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誰もいないと思って…ってことありません?

 さて、これからしばらく、俺には特に目的がない。
『出来る限りお父様の側にいてあげてください』
 という千鶴さんの言葉がなければ、本来は遠く旅行
にでも出掛けていたはずだった。
 しかも、その言葉の裏には、『出来る限り私の側に
いてください』という意味が込められており、いや全
く、もてる男はつらいってところだ。
 ハハハ。
 俺は一人、腰に手を当てて声を出して笑った。

 ふと気付くと、その様子を三女の楓ちゃんがじっと
みていた。その目にはあきらかに『…耕一さん、とう
とう…』という色を浮かべていた。
 楓ちゃんは、『もう駄目ね』という風に首を振ると、
深くため息をついた。

 いや、単なる冗談のつもりだったんだけど…(涙)。


共時性?(笑)

 露骨に目を背けられたようで、あまりいい気はしな
かった。
 楓ちゃんの履いたスリッパの音が、ぱたぱたと廊下
に響いている。
「や、やあ」
 俺は手をあげて、にこやかに笑った。
 最上級の微笑み…のつもりだったが、ちゃんと顔が
動いてくれたかどうかは自信がなかった。
 呼ばれた彼女は、再びこっちを見る。
 だが、なにも言わない。
 ひとことも声を発しない。

 …正直言って、この子は苦手だ。
 本音が意識の横を過ぎる。
 ついでに、初音ちゃんが俺の横を過ぎる。
 って、え?
「は、初音ちゃん! 学校に行ったんじゃ…」
「あ〜ん、忘れ物、忘れ物!」
 ドタドタと、初音ちゃんは廊下を走り抜けていった。


それは失礼というものだよ、耕一よ!

 楓ちゃんは俯いたまま、なにも言わず、相変わらず
の無表情を保っていた。
「…楓ちゃん。…君は、あの頃からなにも変わっちゃ
いないよな? ずっと、俺の知ってる楓ちゃんのまま
だよな? だって胸の大きさはあの頃から変わってな
いし…」
 非常に長く重たい沈黙があった。

 うう、ごめんよ。楓ちゃん。俺はただちょっと場を
なごませようと思っただけなんだ!(涙)


楓ちゃん、それって実は自慢?

 楓ちゃんは俯いたまま、なにも言わず、相変わらず
の無表情を保っていた。
「…楓ちゃん。…君は、あの頃からなにも変わっちゃ
いないよな? ずっと、俺の知ってる楓ちゃんのまま
だよな?」
 楓ちゃんは、悲しげな顔を俺のほうに向けたまま、
すっと、視線だけを斜め下方向にずらした。
「私は…」
 彼女が初めて積極的に話し始めた。
「…私は、変わりました。御飯の食べるのが速くなり
ました」
 なんとも意味深なセリフだった。
「速くなったって? 食べるのが?」
 俺は半笑い気味に言った。
「……当社比、2倍です」
 まさか楓ちゃんの方から、そんなことを言ってくる
とは思いもよらなかった(笑)


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