「・・・・碇君はまだ施設の中よ・・・・・暫くは戻れないはず・・・・」
「そうか・・・・・・ちょっと話ししたかったんやけどな・・・・・・」
「しっかし凄かったよな!! 操縦席、近代科学の粋を集めたって感じだよな!! NERVの本部にも初めて入れたし、
今回は収穫大きかったよ!!」
「相田君たち、エヴァの中に入ったの?」
「ああ、ジオ・シェルターを出て、学校の裏山の神社の境内に行ったんだ。そしたら、巨大なイカみたいな奴、
たぶん使徒って奴だと思うけど、それが市街地の南部に滑り込んできたんだよ。その時、間髪を入れずに、近くの
ビルの側面が開いて、中からエヴァが登場したのさ。最初はめたくそにやられて逃げ回っていたから、トウジと
二人で、こりゃもうだめかな、なんて話してたんだよ。そのうちに、使徒に足を掴まれて振り回されていたエヴァが
いきなり、こっちの方に吹っ飛んできて、僕たちのすぐ近くに落ちたんだ。それで僕たちの存在に碇やNERVが
気づいて、作戦行動の障害になるからって取り敢えずエヴァの中に収容されたのさ」
「やっぱりかなり危なかったんじゃないの!! 鈴原、みんなすごく心配したんだからね!!」
「ああ、もうちょっとエヴァの落下位置がずれてたら、完全に下敷き、ぺっしゃんこだったね。それで、エヴァの
操縦席に入ったんだけどさ、使徒を間近に見るとやっぱ恐怖感が掻き立てられるよな。使徒と闘っているときの
碇、苦しそうだったよ・・・・・碇の辛さ、少しだけわかったような気がしたよ・・・・・」
「そうだったの。碇君、怖い思いをして闘っているのね・・・・・」
「わしな、さっき明石が使徒に怯えて震えてたのみて、「なんて大袈裟な奴やな」って思ったけど、わしも
近くであれ見たら、ちびりそうになったわ。すまんな、明石」
「いいよ。実際にあれみなきゃわからないもんね。」
「それでさ、碇が使徒を倒した直後に、なんか電源が落ちちゃったみたいで、操縦席が真っ暗になって、暫くしてから
NERVの回収班に助け出されたんだよ。それでNERV本部に連れていかれたんだけど、ジオ・フロントって
広いんだよな。NERVの建物だけじゃなくて森や池まであって、そのうえ地下とは思えないほど明るいんだよ。
でもさ、そこでたっぷりと尋問されたうえ、こってりとお説教くらったよ。なんか眼鏡かけて金髪で白衣着た女の人に
ねちねち怒られて、いや参ったよ」
「ほんま、あの女の人、えらい怖かったわ。「あなたたちの勝手な行動のせいで作戦が失敗して、
みんな死ぬようなことになったらどうするのっ」ってえらい剣幕で怒りよったからな。使徒と同じくらい怖かったわ」
「そう言えば、綾波さんは?」
「あれ? さっきまでいたのにね。どこ行っちゃったのかしら? リョウコ、知らない?」
「ううん、見てなかったわ。ヒカリも見てなかった?」
「あたしも相田君の話聞いてて気づかなかったわ。今日はもう授業なくなっちゃったから、家に帰ったのかしら?」
「そうそう、その綾波のことや。わしらNERV本部に連れていかれたときな、廊下で綾波とすれ違うたんや。
なんや髪の長いぺっぴんさんと一緒やったな。なんで綾波がNERVの中におるのか、わからんかったけどな」
「お父さんがNERVに勤めているからじゃないの? NERV職員の家族は緊急時にジオ・フロント内に
避難できるとか、そういう決まりがあるんじゃないの?」
「そんなことないよ。うちのおやじもNERVの総務部に勤めているけど、そんな話聞いたことないよ」
「じゃあ、なんでかしら?」
「これはあくまで僕の推測なんだけどさ、もしかしたら綾波はエヴァのパイロットじゃないかと思うんだよ」
「そんなことあるわけないじゃないの!! だいたい、戦自にすら女性の戦闘機パイロットはいないのよ。
それなのに、あのロボットに中学生の女の子を乗せるはずないじゃないの」
「でもさ、僕が最近調べたところによると、エヴァは2体あって、最初にできた方のパイロットは女性らしいんだよ。
おやじのFDに入っていた資料を覗き見したら、資材発注リストの中に「プラグスーツ・女性タイプ1」っていう
のがあったんだよ。今までプラグ・スーツって何か分からなかったけど、今日、碇がエヴァの中で着ていた制服みたいな
やつに「プラグ・スーツ」って印字してあったから、多分、あれのことだよ。他の職員はあんなの着てなかったから、あれは
きっとパイロットの制服なんだ。そうすると、NERVには女性パイロットが最低1人いることになるよ」
「女性パイロットのことも驚きだけど、エヴァってほんとに2体もあるの?」
