「やあ、お待たせ。おお、お連れさんがいるのかい?」
「ああ。事前に言っておかなくて申し訳ないな。横槍が入ると困ると思ったんだよ」
「横槍? 一体どこからそんなものが入るってんだい?」
「国連直属の特務機関ですよ」
高橋に背を向ける格好で席に着いていた若い男のうちの一人が答えた。
「あ、その声は橋立君だな?」
「はい。どうしても叔父が来いって言うもんですから・・・・」
「陸奥やんが呼んだのか。しかし、君まで水臭いな。今日、議会ビルで何回もすれ違ったじゃないか・・・」
高橋は襖を閉めると、橋立トオルの後ろに立ったまま不平を言った。
「高橋さん。あなたの電話、盗聴されていますよ。まだそれほど厳しくはないが、 議会ビルの中ではあなたの身辺にも
監視の目が光っています」
「あなたは? この中では初顔だけど・・・・」
「この人は、私の大学時代のサークルの先輩です」
「加持リョウジです。はじめまして」
長髪の男は高橋の方を振り向くと、ニヤッと笑った。
「加持さんですか? お初におめにかかります。高橋です。もうお聞き及びかもしれませんが、第三新東京市の
市会議員をやってます。早雲山運送の陸奥とは、旧東京に住んでた頃からの幼なじみでして・・・」
「俗に言う、腐れ縁ってやつだよ」
「あんたに言われたくないね。小学生の頃、よくテストのときに答案みせてやった恩を忘れたのかい?」
「また、古いことを恩着せがましく言いやがって・・・。ま、加地さん、みてのとおりだ。こいつは悪い奴じゃないよ」
「ははは、幼なじみですか。いいですね。お互いに変な遠慮せずに言いたいこと言えますからね。」
「まあ、そういうわけですよ。ところで、加地さんは、今、どんなお仕事を?」
「私ですか? さっき橋立君が吐き捨てるように言ったところに勤めてます。もっとも早くも窓際の捨て扶持扱い
ですがね・・・」
「それじゃ・・・」
「そう、人類のためになる仕事をするという建前のNERVです。あっはっはっは」
高橋は、無精ひげを撫でながら快笑する加持をみつめていた。
「あなた、NERVの人らしくないですね。あの、射すくめるような目をしない・・・」
「ああ、あれですか? あれは出世街道まっしぐらの方々ですよ。わたしなんざ、人呼んでNERV退屈男、ですからね」
「退屈男? こりゃいいや、はははは。陸奥やん、今日、俺を呼んだのは、この加持さんと引き合わせるためか?」
「そうだよ。おまえ、NERVのこと調べてんだろ? だったら、内部の人に聞くのが一番だろ?」
「そりゃぁ、そうだけど・・・・。やっぱり、まずいんじゃないの?・・・」
「加持先輩はNERVの改革を進めようとしているんですよ。秘密主義を改めようとしているんです」
「改革だなんて、そんな大層なことじゃありませんよ。ただ、私は、国連分担金、もとをたどれば市民の税金で
運営されている組織が、非民主的なのはいかがなものかと思っているだけですよ」
「ほう、NERVにもそういう人がいるんですね。初耳だな」
「一部の若手はそう思っていますよ。ま、おかげで、私はNERVにとっては厄介者ですよ。ほんとは辞めさせたい
ところでしょうが、秘密が漏れると困るから、飼い殺しにするつもりなんですよ、幹部たちはね。」
「先輩は2年前からNERVのドイツ支部に派遣されているんです。」
「ま、ていのいい島流しってことですよ。はははは。今日は久しぶりの休暇を楽しみに、祖国に凱旋ってわけです」
「加持さん、私に監視がついていたり、電話が盗聴されているってのは本当ですか?」
「市議会がNERVを敵視しているのは公然の事実でしょ? NERVが手を打たないわけないでしょうが。
監視や盗聴なんてNERVでは新人だって知っていることですよ。」
「やっぱりやられてたか・・・・。最近、時々、電話にごく僅かだけど雑音が時々混じるんで心配してたんだ。
証拠さえあれば、議会で吊し上げてやるのに・・・・」
「NERVの諜報部門は、そんなへまはしませんよ。まあ、NERVは市議会を軽視していますから、まださほど
監視はきつくありませんよ。NERVが重視しているのは国会議員ですから・・・・」
「うちも甘くみられたもんだな・・・・。そうそう、例の新種生命体については何かご存知ですか?」
「いや、皆目・・・・。NERVでも、ごく一部の最高幹部たちしか真実を知らされていませんよ。」
「また来るんじゃないでしょうね?」
「それもわかりません。ま、備えあれば憂いなし、って言いますけどね」
