ま、住んでた頃は、

  やれ蒸し暑いとか、大雨に弱いとか、文句ばっかり言ってたけどな。人間は勝手なもんだよ」

  「松島さんは中野区にお住まいだったんですよね。よく神田川が溢れて大変だったでしょう?」

  「台風や豪雨のたびに避難勧告が出てね。川が溢れるたびに私のところに陳情が来てねぇ・・・」

  「区議選も大変だったでしょ? あそこは革新系が強かったから・・・・」

  「そうだね。いつも激戦だったよ。・・・・・でも、区議会で闘った相手も、今はみんな

  あの世だ・・・伯父の葬式のために姫路に行っていた私だけが、生き残ってしまった・・・」

  「ここの議員はみんなそうじゃないですか。あの日、偶然、旧東京を離れていた人ばかりですよ」    
 
  「そうだね。各地域から移ってきた人の中からは、まだ議員が選出されていないからね。

  やっぱり、この第3新東京市は、旧東京からの移住者が多いから、彼らを支持基盤としている

  我々が有利なんだろうな。でも、いずれ我々が去った後には、きっと、この街で生まれ育った

  世代から議員が選出されることになるよ。そうなって、初めて過去にしがらみにとらわれない

  市政ができるようになるのさ・・・・」

  「そうあってほしいもんですね。ここでは党派だけじゃなく、出身地別県人会の間でも対立があります

  からねぇ。近畿同友会と旧東京懇話会の関係もますます悪化してますし、困ったもんです」

  「最近の不況が拍車をかけているんだよ。それに旧東京時代には地方分権が遅れてて、

  地方は予算もヒトも旧東京の官庁に握られていたからね。各地方から移ってきた人たちには

  その時の不信感がまだ記憶に残っているんだ」

  「この間も九州連盟から、介護保険の適用対象者の選定が南関東出身者に有利になるように

  行われているんじゃないか、っていうクレームが事務所にEメールで届きましたね」

  「市庁職員の大半が旧東京とか旧横浜の出身者だからね。それに比べて、地方からの移住者は

  商工業者とかサラリーマンが多いからな」

  「仕方ないですね。あの時、生き残った南関東の地方公務員は、ほかに行き場がなかったです

  から・・・。第2新東京市は旧松本市時代からの職員が運営してましたし・・・」

  「そうだね。出身地ごとの対立も気がかりだけど、最近、私が最も心配しているのは治安問題なんだ。

  やはり不況のせいか、窃盗とか強盗が増えてるし、とくにここ2週間ぐらいは失踪や誘拐が

  増えている。使徒の襲来で、みんな気が立っているのかもしれないが、ちょっと異常なペースだね」

  「治安のほかにも、地方税新設問題、ごみ処理場建設問題、西部斎場移転問題、第3新東京駅前の渋滞

  解消問題、建設部の汚職疑惑・・・・・NERV問題以外にも案件が山積みですね」

  「まったくだ。・・・・とくに財政問題は頭が痛いね。もともと社会資本整備のために

  財政が逼迫していたところで介護保険が赤字に転落、そのうえ使徒による市街地損傷・・・

  予算がいくらあっても足りないよ。打ち出の小槌になるはずの新税構想は、

  一部市民と進出企業の反対で挫折寸前・・・・・」

  「やはり固定資産税や市民税みたいな法定普通税の税率引上げじゃないと困難なんでしょうかね?