「ああ、やっぱり資材リストに「零号機補修用」とか「初号機補修用」っていう言葉があったからね。」
「そうなの。でも、ほんとに綾波さんがそのパイロットなのかしら?」
「断定はできないけどね。あのタイミングで碇と一緒に招集されたことをみても、その可能性はあると思うよ」
そのとき、校内放送が流れた。
「特別非常事態宣言の発令などの事情により、本日の授業は打ち切りとなりました。生徒の皆さんは速やかに
帰宅してください」
特別非常事態宣言が解除された第3新東京市は、いつもの夕方の賑わいをみせていた。
環状線は定刻どおりのダイヤで運行しているし、人々も何事もなかったかのように家路についている。
ただ、いつもと違うのは、市内の南部に、防塵シールドで囲まれ、さらにその周りを取り囲む金網に
「公共用ビル建設工事・第3新東京市建設部」と書かれたプレートが釣り下げられている場所が、
点在していることである。
高橋は、鎮遠建設の社長室で磐手や鎮遠社長とNERVの機密調査の方法について話し合った後、
夕暮れの中、新駒沢駅まで戻ってきた。
鎮遠建設の社長室にいるとき、会社が担当する工事現場から相次いで報告が入り、どうやら再び市の南部が
使徒らしきものに襲われたということが伝えられていた。
「やっぱり使徒か。しかもまたジオ・フロントの入り口近くが襲われている。なんでここにばかり使徒は来るんだ?
そのうえ使徒を倒したのは、あのエヴァンゲリオンか。これからが大変だな・・・・」
高橋が商店街に入ると、電器店の前に人だかりができていた。
「あ、石河のおやっさんじゃないですか? これ、どうしたんですか?」
「ああ、高橋さんかい。今ね、テレビで官房長官の記者会見やってんだよ。「おかみ」がついに使徒の存在を
認めたよ!!」
「えっ、そりゃ本当ですかい? ちょっと私、テレビの前に行ってきますから、待っててくださいよ」
高橋は人だかりの中をテレビの前へ割り込んでいった。
テレビの画面では、官房長官の発表が終わり、記者との質疑応答に移っていた。
「そうすると、政府は、今回の特別非常事態宣言は、一部で使徒と称されている新種生命体が上陸したことによるもの
と認めるわけですね」
「そうです。静岡県浜松市舘山寺町の浜名湖岸から上陸した新種生命体「使徒」が、市街地上空400メートルを
東北東に向かって飛行を開始したため、特別非常事態宣言を発令したわけであります」
「只今、「使徒」という言葉を遣われましたが、この言葉は一部報道などでは使用されていましたが、おそらく
私の記憶では、政府が公式の場で使うのは初めてだと思います。これはどういうわけですか?」
「先ほど国際連合から、新種生命体の国際的統一呼称を使徒と定めた旨、通達を受けたところであります」
「使徒という呼称の、由来というか語源というか、それはなんですか?」
「それは不明であります。政府としては、国際連合から発せられた通達を淡々と遵守するのみであります」
「国内で被害が出たのは、先ほどの発表にありましたように第3新東京市だけですか?」
「幸いなことにそのほかの地域には、直接的な被害はありませんでした。」
「前回の特別非常事態宣言は某国が開発中のロボットによるものとの政府発表でしたが、一部では、あれも
使徒によるものとの報道がなされております。再度確認させていただきたいのですが、政府としては、
前回の特別非常事態宣言はやはりロボットによるものとのご見解を変えるお積もりはないわけですね?」
「政府としては、前回の特別非常事態宣言をロボットによるものと断定したことはございません。
その可能性があるため、国際連合を通じて調査中、とだけ申し上げた次第です」
「それでは、現在の政府としてのご判断をお伺いしたいのですか?」
「国際連合からの正式回答は未だ届いておりませんが、諸般の状況を考慮いたしますと、やはり使徒の可能性という
線は否定できないものと考えております」
「政府としては、使徒に対して何らかの対応をとるつもりなのですか?」
「なにぶん、使徒に対する分析に着手したばかりでもあり、具体的な対策は検討中であります。しかしながら、
本件は重要かつ緊要性の高い問題でもありますので、可及的速やかに対応してまいりたいと考えております」
「前回の宣言も使徒によるものと仮定すると、使徒が2度も襲ってきたわけですが、第3新東京市ばかりが
攻撃を受けるのは何か理由があるのですか?」
「現時点では確たる理由は判明しておりません。ただ、使徒は第3新東京市のみを目標として攻撃してきた
わけではないと思われます」
「それは具体的にはどのようなことですか?」
