或いはひとつの可能性



第20話・レイ、魂の震え





   リエは朝日の差し込んでいる廊下をゆっくりと歩き、教室の扉の前に立った。

   扉の内側からはクラスメートのはしゃぐ声が漏れている。

   リエは扉に手をかけた。

   「未来はね、それを望む者にしか与えられないのよ」
  
   ミサトの声が脳裏をかすめた。

   (・・・・私の未来、どんなものなの?・・・・・私・・・・・何をしたいの?・・・・)

   リエは扉に手をかけたまま立っていた。

   (・・・・・私・・・・・どんな未来を望んでいるの?・・・・・・・)

   「・・・・・何してるの・・・・・」

   リエは後ろから聞こえてきた囁くような声で我に返り、振り向いた。

   レイの澄んだ真紅の瞳がまっすぐ見つめていた。

   「あ、綾波さん。おはよう。やだ、私、朝からぼうっとしちゃった」

   「・・・・・何に怯えているの?・・・・・・・」

   リエはレイの思いがけない言葉に絶句した。

   「・・・・・未来・・・・・・」

   リエは漸くその一言だけをレイに告げると、扉を開けようとして手に力を入れた。

   「私にはどんな未来がふさわしいのか、どんな未来を望んでいるのか、分からないの・・・・綾波さんは

   こんなこと、考えたことある?」

   「・・・・・ないわ・・・・・・必要、ないもの・・・・・」

   「もう将来のこと、決めてるの?」

   「・・・・・すべて決まっているわ・・・・・・生まれる前から・・・・」

   「それは運命ということなの?」

   「・・・・・そう・・・なのかもしれない・・・・・・それから外れることも・・・できないわ・・・」

   「どんな運命だと思うの?」

   レイは一瞬、瞳を閉じて小さく呟いた。

   「・・・・・いつかは消えるということ・・・・」

   リエが口を開こうとしたとき、扉が勢いよく開いた。

   「お、なんや高橋と綾波か。はよせんと授業始まるで!」

   「あ、鈴原君、おはよう」

   「・・・・・おはよう・・・・」

   「おお、わし初めて綾波に挨拶してもろたわ!! なんかむっちゃ気分ええのう!!」

   「・・・・・そう?・・・・・・」

   「ああ、挨拶ちゅうのはな、人間関係の基本や。きちんと挨拶するのはええことやぞ、綾波」

   「よかったね、綾波さん」

   「・・・・」

   レイは何も言わなかったが、小さく、こくん、と肯いた。

   「ああ、そうや!! 綾波、転校生はどないした? なんぞ知らんのんか?」

   「・・・・・碇君はNERV本部で訓練中よ・・・・・」

   「ああ、さよか。病気とか怪我とかではないんやな。ほな、ええわ」


   リエはレイやトウジと別れて自分の席に着いた。

   (いつかは消える・・・・・人はいつかは必ず生を終えるっていうことかしら・・・・・それは確かに

    運命だけど・・・・・・それが「未来」っていうのはなんか悲しすぎる・・・・・・)

   リエは頬杖を外して、窓側の席を眺めた。

   蒼い髪の少女もこちらをみていた。

   が、視線はリエを通り越して、リエの前の空席に注がれていた。

   (・・・・綾波さんも、碇君のことが気になっているんだわ・・・・・)

   (・・・・碇君・・・・・NERVに来てない・・・・・・命令違反で問責されてから見かけてない・・・・・

    もう会うこともないかもしれない・・・・・彼との絆、消えるのね・・・・・・・・)

   レイは、自分とともに闘うはずだった少年の面影を脳裏に描き、小さなため息をついた。

   そして、そのこと自体に当惑した。

   (・・・・・私・・・・ため息をついたの?・・・・なぜ?・・・・・・エヴァが私の絆・・・・・・・

     碇君がいなくなっても、新しいパイロットが来れば、新しい絆ができるはず・・・・・・・・

     ・・・・・エヴァがある限り、絆は残るのに・・・・・・碇君は特別ではないのに・・・・・)  