  地方自治庁も法定外普通税としての別荘等保有税創設には、いい顔してませんね」

  「高橋君や磐手君のアイデアは良かったんだけどね。・・・・ここはもとから別荘が多いし、

  別荘保有者の大半は大企業だからね、税負担能力、いわゆる担税力っていうやつも高い。

  だが、本来は市民の味方のはずの民主協同党が企業献金受けて寝返っちゃったし、

  法定外普通税は税率を市が勝手に決められるんで、自分達の介入余地が小さいもんだから、

  地方自治庁も潰しにかかってきているんだよ」

  「民協党も懐具合が苦しんでしょう。労組の組織率も低下して来てますから。」

  「条例成立が困難だとすると、代案を考えないといけないね」

  「ええ、私もそれを考えてるところなんですよ。NERV問題の・・・・おっと
 
  ・・・あるんでしたよね、あれ・・・・・ちょっと耳を貸して下さい・・・・・

  NERV問題の証拠集めもしなきゃいけないんで大変なんですよ・・・・」

  「あ、盗聴器かい? 一応、業者に頼んで撤去してもらったから、小声で話さなくても

  大丈夫だよ」

  「用心するに越したことはないですよ。相手はNERVですから・・・」

  「ああ、そうだね。私も気をつけるとしよう。ところで、証拠、いろいろと集まったかい?」

  「ええ、出入業者からの聞取調査が予想以上に順調なんですよ」

  「NERVはよほど恨まれてるようだね」

  「そのようですね。超法規的機関という地位が彼らを増長させることになっているんでしょうね。

  今日は、夜に新赤坂でNERVに入っている清掃業者と会食して探りを入れてみるつもりです」

  「君も耳にたこができているだろうが、ほんとに気をつけてくれよ。相手は諜報組織を

  抱えているみたいだから・・・・」

  「ええ、だから今日はボディガードとして橋立君を借りて行きます」

  「それなら一応は安心だね。おっと、もうこんな時間だ。委員会質疑が始まるぞ」



  高橋と松島幹事長代理は会派別控室を出て、財政委員会が開かれる第2委員会室へ

  向かった。

  議会内は、市庁職員や議員、各種団体の関係者、傍聴希望者、議会事務局員が慌ただしく

  歩き回って、いつもような議会開会前の雑然とした雰囲気に包まれている。

  高橋は濡れ始めたタイル張りの廊下を、滑らないように注意しつつ、第2委員会室が見える

  ところまで歩いてきた。

  「高橋君!!」

  足元に気を取られていた高橋は、松島の声で視線を上げた。

  「こっちに来るぞ!」

  「そのようですね。ふふ、宣戦布告ってやつですかね?」

  その男達は高橋と松島の前まで来ると、立ち止まった。

  「松島さん、久しぶりですな。最近、忙しくて、おちおち将棋を指す時間もありませんよ。

  この間の一戦、まだ勝負はついていませんからな、ゆめゆめお忘れなく」

  「こちらも問題山積で、孫と遊ぶ暇もありませんよ。中断している対局、確か大吟醸を

  賭けていたんでしたね。意地でも負けるわけにはいきませんな」

  「ははは、望むところです。えっと、そちらの方は、確か、高橋さんでしたね」

  「あなたに顔と名前を覚えて頂けるとは光栄ですね、冬月副司令」

  白髪で詰襟の制服を着た初老の男は、相変わらず穏やかな顔で高橋をみつめた。

  「あなたのことはいろいろと聞いていますよ。NERVのことをいろいろと調べて

  いらっしゃるようですな。何かお聞きになりたいことがあれば、直接、私どもに

  おっしゃっていただければ、守秘義務に反しない範囲でお応えしますよ」

  「ははは、これはまた、ご冗談がお上手ですね。NERV関係のことで、守秘義務に反しない

  範囲のことなんて、食堂のメニューと値段ぐらいなんじゃないですか? あ、それも、

  パイロットの健康およびNERVの財政事情に関わることだから、守秘義務のベールで

  覆われるかもしれませんね」

  「先生ご案内の通り、今は人類存亡の危機に瀕している状況ですから、特務機関である

  NERVの機密保護は極めて重要なんですよ。ご理解いただけると幸いです」

  「・・・・冬月、時間がない・・・行くぞ・・・・」

  「待て、碇!! 挨拶ぐらいしろ、先生方に失礼だぞ!!」

  「・・・・・碇ゲンドウです。NERV司令を務めています・・・・・」

  「自由改進党幹事長代理の松島です。こうしてお話するのは初めてですな」

  「自由改進党の高橋です。財政委員会の理事を務めています」

  色の濃い眼鏡をかけた男は、高橋と松島を一瞥すると、冬月に顔を向けた。

  「・・・・冬月、行くぞ・・・・・」

  「それでは、失礼します」

  ゲンドウと冬月は市庁舎の奥に向かって歩いていった。

  「・・・碇ゲンドウ・・・噂どおりの嫌な男だな・・・・・」    
  
  高橋は遠ざかって行く二人の背中を暫くの間、見つめていた。



  「今般の財政再建計画には、このように累々とした矛盾点があり、私どもが提出した

  別荘等保有税の如く、抜本的対策の起案が喫緊の課題と考えられるわけであります。

  時間となりましたので、質問を終わります。」

  高橋は、質問者席から自席に戻ると、深く息を吸い込み、「ふーっ」と吐いた。

  (何回やっても、質問者席に立つと、やっぱり緊張するなぁ。時間が限られているから、

  質疑したいことの半分もしゃべれない・・・。いつも消化不良の感じがする・・・・)

