ポートランド日記                                     スズキメディア

9月21日(金)──52日目


 12時24分のバスでPCCへ。今日は1時半に水曜日のテストの結果を渡されて、どの授業をとったらいいかカウンセリングを受ける日だ。いったいどうなることやら、何となく宙ぶらりんの気分だ。
 10分くらい前に教室に行くと、すでに10人くらいの人がいた。みんな早く来るもんだなと思っていたら、5分くらい前に、カウンセラーの人が二人入ってきて、「ファースト?」「セカンド?」と来た順を聞いて、カードを渡していく。来た順にカウンセリングをするわけで、だから、みんな早くから来ていたのだ。
 僕は、11番。といっても、僕よりあとに来た人より遅い順番になった。自己申告だから、自分が誰の次に来たか覚えておかないといけない。こちらの人は、こうした方式に慣れているのだろう。僕など、最初に「ファースト?」と聞かれたときは、「カウンセリングに来るのは初めてか?」という意味かと思った。英語の理解と同時に、こうした習慣みたいなものも身につけないといけない。

 木曜日のテストの成績はそのまま渡されるのではなくて、どのクラスを受けられるか示されるだけだった。ENNL(English as a Non-Native Language)のクラスは、Intermediate/Upper Intermediate/Advanced/Upper Advanced の4つのクラスに分かれている。
 僕は、リーディング(読む)は一番上のUpper Advanced のクラス、ライティング(書く)とスピーキング(話す)とプロナンシエイション(発音)は、上から2番目のAdvancedのクラス。
 一番上とか二番目というと、けっこういいのかなと思っていたが、辞書で調べてみたら、Intermediateというのは中学、Advancedは高校ということだから、アメリカの高校生くらいの英語力ということ。
 それに、スピーキング(話す)とプロナンシエイション(発音)は、直接テストしたわけではなくて、リスニング(聞く)からの判断。テストは、紙に書かれた英語を見ながらの問題が多くて、純粋なリスニングの試験ではないところもあったから、これから授業についていけるかどうか心配だ。

 授業料は、オレゴン州と周辺の州に住んでいる人は、1週1時間の授業につき(これを1クレジットという)3か月(12週)で40ドルだが、僕のような外国人は、150ドルとかなり高くなる。でも、12時間で150ドル(1万8千円)というのは、1時間あたり、1500円。日本の英会話学校を考えれば、ずいぶん安い。
 全部の授業を取ると、週15時間で時間的に難しいしお金もかかるので、スピーキング3時間と、ライティング5時間を取ろうと決めて、登録の窓口へ行った。学期の始まりは来週の月曜日だから、登録の窓口には学生の列ができている。

 でも、それほど待つこともなく、僕の番となり、コンピューターで登録してもらうと、希望していた昼間のスピーキングとライティングのクラスはすでに、いっぱい。スピーキングのクラスだけは、ウェイティングリストに載せることができるそうだ。
 「ウェイティングリストと言っても、来週から始まるのに」と思って聞いてみると、最初の授業のときに行って、登録した人の中で来ない人がいれば、その授業が取れるという。最初の授業に出なければ、登録は取り消されてしまう仕組みだ。ライティングのクラスは、そのウェイティングリストにも載れないほどいっぱい。

 夜の授業を調べてもらったら、そちらはまだ空いているので、その場で登録してもらった。昼間のスピーキングのクラスもウェイティングリストに載せてもらって、取りあえず昼に行ってみて、もし取れたらそちらにすることにする。
 もう少し早く動き出していれば、希望の科目がすんなり取れただろうが、でも、何とか、こちらの大学で授業が取れそうだ。ちょっとした達成感がある。登録をしたら、IDカードがもらえた。写真のないただのプラスティックのカードだけど、久しぶりに大学生になった不思議な気分。
 でも、月曜日の授業がどんなものか心配だ。