   レイは答えを探すように、主のいない席をじっと見つめつづけていた。





   その日、リョウコは学校を風邪で欠席した。

   「あーあ、リョウコに相談したいことあったのに・・・・」

  リエは6時間目の授業が終わると教科書を鞄にしまって立ち上がった。

  その視線の先では、レイがやはり鞄を持って、ゆっくりと席を立とうとしている。

  (あ、私、綾波さんと家が近いのに、一度も一緒に帰ったことなかったわ。いつもリョウコと一緒だったし、

  綾波さんもさっさと帰っちゃうから・・・・誘っても、いいのよね・・・・・)

  リエは廊下に出るとレイが出てくるのを待った。

  「あのね、綾波さん。一緒に帰らない? どこか寄るところがあるなら、無理には誘わないけど・・・」

  「・・・・・・今日はまっすぐ帰るわ・・・・・・」

  リエはレイと並んで、少し曇ってきた空の下を新四ッ谷駅に向かって歩き始めた。

  「こうして一緒に帰るのって、初めてよね。お家近いんだから、これからはときどき一緒に帰ろうね」

  「・・・・・・そうね・・・・・・・・」

  レイが誰かと一緒に歩いている姿は殆どみられないので、後ろから追いぬいてきた生徒たちは

  彼女たちの前で必ずと言ってもいいほど振り返る。

  「・・・・・・聞いていい?・・・・・・」

  「なに? 綾波さんが質問するなんて珍しいね」

  「・・・・・・あなたはなぜ私と一緒にいるの?・・・・・」

  「あなたが私の友達だからよ」

  「・・・・・・初めて話し掛けたとき、どう思った?・・・・」

  「透き通った心、何も無い寂しさ、そんな感じがしたわ。あ、とんでもない見当違いだったら、こめんね。」

  「・・・・・・寂しさ・・・・殆ど話さなかったのに、どうして感じるの?・・・・・」

  「あなたの瞳をみれば分かるわ。澄んでいて一点の曇りもない。それでいて冷たいわけじゃない。

  だから・・・寂しさって感じがしたの」

  「・・・・・・寂しいってどういうことか、よく分からない・・・・・・でも・・・寂しいのかもしれない・・・・」

  「みんな一人でいれば寂しいものよ、人は。あなたも人なんだから寂しさを感じて当然なのよ」

  「・・・・でも・・・私は・・・・・」

  レイはそこまで呟くと、はっとした表情になり、少し俯いて口をつぐんだ。

  「みんな、いろいろとあなたのことを噂するし、さっきみたいにじろじろ眺めたりするけど、
  
  あなたは確かに私たちと同じなのよ。リョウコもユリコもヒカリも、みんなあなたのこと、大切に思ってるの。

  だから、そんな噂や視線は気にしないでね。あなたは私たちの友達なんだから、なんでも困ったことがあったら

  相談してね。できるだけのこと、するから、ね。」

  レイは顔を上げてリエの漆黒の瞳を見つめた。そして、また俯いて視線を逸らした。

  「・・・・・守秘義務あるから・・・・言えないことも多いの・・・・」

  「相談できることを相談したいときに話してくれればいいわ。ほんと、遠慮しないでね」

  レイは心持ち顔を上げ、ほんのわずか口許をほころばせた。

  「綾波さんって、普段から美人だけど微笑むともっとかわいいね」

  「・・・・そんなこと、ないわ・・・・」

  (・・・・これが・・・・・微笑むということ?・・・・・・何かが満たされていく感じ・・・・・

  はじめての感じ・・・・・でも・・・・・いやじゃない・・・・・)