  質問者席では、民主協同党の議員がややカン高い声で、介護保険の支給範囲の縮小を

  批判している。が、これまでの議論の繰り返しに過ぎず、とくに目新しい内容もないので、

  議場にはダレた雰囲気が蔓延していた。党議に従って、審議引き延ばしだけを狙っていることは

  見え見えなので、民主協同党の議員ですら、質問内容にはもはや関心を示していない。

  腕組みをしたまま、考え事をしているような格好を装って、夢の世界に旅立ってしまった

  議員が何人も出始めている。

  高橋の斜め前の席の、民主協同党の議員は、何かの原稿らしいA4の用紙の裏に、

  自分の前に座っている同僚議員の後頭部を丹念に写生している。

  そのあまりにもリアルな描写に高橋は思わず頬を緩めた。

  (何回もさんざん繰り返されてきた光景だな・・・・。使徒が襲ってきたからといって

  議会は何も変わらない・・・いや、あれはもう国政レベルの問題だから、市議会は

  何も手を出せないと、みんな思っているんだ・・・・。でも、国政は国政で、NERVに

  手も足も出ないダルマ状態だ・・・・市議会にしかできないこと、何かないのか・・・・)

  今日は採決案件が予定されていないので、委員会室は閉鎖されていない。

  八雲が眠そうな瞳で立ち上がって、扉の方に歩き始めたのを見て、高橋も慌てて

  立ち上がり、扉の方に向かって2,3歩踏み出した。

  人影がまばらな傍聴席に向かって何気なく視線を移したとき、

  椅子の肘掛けに両肘を乗せ、顔の前で手を組み合せて座っている男が目に入った。

   (・・・・碇・・・・・市議会に何の用だ?・・・・これまで一度も来たことは

  なかったのに、今更、議会対策か?・・・・・それとも、ただの気まぐれか・・・・)

  高橋と視線が合ったとき、ゲンドウは口の端だけでニヤリと笑った。

  (・・・・なんだよ、あの笑いは・・・・・議会を馬鹿にしてるってわけか・・・・

  ・・・・・・・くそっ・・・・・今に目にもの見せてやるからな・・・・・)

  高橋は心持ち唇を噛み締めると、重い扉を押して、委員会室を後にした。


  「なんだ、高橋君も出ちゃったのか? ま、堂々巡りの演説聞かされても眠くなるだけ

  だからな。やれやれ、とんだ時間の浪費だよ」

  会派別控室では、八雲が缶入りのお茶を飲んでいた。机の上の灰皿では、火をつけた

  ばかりのタバコが、煙をたなびかせ始めている。 

  「審議引き延ばしで時間切れ廃案を狙っているだけですからね」

  「ま、国会も似たようなもんだよ。昭和の頃に代議士だった祖父がよくこぼしていたさ」

  「ところで、八雲さんのほうは、何か収穫ありましたか?」
  
  「NERV関連かい? 建設業者からはいろいろと話が聞けたが、君が鎮遠さんのところで

  聞いてきたような話ばかりだよ。どうやら、対空迎撃システムは、最初から使徒対応の施設

  だったみたいだな。戦闘機相手にしては、あまりにも性能が大きすぎる」

  「少なくともNERVは使徒が来るのを予見していたようですね。政府は知ってたんでしょうか?

