「あっ、やだっ、みっ、見てたんですか!?」
葵ちゃんは慌ててスカートを押さえた。
「あっ、いや、その…」
オレは返答に詰まった。
葵ちゃんは、困ったような、恥ずかしそうな、複雑
な表情でオレを見る。
顔が赤い。
ついでに、ブルマも赤い。
……なんの話だ?
「…や、やるって、な、なにをですか!?」
「だから…」
「だから?」
「葵ちゃんと…」
「わ、私と!?」
「格闘技の練習」
「かくとう…」
葵ちゃんは、何度か瞬きしてから『えっ?』という
顔をした。
「やっぱり、オレもやってみることにした」
「練習を…ですか?」
「ああ」
オレはうなずいた。
わずかな間があって。
まるで、ぱっと花が開くように、葵ちゃんの表情が
明るくなった。
「…それって、つまり、氷点下30度では、バナナで
釘が打てるってことですか!?」
オレが練習するってことが、そんなに動揺すること
なのか!?
「正直、見ているだけに飽きたからかな」
オレは言った。
「そうですよね。やっぱり格闘技は、自分でやらなく
ちゃ面白くないですものね?」
「ああ、葵ちゃんがブルマをはいて一生懸命練習する
姿、なんか楽しそうなんだよな」
「ええ、楽しいです、すっごく!」
葵ちゃんは、いつものさわやかな笑顔を見せた。
「その楽しさっての、オレも知りたい」
「はい!」
「ブルマをはく楽しさを!」
「え? そ、それはちょと……」
神社に来たが、葵ちゃんの姿はない。
どうしたんだろう。
あっ、そうか。
忘れてた。
月曜と水曜は、透明人間の日だった。
なんだ、透明人間の日って?
前回の約束通り、その日からオレは、実際に格闘技
の練習を始めることになった。
指導するのは、もちろん葵ちゃんだ。
練習初日の今日は、空手における基礎的なことから
教えてもらうことになった。
今でこそ、いろいろ混ぜ混ぜのオリジナルスタイル
の格闘技をやってる葵ちゃんだが、幼い頃から習って
いた空手がその基本になっているという。
「まず、拳の握り方ですが、小指から順に、指先で付
け根を押さえるように、しっかりと握ってください」
「へえ、というと、牛の乳搾りの要領で握ればいいの
か……」
「逆です。で、最後に親指で、人差し指と中指をグッ
と押さえます」
葵ちゃんは、オレのボケに動じることなく、説明を
続けた。
……ちょっとくらい相手してくれてもいいのに。