  「いや絶対にかわいいって!! 私が保証するわよ!! きっとね、もっとにっこり笑ったら、あんまり

  かわいくって、女の子がみんな嫉妬するわよ!!」

  「・・・・・・・」

  レイは無言だったが、決していつものような冷たい表情ではなく、微かに微笑んでいるように見えた。

  リエは、そんなレイの表情を眺めながら、自分も心に何か暖かいものが湧き上がってくるのに気づいていた。

  「きっと、心から笑って過ごせる日が来るわよ、綾波さんも碇君も、そして私たちも・・・・」

  リエは自分に言い聞かせるように呟いた。  



  
  新駒沢駅を階段を降りた頃には、空はすっかり曇って小雨が降り出していた。

  「あ、降ってきちゃったね。傘、持ってきた?」

  「・・・・持ってこなかったわ・・・・」

  「困ったわね。あ、そうだ!! ちょっと走って、コンビニでビニール傘を買わない?」

  「・・・・それがいいわ・・・・・・・」

  黒い髪の少女と蒼い髪の少女は、髪を激しく揺らし、スカートの裾を翻しながら、小雨の降る駅前の舗道を駆け抜けていった。

  駅前の商店街は色とりどりの傘を差した人々がそぞろ歩いている。

  その隙間を縫って、リエとレイは走り続けた。

  リエの方がレイより多少、足が速いので、商店街の中ほどで、リエは振り返ってレイがちゃんと追いついてきているか、

  確かめた。

  追いついてきたレイは、リエと視線が合うと、ただ瞬きをしてリエを見つめた。

  「大丈夫?」

  「・・・・問題ないわ・・・・・」
 
  「それじゃ、行くわよ!!」

  リエはにっこりとレイに微笑みかけると、再び走り出した。レイもリエの後を追って走り出す。

  初夏の雨は、本降りにはなっていないものの、決して暖かいものではない。

  しかし、リエは走りながら、心のどこかで漠然と

  (こんな時間がずっと続けばいいのに・・・・・)

  と思っていた。

  一方、レイは当惑していた。

  (・・・・・雨・・・・・冷たいもの・・・・・・体を冷やすもの・・・・・好きじゃない・・・・・・

    ・・・・・でも・・・・・心は冷たくない・・・・・どうして?・・・・いつもはもっと寒いのに・・・)

  二人の少女の蒼と黒の髪は、やがて人込みの傘の波の中に消えていった。


  
  「こんにちわぁ!! 降られちゃったぁ!!」

  「・・・・ああ、リエちゃんか。・・・・災難だったね・・・・・」

  カウンターの中で、初瀬は自動ドアから駆け込んできた少女を眺めると、椅子から立ちあがった。

  「・・・・今、タオル、持ってくるから・・・・・待ってな・・・・・・」

  初瀬は店の奥からタオルを持って出てきたとき、リエの後ろに蒼い髪の少女が立っているのを見た。

  「・・・・あ、リエちゃんと一緒だったのかい?・・・・・そんなとこに突っ立ってないで、こっち来な・・・・」

  レイは黙って前に進み、リエと並んで立った。

  初瀬はもう一度、店の奥に引っ込むと、タオルをもう一枚持ってきた。

  「これで雫を拭くといい・・・・・濡れたままだと風邪を引く・・・・・・」

  「あ、おじさん、ありがとう!! 口数は少ないけど、気は利くのね!!」

  「・・・・そうでなきゃ、とっくに潰れてる、こんな店・・・・・」

  初瀬は相変わらずの仏頂面でリエに答えると、レイに目を移した。

  「・・・・最近、朝はバイトに店番任せてるから、会ってないね・・・・ちゃんと飯食ってるか?・・・・・」

  レイは初瀬の顔をまっすぐ見上げた。

  (・・・・私を心配してくれる人・・・・・・私をヒトと認めてくれたヒト・・・・・・・・

    ・・・・碇司令と同じ歳くらい・・・・・・でも何かが違う・・・・・・・よく分からないけれど・・・・・)