  最初の使徒のときは、やけに対応がすばやかったような気がしますが・・・・」

  「その件なんだがね・・・・あ、もう、この部屋はアレはないんだよな・・・・」

  「盗聴器ですか? 幹事長代理はすべて調査済みだって言ってましたよ」

  「そうか、それならいいんだが・・・・さっきの話だが、政府も使徒の件は知らされて

  いなかったらしいぞ。第2新東京市の吾妻君が憲法擁護庁の安来政務次官から聞いてきたんだが、

  使徒襲来で政府がてんやわんやになっていた時、国連から対応すべき政策をこと細かに列挙した

  提案書を送り付けてきたらしいんだ」

  「だからと言って、それを実行するかしないかは政府の判断でしょう?」

  「いや、国連の口調は、あの時、「こうしたらどうですか?」というものよりも、「こうしろ!」

  というようなものだったみたいだぞ。政府も、国連に逆らうと、後でどんな仕返しされるか

  判らないし、ま、提示された政策が全部適切なものだったから、結局、丸呑みしたみたいなんだ」

  「国連の方が危機管理能力があるんですかね。それに引き換え、わが国は・・・・・」

  「役人は危機に対する意識が低いからね。「起こるか起こらないか判らないような案件に、

  ヒトもカネも回せない」って姿勢だからねぇ。奴ら、セカンド・インパクトで「危機」は

  出尽くしたと思ってるんだ」

  「やれやれ・・・・私が役人やってた頃と何も変わってませんね・・・」

  「10年や20年では、人間はさほど変わらないさ。ときに、今日は、あの髭オヤジが

  来てたね?」

  「ええ、委員会室で傍聴席にいましたよ。私と目が合ったら、ニヤリと笑いやがった・・・」

  「昔から変わらんね、彼も・・・・ジオ・フロントの建設中もだいぶ叩かれたが、びくとも

  しなかったよ。とくに事故で、奴の奥さんが亡くなってからは、一層、頑固になったみたい

  だね」

  「そうなんですか?  それは初耳です。ジオ・フロントで事故があって犠牲者が出たのは

  知ってましたが・・・・」

  「君がここに来たのは2007年だったな。あれは、2005年のことなんだよ。

  あのときは、既に遷都計画が始動してたから、もう住民も多くなっていて、

  あの事故のニュースを聞いて、かなり動揺が走ったんだよ。

  まだ市議会はなかったんだけど、自治会は組織され始めてて、私も自治会長に

  選出されてたんで、ゲヒルンに申し入れに行ったことがあるんだよ。

  そこで、碇と初めて話したんだ。最初、何回かは居留守を使われたし、漸く会えた時も、

  露骨に「早く帰れ」という対応で、すごく不快になった記憶があるね。」

  「確か、業務上過失致死で検察庁が当時のゲヒルンを立件しようとしたんですよね。

  でも、結局、国連から圧力がかかったみたいで、そのうちに改組されて超法規的組織の

  NERVになっちゃったから、もう手出しできなくなったんですよね」

  「そうだよ。碇とは、その頃からの付き合いさ。実はね、碇の奥さん、確かユイさんって

  言ったっけな、その人と碇、そして碇の息子が、事故の前に三人で歩いているのを

  見たことがあるんだよ・・・・碇の奴、今よりは多少穏やかな顔してたな・・・・

  ま、あくまでも、「多少」だけどね」

  「・・・やっぱり奥さんを亡くして、いろいろと大変だったんですかね・・・・」

  高橋は、窓の外でますます勢いを増している雨を眺めながら、思い出したように呟いた。

  「ああ・・・・・そう言えば君も・・・・・いや、これは思い出させてしまって申し訳ない」

  「いえ、構いませんよ、もう14年も前のことですから・・・・・。

  そろそろ、委員会も終わったようなんで、私も帰るとしますよ。あ、一応、新赤坂で

  NERVの出入業者と飯食ってますんで、何かあったら、連絡入れてください」



  「今日はタクシーを使うんですか? 珍しいですね、いつも環状線を使われるのに」

  「雨はあまり好きじゃないんだよ。ま、好きっていう奴も珍しいかもしれないがね・・・・

  それにちょっと考え事をしたかったんだ・・・・」

  「そうですか・・・・。じゃ、私も着くまでおとなしくしてます」

  「いや、悪いね、橋立君。そうしてくれると助かるよ。ほんと、すまないねぇ。

  でも良かったのかい? 事務局員は不偏不党が原則だから、やっぱりまずいんじゃ
  
  ないのかな・・・・・」

  「いいんですよ。私もいつまでも事務局にいたい訳じゃないですし・・・・」

  「じゃ、この間の話、考えてくれたんだね?」

  「ええ。もう十中八九、考えは決まりましたよ。でも、私なんか秘書にして頂いて

  よろしいんですか? もっと有能な人は一杯いるのに・・・・」

  「君だからこそ、秘書として一緒に仕事したいんだよ。是非とも、お願いしたいんだ」

  「そう言って頂けるとうれしいです。あ、もうおとなしくしてますから、お考えを

  続けてください」

  「ありがとう。いずれ近いうちに詳しいことを相談しよう。じゃ、ちょっとの間、

  考え事をさせてもらうよ」

  高橋はタクシーの窓ガラスを流れ落ちていく水滴に視線を移した。

  (出入業者の情報だけではやっぱり限度があるな。誰かNERVの内情に通じた者と

  話してみたいけど・・・・・加持っていう奴は、ちょっと信用できないし・・・・・

  誰か適任の人はいないかな・・・・でも、一体、どんな人が適任なのかなぁ・・・・)