「あの一件の後、人口の増加が少し鈍ってきたみたいだよ。荷動きが鈍ってきたんで、すぐわかる」
「さすが運送屋のおやじだな。市当局は、だんまりを決め込んでいるよ。こうした動きを加速したくないんだろうな」
「先輩、NERVと政府はどんな関係なんですか?」
「結構、親密だよ。なにしろ国連に協力することは至上命題だからね。国連が国内で落とす金もたいしたもんだし・・」
「でも、一枚岩じゃないはずだ。役人は、自分の力の及ばないものが眼前で大きな顔してるのをみるのは耐え難い
からな。国際交渉でもそうだが、テーブルの上では手を握り、テーブルの下では足を蹴り合う。そういうもんさ」
「そういうものですか・・・。いや、わたしのような末端の者には、計り知れないものがありますねぇ、ははは」
(さすが、交通省の元役人。内務省の考えていることは、とっくの昔にお見通しってわけか・・・・)
「加持さん、あのロボットについては、なんか知ってるかい? 同業者のひとりが配送中にあの事件に出くわして、
シェルターに入り損ねたおかげで、ロボットを目撃してるんだよ。実はさ、こういった目撃情報、結構、多いんだよ。
週刊誌の報道以来、口コミで爆発的に噂が広がってるよ。とくにうちらみたいな職業だと、いろんな荷主と接触する
からね。情報もたくさん入ってくるんだ」
「あれですか? 私も、詳しくは知らないんですが、エヴァンゲリオンとかいう名称らしいですよ。通称エヴァって
呼ばれてますよ」
「やっぱりな・・・・。それを建造する計画がE計画だったんだな・・・・」
「そうそう、あれのパイロットが子供だって噂、本当なのかい?」
「え、そんな話が出てるのか? 子供って、幾つの子供だい?」
「14歳の中学生らしいですよ・・・。私も聞きました。でも、最近、その話をしていた人たちに、もう一度
尋ねてみたら、みんな黙って何も答えてくれませんでしたよ。」
「橋立君、それはNERVが手を回したのさ。そうでしょう? 加地さん。」
「高橋さんのおっしゃるとおりですね。NERVの常套手段ですよ。それにどうやらその話は本当らしいですよ。
あの前日、技術局のエンジニア達が「たった今来たばかり子供を乗せていいのか」って食堂で話してましたから・・・」
「14歳・・・・。うちの娘と同い年か・・・・」
「お嬢さんがいらっしゃるんですか? どちらの中学ですか?」
「市立第壱中学の2年A組だよ」
「先輩は手が早いからな。駄目ですよ、相手は中学生ですから」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ!! 俺はそんな女たらしじゃないぞ!!」
(2年A組・・・。碇シンジ、綾波レイと同じクラスか・・・・)
「女性の方から寄ってくるんでしたね」
「おい、橋立!! 高橋さんが勘違いするだろ!! ははは、いや、学生時代から、そういう誤った風評がありましてね。
困っているんですよ、私は・・・。ま、一杯いかかですか?」
加持は頭をかきながら、高橋に日本酒をすすめた。
「うちの娘なんか、まだまだ子供だよ。男なんかに興味を持つ歳じゃないさ。おとなしすぎて、かえって心配してるよ」
「またまたそんなこと言って・・・。早いもんだよ。おやじがぼうっとしてるうちに、いつのまにか成長して、
気づいたときには、「お父さん、育ててくれてありがとう。幸せになります」なんて言われる羽目になるぞ」
「まだまだ先の話さ。・・・それより、そのパイロット、どこの中学なんだね?」
「さあ、わたしもそこまでは知りませんよ。」
そう答えると、加持は高橋から注がれた酒を飲み干した。
「ところで、高橋さんは、NERV問題をこれからどうするつもりなんですか?」
「もう市当局をつついても何も出そうにありませんからね。さあ、どうしましょうかね。ま、八方塞がりってことですね」
(この加持って男、あまりにも口が軽すぎる。いくらNERVの改革のためだからって言ったって、
自分の属している組織の秘密をちょっとしゃべりすぎているような気がする・・・・。おかしい・・・・)
高橋は加持の問いに対しては、肝腎なこと、つまり地道に証拠集めをしていく、ということを伏せて答えた。
(NERVの回し者か? いや、この男には、「気配」がない。一体、どういう男なんだ、こいつは・・・)
高橋は職業柄、役人、警察官、商店主、会社員、高齢者、主婦、パチンコ店主、飲み屋といった選挙区内の
さまざまなの人々と日常的に接している上、区域内に乗り込んできてトラブルを起こした、