  「・・・・くるみパン・・・・・・食ってくれたか?・・・・・」

  「・・・・綾波さん、おいしそうに食べてたよ・・・・」

  レイは黙って肯いた。

  「・・・・そうか・・・・そりゃよかった・・・・・朝飯や夕飯もちゃんと食べるんだぞ・・・・・家の人が

  作ってくれるものを残したりしちゃ駄目だぞ・・・・」

  レイはただ黙って澄んだ真紅の瞳で初瀬の顔をじっとみつめていた。

  「おじさん、ビニール傘2本ちょうだい」

  「・・・・1本でいい・・・・一緒に入っていって、どっちかの家まで送っていけば1本で済む・・・・」

  「おじさんたら、2本売った方が儲かるのに。商売っ気ないんだからぁ」

  「・・・・不要なものを売りつけても、気分良くないからな・・・・」

  「じゃ、これ1本にするわ」

  「・・・・520円・・・・」

  「はい、ちょうどよ。」

  リエが初瀬に硬貨を渡したとき、店の奥から、ショートカットの少女が顔を覗かせた。

  「あ、ユリコ帰ってたの?」

  「あ、リエ、綾波さん! 一緒だったの? 」

  「うん、今帰ってきたとこ。雨に降られちゃって、傘買ったのよ」

  「あたしも今帰ってきたところ。あ、売上増加ね!! 毎度ありがとうございますぅ!! これから家に帰るの?」

  「うん、そうしようかと思って・・・」

  「少し寄ってかない? 時間あるでしょ? うちの商品だから、たいしたものないけど、なんかご馳走するわよ!!」

  「・・・・・たいしたものがなくて、悪かったな・・・・・・・・」

  「私はいいけど・・・・綾波さん、大丈夫?」

  「・・・・・予定、入ってないわ・・・・・・」

  「じゃ、裏に廻ってね!! 」

  ユリコは店から自宅の方に駆け込んでいった。


     
  (・・・・モノがたくさんある・・・・・・私の部屋とは違う・・・・・・ヒトの部屋って、こういうもの?・・・・)

  レイはユリコの部屋に入ったとき、軽い衝撃を受けた。

  「どうしたの? 遠慮しないで!!」

  後ろから聞こえてきたユリコの声でレイは我に返った。

  「散らかってて、ごめんね。あ、その辺にでも座って。」

  ユリコはポテトチップと缶コーヒーを乗せたお盆を持って部屋に入ってくると、レイたちにベッドを指で

  示した。

  (・・・・・・柔らかい・・・・・・)

  レイはユリコのベッドに腰を下ろすと、思わず手でベッドを触ってみた。

  レイが手を伸ばした先には、猫のぬいぐるみがあった。

  (・・・・・・ぬいぐるみ・・・・・・・人形のようなもの・・・・・・私と同じ・・・・・・)

  ユリコは、レイの表情が微かに曇ったのに気がついた。

  「あ、ごめんね、散らかってて。それ、今、どけるね」

  「あー、ぬいぐるみだ!! かわいいね!!」

  「リエはぬいぐるみ好きなの?」

  「うん。本当は本物の方がいいんだけど、うちじゃ飼えないから・・・・」

  「うちもそうなのよ。食料品扱っているから、生き物は飼っちゃ駄目って、お父さんが言うのよ」

  「・・・・・・ぬいぐるみ・・・・・・・本当に愛したいものの身代わり・・・・・・」

  ユリコとリエは、レイが少し眉根を寄せて厳しい表情になっているのをみた。

  (・・・・・綾波さんのあんな表情、初めて見たわ・・・・・身代わりって・・・・・何か事情があるみたいね・・・)

  「あ、ぬいぐるみ、嫌い? よく、そういう人いるわね。」

  「・・・・・身代わりは本物にはなれないから・・・・そうなりたいと願っても・・・・・」

  「でも、綾波さんは誰かの身代わりじゃないでしょ? 私たちと同じように生きて、こうして話しているんだから」

  「・・・・・・・・」

  「ちゃんと家族がいて、帰るべき家もあるし・・・・」

  レイは黙って足元の床を見つめていた。

  (・・・・・・一部を話しても守秘義務には触れない・・・・・でも、話せば喪われるかもしれない・・・・・・

    ・・・・・・話せば近づくかもしれない・・・・・・・・・・話せば断ち切れるかもしれない・・・・・・・・

    ・・・・・・話せば遠ざかるかもしれない・・・・・・・・・話せばひとつになれるかもしれない・・・・・・

    ・・・・・・私・・・・どうしたいの?・・・・・・・・・・私・・・・・・なぜ、考えているの・・・・・・)
  
  レイは初めての葛藤に答えを出すことはできなかった。

  レイの沈黙は、部屋の空気を重いものに変えた。

  ユリコとリエは不用意な発言をしたことに激しい後悔に苛まれていた。

  (・・・・・・何か、人に言えない事情があるみたい・・・・なのに・・・・追いつめちゃったな・・・・・)

