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[ 雫・痕 設定原画集 を見てない方はご遠慮下さい ]

ロロロの初音ちゃん その弐

 それは、またまた初音ちゃんの部屋で神経衰弱をし
ている時だった。
「あー、また負けた。あいかわらず初音ちゃんは強い
なぁ」
「そ、そうかなぁ…」
 初音ちゃんはそう言うと、はにかむように照れて、
俯いた。
 その時だった。

「あれ? 初音ちゃんの髪の毛、なんか寝癖がついて
る…、ってこれって…まさか!!」
「え?」
 初音ちゃんは、両手で自分の頭を触り、自分の髪の
形を確認する。顔がサーッと青ざめる。
「そ、そうみたい。あ〜ん、また妖気アンテナがぁ…」
 そう言うと、へなへなと腰を深く沈めて、半べそを
かいた。
 やはり、寝癖ではなく妖気アンテナだったのか。
「ということは、今回も千鶴さんの手料理…」
 俺は自分で口にした言葉に身震いした。
 うう、想像するだけで恐ろしい。

 ん、待てよ?
「でも、千鶴さんって帰ってきたんだっけ?」
 俺は素朴な疑問を口にする。
「ヒック。さっき、表の方で車の止まる音がしたし、
ヒック、ヒック、玄関で声がしたし、帰ってきたと思
う…」
 初音ちゃんは、泣きながらも最悪の事態の可能性を
語った。
「じゃあ、梓は?」
「え? 梓お姉ちゃん?」
 初音ちゃんは不思議そうな顔をする。
「だから、いくら千鶴さんが帰ってきたからといって
も梓が帰ってきていたら、料理を作るのは梓だろ?」
「あっ、そうか!」
 パッと表情が明るくなる。
「で、梓は?」
 俺は再度聞き直した。
「えっと、さっき廊下ですれ違ったよ」
 ふむ、梓は帰ってきてるのか…。ということは…。
「じゃあ、きっとその妖気アンテナは、千鶴さんの
手料理のせいじゃないんだよ、きっと。なにか別の
ことが迫ってるんだ」
「じゃあ、一体……。キャァ!!」
 初音ちゃんが突然悲鳴を上げる。
 みると、さっきより勢いよくピョコンとなってい
た。
「は、初音ちゃん!!」
「あ、あ、あ、も、もうそこまできてるぅぅ! も、
もうだめ〜!!!!」
 初音ちゃんは断末魔の悲鳴を上げる。
「初音ちゃん、しっかりして!! 俺がついてる!」
「耕一お兄ちゃぁぁぁん!!」

 その時だった。
 部屋のドアがガチャリと音をたてた。
 そして、そのドアから出てきたのは…。

「初音、御飯だぞ〜」
 出てきたのは、梓だった。
 俺は初音ちゃんの顔を見た。
「お、おかしいなぁ。確かに危険を感じたんだけど…」
 初音ちゃんは、申し訳なさそうな顔をする。
 う〜ん、やっぱり今回のは、ただの寝癖だったんじ
ゃ…。
「あっ、耕一さん。ここにいたの……か!? さっさ
と飯食え、飯! ガハハハハ!」
 …。
 『耕一さん』? 『ガハハハハ』?
 おかしい! 何かおかしい気がする。
 俺はじっと梓の顔を見つめた。
「な、なん…だよ!?」
 梓はポッと顔を赤らめる。
 それでも、俺は梓の顔を見る。
 じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
 スッ!
 梓が視線を逸らす。
 やはり、おかしい。
 俺が自分の疑問を口に出そうとした時だった
「耕一お兄ちゃん、御飯食べにいこ!」
 初音ちゃんがそう言うと、立ち上がった。
 ……。
 そうだな。取りあえず居間へ行くとするか。






 居間に入ったとき、俺は食卓の上に並べられている
料理に目が点になった。
 その料理は、いや料理と呼べるかどうか怪しいが、
形にしても、その色彩にしても、この世のものとは思
えなかった。
 これじゃあ、まるで、まるで……。

 俺は振り返って、後ろにいる梓に訊ねた。
「この料理、お前が一人でつくったの?」
 俺はジト目で睨み付けた。
「あ…当たり前で……だろ!! 他に誰がいるってん
だよ!?」
 じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
 スッ!
 梓が視線を逸らす。
 その時。
「ヒッ」
 という、小さな悲鳴が聞こえた。
 声の主は初音ちゃんだった。
 初音ちゃんは、呆然と居間の料理を見つめていた。
 肩が震えている。
「な、なに……んだよ、二人とも!! 確かに見た目
は悪いけど、味は保証付きだぜ」

 どれくらいの沈黙があったであろうか……。

「そ、そうよ…ね。梓お姉ちゃんの料理なら…大丈夫
…よね」
 沈黙を破ったのは、初音ちゃんだった。
 しかし、その言葉とは裏腹に、表情が暗い。
 もっとも、その言葉は初音ちゃんの心優しさから出
たモノだということは明瞭だった。
「…しかたない。じゃあ食べようか」
 俺は仕方なく、そう答えた。