  高橋は視線をフロントガラスに移した。

  (・・・・?・・・・・なんだ、もう新四谷か、やけに速いな・・・・)

  「なぁ、運転手さんや、なんか今日はえらく速くないかい? もう新四谷だろ?」

  「ええ、今日はどうやら「NERVの日」みたいですからね」

  「なんだい、その「NERVの日」ってのは?」

  「タクシー仲間の符牒ですよ。NERVのお偉いさんが外出する時は、その路線の

  信号は全部青になって、NERVの車がノンストップで走れるようになるらしいんです。

  えっと、ああ、いましたよ。あの、3台前の黒い車、NERVの赤い紋章が付いてるでしょ。

  あれ、公用車ですよ、NERVの。」

  「そりゃ、ほんとかい? なんてことだ!!」

  「ええ、もうタクシーとか運送の仲間はみんな知ってますよ。前に市役所の人を

  乗せた時に聞いたんですけど、第3新東京市の信号、みんなNERVの大型コンピューター

  で制御してるんでしょ? 」

  「それはそうだけど・・・・そんな勝手な運用してるとは知らなかったな・・・・」

  「だから、みんなNERVの公用車を見つけると、無線で本社に連絡するんですよ」

  「ま、NERVのことですから、その程度のことはお茶の子さいさいでしょう。」

  「そうは言ってもな、橋立君・・・・やっぱりそれはゆゆしい問題だぞ!」

  「お客さん達は知ってます? NERVとトラブル起こすと、戸籍とか住民登録を

  調べられたり、なんか細工されたりするっていう噂があるんですよ。だから、みんな

  NERVの車とトラブルが起こると、先に謝っちゃうんですよ。泣き寝入りってやつ

  ですよ。泣く子と地頭にはなんとやらって言いますしね」

  「そんな噂があるのかい・・・・いよいよもって穏やかじゃねぇなぁ・・・・」

  「外から監察できない組織ですからね、NERVは。中でどんなにヤバいことやってるか、

  分かったもんじゃないですよ。昔から言うじゃないですか、「権力必腐」って・・・」

  タクシーは新赤坂の表通りの喧燥を抜けると、裏通りの静かな道に入って止まった。



  「はじめまして、今日はわざわざお越し頂いて申し訳ありませんでした。ご無沙汰しております。

  これは、私のボディガードの橋立君です」

  「はじめまして、松輪さん。橋立と申します」

  「あ、はじめまして、橋立さん。高橋さんとは、市営老人ホームの清掃業者選定疑惑のとき

  以来のおつきあいでしてね。もう4年になりますかね」

  「そうですね。あの時は、疑惑解明にご協力頂いて本当に助かりましたよ。

  おかげさまで、談合を摘発できましたからね。でも、あの後、業者組合で意地悪され

  ませんでしたか? 」

  「いいえ。あの「こわもて」の高橋さんが私の後ろ盾になっていると知れてから、業者たちが

  おとなしくなりましてね。とくに意趣返しもされずに済んでますよ。ははははは」

  「そりゃよかったです。議会の参考人招致のときに、圧力に屈せずに事実を証言して頂いた

  おかげで談合も汚職も全部、白日の下に晒されたんですから・・・・。疑惑解明に

  ご協力頂いても、見返りに何も便宜を図ってあげられないので、大変申し訳ない気持ちで

  一杯でしたよ」

  「いいえ。あのおかげで談合が無くなり、うちのような新興業者も仕事がやりやすく

  なりましたから・・・・」

  「ま、肴を前にして長話も無粋ですから、どうぞ一杯」

  「あ、こりゃどうも。ときに高橋さんはいけるクチですか。あ、おっとっと」

  「あ、失礼! 泡ばっかりになっちやいましたね。酒ですか? 昔ほどじゃありませんけどね、

  まあ嫌いな方じゃありませんよ」

  「そりゃ嬉しいですね。あはははは」

  


   やかましく響いていた雨音はいつの間にか静かになっていた。

  「そうなんですよ、なかなか別荘等保有税、反対が強くて、大変なんです」

  「あらら、でも、私はいいアイデアだと思いますがね」

  「そうおっしゃって頂けると嬉しいですよ」

  「今日、私をお招き頂いたのは、その新税構想の支援依頼ってことですか?