 帰りがけに、ダウンタウンのセーフウェイに寄って、買い物をして帰る。今日は授業の登録であたふたしていて、お昼を食べていなかったので、お腹がすいた。
 セーフウェイのようなスーパーは、「お総菜」関係もある。日本のコンビニの弁当のような容器に、自由に選んで詰めてもらうと、それが一律で4.99ドル。ピラフと焼きそばと鶏の唐揚げを入れてもらった。
 こっちの人は、若い人だけでなく、けっこう年のいった人も、道ばたでも、バス停の椅子でも、バスの中でも、平気で物を食べている(日本も最近はそうだけど)。僕も、今日はお腹がすいてたまらないので、それに見習うことにした。
 焼きそばは、もちろんソース焼きそばではなく中華風のもの。それに、こちらでお馴染みの、もやし、セロリ、にんじん、たまねぎ、といった野菜が入っている。肉はない。日本風の、ソース味で豚肉の細切れが入って紅生姜がのったのも懐かしいけど、これもけっこうおいしい。セロリの味と香りが効いている。

 テレビを見ていたら、夜9時から、特別番組になった。ブルース・スプリングスティーンが新曲を歌い出した。「街は廃墟になった。……立て直そう」。そのあとも、スティービー・ワンダー、U2、と有名なミュージシャンが続々と歌う。間には、トム・ハンクス、キャメロン・ディアスといった男優、女優のメッセージが続く。
 他のチャンネルに変えても、全部同じ番組。テレビ局各局が協力して、テロ事件のための寄付を募る番組をやっているようだ。ニューヨークとロサンゼルスとロンドンの三元生中継だ。おそらく日本にも同時中継されているんじゃないだろうか。

 日本でも放送されたろうし、いろいろ報道されているだろうから、この番組の詳しい内容は書かないが、生で見ていて、印象に残ったのは、ニール・ヤングが歌ったジョン・レノンの「イマジン」だった。
 ニール・ヤングが「イマジン」を歌うのはおそらく初めてのはずだ。テロ事件のための番組でこの歌を歌う意味は大きい。「イマジン」は、反戦平和の歌だ。「国境なんてないと想像してごらん。……人は僕を夢想家と言うかもしれない」という歌詞からわかるように、この歌は、テロに対する報復を否定する。

 どの歌手もこの事件の哀しみは歌っていたけど、ニール・ヤングは政府が進めようとしているアフガニスタンへの軍事攻撃に明確に反対している。シカゴ大学のホームページに、報復をしないように国連や米国政府に求める署名が19万人も集まっているという話も聞いたが、ここでも、アメリカの理性はきちんと働いている。
 なんでニール・ヤングが出てくるのかなと思って見ていたのだが、湾岸戦争のときにも、各局が放送を自粛していたボブ・ディラン「風に吹かれて」をツアーのステージであえて歌い続けたニール・ヤングは、やはり僕の考える筋の通った人だった。あとで聞いたら、「イマジン」は今アメリカのラジオやテレビで自主規制曲になっているらしい。

 坂本龍一さんが、アサヒ・コムのコラムに、「今度の事件で、音楽は癒しになるのはわかったけれど、それ以上のことができるのかどうかわからない」という趣旨の文章を書いていたが、ニール・ヤングはそれ以上のことをしているように、僕には思える。ただそれが、この番組で、世界の人にどのくらい伝わったのかはわからない(特に、何でもないドラマの挿入歌に歌詞の意味も知らず『イマジン』を使うような日本の人には)。

 何にせよ、感動する番組だった。何しろ、世界の一流のミュージシャンや俳優がこぞって参加して盛り上げているのだ。しかも、どのミュージシャンの名前も、俳優の名前も、テロップに出ない。紹介もされない。司会もいない。寄付をするための電話番号が表示されるだけで、たんたんと番組が続いていく。この押さえた演出が効果を上げている。さすがに、その辺のつぼは心得ている。ちょっと斜に構えた見方をすれば、アメリカは、政治でも、経済でも、文化でも、エンターテイメントでも、世界を牛耳っているのだということだ。

 そんなアメリカに、今度のテロ事件で間違った行動をしてほしくない。アメリカの多くの良識ある人が考えていることと、アメリカ政府が考えていることに、ずれがあるような気がして気になる。周りの人の話を聞いていると、政府によるアフガニスタン攻撃を支持し煽《あお》っているようなテレビで感じるのとは違った反応がある。
 もちろん、そんな米国政府に間抜けなお追従(ついしょう)をしている日本政府には言うべき言葉もない。


次を読む前に戻る目次表紙