 各自、食卓につく。
 遠目に見て料理とは思えなかったが、近めで見ると
それ以前の問題であることに気付く。
 俺は初音ちゃんを見る。
 初音ちゃんも俺を見ていた。表情が暗い。そして、
妖気アンテナもビンビンだった。

 間違いない。妖気アンテナの原因はやはりこの物体
なのだ!
 しかし、疑問が残る。
 『何故、梓がこんな料理を作ったか?』だ。
 だが、俺には一つ思い当たる事があった。

「さっ、何を遠慮してる…んだ? さっさと食べて、
食べて!」
 梓が御飯を茶碗に盛りながらそう言った。
 ふと見ると、御飯が黒い。
 俺は意を決し、梓にたずねた。

「梓、千鶴さんは?」
 梓はその問いに、ピクッと反応した。
「え? わた…いや…ち、千鶴姉? えっと、あの、
ま、まだ帰ってきてないみたいだけど…」
 しどろもどろで答える。
「でも、さっき帰ってきたみたいだよ。だよね、初音
ちゃん?」
 突然ふられた初音ちゃんは、一瞬キョトンとしたが、
「え? う、うん。 さっき車の音がしたし声だって
したよ!」
 と、明るく答えた。
「え? あっ、その、き、き、き、きっとダイエット
だよ! いいじゃないの、千鶴姉の事は。ささっ、食
べて、食べて!」
 梓は、話題を反らそうとする。
 そんな梓に対して、俺はゆっくりと口を開いた。

「梓、お前ホントに、梓か!?」
 梓が目を剥く。
「な、な、な、何いってるんです!? 私は梓だよ!」
「『私』? 『あたし』じゃなくて?」
 梓は俺のその言葉に、グッと口を塞ぐ。

 その時だった。
 廊下で、ドタドタと音がした。
「な、なんだぁ!?」
 俺がそう言った時、廊下から人影が現れた。
 千鶴さんだった。
 廊下から現れた千鶴さんは、腕を後ろ手で縛られ、
猿ぐつわをされていた。なにやらしゃべりたいのか、
うーうーと呻いている。
 その姿を見たとき、自分の推理の正しさを確信した。

 俺は梓をキッと睨み付けた。
「やっぱり、お前! 千鶴さんだろ!!」
「ち、ち、ち、違いますぅ」
「へぇ…。初音ちゃん。梓…じゃなかった千鶴さんの
猿ぐつわを外してあげて」
「え? あっ、うん」
 初音ちゃんは立ち上がり、千鶴さんの猿ぐつわを外
した。
「プファ〜〜!! ち、千鶴姉!! 幾ら姉妹でも、
やって良いことと悪いことがあるぞ!!!!!」
 千鶴さんは、梓に向かってこう言い放った。
「やっぱり、そうか! 今、千鶴さんの姿をしている
お前が梓なんだろ?」
「ああ、そうだよ耕一! そして今、あたしの身体に
入っているのはあたしじゃない、千鶴姉だ!!」
「え? え? え?」
 初音ちゃんは状態が飲み込めず、アタフタとしてい
る。
 俺は優しく初音ちゃんに声をかけた。
「初音ちゃん、以前俺と梓が入れ替わった事、覚えて
る?」
「え? うん、覚えてるよ。…えっ、じゃあもしかし
て……」
「そう、今千鶴さんと梓は入れ替わってるんだ。梓、
そうだよな?」
「ああ。そうだよ。家に帰ってきて靴を脱いでいたら、
いきなり千鶴姉が頭をぶつけてきて…。気が付いたら
千鶴姉になっていて、こんな猿ぐつわを…」
「ということは、当然この料理は梓ではなく、千鶴さんの
手料理だということに…」
「ああ…」
「え? じゃ、じゃあわたしの妖気アンテナが反応したの
は……」
 じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!
 俺と初音ちゃんと千鶴さんの身体に入っている梓は、
梓、つまり千鶴さんをじっと見つめた。
 そして、千鶴さんイン梓ボディは…
「……見つめちゃイヤですぅ」
 そうポツリと呟いた。
「ち・ず・る・さ・ん!! さっさと元に戻って下さ
い!」
「…うぅ、ごめんなさい」






 その後、元に戻った千鶴さんに問いただした所、や
はりどうしてもみんなに手料理を食べて貰いたかった
らしい。
 でも、千鶴さん自身が作ったとバレると、誰も食べ
てくれない。だったら、梓に化けて作れば……。
 そう考えたらしい。
 全く、千鶴さんらしいというか、なんというか。
 しかしそこまでして手料理を食べさせたいのか、
千鶴さんは…。

 余談だが、それから暫くの間、千鶴さんを除く3人、
梓、楓ちゃん、初音ちゃんはヘルメットを常時被って
いたという。そして千鶴さんは、そんな姿をうらめし
そうに見つめていたということだ。

 全く、初音ちゃんの妖気アンテナの正確さには、頭
の下がる思いである。

【お・わ・り】


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