「第3新東京市が攻撃されたのは、比較的、海岸部に近い大都市であるということが原因と思われます」
「ということは、今後、他の都市が攻撃を受ける可能性があるということですか?」
「即断はできませんが、そうした可能性がないというわけではありません」
「一部には、前回の使徒は、戦略自衛隊ではなく、国連直属の某機関のロボットが撃破したものとの報道がありますが、
今回の使徒襲来に際しては、某機関は動いたのですか?」
「まず、前回の使徒についてですが、戦略自衛隊を中心とする部隊の攻撃によって撃滅したことに変わりはありません。
その中には、当然、国連軍も含まれるわけであります。また、今回の件についても同様であり、国連軍と戦略自衛隊は
密接な協調行動をとっております。ロボットにつきましては、安全保障政策上の観点から、その有無についてお答え
することはできません。時間になりましたので、これで記者会見を終わります。
なお、明日、金曜日の定例閣議後の記者会見は予定通り行われます」
「やっぱり、この間のやつも使徒が原因だってよ」
「週刊誌の記事、本当だったんだな」
「ここだけが狙われているわけじゃないって本当かしら?」
「そうなんじゃないの。要するに、どこに逃げたって同じってことよ」
「むしろ、ここにはあのエヴァってロボットがいるから、安全なんじゃないのか?」
「そうだよ。2回とも、使徒を退治してるからな」
人だかりの中から出てきた高橋は、少し憂鬱そうな顔つきだった。
「ああ、やっと出てきたね。えらいことになったね」
「今やエヴァンゲリオンはヒーローの様相を呈していますね」
「なんと言っても、この街を2回も護ったわけだからね」
「我々、議会はNERV追及がやりにくくなりますよ。ヒーロー相手に喧嘩するのは大変ですよ」
「まあ、そうだね。でも、NERVは長い間、無茶やってきたからね。みんなそう簡単には忘れはしないよ」
「ま、そうだといいんですがね。ところで、この辺は被害なくてよかったですね」
「ああ、おかげさんでね。そうそう、全国どこも危ないということだったら、ここからの人口流出もそんなに
ひどくはなくてすみそうだね。人口が減ると、うちの商売は上がったりだからね」
「あ、そうですね。人口が減ると、議員定数も削減になるから、うちも商売上がったりだ、あはははは」
(うだうだ考えても仕方がない、か。とにかく前に進むしかねえな。)
「おれはこれから駅前のスーパー行くから、じゃ、これで失礼するよ。」
「あ、私は家に帰りますんで、失礼します」
高橋は石河と別れると商店街を抜けて、自宅に向かい始めた。
住宅街に通じる坂の途中で、高橋は振り返った。
市の中心部の兵装ビルに航空機衝突防止用の赤色灯が点滅している。
その後ろ、少し離れた南の方の兵装ビルには、防塵シールドで覆われている。
「これから、あんなビルが増えていくのか・・・・・たまらんな・・・・リエだけでもどこかに疎開させるか・・・
NERVと対峙する上でも、その方が後顧の憂いがなくて済むし・・・・」
「ただいま。リエ、大丈夫だったか?」
「あ、お父さん。うん、シェルターの中に入ってたから大丈夫だったわ。あ、夕食、もうちょっとでできるから
少し待っててね」
「ああ、慌てなくていいよ。・・・・・・リエ、お前、どっか田舎に疎開するか?」
「えっ!? なんで!?」
「この先どうなるかはわからないが、使徒が繰り返し襲ってくるようだと、ここも被害を受けるかもしれない。
それに・・・・・」
「それに?」
「お前も知ってるように、今、エヴァンゲリオンの人気が上がっている。でも、私は、エヴァンゲリオンを作った
NERVがやってきたこと、つまり市民を踏み付けにして秘密裏にいろいろと兵器開発を進めてきたこととか、
そういったことを、これから暴いていかなきゃいけないんだよ。それが市民に選ばれし者の責任だからね。
そうなると、場合によっては、NERV支持の人たちから攻撃を受けたりすることになるかもしれない。」
「・・・・・・お父さん・・・・・お父さんはなぜNERVの人たちを悪者みたいに言うの?! 中には、まともな人たちも
いるんじゃないの!! 少なくともエヴァは、ちゃんとこの街を、そして私たちの未来を護ったわ! それなのに、
なぜNERVを敵視するの?! 私、疎開なんて絶対にしないからっ!!」
「・・・リエ、お前・・・・・」
「エヴァのパイロットはね、私たちのクラスメートの碇君なのよ。碇君は、怖い思いして苦しみながら、エヴァに
乗って闘っているのよ、この街や私たちを護るために・・・・。それがどんなに大変なことか、お父さんに分かる?