  そうでしたら、喜んで支援させていただきますよ」

  「それは心強いですね。でも、今日、お呼び立てしたのは違うんです。」

  高橋は、胡座を解くと、正座に座り直した。

  「実は、NERVのことなんです。NERVの内情についてお聞きするのが、守秘義務誓約の点で

  ご迷惑になるということは重々承知しています。でも、私たち議員には、市民に真実を

  伝える義務があります。その上で、市民がNERVにここにいて欲しいというのであれば

  私たちはそれを黙って受け入れます。しかし、現状では、判断材料が何も明らかにされていない。

  だから、私は真実を知りたいのです。なんとか、ご存知のことを、どんな些細なことでも

  結構ですので、教えていただけませんでしょうか?」

  「・・・・・NERVが市民に拒否されたら?・・・・・」

  「・・・・・出て行ってもらうように交渉し、場合によっては闘うのが、私の役目です」

  松輪は、しばらく手の中で、ウィスキーのグラスを揺らしていた。

  琥珀色の液体は嵐の海のようにグラスの縁まで伸び上がり、そして波頭を崩して

  グラスの底に落ち込んで行く。

  「・・・・・私は、NERVの食堂から食材の屑などを回収する仕事を請け負ってます。

  部下の仕事ぶりを見たり、あるいは人手が足りない時には、私自身がNERV施設の内部に

  入ることもあります。ご存知のようにNERVは外部に対しては、非常にガードの固い

  組織です。でも、施設内部では、逆に安心感から、結構、いろいろなことを人前でも

  話しているんです。」

  「例えば、どんなことですか?」

  「NERVは国連直属の特務機関ですが、さらにその上部組織として、国連内に

  何らかの委員会があるみたいなんです。よく職員が「また委員会から文句言ってきたよ」

  とか「委員会の建造計画に米国が参加するみたいだ」って話しているのを聞いたことが

  あります」

  「委員会、ですか? どんな委員会なんだろう? 聞いたこともないなぁ」

  「私も詳しくは知りません。その他には、補完計画がどうとかって話しているのも聞きましたよ」

  「補完計画? なんだ、そりゃ? 何を補完するって言うんだろ?」

  「それは最高機密みたいでしたね。補完計画って言葉が聞こえた時、別の職員がすぐにその

  同僚に向かって「めったなことを言うな!!」って注意してましたからね」

  「どうやら、それを解き明かせば全てがわかるかもしれないですね」

  「あとは、そうですね・・・退職者の追跡調査、って言葉も聞こえてきたことがありますよ」

  「退職者がいるんですか、NERVからの? そりゃ好都合だ!! もし見つけることが

  できたら・・・・」

  「それなら知ってますよ」

  「え、本当かい、橋立君?」

  「ええ、同期がNERVに就職したんですけど、希望部署に配属されなくて、結局、

  去年になって退職しちゃったんですよ。今は、確か・・・・あ、そうだ、厚木で、

  親の跡継いでとんかつ屋やってますよ。転職通知の葉書が来てましたから」

  「善は急げだ。早速、厚木に行ってみるよ。えっと・・・ああ、来週の金曜日が

  空いてる・・・」

  「私は、その日は第2新東京市への出張が・・・・」

  「ああ、私だけで大丈夫だよ。事前に彼に電話だけ入れておいてもらえると

  助かるんだけどね・・・」

  「お安い御用ですよ」

  「あははは、なんか私の話が、ご両所のお役に立てたようですね。よかったですよ」

  「いや、ほんとにありがとうございます。助かりました。なんとお礼を申し上げてよいやら」

  「私も、出入業者である以前に市民の一人です。妻や娘もいます。大切なものを危険に

  曝したいとは思いません。NERVへの出入り止めになっても、別の企業との取引があります

  から・・・ま、かなりの減収にはなりますがね・・・・カネと家族を引換えにするわけには

  いきませんよ。カネはあの世までは持って行けませんしね。あははははは」

  「その通りですよ。・・・・・娘さん、いらっしゃるんですか? いや、実は私にも娘が

  いるんですけどね、最近、あんまりうまく行ってなくて・・・・14歳なんですけど・・・」

  「うちのは17歳です。14歳かぁ、一番、難しい年頃ですよ。親離れしたいくせに、親が

  構ってくれないと、やっぱり寂しい・・・・うちも苦労しましたよ・・・・まあ、どの親も

  必ず通らなきゃいけない道ですがね。ははははは」

  
  新赤坂の空には、雲間から月が顔を覗かせていた。

  料亭の軒先から、雨の名残りの雫が一滴、縁先の石の上に音もなく落ちていった。

 
    つづく
   

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