  レイはベッドから、すっと立ち上がった。

  「・・・・時間だから・・・・・帰るわ・・・・・」

  レイが出ていった後のドアをみつめて、リエとユリコは暫く無言だった。

  「・・・・・もしかして・・・・・・家族、いないんじゃないかしら?・・・・」

  先に口を開いたのは、ユリコだった。

  「どうして?」

  「綾波さんの家族の話って聞いたことないし、この近くに住んでるはずなのに、姿をみたこともないもの」

  「第2新東京市とか外国に赴任してるんじゃないの?」

  「でも・・・・・リエ、行ったことある、あの子の家?」

  「うん。前に一度、プリントを届けに行ったわ。ご家族は留守みたいだったけど、ちょうど綾波さんが外出から

  戻ってきたから、プリントを渡せたの」

  「実はね、私も行ったことがあるのよ。あの子が転校してきてまもなくの頃、ほんの好奇心から、学校の帰りに

   寄ってみたの」

  「・・・・そう・・・・やっぱり驚いた?・・・」

  「・・・他の人に話すのが、ちょっとためらわれるほど・・・・」

  「・・・私もそう。・・・・驚いた後、なんか、ものすごく寂しい気分になったわ・・・・」

  「家族がいたら、あんな、すさんだところに住もうとするかしら?」

  「そういえば・・・・・あの時・・・・・自分に何があっても誰も悲しまないっていうようなこと、言ってたわ」

  「・・・・もしかしたら・・・・・やっぱりそうなのかも・・・・」

  「だとしたら、私たち、かわいそうなこと言っちゃったわね・・・・・・」

  その時、リエの携帯電話が鳴った。

  二人の少女は、ほんの一瞬、体を硬直させたが、すぐにリエは携帯電話を取り出した。

  「もしもし」

  「あ、リエ? あたしよ。今日、風邪引いて休んじゃった」

  「リョウコ、もう大丈夫なの? 今ね、ユリコの家にいるのよ」

  「あ、そうなの? じゃ、ちょうど都合がいいわ。あさっての試食会、延期してもらえる? まだ、ちょっと熱っぽいし、

  みんなに風邪うつすといけないから」

  「ちょっと待っててね。今、ユリコと相談するから」

  「どうしたの? リョウコ、何だって?」

  「まだ熱があるから、あさっての試食会、延期してほしいんだって。別に私はいいんだけど・・・・」

  「あ、私も構わないわよ。それに・・・・・」

  「それに?」

  「さっきのことがあったから、綾波さんとなんとなく顔合わせづらいなって、思ってたところだったから・・・・」

  「そうね。ちょっと時間を置いて、わだかまりがなくなってからの方がいいかもね」

  「じゃ、来週の日曜日にしようよ。たしかヒカリも誘ったんだよね。ヒカリには私から電話しとくわ」

  「あ、もしもし、今ね、ユリコと話したんだけど、試食会、来週の日曜日にしない?」

  「うん。いいわよ。じゃーね。」

  「ゆっくり休んで、風邪直してね。おやすみ」

  携帯電話を鞄にしまい込もうとしたとき、リエはふと手を止めた。

  「どうする、綾波さんへの連絡?」

  「ごめん。あたし、まだ付き合いが浅いから、電話する勇気ないの・・・・」

  「じゃ、私が家に帰ってから綾波さんに電話してみるわ。その時に、さっきのことも、ちゃんと説明しとくね」

  「でも・・・・こじれちゃうかも・・・・」

  「大丈夫よ。あの子は、本当はとても素直ないい子だから・・・・きっと・・・・・わかってくれるわよ」

  「そうね。じゃ、任せるわ。ほんと、悪いわね・・・・」

 

  いつのまにか本降りになった雨が、部屋の窓に点線を描いて流れ落ちていた。 


  
  再開発地区の外れの道を、蒼い髪の少女は傘もささずに歩いていた。

  (・・・・・雨・・・・・・・冷たいもの・・・・・・体を冷やすもの・・・・・心を凍えさせるもの・・・・)

  レイは立ち止まると、雨の雫を手のひらに溜めて、そっと眺めた。

  (・・・・・陽が出れば消え行くもの・・・・・・雲となって・・・・・・・雨に現れる・・・・・・

    ・・・・・終わることのない繰り返し・・・・・受け継がれる魂・・・・・私と同じ・・・・・・・)

 
  少女は手のひらの雫をアスファルトの舗道にこぼすと、真紅の瞳で天を仰いだ。
    
  額にはりついた蒼い髪から垂れてくる雫を拭いもせずに。

  雨の音だけが響くアパートの谷間で、夕闇は静かに深まっていった。

 
    つづく
   

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