碇君だけじゃないわ。碇君の保護者の葛城さんだって、すごくいい人だったわ。NERVの秘密主義は改めなきゃ
いけないって、分かったくれたもの!!」
「碇の息子がパイロット、そうだったのか・・・・。リエ、お前、葛城さんと会ってたのか?」
「この間、私が車を避けたときに足を捻っちゃったの。その時にマンションまで連れていってくれて手当てしてくれたのよ。
その後、碇君と葛城さんと3人で夕ご飯食べたの。葛城さん、とっても優しかったわ。」
「なんで、そんな大事なことを今まで言わなかったんだい? NERVはどんな手を使って接触を図ってくるか、
分からないんだぞ。言いたくはないけど、葛城さんだって」
「なんで私の行動をいちいち全部、お父さんに報告しなきゃいけないの?! 私、小学生じゃないわ!!
それにミサトさんのこと、悪く言わないで!!」
「小学生じゃなくても、私の子供には変わりはないから、心配なんだよ。とにかく、NERVの人たちとは
なるべく接触するなよ」
「そんなこと言っても仕方ないじゃないの!! 私のクラスメートの中には、NERV職員の子供も多いのよ。
接触しないなんてこと、徹底できるわけないじゃない!! もういい!! ご飯できたから、お父さんだけ食べて!!
私、食欲なくなったから、食べない!!」
「おい、リエ、ちょっと待ちなさい!! リエ!!」
リエはエプロンをぱっと脱ぎ捨てるとソファに投げつけ、高橋を睨み付けた後、自分の部屋の方へ走っていって
しまった。
「・・・・・こんなこと、初めてだ・・・・・・・一体、あいつ、どうしちゃったんだろ・・・・」
高橋は、脱ぎ捨てられたエプロンを拾い上げて丁寧に畳みながら呟いた。
「・・・・・・碇・・・・・自分の息子をパイロットにするとは・・・・・恐ろしくないのか、使徒が・・・・」
一人で食べる夕食は、やはり砂を噛むような感じがした。
高橋は、早々に食事を済ませて、ぼんやりとテレビを見ながら、タバコを口にしていた。
一方、リエは、部屋にこもって、窓からぼんやりと外を眺めていた。
「お父さんがNERVと反目してるのは今に始まったことじゃないわ。私だって、NERVがいかに
街の人たちに迷惑かけたり、横車を押したりしてきたかってこと、知ってるわ。でも、碇君やミサトさんと知り合っちゃったら、
そう簡単に「NERVは市民の敵」なんて言えないよ。それに綾波さんも、私たちの友達になりつつあるし・・・。
お父さんが本格的にNERVとぶつかったら、私、どうしたらいいんだろう・・・・」
夏の、少し涼しい夜風がリエの頬を撫でて、肩まで伸びた髪を揺らす。
リエは髪の先を指に絡めたり離したりして、しばらく街の灯をみつめていた。
「・・・・明日、リョウコに相談してみようかな・・・・」
リエは窓辺から離れると、ベッドに仰向けに寝転がった。
「・・・・やだ。なんか、おなかすいてきちゃったわ・・・・・でも、お父さんと顔合わせづらいし・・・・。
あ、トイレも行きたくなってきた・・・・どうしよう・・・・」
リエは、そうっとドアを開けると、廊下に出た。
足音を忍ばせて、リビングでくつろいでテレビをみている高橋の後ろを通りぬけ、トイレに入った。
数分後、リエは再び廊下を歩いていた。
「どうやら気づかれなかったみたい。よかった・・・・」
リエは自分の部屋の前まで辿り着くと、そうっとドアを開けた。
コツン。何かがドアに当たった。
リエが下を見ると、部屋の前の廊下に、自分の夕食が乗せられたお盆が置いてあった。
「・・・・・・・お父さん・・・・・不器用なんだから・・・・・・」
リエはリビングルームの方に向かって小声で呟くと、部屋の中に温かいお盆を持って入った。
つづく
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