その筋の連中とも対決したりしなければならない。
さらには市の公共事業や福祉事業に食い込もうとする輩や、選挙区を奪って自分が議員になろうとして近寄ってくる者、
対立候補陣営がスキャンダルを作らせたり、選挙妨害のために送り込んでくる人間とも接しなければならない。
こうしていろいろな人と接しているうち、自然と、ある程度の「人を見る眼」が養われている。
しかし、このような「気配」の感じられない男は始めてだった。
(どっちにしても、こいつ、ただ者じゃないな・・・・用心するに越したことはない・・・)
加持は鮎の塩焼きをつつきながら、高橋をそっと見た。
(少し態度が硬くなったな・・・勘付かれたか・・・
俺としたことがとんだドジ踏んじまったな・・・ま、ここは一つ、相手の出方をみてやるとするか・・・
それにしても、この高橋という男、案外、食えない奴だ・・・・・これはおもしろいことになりそうだ・・・)
陸奥は、ししとうの煮物を呑み込むと、自分の若い甥に向かって、銚子を突き出した。
「少しは呑めるようになったか?」
「ええ、これでも、いろいろとつきあいがあるからね・・・・少し強くなったよ」
「そうかい。でも、あんまり過ごすなよ。・・・・ところで、おまえ、好きな女の子はいるのかい?」
「うっ・・・急にむせるようなこと聞かないでよ・・・・そんなひと・・・いないよ」
「なんか、今、答えに間が合ったな・・・まあ、いいや。おまえも、いい歳なんだから、そろそろ心がけろよ」
「いい歳って言ったって、まだ23じゃないか。加地さんなんて、30歳でも独身だよ」
「加持さんはもてそうだから、いいんだよ。おまえは自分から打ってでないと駄目だ」
「無理に打って出て、討死、玉砕なんて、ごめんだよ」
「そんなこと言ってるから、いつまでたっても・・・」
「まあ、焦らないほうがいいですよ。いろんなひとを見てからの方がいいですよ。な、橋立くん」
「加持さんも、いい人を知っていたら、こいつに紹介してやってくださいよ」
「ま、こころがけておきましょう・・・・」
加持は、そのとき、学生時代を一緒に過ごしたふたりの娘の顔を憶い出していた。
4人の男のそれぞれの思いが交錯する中、縁先では虫の声が賑わしく響いていた。
「今日もいろんなことがあったわ。私も少し疲れちゃった」
リエはリョウコと別れた後、少し薄暗くなりはじめた新駒沢の坂道を上っていた。
「リョウコ、本当に碇君にあんなこと頼むつもりかしら・・・・明日、もめないかな・・・」
リエが坂道を上りきったとき、道の脇の草むらで何かが動いた。
「何?! へび???」
「ミャゥゥー」
「あ、三毛の野良ちゃんだ。あんまりおどかさないでね」
猫はしばらくリエの足に体をこすりつけて甘えていたが、そのうち、飽きたのか、ふいっと、また草むらの中に
消えていった。
「そうだ。今日はルビーに会いに行っちゃおっと!!」
リエは三叉路を自宅と反対の方向に曲がった。
石河不動産の前まで来ると、リエは、賃貸・売買物件の紙がたくさん貼ってある硝子扉を勢いよく開けた。
「こんばんわー。ルビーに会いに来たの」
「ああ、リエちゃんか。ルビーなら奥だよ。今、呼んでくるからね」
主人の石河が立ち上がりかけたとき、家の奥からルビーが駆け出してきた。
「ああ、その必要はなくなっちゃったね。リエちゃんの声が聞こえたんだな」
リエは、ルビーを抱きしめ、あごの下をやさしく愛おしげに撫でる。
「あら、かわいいわね!!」
リエが閉め忘れていた硝子扉の外から、女の人の声がした。
「その子、シャム?」
「そうです。ルビーっていう名前なんです」
「素敵な名前ね。ちょっと撫でてもいいかしら?」
「どうぞ。いいよね、おじさん?」
「ああ。どうぞ中へ入ってくださいよ」
「すみません。私、猫が大好きなんですよ」
その女性が近づくと、ルビーは落ち着きを失い、リエの腕から逃れて、家の奥に駆け去ってしまった。
「・・・・嫌われてしまったみたいね、私・・・・・」
「あ、ルビーは結構、人見知りが激しいから・・・・よくあることですよ」
「・・・・あの子には、わかるのね・・・・・・・・」
柳眉の女性は、ふっと寂しげな目で、ルビーが駆け去った方を眺めた。
(きれいなひと・・・・泣きほくろがある・・・・・・なんか寂しそうな感じ・・・・)
リエは、今まで出会ったことのないタイプの、その女性の横顔をみつめていた。
つづく
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